Coolier - 新生・東方創想話

【大正パロ】京都香霖堂異聞・一

2013/12/08 03:02:18
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 六、

 あれから三件ほどまわった。
 被害状況はどこも同じようなもので、また、その発生理由もほとんど違いはないという結果だった。
 貧困層で娘のいる家庭。母親か父親が見ず知らずの高等学校の生徒を家に連れ込み、娘を紹介して玉の輿に乗ろうとする。
 この流れはどこも同様で、また、被害にあった娘も下腹部におかしな気配が籠もっていたのも同様だった。
 わかったことが一つある。

 この怪異は人間の学生に化けている。
 人相についての特徴を聞いてみたところ、娘の親たちは全く覚えていなかったというわけではなく、どのような顔立ちをしていたかは記憶していたのだ。
 男前、美男子、益荒男など。
 総じて、接触した人物によって好印象を与える化け方をしているらしく、夫婦で捉え方の違う家族もあった。

「まあ、それだけの情報で、そいつの尻尾を捕まえられるわけじゃないんだけどね」
 今まで訪問した家々の情報をまとめつつ、霖之助と霊夢はとある豪邸の門前に立っていた
 雨は依然、降ったり止んだりを繰り返している。
 霖之助の調子は変わらない。調査を開始した頃と同様、飄々と仕事を続けている。

「…………」
 一方、霊夢の方は見るからに気が滅入っている様子だった。
 もし、自分が娘達と同じ境遇に立たされたなら、親たちを許すことができるのか。自分が親なら、生活の苦しさに娘を見ず知らずの男に譲り渡すのか。
 そんな仮定ばかりを考えてしまい、この仕事の意義に疑問を持ち始めているのだ。
 感情に隔たりのある二人に、会話は成立しない。
 霖之助の言葉にも、霊夢は何も返事をしなかった。

 ただ、ここまでついて来ているのは意地に他ならない。妖怪退治専門家の博麗の巫女として、この事件を見届ける。解決するかどうか見通しは立っていないが、せめて霖之助の「鑑定」が終わるまで着いていこうと、それだけは決意として残っているのだ。
「お待たせしました。奥様が中に通すようにと仰せつかっていますので、お二人とも屋敷へお上がりください」
 しばらくすると、豪邸の使用人とおぼしき人物が二人を応対した。

 貧困家族ばかりを調査していた今までとは違う、その真逆な富豪家族。
 紫の調査によると、名家で被害にあった人間というのは、若年から老齢までの幅広い年齢層のある男性とのこと。
 その上で、女性と男性とでどうして生活格差があるのかを知るため、ここを訪れるのだと霖之助は語っていた。

(化ける妖怪って言うのはわかってる。となれば、どうして離魂病らしき症状に陥ったのかは、なんとなくわかるんだけど)
 症状が同一なら、怪異には目的があるということ。
 男女で違う怪異が関わっているのではという指摘は、もうすでに告げている。しかし、その可能性は低いと霖之助は言った。

 根拠は事件の法則性。どの家族も、異性を利用した欲に取り憑かれているから。
 ならば、離魂病のように被害者が生気を虚脱させてしまっているのは、怪異が目的としている後遺症にすぎない。
 だから、その目的がわかれば、正体を掴むことができるはず。
 そう考察しながら、霊夢は屋敷の中を霖之助と共に進む。

「その道の専門家だと、八雲さんにはお伺いしましたが……」
 豪奢な着物を着た初老の女性が、霖之助達を居間に通した。なんでも、八雲紫とはつい先日知り合いになったばかりとのこと。
 跡取りである息子が離魂病を患ったと嘆いていたとき、一通の手紙が届いたという。医師に相談しても手の打ちようがないと結論づけられているにも関わらず、その手紙には息子を治すことの出来る知り合いがいると、そう書いていたらしい。

