Coolier - 新生・東方創想話

異譚・紅魔郷

2025/02/23 17:22:24
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邂逅

「なにをしているの、フランドール」

頭上の声は……やはり、幼女だった。
白いドレスに赤リボン。
青みがかった銀の髪に、何処までも深い真紅の瞳。
結ばれた口元、落ち着いた雰囲気の視線には全てを見透かす知啓が宿る。
愛らしさはフランドールと同じなのに、どこか大人びた雰囲気をも持っている。それは、気品というものだろう。面白い子だな、というのが第一印象。
可愛いのに、気品に溢れ、優雅なのに、あどけない。
そしてそれら全てを吹き飛ばすような、暴力の気配。
あれが、姉か。
フランドールを抱擁から解き、立ち上がる。

「おねえさま……」
「……酷い有り様……またあんたの仕業ね。何処までも人のすることを邪魔して」
「え、ち、ちがう……お姉様の、敵を……」
「敵? 何処に?」
「こ、ここに……」
「あんた、敵と抱き合って何しているのよ」
「ち、ちがう……」
「なにが違っているの……もういいわ、お黙り」

……半壊した二階の吹き抜け階段から、ふわりと優雅に降りてくる吸血鬼。
霊夢はゆるりと後ろに下がり、ひとまずは黙って事の行く先を見つめていた。

「お姉様」
「――ようこそ紅魔館へ、侵入者。私はレミリア。レミリア・スカーレット……まったく、どいつもこいつも使えない。結局私が出ることになるなんて」
「博麗霊夢」
「そう、では霊夢。ここには何用で?」
「その前に聞いて良い?」

レミリアは、話の腰を折られ少しだけ険を見せるが、すぐに「どうぞ」と余裕を戻す。

「なんで妹に意地悪するの?」
「……使えな――」
「じゃなくて、本音を言いなさいよ」
「――」
「……?」

声を一瞬失うレミリア。
その隣で不安げに姉を見上げるフランドール。
数歩の間合いの内に立った霊夢は、自然にそうなるよう、位置を作っていた。
……あの子があんまり良い匂いだったからだろうか。
それとも哀しげに身を縮ませているからだろうか。
それとも……目の前の白いドレスの吸血鬼が何かを隠しているからだろうか。
レミリアは真っ直ぐ此方だけを見つめている。
――ただの一回も、足元で涙を浮かべて見上げる妹を見ようとしない。

「…………随分とまあ、成長したものだわ」
「おかげさまで」
「でも、応える理由はないわ」
「ふうん……じゃあ先に答えるわね。私は、紅い霧を祓うために、来たのよ」
「その元凶は、私」
「じゃあ、あんたを倒せば終わる話ね」
「そうよ」

…………。
長い、長い旅路であったはずなのに、何処かあっさりとした印象を受ける。
まあ、感慨深く思いに耽るというタチでもないが。
とはいえ、まるで人生の大半を費やしてきた気すらしているが、時間にすれば数時間の出来事だ。あまり気負うのもおかしいだろう。

「そもそも何故霧なんて生み出したのさ」
「私が日光に弱いから」
「ふうん」

だけど、なにか……引っ掛かる。
指に木の欠片が刺さった程度の違和感。
このまま始めるのは構わない。
だけど、このちくちくした感じが気になって仕方ない。
旅の終着点、目標の敵と出会っているのに戦闘へと感覚がシフトできない。
元より霊夢はそういう性格であった。
直感と、印象とで直情的な反応を示すおんなのこ。
元来の自分を取り戻したと云っても良い。
元来の御業を身に宿したのだから、それはとても自然なことなのだろう。

「うーん」
「なによ?」
「いや、なんか……まあ、うん、まあ、迷惑よね、ほんとうに」
「引っ掛かるわね」
「そっちこそでしょ」

一触即発の空気が漂っている。
……筈なのだが、どこかのんきな、どこか穏やかな会話が展開する。
はて、私はどうして悪魔を前にこんな……緊張感を失っているのだ?
死のイメージは付きまとっている。
それでも尚、この緩い空気が払えない。
不思議だ。まるで、何年来ものともだちに出会ったような安堵感すらが漂う。
霊夢の中の霊夢が作用しているのかもしれない。
……それだけでも、ないだろう。
この子は……この子自体が、未だ殺気じみたものを見せていないのだ。身に纏うものとは違う、此方に対する明確な殺意、敵意、食い気……その他諸々が。
それが彼女の性質なのか、単にやる気がないからなのかまでは解らない。

