Coolier - 新生・東方創想話

異譚・紅魔郷

2025/02/23 17:22:24
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憧憬

――幼い頃、
自分にそんなものがあったのか、定かではないのだけれども。
だけど、なあんとなくだけど、憶えている。
自らを飯綱大権現の使いであると名乗る狐。
ソイツに破魔札の使い方や、退魔針の投げ方、陰陽玉の操作を教わったこと。
博麗の祝詞や神樂、秘密の詠の記された書物を読まされたこと。
淡い想い出。
溶けていった日々。
あの狐の体毛は、暖かかった。
夜凍えた日に抱きついたのを思い出す。
寂しさに一人震えていたとき、いつの間にか傍にいたのを思い出す。
……いつからか姿を見せなくなったあの狐。
あれは、きっと、里に潜んでいた妖精を退治した初めての夜から。

それからは、ずっと、ひとり。

言われるが侭、教わったが侭に修練した武器の使い方、戦い方。
自分は、博麗の巫女、妖怪退治の専門家。
妖怪を、札で、針で、玉で、調伏する。
……そう、調伏する、はずだったのだ。

…………

光弾、いいや、闇の球というべきか。
次々迫るそれを紙一重で躱していく。
それでも躱す度に地面が穿たれ、木々は削られ、その破片が身に纏う紅を、そして霊夢の柔肌を少しずつ、少しずつ切り裂いていく。

「くっ……」
「えー、なんで躱すのー?」

不思議そうに、不服そうに紡ぐ声。
それと共に放たれる弾、弾、拡散されていく致死の闇。
それは年端もいかない幼女の駄々をいうすがたのようでもあった。
霊夢は身体の各所を傷つけ、巫女衣装を切り裂かれながらも致命傷だけは受けないよう、攻撃を躱し、そして、攻撃をし続けた。
――最初に決めたイメージの通りに身体が動いていた。
完全な移動、完全な回避、それは地上で、木々の合間を縫って戦っていたからこそ出来たことなのかもしれない。参百六拾度全方位の把握を、霊夢の未熟はそこまで至っていなかったのかもしれない。
だが、新たな戦いはもう始まってしまった。嫌が応にもそれは強要される。
だが、霊夢は順応しつつあった。
彼女の天才性は、彼女の戦闘センスは、戦う意思ある限り彼女を裏切ることはない。
そしてそれらの根源たるちからは、この局面に於いて真の意味で開花しようとしていた。
だが、それでも、人間にとっては驚嘆すべき成長速度であっても、
妖怪を退治るにはまだ至らない。
まだ何かが足りない。
飛ぶ、跳ねる、宙空を回転する。
闇の弾を、闇の触手を、ただの一度でも触れたら死ぬるか不具に至る脅威を、
霊夢は躱し、割け、撥ね除け続けた。
……回避の精度が上がっていくと共に、自分に足りないものを必死に探る。
答えはもう見えていた。
攻撃力が圧倒的に足りない。
いかに回避の精度が上がろうとも、敵を倒せないのでは意味が無い。
破魔札も、退魔針も、陰陽玉も、怯ませこそすれダメージを与えているように見えない。
先程例えた大木だって、斧の一撃が加われば斬り痕くらいは付くはずだ。
つまり自分の攻撃は、まだその段階にすら至っていないのだ。

――狐の教えが、自分のやって来たことが甘かったのは認めよう。

だけど、それらが全くの嘘偽りではないことは信じている。
だって、街中の妖怪達には通じたのだから。
つまり単純な事、「私が弱い」から通じないのだ。
だから、急速に強くなる必要がある。今、この戦闘の中で。
霊夢は、撃つ弾を極端に減らしていた。既に針も札も、残り僅かだ。
思い出す。幼い頃、はじめて戦闘というものを習ったことを。
意思を篭めて撃ち出す。ただそれだけ。
意思とは霊力、霊力とは己が身に宿る力、己が身に宿るものなら、もっと、もっと、もっとそれを引き出せば良い。
通じないのではない、弱いだけなら、
効かないのではない、弱いだけなら、
強く在ろうとすれば良い。
意思を篭めて、その意志の強さだ、もっと、もっと、もっと、もっと……

――何を載せる?

「くっ!」

闇弾が僅かに肌に触れ、血が滲む。
疲労が、徐々に霊夢を蝕んでいく。
妖怪は疲れないのだろうか? だとしたら本当、人間の不利はどこまで酷いものなのか。
……はやく戦闘を終わらせなければ。
このままではやがて疲れた脚が限界を迎えるだろう。心臓が悲鳴をあげるだろう。
だが、此処に来て霊夢ははじめて迷う。
……敵を斃す意思が昂ぶらない。
霊夢に殺意は無い。厳密には敵意すら無かった。通行の邪魔になったものを排除するだけ、襲いかかるものを振り払うだけ、それだけの動機だったのだから。
そして、事ここに至ってもその想いから離れない。
……自分が異常なのは薄々勘づいてはいた。
ついさっき、己を喰われるという陵辱を受けた。
その相手にすら、憎しみが湧いてこない。
戦いの昂揚は、きっとそれとは違うものだろう。
……自分の心は、ずうっと昔に死んでいる。
もう、ずうっと、ずうっと昔に、死んだのだ。
死者に意思を問うことなど――意味が無いではないか。