 母親は藁にもすがる思いで、その知り合いに会わせて欲しいと返事を送ったのだそうだ。
 お互い、自己紹介は簡潔にすませた。霊夢の巫女服姿、霖之助は白髪を見せるだけで、大抵の人間は彼女らが怪異に関わる者達だと信じてくれる。人間離れした容姿は、こんな異常事態のときだと逆に信頼されるのだ。
 屋敷の中は豪華だった。長屋を訪問したときとはやはり真逆。

 広々とした空間、肌触りの良い絨毯、ソファーにテーブルなど、香霖堂でも品揃えが難しそうな家具がずらりと並んでおり、電灯の明るさもあってか、その家の裕福さは誰が見てもわかるほど。
 テーブルにはティーカップに紅茶。先ほど注がれたのか、漂う香りが二人の鼻腔をくすぐっていた。

 そして、その向こうにある窓際に、男性が一人ベッドに寝かされている。年齢は三〇代後半だろうか。その視線は、今まで見てきた娘達同様、虚空を天井を見つめていて。
「さっそくで恐縮ですが、お話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
 二人は用意された紅茶に手をつけながら、母親の話に耳を傾ける。
 この家の家族にはとある悩みがあった。

 京都を代表する織物産業の名家。そこの跡取りである息子が四〇手前になっても、未だに嫁を取ろうとしないのが悩みのタネであったという。
 他の家の令嬢とお見合いをさせても破談ばかりで、縁談の失敗は親族を非常に焦らせていた。
 そして、悩みに悩んだ母親がとった行動が、今回の事件の発端となったようで。

「百貨店で働いてる娘を、息子に紹介したの。私から見たら、とても器量よしだったし。そうしたら、その日の明け方に息子はこんな状態になってて……」
 息子が気に入りそうな娘を選び、家に誘い込んで縁談に持ち込む。
 そんなことを、何度も繰り返していたらしい。
 とにかく、働いてる娘だったら誰でもよかった。百貨店に限らず、自社で働く女性や農業の手伝いをする女性など、屋敷に連れ込んでは息子と見合いをさせていたとのこと。

(まったく同じじゃないこんなの……)
 霊夢は気分が悪くなるのをこらえ、続く話に意識を集中させた。
 どうにも、母親に声をかけられた娘達は、嬉々として息子に気に入られようとしたらしい。しかし、決まっていつも破談になる。どの女性も肉体関係までは滞りなく信頼を築き上げられるようなのだが。
 母親は自らの過ちを悔いながら語る。
 そんなときだった。

「単に兄貴の手癖が悪かっただけの話だろ?」
 母親が一通り話し終えると、居間の扉から大きな男が入ってきた。縦にも横にも太い体型をしていて、健康を通り越した見た目通り、呼吸の荒い男性である。
 霊夢は初め力士かと思った。しかし、袴を着てはいるが、肥満に溢れた脂肪が腹から出ており、不健康そうな丸みを帯びた顔を見て、彼女はすぐにそれを撤回した。

「いい加減お袋も諦めなよ。俺が後継ぎとしてこの家を守ってやるからさ、そうすれば、こんなうさんくさい奴ら呼ばなくても良いじゃん。お袋がやってるのは単なる罪滅ぼしでしょ?」
「…………」
 鼻息を鳴らしつつ、ドカッと、母親の隣にその男は座る。どうやら被害にあった息子の弟であるらしく、兄のことは諦めて家督を自分に譲れば全部解決だと、そう母親に諭しているようだった。
「だからさ、俺にも兄貴と同じようにたくさん女を紹介してよ。いつもお袋にせびってたじゃん。『次はまだか』ってさ」
「ちょ、ちょっともう少し控えなさい! ここには年頃の女の子だっているのよ!」
「あん?」

