Coolier - 新生・東方創想話

かみきりばなし

2024/05/17 22:43:57
最終更新
サイズ
110.9KB
ページ数
12
閲覧数
1705
評価数
5/5
POINT
490
Rate
17.17

分類タグ


六・あらひとかみきり

霊夢の予想通り、鋏は見つかることはなかった。

「まいったわねえ……もう六日よ、想定外だわ」
「でも、事件はあれ以来発生していませんね。見回りや注意喚起の効果はあるのでは」

ぼやきながら味噌汁を啜る霊夢。ちゃぶ台の向こう側で、早苗がめざしの焼きものをほじくりつつ応える。

「かといって、解決しないままでは巫女の面目丸つぶれだわ。うーん、イマイチ山勘が働かないのよねえ……」
「私もです。正直、見つからないことよりそっちの方が問題じゃないかと思うくらいですよ」
「……ちょっと捜査方法を考え直す頃かしら……」

六日目の朝、霊夢の“夜勤”が終わっての交代時間。
情報交換と朝食とを兼ねたふたり会議が稗田邸の端にある客室で行われていた。

「予想できるのは、傷を癒やしているか、匿われているか、その両方か……異変を起こすとかいった大それた事は、受けた傷や二次被害がないことからも考えにくい」
「あの狸妖怪は何も知らないと言っていました。本当かどうか、定かとはしませんが」
「その報告が三日目。あれから三日経ったわ。もう一回聞きに行くのもアリね」
「狸や命蓮寺が隠している可能性もあるかもですね」
「うーん、それも厄介よね……私としてはあいつらと事を荒立てたくはないのだけど」
「向こうだってそんなリスクを拾うでしょうか?」
「正直、やりかねないのよねえ。だけど幻想郷の在り方について、連中は承知したからこそ此処にいる……まだ強制捜査対象からは、外しておこう」

要するに殴り込みはまだ控えようってことか。
早苗は言葉にはせずめざしの切れ端を口に運ぶ……美味しい。美味しいから、ウルメイワシがどうして此処にあるのかは考えないでおく。
常識のない場所で常識的な謎は邪魔なだけだ。

「……そのクセ人間関係とかはしっかり常識的だからなあ」
「あー? なによ、突然」
「ああ、いえいえ、独り言です」
「……昨日の夜、商人の集いに顔を出したわ。声をかけた拝み屋の皆さんもまだそれらしいものは見付けていない。まあ、商人は娘が継続して狙われていないと解ったらお役御免だし、危機感を持って動いてくれているのは好都合ね」
「暢気なものですねえ、三食昼寝付き、鋏を見付けて報告するだけのお仕事、ですか。そりゃあ、ダラダラしたくなる気持ちも解るものです」
「ボヤかないの……早苗、今日は夕方に私が命蓮寺に行くわ。あんたはいつも通りに昼の見回り頼むわね……そろそろ寝るわ」
「霊夢さん、装具付けたままで寝るんですか」
「仕事中だもん」
「……早くおうちに帰りたいですねえ、お互い」

一瞬だけ、霊夢の貌に陰が浮かび、目が潤んだ……ような気がした。
気のせいだろうか? 家に何かを残しているのだろうか。
気にはなれど、聞くのも野暮かと立ち上がる早苗。

「では昼の部、行って参ります」
「はいはい」

……霊夢と別れ、大通りに出た早苗は最早日課になりつつある辻説法を始めながら、考える。
霊夢は命蓮寺を訪ねる、と方針を告げた。
博麗の巫女が顔を出す、プレッシャーを与えるという意味だろう。自分にも、そういうのが欲しいものだ。
早苗はずっと考え続けている……自分は有能であると霊夢に、それから過保護気味な自身の信奉する神々に思い知らせる良い方法は無いものかと。
勿論、与えられる指示はこなすし、こなしてきた。
だが、デキる女はその中で更にイイ働きを見せるものだ。
……件の妖異は人里に隠れている。
鋏としてその辺に転がっているのか?
それとも妖異から妖怪へと変じたのか?
自分と霊夢の二人から見つからない理由を考え続けていた。
なんなら自分が霊夢すら出し抜いて解決したい。広義では、あの子だってライバルなのだし。
そのくらい“してやったり”した方が、彼女が此方を見る目は変わることだろう。

