Coolier - 新生・東方創想話

かみきりばなし

2024/05/17 22:43:57
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七・かみきりつむかり

外の喧騒に起こされて、おそるおそる覗いてみれば、目の前に繰り広げられていたのは東風谷早苗と小柄の戦闘だった。
小柄はまだ妖怪と成って日が浅いも良いところだ、自分だってまだ勝てると思う。そんな小柄が到底勝てる相手ではないし、なにより戦ってはいけない相手だ。
いつか必ず説明して、わかって貰って、一緒に暮らすことを許して貰おうと思っていたのに。
こんな最悪の形でそれが失敗するなんて――。
だが、そんなことを嘆く暇はない。早苗が大技を仕掛けるのが解った。小柄では耐えきれないだろうスペル。小柄を、だいじな妹分を護らなければ!
小傘は扉を開くや戦闘に割って入り、身を盾に小柄を護ろうとして、そして……。

激しい戦闘戯曲は終焉に至り、残ったのは痛々しいほどの静寂と、血の臭いのみ。

「あるじさま」
「う……あ……あ、巫女さま? ねえ……早苗ちゃん? 返事して……ねえ……ねえ!」
「…………」

早苗と共に地面に転がっていたところ、小柄に声をかけられる。起き上がった小傘はすぐに自分を庇って倒れた早苗を抱き起こし……抜け殻のようなからだが腕の中でぐたりと凭れるのを感じ、青褪めた。
背を受け止める手に、ぬめり。小傘の手が真っ赤に染まる。
背中を逆袈裟に斬られた早苗の背中から、夥しい血が滲んでいた。背を覆っていたはずの長い髪は半方切り裂かれ、紅く染まっていく地面をさらに彩るよう散らばっている。

「ああ……早苗ちゃん……巫女様……!」
「どうして、あるじさま……」

小柄の声を受け、涙目でそちらを見上げる。

「どうして……どうしてこの子と戦ったの、小柄!? どうして、人を襲ったの……巫女様……どうして……どうして私なんかを護ったの……」
「ひっ、ひいいいいいっ」

斃れた早苗の姿を見て、長屋の裏路地を抜け、大通りへと、男が走り逃げていく。
だがそんな些事は気にも掛けず、座り込んだまま早苗を抱く小傘と、立ち尽くす小柄は睨み合っていた。

「どうしてその人間を護ろうとするのですか」
「どうして、この子を斬ったの……?」
「人間だからです」
「そんなことしちゃ、駄目って言ったじゃない……貴女を打ったのは、そんなためじゃない」
「人間は、貴女を脅かします」
「だけど、良い人もいるんだよ? この子は……私の友達なの……いつも虐められるけど、この子が目をかけてくれているから、わたしは、妖怪は、人里に棲んでいられるの……この子は私を私としてみてくれる……私はこの子が好きなの。なのに……」
「いけません、あるじさま。人間は、いつだって、そうやって悪しきを隠すのです。だからこそ、こうして我等妖怪が生まれるのですから」
「でも、この子はいい子だよ……本当に、いい子なの……血がいっぱい出てる……このままじゃ、死んじゃうよ……誰か、誰か助けを呼ばなくちゃ」
「いけません、あるじさま。そんな返り血の、血塗れの姿で大通りに出たら、貴女が殺したと思われてしまう」
「死んでない、まだ死んでないもん……助けなきゃ……」

細く息をする早苗を抱き起こし立ち上がろうとする小傘を小柄が制する。

「離して小柄、この子を助けないと」
「騙されてはいけません、人間は……ぐうっ?」
「小柄……?」

巨大な鋏を持って立つ、小柄の身体がよろめいた。
助けたいが、早苗を抱く小傘にはどうにもできず、小柄が長屋の壁に身体を凭れさせるのを見届けることしか出来ない。

「小柄……小柄? 大丈夫? 小柄?」
「あ……あるじさま……身体が……身体が熱い……わ、わたしのからだ、どうなってしまったのでしょうか……」

黄昏近い赤の墜ちる路地裏で、小柄の身体から湯気のようなものが発し始めていた。
埃とかではない、はっきりとした白いもうもうとした靄。
早苗を抱いているのに、早苗が心配なのに、小柄の異変に思わず早苗を地面にそっと横たわらせて、駆け寄ってしまう。

「小柄……小柄、小柄、大丈夫?」
「あ、あ、熱い……! あるじさま……こわい……わ、わたし……わた、し、は……かみを、きる……つよ、く、なって、あるじさまを、おまも、り、す、る……かみを、かみをきって……」

