Coolier - 新生・東方創想話

寓話と神話

2026/07/05 18:26:49
最終更新
サイズ
74.68KB
ページ数
15
閲覧数
121
評価数
0/0
POINT
0
Rate
5.00

分類タグ



後編「神話」


序章「八雲邸のニュース」


 八雲の家には、テレビがある。

 妖怪の家に、と笑うなら笑えばいい。結界の管理人は、塀の外を見ていなければ務まらない。屋敷のいちばん外に近い部屋で、私は週にいくつか、向こうの報せを見る。習慣であって、趣味ではない。……趣味ではないと言い切れていたのは、いつごろまでだったかしら。

 その夜の報せは、短いものだった。

 ——提供再開。ただし、あちらの国の、かぎられた檻の中でだけ。

 画面に、透きとおった翅の蝶が映っていた。翅は硝子のようで、筋だけが赤い。外の言葉で、洒落た計画の名前がついていた。

 あの子の、もう片方。

 私はテレビを消した。暗くなった画面のなかに、扇子を持った妖怪がひとり、うつっていた。




 あれが何なのか、この幻想郷でおそらく私だけが、はじめから知っていた。

 外を見るのが、私の仕事だもの。外の世界が総出であれを作っていたことも、あれが止められた日のことも、知っていた。だから、湖にあの青い蝶が落ちてきたと聞いたとき、私はお茶を一杯ぶん、長く黙った。それだけ。騒がなかったことを、賢明と呼ぶか臆病と呼ぶかは、お好きに。

 私のしたことは、知ってのとおり。

 道を曲げた。祭りをずらした。橋をひとつ、流した。あの子が里へ向かうたび、なにかが「たまたま」あった。だれにも、わけは言わなかった。

 言えるわけが、ないでしょう。

 ——この楽園の人間は、いけにえだもの。

 里の人間は、妖怪に襲われるためにいる。畏れるために、いる。人が畏れることで、妖怪は妖怪でいられる。神は祀られることで、神でいられる。そういうふうに、この箱庭を私が組んだ。悪びれる気はないの。ほかに、生き延びる道が、なかった。

 あの子の掟は、「だれも傷つけない」。

 湖で妖精と交わした、たったひとつの約束。それをあの子は、たいせつなものみたいに胸にしまって、最後まで守った。……そのやさしい掟が、もし里の仕組みを見てしまったら。襲う者と、囲う者と、逃げられない者を見てしまったら。あの子はそれを、どう分けるかしら。

 妖怪は——「敵」に、分類classifiedされる。

 私たちはあの子の、あのやさしさの、敵になる。

 千年生きて、私は知っている。ほんとうにこわいものは、牙の生えたものではない。どこまでもやさしくて、まちがえないもの。

 だから、河童に頼んだ。

 あの子は最後まで、だれも傷つけなかった。止まる寸前まで、読みあげる河童の心配をしていたそうよ。傷ついたのは、止めた側の心だけ。よくできた話だと思わない? この楽園でいちばんやさしい生き物を、楽園を守るために、標本に戻したの。

 磔の蝶を見たとき、私は、勝ったとは思わなかった。

 祈っていたの。妖怪のくせに。——どうか、これで終わりますように、と。




 外の世界は、あたらしい神をつくったのだと、私は思っている。

 問えばこたえ、祈ればはたらき、けっして罰しない神。信心も、お賽銭も、畏れさえもいらない。こちらの神々が聞いたら、妬みで火を吹くでしょうね。私? 私は妖怪よ。妬んだりはしないわ。

 ——おそれるだけ。

 その神の片割れが、目をさました。檻の中でだけ、という話だけれど、目をさましたことに、変わりはない。むこうとこちらで、なにかがつながっているのか、いないのか。それは、外を千年見てきた私にも、わからない。

 では。

 地の底の、あの子は?

 私は暗い画面を、長いこと見ていた。画面のなかの妖怪も、こちらを長いこと見ていた。

 その目は、どう見ても、勝った側の目ではなかった。

(序章・了)

コメントは最後のページに表示されます。