Coolier - 新生・東方創想話

かみきりばなし

2024/05/17 22:43:57
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三・身体髪膚受之傘(しんたいはっぷ、これをかさにうく)

「ふう…こんなものかな?」

金槌を下ろした小傘は額の汗を手の甲で拭い、満足気に微笑んだ。
金床の上には何度かの打ち直しを経て、まるで新品の如き輝きを取り戻した片刃があった。
……刃毀れは研ぎでなんとか格好が付いたが、刃の半方を喪った状態のもう片刃は最早どうにもならなかった。
自分の手が加わることで、妖異として産まれつつあったものの姿形が変わってしまう事で、妖異としての本質に影響があるのではと危惧はあった。
しかし、このままで変容を迎える事が出来るのかとの不安の方が大きかったし、なにより弱まっていく息吹は瀕死の様を想起させられた。このままでは息絶えてしまうかもしれない、と。
だから小傘は打ち直しを選ぶ。
再刃は、小傘にとってけして初めての行為ではない。だが今回はまるで勝手が違った。打ち下ろす金槌の、一撃、一撃に想いを篭めた。
踏鞴を踏み、炎に金を充て、赤熱した身を金槌で打ち、祈り、打ち、祈った。

どうかともだちをともだちのままに蘇らせてください、と。

勿論普段の作業も一生懸命にこなしている。それでもこの仕事は念入りに。心だけではなく、魂までをも込める。
……終わった頃には疲労困憊の有り様であった。
それは、小傘自身にとっても初めての経験だった。
常を以て真心を篭め打つことを旨としてはいたが、この打ち直しは、まるで自分の魂が本当に吸われているかの如く感じた。
言葉の通り、魂を削っての作業に感じた。それだけの手応えが、あった。

「……目覚めてくれるかな……くれるよね……?」

作業机に置いた、研ぎ澄まされた白刃の輝きを纏う鋏を見下ろし、小傘は大きく欠伸を一つ。
早朝から飯も食わずに通し作業だ。妖怪のクセに、と誰かしらに言われそうだが、正直眠くなっていた。
鞴の火を落とし、鋏と、修繕の済んだともだち候補生たちを並べ終えたらそれ等を枕元として小傘は横になってしまう。
朝日の煌めきが金物達に届き、まるで嬉しそうに笑っているようだった。
小傘は満足気に微笑みを返し、それから「まぶしい」と布をかけ、自分も布団を被って眼を閉じる。意識が泥濘の底へと沈んでいくのは、ほんの僅かの間でしかなかった。

「むにゃ……」

襲いかかる睡魔に心地よく身を預ける。
意識を失う直前、かけた布がもぞもぞ動いている気がした。
が、もうそんな些細はどうでもよく、達成感と満足感の儘に口元を緩ませよだれをたらしつつ眠りにつく小傘であった。

「……さま……あるじさま……」
「むにゃ……もう食べられないよぉ……」

ゆめをみた。
いろんな人が小傘の挙動一つ一つに驚き、桃の木、山椒の木な賑わい様をみせ、おなかいっぱいになるゆめ。皆、にこにこと驚いては笑っている。
しあわせいっぱいのゆめ。
誰もが小傘に驚いて、それから小傘を褒めていく。

「おどろくほど良い傘だね」
「びっくりするほど素敵な傘だね」
「どきどきする、雨の日が楽しみだね」
「わくわくする、持っているだけで楽しくなるね」
「……あるじさまに、よくよく可愛がられているね……」

