Coolier - 新生・東方創想話

異譚・紅魔郷

2025/02/23 17:22:24
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抱擁

霊夢は――再生を続けている、符で形作られた左手でレミリアの頬を抓り、引っ張った。

「……いひゃい」
「あら、痛覚あるのね」
「戦闘をする、と決めたら勝手に消えるのさ」
「便利な身体ねえ」
「おい、何故止めを刺さない?」
「私が此処に来た理由は異変を解決するため。あんたの命にゃ興味が無いわ」
「…………」
「それに、報酬も貰っていないしねえ」
「誤魔化しを教えろ、か? 私はそんな約束していない」
「だったら私も、勝ったら殺す約束なんてしてないわ」

二人は睨み合い、やがて悪魔の王から破顔した。
あまりに愛らしいその微笑みに、巫女も、釣られてしまう。
この旅を始めてから、ようやっと緊張の糸を解いた瞬間だった。

「ふふ……まいったな、全部失敗になるとは私の眼も曇ったものだ」
「言うほど参ってないわねぇ。ほら、早く話さないと煙が晴れるわよ」
「えー……言わなきゃ駄目なの?」
「あんたに少しでも私を認める心があるならば」

中々強い言葉を遣ってくれる。
まあ、もうすべて水泡に帰した。
明かそう。この巫女が、どんな顔をするのかも見てみたい。
レミリアは、全て終わったのだというある種の開放感から、口を開く。

「……妹が……かつて、消せない疵を受けた。永い時間をかけ癒やしてきたが……完治に至らないと、友人の魔女から教わった。普段の生活には支障ない、だが、異能を発揮する時、疵が広がるのだと」
「……」

頭痛のことか。
霊夢は先の戦闘を思い出す。

「それはまだいい。問題は……能力の暴走だ。妹は、ちからを制御できなくなってしまった。破壊の波が漏れるのだ」
「それは――」
「使い熟すことで……制御できる。だが、妹は時折気が狂れることがある。疵のせいだ。そして、それが起きた時、記憶が混乱する。そして、制御する術を失う。永い時間をかけ修練したものが、ただ一度の発作で霧散する……」
「……」
「なにより、その教えを“こなせる”ものがいない。いつ破壊に晒されるか解らない危険の中で、妹に我慢強く寄り添えるもの……此処には私と、友達の魔女だけだ」

レミリアが饒舌に語る絶望。
どれほどの永きを越えてきたのか……。
短命種たる霊夢には想像も付かないことだ。
彼女の「永い」と霊夢の「長い」は根本から違うのだから。

「そして、もっともっと永い時間をかけ……一つの結論に至った。わたしがいるからだ、と」
「――はあ?」
「私の眼が、妹の完治を邪魔している。妹の疵が治らないことを視てしまった。それが妹の未来を制限している。だけど、あの子を遠ざけていたって問題の解決には至らない……だから……私が死ねば解決するかな、と考えたのさ」
「…………」
「尤も私は死ぬことなどない。そうだな、少しばかり棺桶で百年も眠れば――いひゃひゃひゃ」

輪郭が崩れるほどに頬を引っ張られ、言葉を失うレミリア。
見たかった霊夢の顔は、心底呆れ顔だった。

「呆れた。そんな方法で解決するとでも?」
「他に方法が――」
「今度こそ、妹が壊れるわよ」
「…………なに?」
「痛みより、狂うより、なによりも会いたいと思っている姉が自分のせいで死んだなんて知ったら、どれほど哀しむと思うの」
「フランが?」
「不器用な姉妹ねえ……大事に想っているから会わない、大事に想われていると知っているから我慢するって……会えば良いじゃん。痛みなんて、一緒にいれば平気よ」
「簡単に言ってくれる……あの子がどれほど苦しんできたか、お前には解るまい」
「じゃあ、あんたはあの子があんたに逢えずどれほど寂しいか、解るの?」

途端、レミリアの紅い瞳が潤む。
言い過ぎたか。
だが――
王を語る悪魔の顔が、ようやっと、霊夢が旅路の中で視てきたあの少女の面影と重なった。

「あの子が痛みに苦しむ姿をもう見たくない……」
「そのくらい我慢しなさいよ。あの子は痛いのを我慢する、あんたはそれを受け入れる。お互い少しずつ、痛みを分かち合えるでしょう?」
「…………嫌われれば、別の誰かを、何かを探すと思ったの。あの子は賢いから」
「賢いから、それがあんたじゃないと思い知るだけでしょうね」
「……いじわるね」
「だってあんまり馬鹿馬鹿しくって……ねえ、そう思わない? フランドール」

――爆煙のさなかから、美鈴と……その腕に抱きあげられたフランドールが現れる。
悪魔の妹は美鈴の抱擁から逃れると、霊夢が身体をずらしたその隙間に飛び込み、レミリアの胸へと飛び込んだ。

「お姉様……!」
「……フラン……フランドール……」
「お姉様、お姉様……お願い……もうひとりはいや……」
「………………ごめん……ごめんね……フラン……ごめんなさい……」