「やる気あるの?」
「そっちこそでしょ」

……まさか向こうからも言われるとは。
霊夢はそれこそ戦闘の際に気質めいたものを自在にする術を身に付けている。
やる気にさえなれば、今すぐ全力戦闘に入ることができる。
感情を消す、と言い換えても良い。
もう棄てたりはしないが。
だから、いわれる筋合いはないといえば、ない。
……尤も、その“やる気”に欠けているのが現状なのだが。
向こうも、そうなのだろうか?

「引っ掛かるからもう一回聞くわ」
「答えないわよ」

……少しずつ解ってきた。
波長が合うのだ。会話の流れが心地よい。
一を話し、十を知るように、この子との間に応酬される言葉の弾には多くの文脈が隠されている。それが、気味悪いくらい心地よい。
これが会話を楽しむと言うことなのか?
霊夢は他者との接点が極めて少ない。こんな心持ちは初めてだった。

「……どうすんのよ、これ」
「……確かに、困ったわね」

苦笑する、レミリア。
釣られて笑い返しそうになるのを寸前で堪える。
流石に、其処まで緩むわけにはいかない。
……可愛い笑顔だ。
此処に辿り着いた報酬だ、と言われても納得できるくらいに。
だが、自分の目的はこの霧を、この悪魔をやっつけることだ。
そのために此処までの旅をしてきた。

「人の苦労も知らないで……」
「あら、識っているわよ」
「そういえば、そうよね……いつから?」
「……そこは少し曖昧なの」

だから、これ以上踏み込むことは許されない。

「やっぱりやるしかないわね」
「それは、そうでしょうよ」

――待て。
心の声が、霊夢を止める。
――いいえ、やりましょう。
心の別の声が、霊夢を誘う。
相反する声だが、その意志の行く先はどれも同じだ。

異変を解決せよ(この愛らしい悪魔のことをもっと識りたい)

霊夢は、札を構える。
レミリアは、優雅な仕草で己の手を胸に当て、微笑んだ。
そして、ひとこと。

「来るが良いわ、博麗の巫女――こんなに夜も紅いから、本気で殺すわよ」

そう、呟く。
やるしかないだろう。
此処までの戦いで、一つ解ったことがある。
戦いは、凄惨で、辛く、痛く、哀しい事が多いが……“相手を理解する”という一点に於いてとても強力に作用する。
あの宵闇も、氷精も、紅魔の門番も、メイドも、皆どんな考えで、どんな認識だったか霊夢には朧気ながら、理解できていた。
知り得なければ、戦えない。
戦闘とは、相手を知り尽くすことから始まるのだと理解した。
直感でも、知識でも、行程はどうあれ目指す場所は常にそこだ。霊夢の戦闘スタイルはそのように完成していた。
つまり、戦いとは雄弁に己を語ること、それを聞く事……会話と同義なのだ。
その果てに殺し合いがあるから……理解しても、解り合えないことが多いのが、残念である。

「永い夜になりそうね」
「楽しい夜になりそうね」

戦闘が始まる。

初手から間合いを離し、札と針とで牽制――しようと目論んだところに追い縋ってくる白い影。

――速い!

取り出した針で振り薙いだ爪に合わせ、威力に負けて吹き飛ばされる――のを空間跳躍、振り抜いたレミリアの頭上に出現、飛ばされた威力を乗せた蹴りで地面に叩き付ける。
再び、今度こそ跳躍で間合いを離す、
地面に激突した悪魔は……ぶわ、と全身が“ほどけ”蝙蝠の群れとなる。それらが崩壊したホールいっぱいに広がってきて、間合いを離し、二階、吹き抜け踊り場に出現した霊夢の元へと至る。
呼吸を落ち着かせる間もなく、大幣を取りだし蝙蝠の襲撃を払い、除けた。
祓われた蝙蝠が今度は壁に激突、そこで再びレミリアを形作る――ところに針が突き刺さる。悪魔は掌を翳して紅い障壁を呼ぶも、数本の針が障壁を破って可愛らしい顔面に突き刺さった。