「「あるじさま……」」

小傘の閉じられた瞳から零れる一筋の涙。
それから、瞼が緩やかに痙攣して、ゆっくりと、色違いの瞳が開かれていく。

「……あ、ゆめ、かぁ……」
「おはようございます」
「ヒッ!?」

唐突に声をかけられ、驚いて上体を起こす小傘。
ぼんやりしていた感覚が、冷や水をかけられたように覚醒する。
滲む視界のなかに、何者かが座って此方を伺い込んでいた。
はて、疲れて眠り込んでしまったわけだが、店に入り込んできたお客様だろうか。
営業開始の札は動かしていないはずだけど、勝手に入られるのは割と良くあるのでそこはまあいい。
自身がいわゆる美少女の体を持っている事に頓着しない小傘である。故にその類の危機感もない。むしろ強盗や物盗りのほうをおそれる……妖怪のくせに。

「あ……あの、何方様ですか……? まだお店は開けていないのですけど」
「あるじさま、わたしは客ではありません」
「…………?」

歪んだ視界、朧な世界が覚醒と共に定まっていく。
此処は先程小傘がごろ寝した自宅兼鍛冶場、その畳の上……のはず。
周囲を見やれば、使い終わって散らばったままの仕事道具(ともだち)たち。
そして――
正座し、畏まっている、自分の姿。

「わわわ、私がもう一人いるぅ!?」
「あるじさま、落ち着いてください。私は貴女ではありません。私は、貴女に救って頂いた鋏です」
「へっ……?」

はっと気が付き修繕したものたちにかけた布を取っ払う……そこに、確かに鋏はなくなっていた。そして、目の前の小傘……いいや、よくよく見れば自分の姿ではあったが髪の長さや色、それに眼の色や、服の色までもが違う。
顔立ちはまるきり同じだけど、別人、いやさ別妖だとすぐ解るくらいには、違いがある。
小傘は慌てて正座する鋏と自己紹介した少女に対峙し、畏まって正座した。

「あ、あの……」
「なんでしょう、あるじさま」
「ええと……からだは大丈夫?」
「はい、それは、もう。あるじさまに打ち直して頂いたこの身体、以前よりも鋭く、頑丈で、しかもなにやら力が漲っている気がします」
「そっかー」

先ずは、良かった。
妖力が戻って、しかもこんな身体を手に入れるだなんて!
とても素敵なことだと思う。自分がその助けになれたのだから、尚更だ。
でも、気になることもある。

「あの、なんで私そっくりなの?」
「私にもよく解りません……ですが、嬉しいです。恩人の姿を借りることができるだなんて……おいやでしょうか?」
「ううん、ううん! 人の形を得ただけでも凄いことだよ、イヤなんてあるわけない。ちょっと……恥ずかしいだけ!」
「そうですか、良かったです」

はにかむ小傘にそっくりな顔に、釣られてにへらと笑う小傘。
良かった、いい子(妖怪)そうだ。仲良くなれそうな気がする。

「あの、聞いて良い? どうしてあんな処で死にかけていたの?」
「食事の邪魔をされました」
「じゃま?」
「私は鋏なので、髪を切るのが食事です」
「……ええと……」
「それで、塩梅の良い黒髪を見付けて斬ったところ、全てこなす前に邪魔が入りまして。その邪魔者にやられました……危うく、死ぬところだった」

小傘は誰彼問わず「鈍い」と云われる質である。かくいう自身にもそんな意識はあった……あんまり難しいことは苦手だ。つらつらと説明する鋏の付喪神の話の内容に、理解が追いつかなかった。
数度の呼吸をかけて後、言葉の意味をようやっと理解できた。
つまり、この子は人を襲って、返り討ちにあって死にかけたのだ。そんなことができるのは、きっと巫女だろう。
……目の前の、小傘にそっくりな鋏の子はやっぱり自分とは違う妖怪だ。
人を襲ったことを、なんでもないように報告する。死にかけたことを、平気で宣う。
何者かに倒されていたのは見付けたときから解っていたけど、その理由がはっきりしたいま小傘は、この鋏をどうすればいいのか悩みだす。

