Coolier - 新生・東方創想話

異譚・紅魔郷

2025/02/23 17:22:24
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紅錯

紅い光の爆発。
レミリアはそこで高笑いと共に現れた。
少なからずダメージは負っているのか、衣服のあちこちが破れていた。

「あっははははは! 私の蝙蝠で私を傷つけたか!」
「手っ取り早い攻撃だったので」
「あははは! 面白い、本当に面白いよ、霊夢」

なにが楽しいものか、こちとら何度死線を越えたか解らない。
……フランドールと先に戦えて良かった。
悪魔の、いやさ敵弾の威力を身を以て知れたのは得難い経験だった。
何処まで弾に接近できるか、身体が覚えてくれている。
そんなギリギリの、身体に触れず、掠める回避……皮膚を傷つけない、衣服をチリ付かせる……グレイズとでも名付けようか、を何度強いられたことか。

「お気に召して何よりだわ」
「うん、そうね、もっと余興を愉しもうか。お前となら、踊れそうだ」
「…………」

四合目が始まる。
未だホール中央に滞空するレミリアの周囲から紅い光弾が浮かび上がり、ゆっくりと周囲に指向性を持たずしてふわりふわりとしゃぼん玉のように無数に浮かび上がっていく。
それを見た瞬間、チッと舌打ちし、針を投げる霊夢。
置き弾か、厄介な。
針が爪で凌がれる。その極々僅かの隙に、霊夢はできるだけ強く念を込めて霊符を放った。放たれた四つの符をみたレミリア、爪で凌ぐを止め、霊夢を遙かに凌ぐ速度で天井に移動――した処へ誘導の意志が籠められた霊符が迫る。

「あっははははは!」

楽しそうな笑い声と共に、霊符との追いかけっこが始まった。
しかし笑いながら、奔りながら、次々飛ばし始める紅い誘導弾。
器用な真似を!
自分を棚に上げつつ放たれた誘導弾を見て走り出す。
先の蝙蝠弾より速度に劣るのは助かった。走り、飛ぶことでも逃げることは出来た。しかし――ホールに広がる浮遊弾。あの最中に入って二重の回避をするのは――。
壁を走り抜けるだけでなんとかなるか?
いや駄目だ、レミリアの狙いは――

壁を蹴り、数多浮遊弾の浮かぶ只中へ。離れた壁を一瞬の後に紅い稲妻の如く斬撃を纏った悪魔の白い身体が通り過ぎていた。
僅かの被弾(グレイズ)。大丈夫、ダメージはない。だが――
浮遊弾の領域に入り込まされてしまった。
誘導弾が迫ってくる。
だが跳躍で凌ぐ場所が無い、いや、レミリアはそれを待っている。壁を奔って回りながら此方の動向を探っている、跳躍に合わせて突進する気だろう。
先の破壊の波動には指向性があった、波があった。
霊夢はその動きを読んで避け切れた。
しかしこの置き弾には動きがなく、ただそこで浮遊し中に入ったものの動きを束縛している。
賢いヤツだ。霊夢の弾の避け方を学習、対応したのか。
ならば――
再び霊符を出し、念を込める。
大丈夫、間に合う……!
霊符八枚を自分の周囲に展開、霊符達が基点となって、立方体の結界が出来上がる。
作られた結界に向けて霊力を籠める。
着弾した誘導弾を、真正面から霊力で受け止めきった。

「ぐっ……うぅ……!」
「悪手だねぇ、霊夢」
「!」

いつの間にか回転運動を止めていたレミリアが、踊り場のへりに腰掛けていて、にこりと笑いながら指を鳴らす。
周囲に浮かんでいた浮遊弾が、一斉に爆発――
ホールが轟音と爆光で彩られた。

「勝負あった……?」
「霊夢……死んだの?」

美鈴の声に呼応するフランドール。
はっとした。
そうだ、人間は……死ぬ。
敗北は……死。
先までの戦いの霊夢とは違う、どう変わったのか解らないけど、人間離れした回帰はしないことを悟った。でなければ、どうして左腕を失ったままで戦うだろうか。
あれは、どこまでも人間であったのだ。

当然、館主の勝利を信じ、望んでいる。

だが……同時にあの人間を失いたくない、二人はそんな感情を抱いていた。

しかしレミリアは――

「……ふふ、そうこなくっちゃ」

座ったままに、光が収まっていく中、霊符で作った結界の中、陰陽玉を周囲に展開、衝撃を玉と結界で凌ぎきった霊夢が――もう一つの陰陽玉を投げるモーションに移っていた。
放たれる、紅白玉。
それはレミリアの想定を超えた速度で迫ってきた。
真紅の瞳が見開かれる。
楽しげに、そして驚きに。
座ったまま、余裕を見せ受け止めるつもりが徒になる。
両手で妖気を展開、巨大な爪のオーラで球避けごっこよろしく撃ち出された強力な霊気を纏った紅白玉を受け止める。

