Coolier - 新生・東方創想話

かみきりばなし

2024/05/17 22:43:57
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二・鋏の怪

早苗と別れ、人里から魔法の森へと急ぎ飛ぶ。
途中に出会った妖精などを適当に蹴散らし、天牛の妖異というのを思い出して蟲の妖怪を探して締め上げた……が、有益な情報は得られなかった。
そんなこんなを果たして着いたのが、「霧雨魔法店」と看板の掲げられた森の奥の一軒家だ。
……いっつも思うがこんな所まで客が訪ねてくるのか甚だ疑問では、ある。
まぁそれはともあれ、さっさと用件を済ませて戻るとしよう。ドアを二、三、叩いて返事を待つ……が、反応はない。

「魔理沙、いないの?」

続いて声かけ。
ここまでして出ないなら、それは居留守か風邪か、その辺りだ。今なら妖怪退治のときにこしらえてしまった、傷の悪化という線も有り得るだろう。
伊達に長い付き合いではない、勝手知ったるなんとやらという言葉の通り、扉を開けてしまおうと手をかける……が、開いてない。
鍵までかけるとは小癪な、こちとら急いでいるというのに。
玄関横から覗ける居間の窓にはカーテンがかけられ、いよいよもって心配……いやさ、癇に障ってくる。いっそ蹴り開けてくれようかと身構えたその時、きい、と小さく軋む音をたて扉が開く。そして……そこから、仏蘭西人形もかくやと思わせる整った顔立ちの金髪碧眼の美少女が、ひょこっと顔だけを覗かせ此方を向いた。

「あらアリス」
「こんにちは、霊夢」

おやおや、そういうことだったのか。
蹴り開けないで良かったと足を降ろす。

「ごめんなさい、お邪魔だった?」
「ううん、そういうのじゃないわ。お見舞い中なの」
「お見舞い? やっぱり怪我しているの?」

声に少しだけ感情が混ざってしまう。
一瞬我に返り、なんでもない風を装うようにもしようとするが、やめる。
いまさらアリスを相手に格好付けることもないだろう。魔理沙とまでは言わぬが長い付き合いの友人であり、理解者だ。

――誰に対してもフラットな対応をする巫女さん。

そんなイメージが固着している霊夢だったし、それを自らに課しているきらいもある。
だが、それでも特別仲の良い相手はできるものだ。
そういった相手には、寧ろ冷たくするのが霊夢らしいところ、なのだろう。
魔法の森に住む魔法使い然り、紅魔館のメイド長や、永遠の幼女に然り。
金髪の美少女、魔理沙と特に懇意の人形遣いにして魔女、アリス・マーガトロイドはその辺り解っている風に微笑み、しかし霊夢の望む答えを返さなかった。
それは、問題がさしたる重みを持っていないことを暗に示している。

「あら、里からわざわざ来たの? 霊夢も心配性ねえ」
「うんにゃ、そっちはついで。本来の目的は仕事よ。巫女としてのね――魔理沙がやりあったヤツについて話を聞こうと思ったのよ」
「……ふふ、そういうことにしておいてあげるわ」
「……で、魔理沙は?」
「いるけど、逢いたくないそうよ」
「おや」
「おやおや、でしょう? でも、本当に怪我はしていないわ。ちょっと前髪をバッサリやられただけ」
「……ああ、それで逢いたくない、と?」
「貴女には、見られたくないみたいね」
「なるほどね、今更何を言っているのだか」

小指を唇に当て、上品に笑うアリス。
……私は駄目で、アリスには、全部見せられるのね。
言葉にはしないが、魔理沙がとくべつに気を許す相手が身近に居ることには安心できた。
それはもう、自分にはできない仕事だから。
目の前で微笑むこの嫋やかな人形遣いはよく気が付くし、優しいし、器用だし、女の子らしく魅力的だし、何より魔理沙を好いている。
お似合いの二人だ。
……まあ感慨に耽るのはまたにしよう。
今は、仕事だ。
アリスからの話だけでは情報に乏しい。
わざわざ此処まで来たのだ、もう少しは詳細な状況を聞きたいものなのだが……等と考えていると、ごつごつとブーツを踏む音がして、アリスの後から、魔女の帽子を目深に被った白黒の魔法使い、霧雨魔理沙が現われた。
なんだ、結局隠れきれなかったか。とは、言わないでおいてやる。

「よぉ……油断したぜ」
「あらそう。でも、仕事はこなせたようじゃない」
「いや……全然ダメだろ。まるきり護れなかったのだし」
「少なくとも、命を救うことは出来たわ。里の中で人死にが出るなんて事、あってはならないことだもの。髪を切られたことはたしかに気の毒だけど」
「お前、それ、表でホイホイ言い廻るなよ「またあの巫女は……」って顔されるぞ」

魔理沙にまで窘められた。
想ったことをそのまま口にするのが憚られるというのは実にやりにくいものだ。
もしかして、魔理沙や早苗が助けてくれるから、自分は暢気に巫女業などしていられるのではないかとすら思わせられる。
口ごもり、への字口を作っていると、魔理沙とアリス双方に苦笑される。

