Coolier - 新生・東方創想話

異譚・紅魔郷

2025/02/23 17:22:24
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紅魔

「……私は反対よ、レミィ」

紫苑色の長髪を揺らす賢者が、自らの主であり、友人に忠言する。
紫の魔女に対して座ったままに彼女の友人であり、主である館の長は薄く微笑み切り返す。

「あら? どうしちゃったのよ、パチェ。最初は面白そうとか言ってたくせに」

コケティッシュな薄ら笑みを作りつつ、銀青色のくせっ毛を指でくるくると弄ぶ幼女は挑発じみた目付きで魔女を見やる。
しかし魔女は、その挑発に乗らず首を振った。

……広い紅いダンス・ホールに唯二人。

紅い天鵞絨細工が床に天井に敷き詰められた、豪奢な造りの大部屋。
壁一面に設えられた、天井まで届く高窓には、血濡れの如きぬらりとした光を放つ紅い霧が異妖に大きなすがたを薫らせていた。
賢者とその主は、紅の光を浴びながら、珍しく合わない呼吸を片や歓び、片や苛立ちながら楽しんでいる。

「当初の計画のままなら何も言わないわ。方針を変えたことが気に食わない」
「良いじゃない、大したことのない変化じゃないの」
「大したことがない? あの巫女の、異常な成長速度を大したことがないと? たった二回の戦闘で、あの巫女は現象具現の妖怪と妖精を斃しきった。旅立つ前は精々が地縛霊だか小妖精を調伏する程度の雑魚だったのに」
「ザコなのは今も変わらんでしょうよ……っていうか、其処まで覗いていたの? 本当、心配性というか徹底的というか暇人というか……」
「貴女の計画を成功させることが私の仕事よ。ならば、あらゆる事象を想定するのは当然の事……レミィ、あの巫女を殺……いいえ、回生法を身に付けた以上殺すのは難しい。封印、或いは精神を壊しましょう」

言い終え、そのまま自らの提案についての方策を思案する旅に出かけようとした魔女に、白いドレスの幼女は「ヤダ」と一言。
血濡れの霧と同じ色の瞳を濡らしながら、コケティッシュな笑みを絶やさないままに切り返す。
対する紫の魔女は、ほんの僅か、苛立ちを態度に見せる。

「レミィ、貴女のオーダーは“自由に外を席巻する為の手始めに、紅魔の霧を幻想郷に巡らせる。邪魔しようと尋ねるものは悉く斃す。”そうだったわよね?」
「そうだよ。なんにも変わらない」
「変えてるじゃない。巫女を此処に導けというのはどういうこと」
「だって、あの子、可愛いじゃない。あんな必死になってさ。あんなザコ妖怪とザコ妖精を下したからなんだというのよ。心配性ねえ」
「……ただ踏み潰すアリンコが子犬程度に可愛くなったから飼いたいと? レミィ、自分の目端に入ったものをなんでもかんでも可愛がるのは構わないけれど、あれは博麗の巫女。たしかに私も最初は興味なかった……でも今は違うわ。私はアレを、脅威と判断する」

途端、玉座に座る幼女がコロコロと楽しげに笑い出す。
本当に楽しそうに嗤うものだから、魔女はそれを止めることも怒ることもしない。彼女が楽しんでいるのなら、それは魔女にとって歓びであるからだ。
だから……ただ、眼下の幼女が笑い終えるのを待っていた。
唯二人のダンス・ホール。血の紅の灯が満つる空間で、二人を影に変えている。

「……あー……おなかいたい。脅威って……貴女、自分で言ったのよ、子犬って。子犬にまさか喉笛でも噛み千切られるっていうの?」
「数時間後には闘犬に変わっているかもしれない」
「ならないわねえ」
「何故言い切れる?」
「……パチュリー・ノーレッジ。貴女だって攻略法を既に見付けているじゃない。たかが死に戻りが如き、輪廻だの回帰だのするなら殺さず制すれば良いのよ。ウチの門番はそのあたり小器用にこなせるわ」
「……あの巫女の術を侮らない方がいいわ。何度か見せた霊力の爆発的な発現、なによりもあの、成長が怖ろしい。私はあんなに早い自己実現を未だ嘗てみたことがない」
「――だから、逢いたいなあって思っているんだけど?」