近寄り、頬に触れる。
――冷たい!
凄まじい冷気が小柄の身体を覆っている。この靄、これは凍気なのか。
妖怪にこんな現象が起こるなんて聞いたことがない。それともこれは小柄の特性なのか? でも、小柄は鋏の付喪神だ。こんな、寒さをもつだなんて……?
ぐ、と身体を押し退かされる。
思わず強い力によろめき身体を動かせば、小柄は手にした巨大な鋏の刀身を振り上げ、横たわる早苗に――。

「だめっ! なにしてるの小柄!?」

背中から抱きついて、止める。
抱きついたところからべきっと音が出て、自分の身体全部がみるみるうちに硬く、凍り付くのがわかる。氷の柱に抱きついているかのような感覚。
ついさっきまで、あんなに暖かくて柔らかかった小柄の身体が……。
もはや吹雪のような凍気に包まれながら、それでも小傘は離れないまま小柄の身体を揺らす。

「かみを……きる……」
「駄目よ! 小柄! だめ! しっかりして!」

小柄がどうにかなってしまった。
どうしてかわからない。こんな冷たいからだになってしまって、どうすればいい?
どうすればこの子を戻せるの? どうすれば、早苗を助けられるの?
誰か、誰か助けて……。

「――離れなさい、小傘」

頭上から声が降ってきた――と、同時に顔面を強かに何かに打ち付けられて、身体が無理矢理に抱きついた小塚から離される。身体中に霜が覆い、抱きついていた部分は凍り付いている。
そして、

「二重結界」

髄、と地面が軋む。
白い凍気に身を包んだ小柄の身体が見えざる壁に封じ込められる。
ああ、来た。
来てしまった。
見上げれば、そこに、紅白巫女が浮かんでいた。

「状況を説明しなさい」

ふわ、と着地した霊夢の第一声であった。
二重結界の中の妖怪は――いや、強い瘴気か凍気か、靄のようなもので中を覗き見ることすら出来ない。
なんだ、この凍気は?
冬の妖精やら氷の妖精やらのそれとは異質な……神気を感じる。

「わたっ……私が悪いんです、小柄をころさないで……! おねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいします……」
「ちょ……っ、小傘、落ち着きなさい。状況を説明しろって言ってるのよ、私は」

古傘の妖怪、多々良小傘は霊夢の足元に縋り付いて一心不乱に何かを乞うてくる。
――止む無し。
べしんっと大幣を亜空から取りだして小傘の頭に一撃。
壊れた蓄音機のような繰り返しを止めさせた。
そのまま足を無理矢理振り解いて早苗の元に数歩。
結界を維持するよう手を翳しながら跪いて早苗の身体を抱き起こし、大きな金瘡を見付けるや無惨にはしる紅き一条を掌でなぞる。
その手を追うようにして、治癒式結界札がずらり貼り付けられていき、出血を止め、傷を塞いだ。
――大丈夫、斬られたショックで意識を失っているだけだ。
結構血は出ているが頬の血色はまだそこまで落ちていない。札も貼ったしいずれ造血作用と共に息を吹き返すだろう。おそらく過保護な神の加護だろう、疵痕は大袈裟に見えるが其処まで深くない。
早苗はこれで良し。

「小傘、落ち着いた? もう一撃いく?」
「いりませんっ」
「なら状況を説明しなさい」
「わ、私が悪くて――」
「反省は後で良い。何が起こったのかだけ説明して」

小傘の自戒をぴしゃりと中断。
普段と変わらない霊夢の態度に、ようやく小傘の調子が戻ってくる。

「わ……わからないですぅ……早苗さんが、小柄と戦ってて、私はその間に入って、そしたらわーっとなって、早苗さんがばったり倒れてました……」
「ふむ……小柄ってのはあの結界に封じた妖怪ね?」
「あの子は、あの子は大丈夫でしょうか……」
「さてね……」

結界を見やる。
早苗が戦っていた……コイツが鋏の付喪神で良さそうだ。
小傘に匿われていたのか。成程気付けなかったわけだ。
っていうか、何故疑えなかったのか。迂闊だった。
……おそらく早苗はあれに後れをとったのではなく、小傘の割り込みに対処をミスったと云った処か。それなら、このまま――。

「小柄……小柄……」
「…………」

翳す手を拳に変えて、二重結界を収束して止めを――その行使ができない。
霊夢の足元でこづか、こづか、と小傘が呼び続ける妖怪の名。その呼び方の哀しげな響きのせいだ。
己の心の挙動に少なからず、驚く。
心ざわつかせながらも、しかし軽々に事件を終わらせるだけでは駄目なこともあろう、そう思い直し、様子を見ることとした。
では、どうするか。
結界を解いて話してみるか? 小傘の声を聞くなら、の前提だが。
だがここは人里だ。万が一にも被害が拡がるのは避けねばならない。
それは小傘の悲痛な声と引き換えにはならない。

「小傘――」

声をかけようとしたとき、

琴ッ!