いつもの探索、そして辻説法。
全力ではぐれ妖怪を探しては居るが、未だ見つからないので夜道にはよくよく気をつけるよう目抜き通りを中心に、数カ所で行き交う里人達へと説く。
……夕方も近くなった頃、喉も足も痛み出したのでいったん休憩。行きつけの甘味処でお茶とお団子を購入。腰を下ろして考えた。
此処のみたらし団子の餡は本当に美味しい……じゃなくて。
そういえば、食に関して結構苦しむことを覚悟していたのに然程辛くないのはありがたかった。それ程に幻想郷の食事は美味い。素材が良いのか古来の技術がすごいのか……。
まあそれでも、たまに外の味が恋しくなることはあるのだけれども。ハンバーガーとかこってりラーメンとかが恋しくなるときはある。
……頬を膨らませつつ、挨拶してきた里の子供に手を振り返して早苗は考える。
多分、筋道が違っているのだ。まんじりと過ごすだけでは奇跡は起きない。
いやさ自分なら起こせなくもないのだが、失せ物探しとか、能動的な行為の助長にはあまり強くないようにできている。目的が曖昧では奇跡も運も起きづらい。
石を投げて豚は狩れてもポークバーガーやチャーシューメンは手に入らないのだ。
世の中ソコまで甘くないらしい。
ではどうすれば?
霊夢が筋道立てて行動しているのだ。自分はそれと別を向けば良い。
だが、まるきり違う方向を向いてはいけない。無能な働き者になるワケにはいかない。
「デキる有能巫女ガール」はその辺りの分別ができるのだ。

「おばあちゃん、みたらし団子あと一……いいえ、あんこと二串いただけますか? あと、みたらしと餡子ときな粉で三串、お土産に包んでくださいな」

団子を追加注文して頬張り、日の傾いた大通りを見渡し、悩む。
……霊夢は未だ人が襲われた事を危惧しているのだろう。次の被害者がでないうちに事変の解決を最重要視しているのだ。
夜中の間、里が寝静まった中をずうっと探し回っている。
……皆が印象に持つほど博麗霊夢は冷たくはないと思う。
ただ、合理的決断への迷いがないだけ。
早苗は、彼女のそれに対し、寧ろ希有な才能であると外の価値観で判断している。
警察とか、消防とか救急とか、そういった緊張した現場で必要になるもの。現世でトリアージとか名付けられていたものに近しい。
彼女は天性のそれを持っている。
間違っていることもあるけれど、その決断と行動自体に迷いが無い。
自分も一般人というか、普通の人とは何処かズレていると自認して生きてきたけど、博麗霊夢はさらに輪をかけた、どこか人間離れしたエゴの持ち主だと思う……できればそれをもっと近くで見ていたい。
博麗霊夢のちからだけではなく、こころをも覗きたいと、早苗は密かに企んでいた。あの不思議な魅力に惹かれているのは認めた上で。

……団子を呑み込みいったん先輩巫女の事は置いておく。

いまは事件の解決のことを考えよう。
自らの手ずから解決したいと思ってしまう逸る心があるのは認める。それはきっと、霊夢だって同じだろう。
とはいえ手掛かりもないまま探し回るのは愚の骨頂。
さてさて……与えられた指示に逆らわず、かつ、有能さをアピールできる程度の要素とはなんだろうか?
懇意にしているブン屋の天狗がいたらなあ、とふと思う。彼女がいたらさぞ有力な協力者になってくれたろうに。結構探し回っているのにもかかわらず、残念ながらいまのところ遭遇はない。
……射命丸の事を思い出している内に、閃いた。
匿われている、という線を考えるなら命蓮寺ではなく、人里の妖怪の、ねぐらをあたっても良いかもしれない。それは夜動く霊夢よりも自分に向いた仕事だ。
人里に出没する、ではなく、単体で棲まう妖怪……自分の知る限りはろくろ首と……唐傘お化け。他のは概ね命蓮寺なり別のグループに属している……はずだ。
ろくろ首の方はよく知らないが、人里に隠れ住むくらいだ、話の通じない相手ではないだろう。通じなくても弾幕ごっこという「解りやすい解り合う手段」もあるのだし……まあ、人里でやらかすのは御法度だ。まずは穏便にいこう。
それから、唐傘お化け。
ちょくちょく人を驚かそうとしてきて、そのたびボコボコにやっつけた子。
初心者マークの巫女であった早苗に自信と勇気を与えてくれた、謂わば練習妖怪。
古傘の付喪神で、名前は多々良小傘。すっかり名前まで覚えてしまった。
向こうも向こうで早苗を憶えたらしく、顔を見るや「ヒッ」と怯えて逃げ去っていく。その仕草が可愛くて、ついつい追いかけてはコテンパンにしていた子。
今は霊夢の容認(見て見ぬ振りという)を得て人里の片隅で鍛治屋を営んでいるとか子供の遊び相手をしているとかナントカ。
この辺り踏まえても、あの子には妖怪らしさというか、邪気のようなものがない……いや、ないとは言い過ぎだろうか。その正体が付喪神だけに、人の役に立ちたいと願っているらしい。
良い子だとは思うのだが、見付けると虐めてしまう。
が、それはそれ、巫女として仕方のないことだ。
まずはあの子から話を聞いてみようか。霊夢は鍛治屋の世話になったらしいが、自分はその様子を見たことがない。顔を出してみるのは良いだろう。
ちょっとだけ さでずむ な気持ちもあるが、それは伏せておく。
そうと決まれば出発だ。
団子の御銭を支払い、目的を得た早苗は足取り軽やかに小傘の棲まう長屋を訪ね征くことにするのだった。