「良いのよ、霊夢。貴女のそういうところが良いってひとの方が大部分だもの。気を使いすぎて動きが鈍るよりは余程良い」
「その「ひと」ってところ、漢字にしたら「ようかい」って読めるんだろう? 私の言っていることはそういうことじゃあないぜ。要は、人里では「人間」に気を使えってコト」
「だから、それも含めて霊夢の良さだって言っているのよ。霊夢は、人と妖怪を隔てない。それが博麗の巫女としての視点であり、美点なの」
「だーかーらー、それも踏まえて人里では人の成り立ちに従わなきゃ駄目だろって話なんだぜ? 妖怪にばっかり好かれていたら、人のあらましから離れ過ぎちまう」
「ちょっとちょっと、私のことで喧嘩しないでよ」

二人の魔女が顔を突き合せて言い合っているのを、慌てて止める。
自分のことでふいんきを悪くされてはたまらない。そも、此処に来たのは四方山話に花を咲かせるためではないのだ。
だが二魔女は、そんな、慌てる靈夢の様子を盗み見てから互いにぷっと噴き出した。

「……からかったの?」
「いや……ごめんごめん、お前の慌てる姿を見てたら、ついつい、な。それに、アリスが乗っかってくるもんだからさあ」
「私は普通に霊夢へ所見を述べていただけよ。あんたが悪ノリしてきたんでしょうに」
「なにおう」
「ちょっと、再開しないでよ」
「「うふふ」」

良いコンビだ。
……少しばかり癪に障るくらいには。
とはいえ、これ以上二人がかりで揶揄われてはたまらない。
霊夢は呆れ顔を作り腰に手を充てつつ、二人に向けて「聞きたいことがあるけれど、良い?」と、ややも強引に話を戻した。
帽子を更に深く被りながら、魔理沙が口に笑みを作る。

「鋏の付喪神? って言うんだったよな、勝手に動く道具ってのは。私がやりあったのはそんなのだぜ。矢鱈目鱈とはしっこくてさ、とても捉えきれなかったんだ。まあ、朧月夜で夜靄はそぞろ、おまけに暗いし、あの子は泣き叫んでしがみついてくるし、急なことだったしさ。くそー、私があそこで仕留められていりゃ良かったんだが」
「鋏……そう、鋏だったの。慧音から髪切りの妖異と聞いていたのだけど、形が解っただけでもありがたいわ。その鋏であんたとあの子の髪が切られたというワケね……でも、どうしてあんたは現場にいたの?」
「鈴菜庵に用事があってな、その帰り道、たまさか通りがかっただけだぜ」

なるほど話は解った。
鋏の付喪神。これで殆ど正体は見極めたようなものだ。
しかし髪切りの妖異と謳った割に、正体は狐でも狸でも蟲でもなかったか。
蟲の線は道中潰しておいたから、後で狸と狐と「おはなし」する予定だった。
まあ、その面倒が減ったこともありがたい。

「仕留めて……というからには、あんたが有利だったってこと?」
「勿論だぜ。この魔理沙様が、ただ髪を切られるだけで終わらせるモンか。攻撃を当てたのは確かなんだ。手応えアリ、深追いしなかっただけ」
「ふむ……」

手負いか。
獣も妖怪も同じようなものだ、中途半端に仕留め損なった方が危険である。
やむを得なかったとはいえ、事態を楽観視はできないようだ。
里で人に手をかけた以上、見つけ出して始末する他ないし、己の命を護るために「髪だけでは済ませない」ように成長していることだって充分に有り得る。
急いで戻り、早苗と手分けして探すことにしよう。

「解ったわ。後は私が始末を付けるから、あんたは髪が揃うまで休んでなさい」
「チェッ、お前に手柄を譲るのはホント癪に障るぜ……だがまあ、商人の娘をどうのこうので名前が売れるのもイヤだし、丁度良いかもな。アリス、魔法研究の続きしようぜ」
「……じゃあ霊夢、こっちは任せて」
「ええ、そっちは任せたわ」
「おいっ、まるで私を病人だか子供だか扱いするんじゃないっ」

話はここまで、霊夢はふわりと浮かび上がり、空の人となる。
小さな一軒家を、魔法の森を下として、雲に近付き風を切り裂き宙をゆく。
さあ、急いで戻らねば。
今からならまだ日の高いうちに里に着くだろう。
できるだけ早く片を付けたいが、これは存外苦労する気がしてきた。
こういうときの直感はまず当たる。
……正体のわかった妖怪など恐るるに足らずと言いたいが、物がモノだけに、見付けるのは大変だろう。しかも相手は手負い。
おそらく傷を回復させるため、人里の何処かに潜むはずだ。

――懸念すべきは成長か。

既に人を襲っている、己の意味を手に入れ、妖怪として成ったかもしれない。
その方が見付け易くはなるが、その場合、自分か、或いは早苗、若しくは慧音でなければ太刀打ちできない強さを持つ事になるだろう。
最悪は、その状態で犠牲者が増える可能性。夜間の外出に警戒するよう里で声かけし、名士の伝手も当たっておかねばならないかもしれない。
このあたりはあの商人に頼めばすんなりいくか。
――鋏を探す、それだけなら件の集まった連中に話すのも一手やもしれぬ。手負いの凶暴な獣の如きも含めて説明できれば探索の助けにはなる……いや、止めておくか。

どうあれ里人の手を借りるものではない。

とはいえ小さな探し物だ、早苗と二人では手が足りない
……とにかく、先ずは早苗と合流だ。
霊夢は神社に戻りたい欲を密かに抑え、人里へと向かうのだった。


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