Coolier - 新生・東方創想話

異譚・紅魔郷

2025/02/23 17:22:24
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奈落

……あら?
ああ、そうか、またやられたのか。
あのナイフではもう“送られない”と思っていたのに、何か別の事が介入したのかしら。
まあいい、戻ろう。

そこで、霊夢は周囲の暗闇に気が付いた。
最早欠伸もでないほどに見飽きた黄昏の境内ではない。

――闇。

ねっとりとした闇が、あった。
闇だけが、あった。

周囲は……きっと、途方もなく広い。だだっ広い空間に、自分がぽつんとひとつ、立っている。
霊夢は今までの経験から蓄積されてきた感覚でそれを識る。
幾千幾万の死を越えて研ぎ澄まされてきた霊夢の直感は第六感、否、それ以上の超感覚に至ろうとしていた。
やがて……目が慣れてくる。
目の前に、大きな、大きな山があるのが解った。
……なにかが積み重なって出来上がった、やま。
砂時計のこぼれた先のようだった。
……よくみれば、ときたま何かが墜ちてきて、積もっている。
やはり、砂時計だ。

「……でも、昏くて何が墜ちているのか、よく見えないわね」
「あーあ……遂に来ちゃったのね」
「だれ?」

いや、その声には聞き覚えがある……。
この声は、確かに境内で聞いた、あの声だ。

「あなたは……」
「ええ、“こっち”では初めましてね、博麗霊夢」

心が躍る。
会いたかったひとに、ようやく逢えたのだ。
なんだかよく解らない常闇の山の麓でも、不安より嬉しい気持ちの方が勝る。

「はじめまして……声が、はっきりしているわ」
「それはそうよ。此処が私の居場所だもの」
「そう、なんだ」
「そうよ」

霊夢は……闇の中周囲を見渡す。眼前の山、それから……もっと遠くには……壁? 崖? なにかが垂直に聳え立っている。それを伝うように、上を、上を……見上げれば、遥か遥か遥か遠く……僅かに、本当に、僅かに、白い点が視えた。
……あれが光だと理解するのに随分と時間を要した。

「此処は……何処なの? 私は戻らなくては」
「…………」
「……? どうしたの?」
「うーん……戻るのは、少し時間がかかるかも」
「……? どうして? 今までは……」
「貴女が此処に墜ちてきたから」
「……?」
「此処はどんぞこ。深淵の底の底。limbo、最果て、虚無、煉獄……まあ色々と呼び名はあるけれど、要は私達のさいごの場所よ」

私達……?
いや、それよりも。

「困るわ、私は戻らなくては」
「だよねえ……なら……あの山の先、壁を登って……彼処を目指すしかないわ」

“声”が上を指した気がした。
遥かにかろうじて瞬く光点。まるで届かない星のようだ。
想像しただけで気が遠くなりそうな……。

「何言ってるのよ、飛べば良いじゃない……あ、あれ?」
「此処は、私達が唯一飛べない場所。だから……登るしかないのよ」
「…………」

飛べない、というのが理解できなかった。
唐突に脚を失ったら、こんな感覚になるのだろうか?
今まで当たり前のようにできていたことが出来なくなる。
これは、ちょっとした恐怖だ……だが、今の霊夢にはそれすらも乗り越える胆力が備わっていた。対処、対応すれば大体のことは何とかなる。なんとかしてきた。

「……私達……?」
「まだ気付かない? まあ時間はいくらでもあるわ。もう少しお話ししましょうか」
「此処も、時間の流れは揺蕩っているのね」
「そうね、でも、回帰するためではないわ」
「…………」
「終わったから、止まっている……澱んでいるのよ」

ぞくり、と、背筋が凍る。

「私は……おわった?」
「そうでもあり、そうでもない」
「――帰るわ」
「引き止めやしないわ。貴女はとても強い子だもの。何千、何万、何十万もの死を超えて尚強い意志が貴女を支えている――羨ましいわ」
「わたしはそんなつよいわけじゃない。ただ……ただ、諦めないだけ」
「……そうね、そうだったわね」
「あなたも……いっしょに、くる?」
「いいえ。わたしはもう……“あきらめた”のよ」

その言葉には少しだけ、引っ掛かった。
それは彼女が一番最初に導いてくれた声だから。
なにか応報したい。
自分が切掛になって、彼女の諦めがどうにかなるのかも? などとのんきなことを考えた。
其処がどんな場所であろうと、霊夢は霊夢であったのだ。
だが、声は霊夢のそんな様子に気付いたのか、どうなのか、言葉を続ける。