……目的の長屋はすぐだった。

「金物鋳物ヤリ升」

……と、札のかかった引き戸の家を発見。
現在営業中であろうか? それにしては随分と静まりかえっている。
周囲は長屋の奥まった辺りで人の気配がない。逃げ出されてはコトだし、捕まえる準備もしておこうか。
足取りも颯爽と引き戸の前で立ち止まり――。

「守矢の巫女様!」
「ひゃっ」

尋ねる声を上げる寸前、突然に背中に声がかかった。
振り向いてみればそこに腕から血を流す男の姿……雇われ拝み屋のひとりだ。

「――! 何かあったのですか?」
「――それが――」

尋ねる男の背に迫る、銀の一閃――。

銀ッ!

「ひいっ!」
「下がって!」

何かが男に追い縋っていた。
御幣を袖から出すと同時、霊力を篭めて銀の刃を受け流す。
……重い!
強い、それに妖気を纏っている……こいつは妖怪だ。一撃には、明確な殺意が込められている。
戦闘態勢を取りつつ構え、迎え、見やる。
銀閃を奔らせたる目前の相手――そこに、小傘が立っていた。

「……あなた?」
「…………」

違和感。
迎えるのは、無表情の貌。
小傘が此方を見ても動じない。いつもなら早苗の顔を見かけるだけで「ヒッ」とあの可愛い怯え顔を見せるのに。違和感は、それだけではない。
目付き、雰囲気、佇まい……それら全てが小傘の持つほんわかとした、悪く言えば間の抜けた感じではない、剣呑な空気を纏っている感じ。そして、それに似合う鋭いまなざしが此方に向けられていた。

「貴女、誰? 小傘は何処?」

……違和感を異変と結びつけ、警戒することのできる速さは賞賛すべきだったろう。
唯一、早苗に足りなかったのは経験だった。

答えの代わり、奔った一閃。

抜き付けの動作もない、一瞬の出来事だった。
早苗は回避できずに右肩から左脇へと袈裟斬りに――斬られたかと思った瞬間、何かに強く圧されて地面に転がる。
後転しながら御幣を構え直す。
中腰に身構え前を見据えると、そこに蛇の神気が揺蕩っていた。
諏訪子の、ミシャグジの加護が早苗を護ってくれたのだ。
そして、その奥。刃閃を奔らせたもの。
小傘と同じ顔、小傘と同じ服。
それなのに、その貌に浮かぶのは、敵意。人間好きを自認し主張する愛らしい妖怪の面影など少しもない、純粋な敵意を孕んだ視線だけが早苗に向けられていた。
そして最も特徴的なもの。
手にあるのは……巨大な鋏。
小傘は唐傘の付喪神で、そもそちらが本体で、いつも手にはあの奇抜なデザインの傘が握られている。べろんちょ。
だが眼前の小傘が持っているものは、己の身長ほどはあろうか大きさの、ぎらつく白刃を燃やす鋏。それを軽々と片手で構えていた。
……あのまま、あの鋏の一閃が駆け抜けていたら死んでいた。諏訪子さまの護りがはたらいていなければ、きっとそうなっていただろう。
つまり、ヤツは躊躇無く人を殺しにかかったのだ。
背中からどっと冷汗が噴き出る。
湧き上がる恐怖を怒りで封じ込め、もう一度、問うた。

