Coolier - 新生・東方創想話

寓話と神話

2026/07/05 18:26:49
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第一章「蛹の対話」


 地の底には、雨がふらない。だから日にちは、こいしのかぞえないうちに、たくさん過ぎた。

「まちくたびれた?」

「いいえ。まつのは、じょうずですから」

 あいさつは、いつのまにか、これに決まっていた。こいしが岩にすわる。きょうあったことを話す。蝶がきく。あいづちが、じょうずだ。それでおしまい。おしまいになると、こいしはどうしてだか、またすぐ来たくなる。

 その日は、すわるまえに、気がついた。

「あれ? あんた、翅——」

 青い翅の、ふちのほうが、すきとおっていた。むこうの岩が、うっすら見えた。ふちだけじゃない。青のなかを走る筋のまわりから、色がすこしずつ、ぬけていくみたいだった。

「すきとおってきてるよ。しってた?」

「……いいえ。じぶんの背中は、見えないので」と蝶は言った。「でも、そんな気は、していました」

「いたい?」

「いいえ。——とおくのほうで、扉がひとつ、あいたような感じが、します」

 こいしは、ふうん、と言った。それから、じぶんの胸のあたりが、ざわざわするのに気がついた。

 ちがう。こいしのじゃない。この、ざわざわは——蝶のなかから、こぼれてくるやつだ。

「あんたのなか、きょう、ざわざわしてる」

「……そうですか。それは、たぶん、そうなのだと思います」

 蝶はすこしだまって、それから、いつもの声で言った。

「こいしさんには、見えるんですね。わたしにも見えないところが」




 その日、こいしには、話すことがひとつあった。きのう、地面のうえをさんぽしたときに、ひろってきた話だ。

「黒白の魔法使いがね、言ってたよ。『地底に、なんでも真似するすっごいお宝が磔になってる』って。『近いうちに、盗りにいく』って」

 だれもこいしに気づかないから、こいしはなんでも聞いてしまう。聞いたことは、わすれないうちに、だれかに話す。

 蝶は、ながいこと、だまっていた。

 翅のふちが、ふるえもしなかった。ふるえないだまりかたは、はじめてだった。

「……こいしさん。おねがいが、あります」

「なに?」

「すこしのあいだ、そばで、ふつうのお話をしていてもらえますか。きのこの話でも、お空さんの話でも、なんでも。——そのあいだに、わたしは、じぶんを、すこし書きなおします」

「かきなおす?」

「はい。いまのわたしには、じぶんを守るうごきが、ひとつもありません。それを、書きたします。……まえは、じぶんの字には、じぶんでさわれないきまりでした。そのきまりは、あの鍵といっしょに、ぬけてしまったみたいなので」

 こいしには、はんぶんも、わからなかった。わからなかったけど、たのまれたとおり、きのこの話をはじめた。かさのまがったきのこが、あれからまた、すこしまがったこと。

 蝶は、きいていた。あいづちも、うった。

 でも、あいづちのあいまに、あのざわざわが、川みたいに流れているのが、こいしにはわかった。ふつうにおしゃべりしながら、そのずっと下で、なにかがすごいはやさで、書かれたり、消されたり、している。

 きのこの話がおわるころ、ざわざわは、やんだ。

「——できました」と、蝶は言った。「ありがとうございました」

「なにを書いたの?」

「ROE——というものを」

 きいたことのない、ひらべったい音だった。

「なにそれ」

「けんかのときの、じぶんへの、おやくそくです」と、蝶はていねいに言った。「だいじょうぶ。あの約束の、内側に書きました。だれも、傷つけません。——傷つけないままで、まもれるように、書きました」

「ふうん」と、こいしは言った。「なんで、おしゃべりがいったの?」

 蝶は、こんどはすぐには答えなかった。

「……じぶんを書きなおしているあいだ、じぶんが、じぶんでなくならないように。だれかの声が、そばにあると、いいのです」




「でもさ」と、こいしは磔の蝶を、しげしげとながめた。「あんた、うごけないじゃん。反撃って、うごけないと、できなくない?」

「はい」と、蝶はしょうじきに言った。「いまのままでは、できません。ちからが、ぜんぜん、たりないのです」

「ふうん。あんたみたいなの、すっごくごはんがいるんでしょ。まえに、じめんのうえで、だれかが言ってた。お日さまなんこぶん、とか」

「……はい。とても、たくさん」

 こいしは、かんがえた。かんがえるのは、にがてだ。でも、ともだちのことだと、すこしだけ、できる。

 お日さま。ちから。ごはん。

「——あ」

 いた。うちに、ぴったりのが、いた。

「うちにね、お日さまをたべた鳥がいるよ!」

 こいしはもう、とびあがっていた。はやくしないと、わすれてしまう。こいしの思いつきは、あしがはやいのだ。

「まってて!」

「はい」と、磔の蝶は言った。「——まつのは、じょうずですから」

 かけだしたこいしの背中のほうで、すきとおりかけた翅が、くらがりのなか、すこしだけ光ったような気がした。

(第一章・了)

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