魔女は、はーっ……と長い溜息を吐く。
長い付き合いだ、この愛しき主が言い出したら梃子でも意見を変えないのは解っている。
我がの儘。それがこの吸血幼女の真髄である。
そして多くの場合、此処まで反対を押し切ろうとするとき、レミリア・スカーレット。紅魔館の主の目には、彼女にしか視えない運命を捕らえているのだ。

「失敗するかもしれないのよ。計画が」
「しないよ」
「……視えているの?」
「うーん、それはよくわかんないな……でも、逢って話をしてみたい。あの子の必死をみていると、なんかね、応援したくなるのよ」
「レミィ」
「冗談よ――だけど、逢いたいのは本当。あの異常に頑なな心を、真っ直ぐな視線を、ぽきりと折りたくなったのよ。ね、素敵だと思わない? 巫女を侍らせる魔王ってどうかしら?」
「変な人間は時を操るメイドで充分足りるでしょうに」
「咲夜はむしろ私に執着しているからなあ」
「……そんなこと言ったら怒るわよ、あの子」

ふふん、と魔女の主が鼻で笑う。
こうやって、いつのまにか彼女のペースに巻き込まれ無理難題を背負い込む羽目になるのだ。解ってはいるが、それをすら楽しむようになっていた魔女には最早どうにもならない事であった。

「一応聞いておくけど……あの隙間妖怪への当てつけ?」
「それはあるね――アイツは好かん」
「……感謝こそすれ敵対すべきではないと思うけれど、ねえ」
「どんな形であれ利用されるのは気に食わないのさ」

この地に導かれる切っ掛けと、この地に棲まう切っ掛けとを導いた正体不明の妖怪がいた。
かの妖怪から教わったのだ。
この地の律を乱すとき、博麗の巫女が現われる、と。
思った以上によわっちくて拍子抜けしたというのが本音ではあったが、それだってあの隙間妖怪の想定の中に在るというなら乗っかるのは面白くない。
レミリアは、最初そう言っていたはずなのだ。
だのに、必死になって戦いを続ける巫女を見ている内、唐突に考えを変えてしまった。
余興代わりとねだられるがまま、巫女が飛び立った辺りからずうっと見せてしまったのが間違っていたろうか?
それとも、此処までも含めてアレの描いた絵の上か?
……流石に考えすぎか。あの女が我が王の気性をそこまで把握はしていまい。
魔女が考察を巡らせているのを、可愛らしい魔王はくすくす笑いながら見上げている。

「心配するなよパチェ。飽きたら捨てるさ」
「……うそつき」

それが何に対してか、
レミリアは問い返さず、またもコロコロと笑うのだった。
……魔術によって浮かび上がる映像では、巫女が紅魔館の門へと降り立ち、恐る恐るといった風情で、魔王の配下、門を護る守護者へと対峙する場面が展開していた。

***

「此処が紅の霧の元凶かしら?」
「そうですね、そうなります」

……霊夢はまず驚いた。
紅い霧を背にした巨大な館。その館から漂う紅の瘴気。
そして……その大きな正門の前に立っていた妖怪がひとつ。
後手にしたまま悠然と立つその妖怪は、服装がどこか異郷の雰囲気を持ち、佇まいは自然でありながらも付けいる隙を感じさせられない。
そんな、目前で立ちんぼしていた妖怪は、霊夢を待受け、そして霊夢の問いに答えたのだ。
宵闇の妖怪、氷の精霊とは違う、人間らしいやりとり。
即ち、相手に知性があるということだ。
それだけで、相手が今までの相手と違うことが解る。