闇弾を躱した、次の瞬間、膝が唐突にかくんと脱力する。
疲労が、緊張が、遂に霊夢の意思から切り離された。

「あっ」
闇の触手が目の前に迫る。避けられない。

死が迫る。

せかいがゆがむ。
……遠くで女の子の泣いている声が聞こえる。
ああ、あれは……私だ。
夕闇迫る境内、
たったひとり、取り残されたわたしが泣いている。
声を押し殺し、喉を震わせて、ぽたぽたと落ちていく涙だけはどうしようもなく、その場で立ち尽くすしかなかった。
……遠くで烏が鳴いていた。
秋茜の舞う頃だった。
人気の無い神社。
わたしだけの棲まう場所。
わたしだけの生きる場所。
わたししかいないところ。
……またひとりぽっちになってしまった。
ほんのすこしでも、誰かと触れあえたのが嬉しかったのに。
……褒めて貰いたかったのに。

「良いの? “また”死んじゃうよ?」

唐突に、泣いている女の子が此方も見ずに、囁いた。

「死は怖くない……寂しいだけ」
「ひとりぽっちが嫌いなのよね」
「…………本当は、そうよ」
「だから、負けられない。皆に褒めて貰うために。皆に認めて貰うために」
「それは違う」
「どう違うの?」
「上手く言えないけど……私が戦う、ううん、巫女であろうとすることは、自分のため、ただそれだけよ……それしか、縋るものが無いもの」
「それなら、その想いがあれば良いじゃない」
「……私が諦めない事?」
「そう。そうあれかしと願えば良い……貴女には、なんでもできるちからがあるわ」
「……あなたは、だれ?」
「それより良いの? 本当に、死ぬよ?」

は、と気付いた瞬間、身体が勝手に動いた。
霊力を篭めた大幣を振り、眼前に迫っていた闇の触手を打ち払う。
威力と威力が応用し、霊夢の身体は吹き飛んだ。
――が、宙空で回転、付近の木に横から着地し、宵闇の妖怪を見やった。

「あーもう! いい加減疲れてきたわ!」
「そう、私も――コツが掴めてきたわ」
「何言ってるの? お前なんか、弱っちいだけの人間なんだから!」

闇が伸びてくる――。

「そうあれかしと願ってやまぬ――ひぃふぅみぃよぅいつむぅななやぁこことお、ふるべゆらゆら――疾ッ!」

木に着地したまま、霊夢は己に己を問いながら、陰陽玉を投げつけた。
玉は――膨大な霊力を纏い、闇の触手を正面から打ち砕きながら、尚もその勢いを止めることなく――。

「え?」
「え?」

宵闇の妖怪の頭部をあっさりと打ち砕いた。
二人同時に疑問を放つ。
片方は、唐突に威力を増した一撃を受け、
片方は、唐突に威力を増した感覚を掴み。
必要なのは、敵意でも殺意でもなかった。

――自分を信じること。
――自分を疑い続けること。
二つの矛盾をちからに変える。

答えは自分の中に転がっていたのだ。
だけど……それに気付かせてくれた、あれは、誰?
あれは本当に私だったのだろうか。いや、間違いなく私ではあったのだけど……。
重力に従い身体が落ち始める。
気付き、跳躍。同時に飛翔を混ぜて、頭部の半方を喪い呆然としている闇の妖怪に突進した。

「あれー? うそ、弱かったくせに?」

大幣を、一撃。
それでもう半分の頭部を吹き飛ばした。

「弱くて悪かったわね……。けれど、もう負けないわ、お前は人間の怖さを思い知れ」

……どうせ、その内蘇るのだろうが。
大幣を振り切った体勢で、そのまま膝から崩れ落ちる。
……勝った。狩った。
濃厚な戦いだった。
本当の意味での、“妖怪”をはじめて退治した。そう思えた。
頭部を喪った闇の妖怪は、やがてゆっくりと闇へと溶けていく。
……妖怪として存続できなくなり、妖気と散ったのだろう。やがてそれは濃くなって妖異となり、更に意思を持ち顕現し妖怪となる……彼等は、滅びを知らない。
いつか忘れ去られるそのときまで。

「……私は……じゃあ私は……なんなんだろう……」

確かに死んだ。
私は死んだのだ。
だが、此処にいる。
私は一体何者なのだろう。
自身の不明を自覚し、身体を抱く。
だが――そんなことに慄いているヒマはない。

「行かなきゃ――」

霊夢は震える膝に力を籠めて立ち上がる。
そして、昏い森の中、空に出ようと地を蹴った。

紅い霧に向かって。



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