 母親に注意されて初めて気づいたらしい。
 霖之助の影に隠れていたためか、霊夢の姿は見えづらい位置にいたためだ。
「ふ~ん……この子、何?」
 男は薄笑いを浮かべて身を乗り出す。
 母親に注意されたことには何も謝罪せず、霖之助にそう問いかけていた。
「妖怪退治を専門にしている巫女です。まあ、今は見習いみたいな立場ですが」
「へ~、なんか人形みたいで可愛いじゃん」
 紹介を預かり、霊夢も一応は会釈をする。
 が、のぞき込んでくる瞳にはどうしても眼を合わすことが出来ず、無言を貫いた。

 しかし、男の方は品定めをするようにジロジロと霊夢を見つめた。
 頭から顔、肩、胸から腰、太股から足首にかけて、じっとりとした視線を霊夢は感じて。
「お前良いな、俺の部屋に来いよ」
 その一言で息が詰まった。
 薄ら寒い怖気と吐き気が彼女の思考を硬直させたが、ここで拒否をしなければ目的を見失うことになる。
 返事を喉から絞り出し、断りの姿勢をと声を震わせたが。

「あの、仕事中ですので……」
「良いから来いって」
「あっ」
 腕を掴まれて立たされる。触れられた部分から鳥肌が広がるのを感じ、緊張からか、手を振り払おうとしても力を入れることができなかった。
 そのときに見えてしまった。そして考えてしまった。
 男の股下、屹立した服のソレ。
 そして、男の裸が自分に重なる、その状況を。

「それは困ります」
 ガッ、と。
 霊夢を掴んでいた腕に、もう一人の男の腕が被さる。
 霖之助の視線が男に刺さり、居間は一瞬緊迫した空気が流れた。男は苛立ちを露わにして目を細め、霖之助にこんな問いかけをする。

「あんたら二人、できてんの?」
「いいえ、僕はこの子の保護者のようなものですよ」
「保護者なら、この子の幸せを考えてあげろよ。俺と一緒になれたら、何不自由ない生活ができるぜ」
「そうかもしれませんね。ですが、この子には純潔でいなければならない理由があるんですよ」
「は?」

 予想もしていなかった答えが出たためか、男の口から素っ頓狂な返事が漏れる。同時に、霊夢の腕は解放されそれを受けて霖之助も男から手を放した。
「先ほど、僕はこの子のことを巫女と紹介したはずです。巫女とは、純潔を保っていれば、破邪の力を高められる体質と性質を持っています。それをここで失ってしまえば、この子の退治屋としての質が落ちてしまうのと同じでしてね」
 だから、男の行為は控えてほしいと、霖之助はそう説明した。

 彼の話は真実だ。実際、霊夢も先代から聞かされていることで、退治屋稼業を継ぐならと、彼女の第二次性徴が始まった時、すでに巫女の体の仕組みと説明を受けている。
「……何だそりゃ」
 一触即発かと思われた空気は一変、男の苛立ちがしぼんでいくのをその場にいる者達は感じた。
 男の視線が名残惜しそうに霊夢に注がれる。しかし、彼女は顔を伏せたままでやり過ごし、そんな態度に興味を削がれたのか、男は舌打ちをしながら居間を出て行くのだった。

「ご、ごめんなさいね、うちのもう一人の息子が変なこと言っちゃって。お詫びはあとで何でもしますから」
「いえ、お気遣いは結構です。それよりも、お話の続きをお聞かせ願えませんでしょうか?」
「え、ええ、もちろんですわ」
 霖之助は何事もなかったかのように、母親へ事情を聞き出そうと促した。
 以降は、男が部屋に入ってくる依然と同様、生気を失った息子の状態と女の様子などが母親から話され、その情報を整理するまでにいたる。

 しかし、霊夢だけはずっと混乱したままでいた。
 見知らぬ男に肌を触られたこと、部屋に連れ込まれそうになったこと、霖之助に庇ってもらったことなどが、ずっと頭の中を駆け巡り、二人の会話の内容が全く耳に入ってこなかったのである。
 そして、霊夢は意見を何も言うことがないまま、母親との会談は終了した。
 用意された紅茶を、霊夢は一口も手につけることができなかった。

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