「……やるわね、思った以上だわ」
「…………ッ」

一合で、これか。
大幣を油断なく構える霊夢は戦慄していた。
旅路の終着点に相応しい相手だ。
負けるわけにはいかない。
先ずは、克たねば。

「やるからには、愉しみましょう?」

踊り場に対峙する二人。
掌が向けられる――紅い高速光弾が射出。回避運動と共に接近、大幣で振り払おう――としたのを空いた手で受け止めるどころか薙ぎ払われた。
力では全く適わない。
だが――空間跳躍、悪魔の背後に出現して再び蹴り、背中を圧され、よろめくところに針を打とうとして、殺気を感じ、即座に回避運動。
先程射出された光弾が追いかけてきていた。
壁を蹴り、天井を蹴り、追跡弾と、体勢を直したレミリアから距離を取りつつ大幣で祓っていく。
最後の弾丸を消した瞬間、其処に巨大な棘鎖が突き刺さる。
霊夢ごと壁に穴を開け、止まった鎖。その上にゆらぎと共に着地した霊夢が奔りだす。
術のインターバルに入っただろうレミリアに一気に接近、大幣を振り抜くも、再び巨大な紅いオーラを纏った爪の一撃と相殺され、弾き飛ばされる。
踊り場から、一階に墜ちる寸前猫のように身体を開店させ、着地した。
これで、二合目。

「…………」
「今まで色んな人間と戦ったけど……」

レミリアは、とても楽しげに笑う。
冗談ではない、此方は全力で、かつ、死の際を何度も掠めた戦い方を強いられているというのに、この悪魔は未だダメージなしか。

「此処まで負けん気の強い人間は数えるほどしか経験が無いわ。私の爪が怖くないの?」
「近付かなきゃあんたをぶちのめせないじゃない」
「あはは、道理ね。それにしても……二回も王を足蹴にするとはなにごとか!」

三合目。
ふわっとホールの中央へと浮かび上がるレミリア。
先程射出した紅い光弾を纏う蝙蝠が無数に浮かぶ。
……あれが全て誘導弾か。

「行け」

号令一下、紅弾が降り注ぐ。
霊夢は――その速さを計算しながら壁を垂直に駆け上がる。弾の速さの方が僅かに速い。追いつかれるのは必至、レミリアを見据えながら角度を変え、壁を横向きに、弧を描いて駈けていく。そして、高度を合わせたら真っ直ぐに特攻した。
その動きまでは読んでいたレミリア、凄絶な笑みと共に片手を上げ虚空を翳し、「スピア・ザ……」と、何かを成そうとする。
誘導弾を真後ろに引き連れたまま、最高速で近付き――何か、巨大な紅い――槍?を生み出そうとしていたレミリアの身体を擦り抜けるように、跳躍。

「あ」

目的を失った誘導弾がレミリアの身体に激突、紅い光の爆発が発生した。
霊夢は天井の、元シャンデリアのあった骨組みの上に現れ、その爆発を見下ろした。

……これほどとは……
美鈴は戦いが始まると同時にフランドールを護るためその傍に近づき、巫女と悪魔の戦いを見上げていた。
強くなった、それとも元来の己を取り戻したのか。
最早自分には届かない高みの戦いだった。
あの巫女のことはもうよく解らない。
フランドールの元に来ると、妹様もまた呆と空を見上げて光弾の燦めきを真紅の瞳に反射させていた。

「妹様、お下がりください……失礼します」
「だめ、此処で良い」

ひょいと抱き上げ安全圏に移動しようとする――のをぽかぽか叩かれ止められた。

「しかし、ここは危ないです」
「なら護ってよ」
「……解りました」
「ねえ、それよりも、見て、あれ、ほんとうに人間なの? にんげんって、あそこまで美しく戦えるの?」
「そうですね……本当に、美しい」

妖怪をして美しいと言わしめる。
あの戦い――あれが、たった一回だけなのはあまりに儚い。
だが、始まった以上いつか勝敗は付くものだ。
美鈴は、いや、もしかしたら妹様までも、
館主だけではなく、あの巫女を応援している心が生まれていたのかもしれなかった。

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