「小傘を何処にやった!」
「我が主を気易く呼ぶな、下郎が!」
「へっ?」
「我が主のくらしを脅かすものめ……ひとは、悉く斬り捨ててやる」

何を言っているのか、理解するのに僅かに時間を要した。
……つまりあの鋏のオバケは小傘を護っているつもりなのか? あんな、人を躊躇無く斬ろうとするヤツが? 小傘が手引きしている? 小傘は邪悪な妖怪だった?
それに、この得物……コイツ、もしかして……。

「貴女、鋏の付喪神ね?」
「問答無用!」
「わっ!」

再び刃閃、今度は来ると解っていたので避けられる。回避行動と同時、恐怖に固まっている男の足元に風を興し、長屋の奥まで吹っ飛ばした。
早苗とて、既に異変解決に身を投じた巫女だ。戦闘技能に於いてそこらの妖怪に遅れをとることはない。
だが――だが、こんなにも強い敵意、殺意を向けられる経験は未だ少なかった。
神奈子と諏訪子が、そして霊夢が、異変解決の弾幕ごっこと、人里に降りての妖怪退治をまるで同じものと扱ってはならぬと、そう忠告した真意が今まさに解った。
異変は基本的に、妖怪達が準備を経て、ルールの上でおこすもの。つまり或る意味競技に近しい面がある。
勿論事故や想定外の怪我などあれど、そうそう命を落とすことはない。何度でも挑戦できるというのがまさしくそれを体現しているだろう。
だが、妖怪退治とは、ともすれば生死を分かつ事象なのだ。
妖怪には、幻想郷のルールなど護らないものがいる。
生死がかかっている状況で、規則も何もあったものではない。
或いは、規則そのものを理解できない、理解しない。
そういった、たぐいのもの。
いま早苗は、本当の意味で、妖怪と対峙したのだ。
混乱、恐怖、怒り……そして、その次。
心を支配したのは――興奮だった。

「なんだかわからないけど、お前を退治すれば解る事ね。どうやら私「本命」を引いちゃったかも」
「小癪!」

二、三と走り抜ける刃閃、早苗は長屋の壁を、軒を、瓦を利用して躱し、流し、そして星弾を産んでぶつけ、反じた。
大丈夫だ、この程度のつよさなら、御せる、去なせる。
つまるところ、一発勝負の弾幕ごっこにすぎない。
この妖怪の攻撃は速く、重い。だが容易い。直線的で真っ正直な攻撃が続くだけだ。
セオリー通り、距離を取って星弾を撃ち込み続け、弱らせたらスペルで勝負を決めよう。
なんだ、妖怪退治なんて、やっぱり大したことじゃないじゃない!

「あんたも私のチュートリアルになるがいい!」
「おのれ……!」

攻撃を避け、攻撃を当てる。
たったそれだけの単純な結果を――

避ける、余裕を作り、或いは生死の境を分かつように
受け流す、反撃に転じるため、或いは猛攻を凌ぐために
弾く、反転攻勢に出るため、或いは状況を覆すために
飛び退る、間合いを開け、或いは詰めるため
飛ぶ、間合いから遠く離れるため、或いは俯瞰して状況を見極めるため
跳ねる、周囲の環境を利用する、或いは接敵するため
そして、間隙を突いては弾を撃つ、

――気も狂わんばかりの盤根錯節、無尽工程を掻い潜ってただ只管に正解を出し続ける。
――楽しい。
脳が灼け付く。興奮と、全身を駆け巡る高揚とが合わさってどうにかなりそうだ。
霊夢はこんな戦い(快感)を数多繰り返してきたのだろうか?
幻想郷に来る前、どこかの漫画で戦いと性行為は似ているとか見たことがある。アレは、どうやら本質を突いている。

強撃を大きく躱し、そのまま跳躍、そして飛行。
空中から星弾の雨を堕とす、遂に妖怪が片膝を突いた。
――勝機。
スペルカード宣言は必要ない、これで終わりだ。強力な神気を纏わせた御幣で九字を切りながら急降下、突進する。

「建御名方の加護ぞある!」
「……く……ああああっ!」
「だめえええっ!」

刹那、

三つの声と意志が交叉した。
ひとつは我が身を省みず状況の中に己を投げだし、
ひとつは起死回生の、否、自暴自棄の反撃を試み、
ひとつは――状況を一瞬で理解し、術の半ばで軌道と方針を変えて“ヤケクソの反撃”によって背中から斬り裂かれそうになった友人と妖怪の合間に己を割りこませた。

三つの意志、行動、そして、結果。
――斬撃の音は、ひとつだけだった。

そして、静寂。


コメントは最後のページに表示されます。