「くっ……!」

激しく迸る紅光の中、見れば霊夢が滞空したまま陰陽玉に手を翳し、霊気を振り絞っていた。
此処を勝負所としたか?
面白い!
レミリアは、ゆっくりと身体を起こし、途方もない威力を真正面から受け止め、ねじ伏せようと両手を開く。

紅と赫がせめぎ合う。

方や妖気、方や霊気の凌ぎ合いは、やはり元からの力に勝る悪魔の爪が徐々に、徐々に陰陽玉を砕いていく。

「どうだっ」

陰陽玉が砕かれる。
籠められた霊気は霧散し、周囲に強い光と共に拡散していった。
勝利を確信したレミリア――だが、光の収まった先に霊夢はいない――背中に、衝撃。

「ぐうっ!」

器用な真似を!
あれだけの集中を見せながら虚空を跳んだのか。
背後から大幣の一撃を受け、遂にレミリアはこの戦闘初の再生を開始した。
しかし霊夢はその勝機を逃さない、よろめいたレミリアに二撃、三撃と加え、蝙蝠の羽根を、肩を粉砕する。強力な霊気を纏った大幣が振り下ろされる度、ダメージを受け、其処から蝙蝠が広がっていく。
四撃――

「小癪!」

バランスを失って転びかけるレミリアの全身に真紅のオーラが迸る。
霊夢は大幣を振り下ろす勢いそのまま身体を空間跳躍、一階フロアに転がり出た。
振り向き仰ぐ。背後の階段上で、真紅のオーラが十字架の形で爆発していた。
危なかった……しかし、少なからず打撃できたが……まだまだ、到底ダメージには至っていない様にも見える。
立ち上がり、階段の先を見上げながら、あの不死者をどう攻略すべきか考案した。

……まともに戦っていたらいずれ負ける。

まず圧倒的にちからの貯蓄量が違う。
あの子はそれこそ明日の朝まで戦い続けられるのだろう。
だが霊夢の全力戦闘はおそらくあと数合で限界だ。
弾も、札も、気力も、集中も、なにより霊力が尽きる。
人間とは、かくも妖怪に劣るものなのだ。
ひとは技術で、蓄積された知啓で、継承されし秘法、秘宝で化物を凌駕し、駆逐する。
だが、流石に相手が悪い。
相手自体が技術を持ち、蓄積された知啓を湛え、継承されし秘法、秘宝そのものである。
それを超えるには、どうすればいい?
人間に残された、怪物を凌駕する術は?
答えは簡単。
より精巧な技術の粋を極め、より深い知識を高め、より威厳灼かなる秘法と秘術を探ればいい。
霊夢の戦いは、自分が上回る要素を探る試みの連続である。
だが……レミリアに勝てている要素は、今のところ発想力と、僅かに技巧に勝るだけだった。
五合目にして概ね彼我の戦力差が知れる。
さて、どうしたものか。
短い休憩は終わり。オーラの収束を終えた悪魔の王が、霊夢を見下ろし微笑んだ。

「……ふふ、どうしたの? 休憩?」
「困っているのよ。あんた、ちょっと強すぎるんじゃない」
「よく言われる」
「厭味のつもりなのに」
「褒め言葉でしかないわねえ」
「……さて、どうしたものか」
「降参する? 今なら貴女を眷族にしてあげてもよくてよ。こんなに楽しい夜の御礼にね」
「遠慮するわ。これ以上蚊に食われるなんて、想像しただけでウンザリだもの」
「蚊て」

六合目……さて、どうするか。
迷っている時間はない。
手札と勝機を探っている時……

「霊夢」
「…………なに?」
「……私の眷族にならない?」

繰り返す、誘い。

「巫女がひとをやめてどうするというの……私は一度外しかけた。もう、二度とあんなことはない」
「でも、次で貴女、死ぬわよ」
「……余裕の予告?」
「定めの予見よ。視えてしまうの」
「ふうん……あんたが妹を見ない理由って、それ?」
「……貴女との戦闘よ。眼を逸らしたら無作法というもの」
「いいわ、受けましょう。だけど、私が残ったら、どうする?」
「私の負けでいいわ」
「そんな勝利は要らない。そうね、私が凌いだら、その誤魔化しの真相を教えて貰おうかしら」

レミリアが明らかな不満顔を見せる。

「慈悲を与えられていることに気付けないのか?」
「慈悲? 憐みの間違いでしょ」
「……愚かな……だけど嫌いではないよ、霊夢……奇怪の徒には相違なきも、強ち人の憐愍を乞わず、かつて恵与を強いしことなし。恩赦する王にあれ鷹揚に断ずること、あたかも上人が如き勿体振りなり……ふふ、なら、死ぬなよ――これより必殺に入る」