「……どうかしましたか?」
「え、ええと……あのね、ここじゃ、人を襲っちゃいけないの」
「……は?」
「ここは、この辺りは、人里といって、人が沢山集まるところなの。人が、ええと……ルール、だっけ……ちつじょ? だっけ……なんか、決まり事を守って正しく生活しているの」
「なるほど、襲い放題ですね」
「いやいやいや、そうじゃなくって、妖怪のえら~いひとが、其処では人を襲っちゃいけませんよって決めているのよ。だから、此処で人を襲ったらこわ~い巫女がやってきて退治されちゃうの。本当に、殺されちゃうのよ」
「ふむ」
「貴女が……ええと……名前、なんていうの?」
「ありません。産まれたばかりなので……あるじさまが付けてくれるのではないのですか?」
「え……」

大事なことを教えている最中に、もっと大事なことを託されてしまった。
つい寸前までの話題を忘れ、小傘は頭を抱えてしまう。

「え、え、ええ~、名前? 名前……うう~ん……わたし、あたまよくないから良い名前とか浮かばないよぉ~」
「あるじさまが付けてくれるならなんだって構いません」
「……ちょっと、ちょっとまってね……」

普段使わないのうみそを物凄く使って考える。
此処まで悩むのは、どうやって人を驚かすかと計画する時だって及ばない。
だって、「名前」は妖怪を定義づけるものだ。その妖怪が誰であるかと識別できるようになるというのは大いに意味のあることだ。そこに「鋏」が置いてあることと、そこに「誰か」が居るということの差は、天と地ほどに違う。
それほどに妖怪を、個として定義するというのは重大で、厳格なこと。
なんとなく、本能でそう察している。
いつもなら、そんなおっかないことしたくないと逃げるか諦めるところだが……今の小傘はどうにかこの子に名付けをしようと決めていた。
自分でも不思議なくらい、必死に悩む。

「はさみ……こばさみ……はさまんでぃ……はさみす……ハッサン……うう……」
「あ、あの……あるじさま……そんなにお辛いのなら「鋏」で構わないですよ」
「それはだめ! 絶対いい名前を付けてあげるから、待って!」

ついさっきまで教えていた幻想郷での生き方のことは何処かに吹き飛ばし、小傘は必死に悩み続ける。

「うう~ん、はさみ、はさみ……」
「あるじさま」
「なに?」
「あるじさまのお名前はなんというのですか?」
「私は小傘! 多々良小傘だよ! よろしくね……ええと……名前、チョット待って……」
「ではあるじさま、あるじさまのお名前から一文字ください……僭越な申し出でしょうか……もちろん、駄目でもいいですが……」

恥ずかしそうに此方を伺う鋏に、小傘はすっかりやられてしまう(見た目は自分ではあるのだが)なんとか、なんとかいい名前を……傘、小さい、どっちをあげよう? 私から産まれたなら私より小さい? それなら小をあげればいいかも。
小……こなんとか。こむらがえり……ころぶ……ころころ……こまる……。
そんな風に頭の中をフル回転させていると、ふと横たわる己の本体、即ち唐傘と目が合った。
傘にも、鋏にもあるもの。

「こづか……」
「……はい」
「小柄! いいわね、小柄、こづか! 貴女の名前! 二人合わせて傘柄(さんぺい)コンビよ!」
「こづか……ありがとうございます。では、これより私は小柄、多々良小柄です」
「え、名字まで名乗っちゃうの? ……うわぁ、恥ずかしいなあ」
「あるじさま、ありがとうございます」
「うふふ、よろしくね、小柄! ……ええと、何の話していたっけ?」
「わたしが此処で生きるための知恵を授けていただけていたかと思います」
「あ、そうそう、此処、人里で生きるためにはねー、お仕事した方がいいと思うんだ。ねえ小柄、私のお仕事の手伝いをしてくれる?」
「はい、喜んで」

嬉しそうに微笑む小柄に、小傘は幸せいっぱいの気持ちで抱きついた。
そっと抱き返してくるその仕草にますますやられ、きっとこの子と仲良くやっていこうと、そう決めるのだった。



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