「それよりも、霊夢。気を確かに持って」
「……? 私は、大丈夫よ?」
「そろそろ、視える頃よ……霊夢、どうか……」

視界が……闇が、ほんの少しだけ和らぐ。
光が届いた……のではない。
霊夢の目が、さらに闇に慣れたのだ。
いや、彼女の言葉で開けたのかもしれない。
だから……見てしまった。視えてしまった。
超えていけ、と示された山の正体を。

巨大な山。それは土塊ではない。
積み重なった、物言わぬ骸。
屍山。

墜ちてくる、積もっていく、紅白のなきがら。

無尽蔵の、わたし。
幾千、幾万、幾億ものわたしが転がって、積み重なって、聳え立つ山となっていた。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

絶叫――

気が付けば、声から逃げるように、山から背を向け走り出していた。

嫌だ、嫌だ、嫌だ。

墜ちてきた。
私は此処に墜ちてきた。
此処はどんぞこ。深淵の底の底。limbo、虚無、煉獄……わたしのさいごのばしょ。
わたしはあのなかのひとつになるの?
ここは澱み。
ここは最果。
解った。此処は……諦めたものの墜ちてくるところ。
私は――

「いやよ! 私はまだあきらめていない! 終わらない! 此処から出る!」
「落ち着いて、霊夢」
「こないで! 私はあんなものじゃない! あんな――あんな……」
「落ち着いて、霊夢」
「いやだ、いやだ、いやだあ……わたしが何をしたって言うの? あんなに頑張ったのに、あんなに痛かったのに、あんなに報われなかったのに……それでも、それでもあきらめなかったのに……あんまりだ、あんまりだ……」

走る脚から力が抜ける。
無様に転ぶ。
崩れ落ちる。
飛べない……飛べない!
しゃくりあげ、地面を引っ掻き、泥を噛んだ。

「こわい……こわいよ……だれか、だれかたすけて……」
「霊夢」
「ずっとひとり、ひとりよ、それでも我慢したの。寂しいのだって、哀しいのだって」
「霊夢……」
「痛かったよ、食べられて、痛かった、砕かれて、寒かった。だけど、それでもがまんしたの」
「霊夢、聞いて」
「だって泣いたって、請うたって、誰もわたしを助けてくれない!」
「霊夢、貴女は強い子のはず、耐えられるはず」
「わたしは誰かをすくうもの……わかってる、わかってる……何処かの誰かのために、わたしはある……わかっているけど……」
「霊夢、だいじょうぶ、あなたはだいじょうぶよ」
「みんなをたすけるわたしが、たすけをもとめちゃいけないの? それはそんなにいけないこと?」
「霊夢、聞いて」
「だって、しょうがないじゃない。痛みを超えるには、哀しみを振り切るには、寂しさを耐えるには、こころを棄てるしかなかったのよ……」
「霊夢……」
「いやだ、いやだ、いやだ……もういやだ……あんただって、わたしがうんだまぼろしなんだ……けっきょくわたしはひとり。もう、いやだよう……」
「霊夢……」
「立てない……飛べない…………あんなものになりたくない……どうしてわたしなの? わたしは、ただのおんなのこでよかった、なんにもできなくていい、飛べなくたって、つよくなくたっていい……里の子達が、羨ましかった……」
「…………」
「夕方に、家に帰って、そこにお夕飯とおかあさんがあって、おとうさんとおふろにはいって、二人のあいだにはさまってねむるの……なんて、なんて……そらをとんだからって、とどかないゆめ……」

「わたしは……」

わたしははくれいのみこ。
せんだいなんて、いなかった。
あそこにつもっているものたちが、そのすべてだ。
いまもこのそとのどこかでわたしがたたかい、あきらめるまでたたかい、たたかい、たたかい、たたかいつづけ、そして……いつか、あきらめて、おちてくるのだ。
ここはそこのそこ、どんぞこ。
よどみ。
さいはて。
なれのはて。

「わたしは……棄てることを強さと勘違いしたんだ。死を棄てたらこうなるって、わからなかった馬鹿な子だ……」
「霊夢」
「……こわい……」

全てを悟り、身体を丸くしていく。
わたしも、おわってしまうのだろう。べつのだれかにわたしをゆずって……。
がんばったのだけど……報われないことは、あるのね……。
眼を閉じ、その時を待つ。だけど……。

声は、消えなかった。

「れいむ、おねがい、聞いて」
「………………なんで……まだ、いるの……?」
「だって、貴女を諦められないから。貴女がまだ、燻っているから」
「…………どうして、消えないの? あんただって……博麗霊夢なのでしょう」
「……そうよ」
「私がいつか棄てた、友達が欲しいというきもち。それが、貴女」
「……そうよ」
「……もういいよ、消えて……ごめんね、棄てちゃって」
「そうだけど、そうじゃないのよ、霊夢」
「……?」
「ともだちがほしいなら、ここにたくさんいるじゃない」