「貴女が元凶を作っている……というわけじゃあないわよね?」
「はい、貴女の言うところの元凶、紅い霧を生み出しているものとは、この館の主様のことでしょう」
「あっそう……じゃあ、逢いたいから通してくれる?」
「解りました――と、言いたいところなのですが、私はこの門を護るものでして。自己紹介させていただきましょう。私の名は「紅美鈴」当館、「紅魔館」の門番、守護の要を任されております。そして、お嬢様……この館の主からのお達しで、この門は、私の眼鏡に叶うものだけを通せとのことです。ですので先ずは、力を示して貰わねばなりません」
「――随分とまあ、上からものを言うのね」
「事実ですから」
「……ッ」

感情がざわつくもそれ以上に危機感が軽率を止めた。
目の前に立つ妖怪は、強い。それが解るのだ。解るようになった、と言うべきだろうか。
彼我の戦力を見極める、重要な能力だが、相手がいなければ成立しないもの。
霊夢は改めて、相手がいなければ成立しない修練において如何に自分が未熟であった事を識るのだった。戦闘など、その最たるものではないか。
自分が識っていたのは、できていたのは“駆除”に過ぎなかったのだ、と。

「多少なり解りますか? 私からみれば貴女はまだまだ。その私からしてまるでお嬢様には敵いません。もしか此処でお通ししたところで、貴女ではこの霧を止めることは出来ないでしょう」
「……そんなことはやってみなければ解らない事よ。振られた賽の目は誰にも識ることは出来ないのだから」
「なるほど、それも道理ですね。では、試してみてはいかがでしょうか」

そう言って、異郷の雰囲気漂わす妖怪は後手に組む手も解かないまま微笑んだ。
……目前の女は此方の態度を笑わなかった。
霊夢は怒りよりも感心が先に立つ自分の感情に少なからず驚いていた。目前の、“話の出来る妖怪”というものの存在を認めざるを得なかった。
それは、一方的な誅戮だけではない関係性を認めることに等しい。

「……余裕ね。あんたから来ないって事?」
「私は門番なのです。此処を護る役目。貴女が此処を通ることを諦めてさえくれれば私はなにもしなくてすむ――私、面倒くさがりなんですよ」
「そう……そういうことなら、遠慮無く行くわ」
「どうぞ」

ぎし、と苛立ちを奥歯で噛砕く。
相手の余裕を砕きたい。それは敵意ではあったが――妖怪だから殺す、装置としての戦いとは違う感情の発露であることに霊夢はまだ気付けていない。
今までの戦いで身についた術、霊力を篭め、退魔針を放つ。
空を裂く針が一直線に妖怪へと奔る。
宵闇の妖怪にも、氷の妖精にも効いた針――それを二本の指で止められていた。
――目を見開く。
指で止められたこともそうだが、ヤツは針を投げつけるその瞬間まで後ろ手に手を組んだまま、構えすらしていなかったのだ。だのに、気付けば手が其処にあった。
その挙動を、目の前にしていたのに解らなかった。
つまり、動きの速さを認識できなかった――。

「……思ったよりお強いですね」
「二本指で止めておいて、それを言うのね」
「本当なら撃ち返すつもりでしたので」
「…………」

何処に?とは聞かなかった。無粋だろう。
相手は妖怪。負けたら食われても文句は言えない。
もっと、もっと霊力を篭める。霊夢は針に念を集中させ――。

「ああ、ダメですよ、貴女」
「……?」
「足を停めて念ずるなど。常に動き回らねば、正確には私という脅威に注力せねば、攻撃に3、対応に7くらいの心積もりでいないとたちまちにやられちゃいますよ?」
「何を惚けた――」
「惚けて等いません」

最期の台詞が、眼前で囁かれた霊夢が退魔針を撃ち込むその距離およそ十間、それを秒にも満たない瞬間で詰めていた。慌てて飛んで逃げようとした、その腰を捕まえられ恐るべき膂力で地面に転がされる。
人間には到底達し得ない、筋力と反射神経のなせる業であった。

