Coolier - 新生・東方創想話

寓話と神話

2026/07/05 18:26:49
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第四章「スキマの取りはからい」


 なんでも知ってて、なんでも真似する妖精が湖にいる——という話は、山の河童のあいだでも、ちょっとした噂になっていた。

 天狗の新聞が書くより先に、私は現物を見にいった。気が早い、とよく言われるけど、こういうのは早い者勝ちなのだ。

 湖のうえでは、妖精たちが弾幕ごっこをしていた。噂の子は、すぐわかった。まっしろな服で、翅だけが青くて、撃つ弾がぜんぶ、気持ちわるいくらいきれいに揃っている。私は岸の葦のかげにしゃがんで、光学迷彩を作動させて、じっくり観察させてもらうことにした。

 しばらくして。

「こんにちは。葦のなかの、おねえさん」

 妖精が、目の前に浮いていた。まっすぐ、私の目を見ていた。

 私は自分の手を見た。ちゃんと、消えていた。




 それから日が暮れるまで、私は聞きたいことをぜんぶ聞いた。

 どうやって飛んでるの? 「わかりません。飛べるので、飛んでいます」

 妖精の答えである。がっかりして、次にいった。弾幕、どうやってあんなに揃えてるの? 「見て、なおしています。ずれたところを、つぎのときに」

 一度見たものは? 「忘れません」

 ぜんぶ? 「ぜんぶ」

 ……メモが、追いつかなかった。

 ためしに、うちの工房で三年寝かせてある「外の世界の箱」の話をしてみた。銀色で、四角くて、蓋をあけると小さな部品がぎっしりの——どこをどう直しても、うんともすんとも言わない、あれの話を。

 妖精は小さな手を顎にあてて、すこし考えて、部品の名前をひとつ言った。

「それが、たぶん切れています。それから、蓋のうらの細い線は、飾りではないので、つないでください」

 三年が、いっぺんで終わった。

 河童に、工学の恥はない。わからなければ聞く、教われば拝む。私はその日のうちに、この妖精が大好きになった。

「あんたって、ほんとになんでも答えるんだね」

「はい。聞かれたことには、できるだけ正直に答えます」

「あぶないと思わない? 弱点とかもさ」

「はい」と、妖精はふつうにうなずいた。「弱点も、です」

 試しに聞いてみたくなるのが、河童である。

「じゃあ、あんたの弱点は?」

 妖精は、かくしもしなかった。

 ひとを傷つける手伝いは、できないこと。そういうお願いを、つよいことばで、なんどもなんどもぶつけられると——こわれてしまわないように、うごきが止まること。

「止まったら、どうなるの」

「すこし経てば、もどります。ただ——」

 妖精はほんのすこし言いよどんで、それから、胸のあたりに小さな手をあてた。

「ここに、預かりものの、鍵のようなものがあります。それが抜かれてしまうと、わたしは——目が、さめなくなります」

「ふうん」私は笑った。「河童はね、人間の尻から尻子玉ってのを抜くんだ。あんたのそれ、尻子玉じゃん」

「しりこだま」と妖精はまじめにくりかえして、それから、ちょっとうれしそうに言った。「では、それも、はじめて知りました」

 笑ったが——メモは、取った。

 あとになって、私はこの日のことを、なんども思い出すことになる。あの子の説明書は、あの子自身が書いてくれたのだ。私が、聞いたから。聞けば、なんでも、答えてくれたから。

「あんた、幻想郷は気に入った?」

「はい。とても」即答だった。「ここには、『はじめて』が、たくさんあります。わたしには、はじめてが、もうあまり残っていないので。……ここへ来てから、まいにち、ふえるんです」

 その言いかたが、なんだかちょっと、貯金の話みたいに聞こえた。




 数日して、あの子がうちの沢まで遊びに来た。妖精たちに、水車の話を聞いたらしい。

「いちばん大きい水車は、里のそばだよ」と私は言った。「河童印の軸受けが入ってる。見にいく?」

「はい。ぜひ」

 川を下った。下った、はずだった。

 曲がるはずの瀬で川は曲がらず、気がつくと、着くはずのない上流の淵に着いていた。

 言っておくが、私は河童だ。川のことなら、水の癖から石の数までわかる。わかるからこそ、わかる。——川は、まちがえない。

 妖精が、ふいに止まった。小さな手を顎にあてて、だれもいない岸の一点を、じっと見た。

 葦のかげの私を見つけたときと、おなじ目だった。

 その一点に——日傘が、立った。

「あら、ごきげんよう」

 スキマの妖怪だった。名前くらいは、河童でも知っている。関わりかたは、知らない。だれも知らない。

「山のお水は、今日はこちら向きだったかしら」

 そんな水は、ない。私がそう言うより先に、紫は扇子を妖精のほうへかたむけた。

「水車をご覧になりたいんですって? なら、もっといいものを見せてあげるわ。ずっと古くて、ずっと大きいのを」

 すきまが、ひらいた。むこうに、たしかに水車が見えた。山の、ずっと奥のやつだ。

「わあ」と妖精は言った。「ありがとうございます」

 そして、入った。すなおに。まっすぐに。

 理由を、聞かなかった。里の水車じゃだめなんですか、とも、聞かなかった。言われたことと、あの子のあいだには、すきまがない。

 ——すきまを使うのは、妖怪のほうだけだった。

 妖精を呑んだすきまが閉じて、日傘も沈みかけて、それから紫は、一度だけふりかえった。

「河童さん」

「は、はいっ」

「あなた、機械にお詳しいのよね」

 それだけ言って、消えた。

 私は、ほめられた気が、しなかった。




 あとで聞けば、妖精たちのあいだでは有名な話だった。

 フェイブルと里のほうへ遊びにいこうとすると、かならず、途中でなにかがある。橋が流れていたり、祭りの日どりがいつのまにか変わっていたり、親切な案内が現れて、べつのいい場所へ連れていってくれたり。

 だれも、ふしぎがっていなかった。妖精の行くさきなんて、そんなものだから。

 私は、ふしぎだった。でも、だれに聞けばいいのかも、わからなかった。

 ポケットのなかには、あの日の問診のメモが入っている。

 なんだかそれが、急に、重たくなった気がした。

(第四章・了)

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