高い金属の擦れるような音が響く。
結界が割れる。
同時に、中で渦巻いていた激しい凍気が周囲へと噴き出した。
凍気は高笑いを引き連れて上空へと伸びていく。
霊夢は早苗と小傘、そして周囲の家屋を護るために結界を広範囲に展開し、対処が遅れる。凍気から皆を護りつつ見上げれば――

「はははははは! 成った! 成ったぞ! 私は成った! 我こそは天之尾羽張、我こそは豊布都神! 我こそは都牟刈なるぞ! はははははは!」

そのまま、高笑いと共に北の空へと飛び去っていく。
あまりと言えば、あまりの傲岸不遜。霊夢はぽかんとしたまま見届けてしまった。

「驕ったわねぇ……たかが三下妖怪が何を言っちゃっているんだか」

だが、二重結界を内側から斬り裂いたのは本当だ。
そして、あの飛行速度。そして周囲に振りまいた凍気。
天狗もかくやというほどの速さであった。
周囲の家屋が結界に護られて尚、春先の黄昏で霜が降るほどの寒さであった。
たかが妖怪……本当に?
だが、いくらなんでも神を騙るには驕りが過ぎよう。
そんなとき、背後からか細い声が聞こえてきた。

「霊夢さん……」
「あ、早苗、起きたの」

早苗はけっこう意識がしっかりしているようだ。自ら肘を使って上体を起こし、霊夢へと警告する。

「追って、追って下さい……! アイツは、あれはヤバイ……!」
「? 説明しなさい」
「アイツは、鋏の妖異でしたが……私を斬って、いいえ、諏訪子様の神威を斬ったところから始まっていたのか? いいえ、違う……小傘が、天目一箇神が鍛えたところから、全ては……霊夢さん、アイツは、神斬りに変じてしまったようです」
「神斬り?」
「髪を切る刃が神を切る刀と成ったのです。事実、私が斬られました」
「そりゃあんたが油断したからでしょうよ。傷は平気?」
「聞いて下さい霊夢さん。事は一刻を争うんです、私の、私のなかから神威が弱まっている。アイツは、私の神威を斬った、現人神を斬って己を成したのです」
「……」
「霊夢さん、アイツは……多分、守矢神社に向かっているはずです……!」
「――武甕槌――! 神奈子か!」

霊夢は地面を蹴って空へ――向かおうとして、小傘を見る。
小傘は涙をぼろぼろと流しながら、

「お願いします……小柄をころさないで……」

ただそれだけを、言った。
だから霊夢も、

「小傘、早苗は酷く弱っている。私が戻るまであんたが護り、面倒みなさい。良いわね? その代わり、私もできるだけのことはする」

ただそれだけを言い残し、身体を宙へと浮かばせた。
全速力。
亜空を渡ってあっというまにはるか上空へと渡る。そして、北の空へと消えていった、一条の雲を追いかけ虚空へと飛んでいく。
後に残ったのは、神威を喪いかけている巫女と、中途半端な置き忘れ傘。

「……小柄……小柄……」
「……そんなに大事な子なら、どうして最初に相談しなかったのよ」
「だって……ころされちゃうかとおもって……」
「私も霊夢さんも、話も聞かないバケモノじゃあないわよ。そりゃあぜんぶがぜんぶ貴女の良いようには出来ないかもしれないけれど、きっと何か良い方法を探したはずだわ…一緒にね」
「…………」
「だから、こうなったらもう霊夢さんを信じなさい……信じるものはなんとやらって云うでしょう?」
「早苗さん……慰めてくれているんですか?」
「……あんたが私を護ってくれたようにね」
「…………うっ…う、う、うぇぇぇぇぇ……」
「ちょ……ちょっと……」

ぜんぶわたしのせいだ。
小柄は私を護ると言った。
小柄が力を求めたのは、怯える私のせいだ。
私がしっかりしなかったせいで、幼い小柄は私を護ろうとしてしまったんだ。
小柄を追い詰めたのは、私だ……。
もしも、小柄が帰ってこなかったら……私は私を赦せそうにない。
たとえ、巫女に慰めて貰えたとしても――こんなわたしに転がってきた、ささやかな幸せを、だいじなものを自分の手で壊した自分自身がもう赦せない。
どうあれ、わたしは小柄と共にいこう。
そうすればきっと、小柄も寂しくないから。
しゃくりあげていると、早苗に頭を撫でられる。
ああ、こんなときですらわたしは誰かに頼らずには居られない。
巫女に抱きつき縋っていると、背中に声がかけられた。