霊夢は立ち上がり、数歩下がる。
吸血鬼姉妹の抱擁に、どこか寂しげな貌を作るのだった。
その隣に、異郷の妖怪が並ぶ。

「……それに、コツは掴んだわ。その制御とかいうの、いつか私を呼べばやったげる……あんた、気を扱うのが上手いじゃない? あんたにもやり方を教えてあげるわ」
「――そんな簡単にできるものなんですか?」
「簡単とは失礼ねえ、幾千幾万の試行あってこそよ」
「は、はあ……」

……結局、これで異変解決となったのだろうか。
いま口を挟むのはなんだか野暮な気がする。
しかし確証無くては帰ることもできない。
どうしたものかと悩んでいると……。

「紅霧を消したわ」

――と、後から声がかかった。
振り向けば紫のローブを夥しい鮮血に染め上げ、病的に白い肌もまた同じく固まりかけた返り血に染め上げる凄惨なる姿の、紫の瞳、紫の髪の女が佇んでいた。

「ぱ……パチュリー様!?」

美鈴、異郷の妖怪が驚いた声をあげるが、女は軽く手を上げるだけで慌てる風でもなく、美鈴を制してから霊夢を睨み付けてきた。

「はじめまして、博麗の巫女。私はこの館の居候魔女。そして、そこの吸血鬼から依頼を請けて紅の霧を作ったものよ……まぁ、原料はアイツだけど」
「これは御丁寧に。じゃあ、異変は解決したって事で良いのね」
「……私達にとっては異変ではなく、住みよい環境を作ろうとしただけなのだけどね」
「手前勝手にやられちゃ困るのよ。里の人達にどれだけ迷惑がかかったことか」

霊夢が抱き合う姉妹をもう一回だけ見てから数歩退がる。
すると、

「ねえ、貴女……どうして突然強くなったの?」

魔女が声をかけてきた。

「え……うーん……突然、というか……」
「貴女の異常な回帰、そして人間としての研鑽。それらがこの夜だけで起きたことだなんて到底信じられないのよ。貴女の身体に何が起きたというの?」

霊夢は魔女に向け首を捻る。

「うーん、なんだろうねえ……私も、自分自身で解らないんだ」
「…………そう」
「あとはまあ、全部そちらに任せるわ。私は異変解決の専門家。家庭事情に首を突っ込む気は無いの。それに……」
「それに……?」
「ああ、いいえ、いいわ。さようなら」
「……さようなら」
「――ま、待ってください霊夢さん。まだちゃんとした御礼も出来ていません」

踵を返し、出口へと向かう紅白巫女。
そんな巫女の背中にかかった美鈴の呼びかけに振り向き、

「御礼なんて言われる筋合いはないわ――悪さをしたら容赦はしない。妖怪がなんかしたら、博麗の巫女は必ず現れる……私とあんたらの関係は、それだけでいいのよ」
「は、はあ……」
「じゃあね。あのメイドにもよろしく」

今度こそ、霊夢は振り向くことなく出口へと消えていく。館の両扉から一歩踏み出し、そして――月の無い闇夜にふわりと身体を浮かばせたのだった。


***


夜の闇をしばし飛ぶ。
……朝がいずれやってくる。
自分は博麗の巫女。
異変を解決するための存在。
その事実だけがあれば良い。

……今頃騒ぎは落ち着いた頃だろう。
人々は騒ぎを納めて家に帰っているのだろう。
折角寝静まった子供が起こされたかもしれないけど……また、お母さんと一緒に眠るだろう。
明日の野良仕事に間に合わんと慌てて布団に潜り込む農夫さん達が沢山いるだろう。
良い気分で酔っ払っていた人が、悪酔いしたかなと家に帰っているだろう。

よかった、ほんとうに。

霊夢は口元に薄らと笑み浮かべたまま、夜闇をふわり飛び続けた。
霧の湖を越えるかどうかといった処で、突然の目の前の空間が割れる。
帰途の飛行を止め、滞空する霊夢の前に、幻想郷の賢者が姿を現した。

「紫」
「貴女は、誰」
「見りゃ解るでしょ、私は博麗霊夢」
「……藍が遺骸を掘り起こした」

――そうか。
どうやら、ここまでのようだ。

「……答えなさい、貴女は、誰」
「私は博麗霊夢……その残滓」
「――――」
「わたしはあきらめなかったよ。さいごまで……役目を全うした」
「霊夢、私は――」

なにかを言いかけた紫の胸の中に、無拍子の跳躍で飛び込んだ。
さっきのフランドールのように。

「れ……」
「褒めてよ。ちゃあんと、異変を、解決したわ」
「霊夢」
「私は博麗霊夢。異変解決の専門家。わたしは幻想郷の調停者」
「霊夢、待って、霊夢、ねえ」
「褒めてよ……ゆかり」
「待って、お願いだから、待って!」
「きっと……いろんな奇跡が……かさなって……わたしは……」
「――霊夢、ねえ、霊夢? 怒っているの? 意地悪言わないで。驚かさないで」
「……闇に助られた。運命が決定づけた、回帰を学習できた……わたしは……あきらめなかったよ……」
「お願い、待って、お願い!」
「紫……ほめて……」
「嫌よ! 貴女は此処にいなければいけない! いけないのよ!」
「……………………あの子が待っているの………………」

それきり

博麗の巫女であったものは

夜闇に溶けていった



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