四・間不容髪(かんぱついらず)
「鋏……ですか」
「そう。面倒なことになったわ」
人里の茶屋にて。
霊夢は早苗と合流を果たし、だんごを食べつつ情報交換を行った。
早苗は、ひとまず大通りで宣教活動を行い、そのついでに少女が襲われたので夜間の外出は控えるようにと呼びかけをしたとのこと。そこで思った以上に時間をかけたため、命蓮寺にはまだ向かっていないらしい。
しっかり自分の仕事をしている辺り、小狡いというかちゃっかりというか……商売敵としてはまんまとしてやられた霊夢である。
霊夢の話をやりとりしながら二人は追加の餡蜜を頼む。
「とりあえず、どうしましょう?」
「地道に探すしかないわね」
「鋏を、ですか?」
「鋏を、よ」
早苗の顔に渋みが湧いた。
素直な娘なのだ。
しかし、霊夢にとっても頭の痛い要件である事には違いない。
二人は共に溜息をつき、方や茶を啜り、方や餡蜜の白玉を頬張った。
「流石に無茶が過ぎますよ。鋏ですよ? 一家にひとつ、御用達ですよ? ないおうちなんてあるわけない、それを探すというのは……」
「ひとりでに歩きまわっている、という条件が付けばけっこう絞られるでしょ」
「ンな無茶な……ぢっとされたらお手上げじゃないですか。もしかしたら、妖気みたいので解るかもしれませんけど……」
「無茶でも無理でも、探さなきゃいけないのよ。だからこそ、どうすればもっと見付けやすくなるか、考えないと」
「なるほど……妖怪退治も簡単ではないのですねえ」
「異変はさ、派手だからラクなのよ。用意する相手も基本的には我こそが異変の首謀者であるぞって大々的にやらかすしね。隠れてコソコソってのはあんまりない」
「楽……は、流石に言い過ぎでは」
「そう? 首謀者を潰せば良いだけだもん。こういう、隠れ潜むとか逃げ回るとか、そういう方がよっぽど厄介だわ」
「なるほどぉ」
霊夢の主張に感心はすれど賛同はしないでおく早苗。
餡子を口に運ぶ紅白巫女の、悍ましいほどの強さは誰あろう早苗自身がよく解っている。
それにしても、鋏を探す……というのは……頭の痛い事案であった。
「あ、そうだ、さっき集まっていた里の拝み屋さんたちにお願いをするのは?」
「……後で商人さんのトコに行ってお願いしておいてくれる? でも、一回人を襲っている以上くれぐれも用心するようにと念押ししてね」
「はい、了解しました。霊夢さんは?」
「一緒に行って、私は慧音に状況を話しておく。人手が必要な事、警戒が必要な事もね」
「はーい……で、その後どうやって探すか、ですね?」
「そういうこと。今のところは手分けして地道に探す……くらいしかないのよ」
「落とし物の鋏があったら……って、おおっぴらに呼びかけるのは?」
「駄目よ、下手に探す里人が出たら危険だわ」
「ああ、それはそうですね」
餡蜜の甘い汁を啜りつつ早苗は策を企んだ。
こういうのは、霊夢より優れているつもりだ。
他者の使い方、人脈の有効利用。そして交渉事。かつて女子高生であった頃に鍛えあげてきたコミュニケーション能力が、まさか幻想郷に来てまで活かせるだなんて思ってもみなかった。
霊夢は(それが良いところでもあると思っているけど)その辺りがちょっと……いや、かなりへたっぴだ。それは、どうやら霊夢自身も自覚しているらしい。
孤高のひと。そんな形容の合う子なのだ。
だから、誰も彼もが霊夢を構いたがる。ほうっておけないから。
かくいう自分もすっかりやられている。こうして一緒の仕事が出来るのが、嬉しい。役に立ちたい、あわよくば裏をかいて手柄を独り占めしようとすら思う。
それは同時に、彼女の認識の中に自分を焼き付けたいという欲の裏返しでもあるのだろう。
……思考を戻す。余計な事を考えている場合ではない。
いまこそが、その絶好の機会なのだから。
「そうだ、命蓮寺の協力を仰ぐのはどうでしょうか?」
「命蓮寺?」
「ええ、たしか、あすこの妖怪の中に、.付喪神に関してのエキスパートがいるのでは? それに、里人に被害があるとか妖怪の暴走とかなら協力は惜しまないはず」
「却下」
「えー? どうして?」
「状況が変わったわ。いざ「鋏」が見つかったとき、連中と敵対する可能性がある。「鋏」を保護する、とか言いだしたらどうするのよ」
「あ……」
……霊夢はもう鋏の妖異を排除対象にしているのか。