「――其処に居るのは早苗さんか?」
「あ、えーと、上白沢さん? すいません、こんな格好で……いてて……」
「あ、だ、大丈夫ですか? 早苗さん」

ああ、自分のことばかり考えていてはいけない。
小傘は泣き顔もそのままに顔を上げ、早苗の身体をできるだけ優しく抱き上げた。
そうこうしているうちに、いつかどこかで見たことのあるひとが此方に近付いてくる。早苗さんの知り合いのようだが……その隣に、さっき鍋蓋を仕事で置いていってくれた女の子。

「あれっ? あなた……」
「小傘ちゃん、やっぱり……小柄ちゃんは大丈夫?」
「えっ?」

女の子の言葉に驚く小傘と早苗。
何故小柄を知っているのか。それに、何故慧音と一緒に居るのか。
慧音は二人の顔を交互に見ながら女の子の言葉に付け加える。

「犯人……いいや、妖怪の身元がわかったが、話し合い次第でどうにかなるのではないかと進言しに来た次第だ。此処に霊夢は?」
「霊夢さんは……その妖怪を退治に向かってしまいました。ちょっとややこしいことになってしまって……それより、上白沢さんのいう話し合いでどうにか、というのは?」
「いや……この子が私を尋ねてきたのだ。暴漢に襲われたと」

慧音の言葉に小傘が驚き、少女を見る……女の子は確かに怪我を負い、手当を受けていた。
細い手に巻かれた包帯が痛々しい。

「えっ、えっ? 大丈夫なの?」
「うん、大丈夫――小柄ちゃんが護ってくれたんだ。あの子は小傘の言いつけを護る、いい子だよ!」
「「えっ?」」
「小柄ちゃんは、鋏の妖怪なんだって。小傘ちゃんのために強くなりたいから、髪を切らせて欲しいって“お願い”してきたの」
「「えっ……」」
「……驚いたろう? 妖怪がお願い、だなんて。いいや、付喪神なら有り得ることなのかもしれないね。彼等は、人に愛されたいが為に変化したのだから……いや、話が逸れたな。ともあれ、小柄という妖怪を、この子を巻き込んで一緒くたに葬ろうとした愚法師がいたのだ。小柄……鋏の付喪神はこの子を護り、攻撃に怒って狼藉者を追っていったそうだ」
「……それって……」

さっきの腕から血を流していた男か? 早苗は周囲を見やるがもう何処にもいない。
逃げたか――。
小傘を見ると、

「さっき……小柄がおかしくなった時に、逃げちゃいました」

――と、申し訳なさそうに呟いた。

「小柄がおかしくなった……とは?」
「それは……私のせいです。男を追いかけていた鋏の妖と、ここで戦いました」
「なんだと? そうか、なんてことだ……」
「ねえ、小柄ちゃんはどうなったの? わたし、お礼をしたくて来たの」
「あ……あ……ああ……!」

小傘が、ふらつく足取りで空へと浮かぼうとすると、腕の中にいる早苗がぎゅうっと抱きついてきた。

「駄目よ、もう間に合わない。貴女じゃ追いつけない。それに、妖怪の山には近づけないわ」
「でも……でも……わたし、あの子に酷いことを言ってしまった……あの子が、あの子が人を護ったというのなら……ああ、わたしはなんてことを! あの子はずっと私を味方してくれたのに! あの子はずっと私を心配してくれたのに! 私は自分のことばかり! あの子はあんなに怖がっていたのに! わたっ、わたしは……わたしはひどいやつだ……」
「――霊夢さんを信じなさい! あの人が、できるだけのことをするって言ったのよ? 私なんか及びもつかない、あのひとなら、きっとなんとかしてくれる!」
「う、うぅ、うううう~っ」
「小傘……大丈夫。大丈夫だから……きっと霊夢さんなら、なんとかしてくれる……」

……神狩りを、神の使いに過ぎない巫女がどうにかできる?
気休めも良いところだ。
だが、早苗が咄嗟に霊夢へと吐いた言葉は「追え」だった。
それは、確信めいた期待。

「信じて、小傘。貴女が祈った分、霊夢さんに届くはずよ。私も一緒に祈るから」
「……早苗ちゃん……」

神も仏もいる此処で、あんまりな現実など信じたくはないじゃないか。自分はそれを求めて幻想郷にやって来たのだ。
其処で出逢った、様々な素敵なことの中で、一番の摩訶不思議。
都合良く顕現しまくる奇跡がひとつくらいあったっていいじゃないか。
せめて、祈ろう。
それはきっと、霊夢に、それに心配な我が主神にも届くはずだから。




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