「あうっ!」
「これで、ワンミスですよ、博麗の巫女」
「――ッ」

じたばたともがき、身体を転がすように拘束から逃げる。いいや、相手は抑え付けてすらいなかった。
屈辱に頬を赤らめ歯軋りする。
――またか、またもこの差か。
多少なり通用したと自信を付ける度に現われる壁。
今度のそれは、山のように巨大であった。
それでも、霊夢は針を構える。

「私は、何度だって挑むだけよ」
「お付き合いしましょう」

横飛びに駆け出す。駆けながら、集中。
此処までのやりとりでもう解った。
アイツは先に戦ってきた妖怪、妖精とはもう一段階上の強さを持っている。
そして、自分もそのステージに立たなければ、この異変を終わらせることが出来ないのだと。
怪物になるだけじゃ足りない。
怪物に恐れられる怪物になる必要があるのだ。
良いだろう、何度だって挑む。何度だって死んでやる。
この命、もはや命と呼んでいいものか解らないものは、全てそのためだけに費やせばそれで良い。
わたしは、諦めない。

***

「……うーん……」
「どうしたの、レミィ?」
「いや……うーん……違うんだよなあ……」
「……?」

紅い闇が支配するダンス・ホール。
映像を見ながら、玉座に座る紅魔の王は首を捻っていた。
彼女にしか視えない何かを捕らえているのか。魔女には無力な巫女が門番相手に無謀な戦闘を開始したようにしか見えない。
……美鈴にはなんの指示もしていない。
それでもあの門番はあの巫女を殺すことはないし、きっとレミリアの意図を汲むような戦闘を“こなす”だろう。
よくよく気の利く妖怪なのだ。
だが……当の主は不機嫌を隠していない。

「なあ魔女よ」
「なあに、おうさま」
「人間は、どうして我々妖怪を斃せる?」
「……難しい質問ね」
「人間は、力は弱いし叩けばすぐ壊れる。だのに、妖怪を殺せるのだ。それはなぜ?」
「修練?」
「それなら功夫の権化たる美鈴に敵う道理がなくなる。咲夜は美鈴を負かせただろう」
「強い異能を持ち得れば良いのかしら」
「まぁそれは答えの一つだが……満点はあげられないな」
「ふむ……まさか、強い意志だとか言わないわよね」
「そのまさかだよ、魔女よ。強い意志だけが我々妖怪を殺すのだ。だって妖怪は心のいきものなのだから」

映像は、巫女が様々な術策を用いては、それを悉く撥ね除ける門番の戦いが流れ続ける。
……美鈴の手加減にも大したものだ。自分はああも忍耐強く戦えないだろう。
レミリアは玉座に深く座り直し、展開する一方的な戦いを熱心に見つめている。
そのくせ、言葉は酷く味気ない。
パチュリーは珍しい友人の挙動に興味を引かれた。
こんな様子を見せるのは珍しいことだ。
紅い瞳を揺らした紅魔の主は、黒髪を翻す少女をじいっと見つめながら、呟いた。

「……眼鏡違いだったか」
「貴女、あの巫女に何かを期待していたの?」
「なあパチェ、咲夜は確かに強いよ。美鈴を負かすなど大したものだ。だが、お前は負ける事はないだろう。そして、私も。まあ、強さなんていつどうして優劣が変わってもおかしくはないが」
「……だけど、不変たるものがある。妖怪としての重みね。私なら魔法を、貴女なら伝承を、打ち負かす何かが必要。それが意志だというのなら、まぁ、そうかもしれないわ」
「そう。そしてそれは……怪物には出来ないんだ」
「…………?」

レミリアの、それは失望なのだろうか。
静かに呟く言葉はどこか淋しげに聞こえた。
これも、珍しい響きだった。
紅魔の王の真意が解らない。
魔女は、少しだけ狼狽えていた。



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