それは、そうか。人里で被害が発生したのだから、その処分は決定している。
殺すために、探すのか……早苗の気持ちは暗くなる。
まだ「殺意」というものには慣れきっていなかった。それが例え、妖異であっても。
「うーん、妖怪退治だけに協力してくれる方、というのは難しいのですねえ」
「まあね……そもそも私達こそがその専門家なのよ。あんまり誰かの力を期待してはいけないわ」
「まあ、そりゃあ、そうなんですが……」
「まあ、探せばそのうち見つかるわよ。あんたと私なら……問題は、時間だけ」
霊夢には、第六感とか第七感とか、常軌を逸した直感と、豪運がついている。
早苗には奇跡を起こす程度の能力、即ち異能が備わっている。
二人が本気で探せば妖異といえど、逃げ隠れているといえど、いずれ見つけ出すことだろう。そういった、確信めいたものはある。だがそれを発揮するためには“探す”という面倒な作業工程から逃げることは叶わない。
そして、その間に新たな被害者が出ることも否定できないのだ。
「さし当たって分担を決めましょう。夜と昼とで分けて、交代で休みましょうか」
「……長丁場を想定しているんですね」
「残念ながらね……あんたの言う通り、鋏なんて日常品、軽々に見つかるものではないでしょう。他に、探す方法で良い手段はある?」
「人手を増やす以外で……ですかあ」
「なかったら、そろそろ行動しましょう。私が夜で良いわ。あんたの方が昼行動するのに適しているでしょうし。休憩できる場所を決めましょう。里の中央辺りが良いでしょうね。宿屋か、なんなら稗田の家にでも声をかけようか」
餡蜜を食べ終わるまでが二人で考えられるアイデアの捻出時間というわけか。
合理的というか女の子らしい? というか、霊夢の行動力、決断の速さには毎度舌を巻く。
それはさておき、他にもっと良い妙案はないだろうか。早苗は、未熟とはいえ培ってきた経験と知識を回転させる。
「あ、山の天狗……新聞屋さんに協力を仰ぐのはどうですか?」
「文か……そりゃまあいいけど、あんたやっといてよ。アイツはいて欲しいときにいなくて、いなくて良いときに現れるような奴よ。アテにできないわ」
「了解です。出逢えたら、伝えますよ。それから、これは疑問なんですけど」
「なに?」
「昼夜交代する意味あるのですか? 夜に二人で探した方が良さそうな」
「あー、その方が効率は良いだろうけどねえ……もしも、万が一、昼間に出現したときに対応が一手、二手と遅れるのは困るわ」
見付ける確立よりも対応速度を選ぶ。
これは運に自信のある霊夢らしくないな、と思ったすぐ後、いいや、即応を選ぶ霊夢らしいと考え直した。
霊夢の最優先事項は妖怪退治ではない、これ以上人里の犠牲者が出ないことなのだから。
早苗はついでにもう一つ、質問をぶつける。
「私が昼の担当なのは決定なのですか?」
「自分で言ってる通り、あんたの方が挨拶回り、交渉事には向いているでしょ。そんで、私は夜戦になっても問題ないわ」
「なるほど」
「でも、単独行動である以上、注意してよ? まぁ、あんたが早々後れを取るとは思わないけどね……迷ったら私を呼んで。迷わなかったら、好きになさい」
「わかりました」
「それじゃあ行動しましょうか」
「あ、もう一つだけ良いですか?」
「なに?」
「さっき、命蓮寺の話をしましたけど、あの中の誰か一人とかへの声かけはダメでしょうか? 付喪神の仕業と解ったのだし、あの妖狸はあたっておいた方がいいかな、と」
「ああ、そうね……うーん、確かにそれはそうか」
「ではそっちの件も私が担当して良いですか? 霊夢さん、ざっくばらんに「あんたがやったんでしょ!」って突っ込んでいきそうだし」
「ぐ」
どうやら図星を突かれたのだろう、苦い顔になる霊夢。
あれだけ計略を巡らせていたくせに、いざとなれば、これだ。
色々思考を巡らせど、結局頼るのは腕力というのがいかにも霊夢らしい。
早苗は苦笑しつつ、フォローを始める。
「霊夢さんが言ったんですよ、敵対したくないって。だから私も穏便に調べることにします。大丈夫、交渉事はお任せ下さい」
「あ、そう……」
「ふふ、私も結構役に立てそうですね?」
「あー、そういうことにしておいてあげる。じゃあ、今度こそ調査開始よ」
「はいっ」
こうして、二人の巫女の共同捜査は開始されたのであった。