「………………っ」

「いっしょよ、みんな」
「……ああ……」

なんて、なんてあたたかいことばなんだろう。

「……ここにいても、いいの?」
「……いいよ、あなたがそう望むなら」
「……あそこの子達のようになるの?」
「あの子達は……諦めただけじゃなく、霊夢であることも止めた子たち」
「……貴女は」
「私は、貴女のような子を迎え導くために此処にいるの。そんなわたしも必要でしょう?」
「…………」

目を開ける。
常闇は変わらない。
変わらないが……身体を起こす。
しゃくりあげながら、息をしている自分を識った。
心臓は、鼓動している。
涙は、頬を熱く伝っている。
わたしはまだ、いきている。
私は……この期に及んでも尚、私には……縋っているものが、唯一つ。
まだ、たったひとつ、あるじゃないか。

「わたしを、あきらめない」
「…………そうよ、貴女は、どんなに辛くても、どんなに痛くても、どんなに哀しくても……諦めなかったのでしょう?」

それは、じぶん。

自分自身だけは、裏切りたくない。
自分自身だけは、誤魔化したくない。
自分自身だけは、信じ抜きたい。
例え、せかいの全てに見放されたとしても。
今までの自分を嘘だとは、したくない。

「ありがとう……ごめんね、ここにはやっぱりいられない」
「ふふ、やっぱり貴女は強い子――そうするのね」
「うん」
「そう……」
「……さみしくない?」
「さみしいけど、いつだって繋がっているわ」
「……そうか、そうよね」
「そうよ」

姿も形もない声。
だけど、たしかにいるのだ。
夢幻のなかにある自分自身。
積もっているなかにも、きっといるのだろう。
視えないけど、言葉も交わせないけど、たしかに存在して、やっぱり何処かの誰かのために戦っている。
たったひとりで。
闇の中、開眼した。
此処は確かに最果、成れ果てだが、
同時に、全ての霊夢が集う場所だ。

わたしは、ひとりだけど、ひとりじゃない

歯を噛み締める。
四肢に力を籠める。
立ち上がる――立ち上がれ!

「……そうよ、私は絶対に諦めない」
「さあ、歩きなさい」
「歩けなくなっても、這いずってでも進むわ」
「札が持てない? 武器なら他にもあるじゃない」
「手をもぎとられても足で蹴る、足がなければ喉笛に食らいつく」
「貴女のありったけ、全て悉く燃やして、そして……燃え尽きることはもう、許されない」
「たかが腕を喪ったことがあるだけ」
「たかがはらわたを食い破られたことがあるだけね」
「戦う。たとえ命回帰することなくなっても」
「戦って。此処の皆が貴女を見ている、見てきた」
「戦うわ。この心だけは、絶対に折れることはない。それなら、焼べる薪は此処にある」
「たたかって……身体を喪ったなら、魂だけで燃えていけ。もしも魂が枯れるなら、想いだけで良い。想いだけで、戦って、戦い抜いて……いつかまた、奈落の果てで会いましょう」

「……私は私を絶対に諦めない。それだけ、それだけなの」
「それでいいのよ、霊夢。もはや貴女に克てるものなんて、いやしない」
「いくわ」
「……頑張って。何処かの誰かのために……なによりも、あなたのために」
「でもときどき……此処を思い出すわ」
「そうして……みんな、喜ぶわ」
「みんな……」
「そうよ、みんな。みんな、あなただもの」

振り返る。
山が……巨大な階段になって、遥けき高みの光へと伸びていた。
ああ……そうか……そうなのね……。

「わたしはいつもいっしょだった」
「そうよ、ひとりだけど、ひとりじゃないの」
「無限の夢幻の無間の私が私の味方なのね。そして、それがわたしを形作っている」
「そうよ、此処は最果て、なれの果て……だけど、そんな皆が安らげる唯一つの場所」
「心の持ちようだけで、変わるのね」
「……そうよ、諦めたものには安らぎを、諦めないものには試練と覚悟と目指す先と……わたしたちを」
「……ありがとう」
「こちらこそ、みつけてくれて……ありがとう」

無尽蔵の霊夢を踏み締め、霊夢は昇る。
其はおぞましき地獄絵図か
其は楽園に至る階段か
今の霊夢にはもうどうでもいいことだった。

行かなければ。
永い長い階段を踏み締めながら、
霊夢は霊夢達と声無き言葉を交わす。
助言もある、
怨嗟もある、
そのどれもが自分の声だ。受け入れる。

さあ行こう。この心が折れるその時まで。
何度でも立ち上がる。そして、立ち向かう。
待ち受ける大理不尽を、培ってきた全てを尽くし、乗り越えよ。

行こう。
たったふたつ、諦めない心と己が身だけを武器にして。


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