右手を掲げる。
――先の槍か。

あの悪魔が魔力を集約させて、撃つ。
受けは無理だろう。
躱すしかないが……さて、どうする。
亜空を渡るかグレイズを狙うか。悩む時間はもう数秒しかない。
頭上から見下ろす悪魔王の掲げた手の上に、今までに見たことのないような魔力の集約、紅いほむらを陽炎の如く揺らめかせる紅光の槍が顕現していく。
……勿体ぶることだ。
故に、自信があり、故に此処を勝負の決め所としたのだろう。
――小手先で凌げる業ではないことを直感した。

「行くわよ、霊夢。神鎗――スピア・ザ・グングニル!」
「……よつとや しほうさま やつとや やおろずのみたま とえふたや ひとえのおどり とえろくとや とうとう じゅうろくむすんでよつえむすびのさかいなれ」

受けは出来ない。
だが、ならば、此方も受けて立つ。
霊夢は会話が発生した時点で練り始めていた全ての霊気を引き絞った霊符を投げ――結界を作る。

【受ける気!?】

レミリアは霊夢が躱してくると予想していた。
だがまさか、受けてくるとは。
躱そうとして、失敗して、致命に至らぬ傷を受け、斃れる。助けて、終わる。
それが視えた定め。いつのまにか探していた勝ち筋。

――いけない、巫女が死ぬ。

だが、もう、引き絞られた弓は放たれる。集約した魔力を消すことは出来ない。
せめて元からの狙いであった彼処から、もっとずらして――いや、このまま、撃つ!
己の心に驚きつつもレミリアは巫女が凌ぐことに賭けた。

……不思議ね、生き死にの戦いのなか、相手にこんな感情を抱くだなんて。

「死ぬな」この言葉は正しく本心であった。
この戦いが、巫女がどう思っているかはともかく、レミリアにとっては特別な意味を持ち始めていた。自分と全力でここまで戦える人間は過去の記憶に存在しない。
四合を越えて生存した人間などいなかった。正しく死合である。
遍く魔をしてデーモンロードの冠を掲げたこの自分と、だ。
どころか、あの巫女は何度も、何度もレミリアを打ちのめした。
だから、たったひとりの人間に対して“槍”を撃つなどと――。

ただ純粋に、種としての優劣を競う。

認めよう、腹心もって臨んだ戦いであったがその最中で目的が変わっていった。

あの巫女に死んでほしくない。

波長が合うのだ。
十を争い、一を悟るように、あの巫女との間に応酬される弾幕には多くの文脈が隠されている。それが、気味悪いくらい心地よい。
これが戦いを楽しむと言うことなのか?
レミリアは人間を根本的に信用したことはない。こんな心持ちは初めてだった。
失うことを恐れてしまった二人目の人間。

だが――思い空しく

迸る紅稲妻。
槍の形を創る、全てを貫く紅い流星。
射出速度は光速のそれに近い。投げのモーションなど本来余計なのだ。
それでも王は投擲する。
これぞ権勢にして顕正。

紅い光と、僅かに遅れ、激しい爆発がホールに轟いた。

***

……気が付いた時、レミリアは組伏され、倒れていた。
上にのし掛かり、荒い息で見下ろしているのは、博麗の巫女。
――無傷にして、健在。
真紅の瞳を見開き、己が掲げた全力が破れたことを悟る。

「どうして――」
「はあっ、はあっ、はあっ、はああ……」

息を整えながら、その手に紅く輝く陰陽玉を携えている、巫女。
ああ……これで終わりかあ……。
レミリアは、明澄の心持ちで、巫女を見つめた。

「まあいいか……私の負けね」
「はあっ、はあぁ…? そんな勝利は要らないって言った……はあ……わよね……?」
「いいや、お前の勝ちだよ。王とは、魔とは、そういうものだ。お前は、私の全身全霊を破ったのだ……素晴らしい」
「…………」
「なあ、どうやったんだい?」
「……あんたの槍が亜空を超えてくるのは直感できた。跳んで逃げるのは無理。だから、受けた。弾を防ぐ結界と、弾を送る結界と、弾を閉じ込める結界と、弾を反射する結界を同時に使った四重結界……上手くいって良かった。でも、それでも槍は殺しきれないと考え、跳んだ。どうせ貫かれるならあんたごと……って思ったからね」
「一緒に縫い付けられる気だったの?」
「まあね――手っ取り早い勝ち筋だったので」
「ふふ……ははは……」

完敗だ。
初めての敗北が、まさか人間とは。
いいや、それでこそ、だ。
槍が暴れたおかげで起きた爆煙がまだホールを支配している。
……お誂え向きだ。

「見事よ、博麗霊夢。さあ、殺すが良いわ」
「……?」
「さあ、ここ……此処を、おまえが貫けば、私はきっと死ぬ」

そっと手を伸ばし、霊夢の、紅い霊気を放つ陰陽玉をもった手首を掴み、
もう一方の手で己の心臓の上に手を当て、微笑む。
少しだけ、恥じらって頬を染めながら、その手首を胸元へ導く。

霊夢は――。

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