Coolier - 新生・東方創想話

【大正パロ】京都香霖堂異聞・一

2013/12/08 03:02:18
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 一、

「霖之助さん! 大変大変! 大変よ!」
 大正十二年十一月中旬、京都。
 銀閣寺の正面にある白川疎水通、その間道にひっそりと営業している鑑定屋「香霖堂」はその日、とある少女の甲高い悲鳴を浴びた。

 白袖に真っ赤な袴。店の戸の向こうに巫女服姿の影が立つ。
 妖怪退治の専門家、博麗霊夢。
 勢いよく開けられた店の出入り口と慌てふためく彼女をよそに、香霖堂店主、森近霖之助は冷ややかな視線で彼女を迎え入れた。

 なにぶん表通りとは違い、人通りも日当たりもほとんどない場所のため、その声は大きく響いた。
 しかしながら、店主は静けさを好む青年である。ことあるごとに大声を出す彼女には酷く辟易していて、世間から目立つことを疎ましく思う彼にとって、博麗霊夢は都合の悪い存在だった。

「何がどう大変なんだい?」
 だが、彼女の話を無下にすると、余計に目立つことを霖之助は熟知していた。嘆息混じりに、彼は霊夢に次の言葉を促す。
「離魂病よ離魂病! これで今月に入ってもう四人目! それに、また女の子が被害に遭ったみたいなの。これはきっと妖怪の仕業に違いないと思って」
 店内の最奥。店全体を見渡せる番台に向かい、所狭しと置かれた古道具や陳列棚をスルスルと躱しながら、霊夢は胸を張って霖之助と対峙する。

 日中にも関わらず、立地条件上、香霖堂には太陽光があまり入らない。そんな薄暗い中、彼女が通路を見誤らずに通れたのは、単に目が良いからではなく、生活習慣の一部となっているから。
 端的に言うと、博麗霊夢は香霖堂に半同居しているのだ。
 その、半同居人がやかましく訴える離魂病とは、読んで字のごとく、魂が体から抜け出てしまう病気である。

 魂が体から抜けてしまうとどうなるか。
 単純に、動かなくなったカラクリ人形のようになってしまうのである。意思のない体は、生気を放り出されたようにどう呼びかけても反応しないのだとか。
 慌てふためく彼女をよそに、霖之助は終始落ち着いていた。もちろん、京都中で広がっている離魂病の件は耳にしているが、特に気にしていなかった。

 明治維新が成されて、すでに半世紀以上が過ぎた時代である。科学を信仰することが当たり前で、かの有名な物理学者――アルベルト・アインシュタインを招待するなどして盛り上がった国だ。妖怪の仕業だと警鐘を鳴らす彼女の言葉は、子供の戯れ言だと一蹴されてもおかしくなかった。

 実際、離魂病という怪異的な事象ではなく、単に鬱状態になっているだけではないか……そんな意見まで出始めている。
 だが、霖之助が落ち着いているのは、何も霊夢が嘘八百を述べていると確信しているわけではない。事態に緊急性を感じていないからである。
 決して、彼女の言葉を信じていないわけではなく。
「だからさ、霖之助さん……」
 生唾を飲み込みつつ、霊夢は彼に真剣なまなざしで詰め寄ってきた。それだけで、何を言われるか簡単に想像がつく。
「妖怪退治の依頼、きてないかしら?」
「きてないね」

 即答され、がっくしと肩を落とす彼女を見るのは、今月に入って通算四度目である。つまり、離魂病事件が起きるたびに、霊夢は妖怪退治の依頼がきていないか、霖之助に確認をとっていたのだ。
 店主、森近霖之助は俗に言う裏稼業を営んでいた。
 香霖堂の肩書き、「鑑定屋」とは表向きの看板。
 裏稼業とは、博麗の巫女へ妖怪退治依頼する「仲介屋」なのである。

 霊夢はその仕事が来ないことを、強く嘆いているのだ。
「ど、どうしてなの? 巷では、離魂病だって大騒ぎされてるのに……」
「それ以前に、博麗神社の存在さえ知られてない可能性の方が高いんじゃないか? 今どき妖怪退治なんて流行りもしなければ儲かりもしないし」
「じ、神社のことはみんな知ってるわ。ただ、気味が悪いとか化け物が住んでそうとか、そんな噂は聞いたりするけども」
「なんだ良かったじゃないか」
「ちっとも良くないわよ!」
 番台に手を叩きつけながら、霊夢は霖之助を一喝してきた。神社の存在を知らしめたいわけではない。世間から自分を英雄視してもらいたいわけでもない。

 博麗霊夢の望みはただ一つ。
「博麗神社の再建! それが私の……いえ、博麗神社の当主としての最終目標なんだから、互恵関係にある香霖堂にもきちんと仕事をしてほしいの!」
 霊夢の剣幕に、霖之助はさらに強いため息をついた。博麗神社と香霖堂との関係にあるのは、先代の巫女から引き継がれてきたものである。妖怪退治の依頼が減り始めている昨今、彼らのような者が食い扶持を稼ぐには、同盟形態などをとるしか方法はないのだ。

「そうは言ってもだよ、霊夢」
 しかし、霖之助はそこで反論する。
「だから僕が表向きに『鑑定屋』を営んでるんじゃないか。自賛気味な言い方になってしまうけど、その甲斐あってか、僕と君の両方を養っていけてるだろう?」

 霊夢に、霖之助の商売のことはわからない。店内を見渡せば、古風な壺や置物、湯呑みに異国の天球儀、そのほか用途不明の小道具が値札とともに陳列されている。
 子供が買えるようなものから、一般人には手の届かなさそうな高価なものまで揃えていて、その品数は豊富だ。
 日当たりも悪く人通りも悪い間道での店構えに、どうして生活費を捻出できるのか霊夢は疑問に思っているようで。

「その件についても、いい加減霖之助さんに話して欲しいことがあるの。私に黙って変な仕事してるでしょ?」
「さあ? そもそも君が気にすることじゃないし、証拠だってないんだろう? あと、話がそれてると思うけど?」
 彼女の指摘は間違っていない。仲介屋は休業中で、別途に裏稼業を営んでいることを霊夢には黙っている。
 博麗の血を継いでいるためか勘は大いに鋭いが、彼女のあしらい方は手慣れたものだった。
 彼女の額に青筋が立つのを横目に、霖之助は構わず、いつもの決まり文句を言った。

「それと、退治屋稼業なんて危ないことはやめて、一人の女の子として生きていくっていう道は模索できないのかい?」
 霖之助の言葉は正当性を帯びている、が。
 霊夢にも譲れない事情があった。
 結局いつもと変わらないやりとり。
 決まり文句に対して、霊夢も決まり文句を使う。
「私にだって果たさなきゃいけないことがあるのよ。早く一人前になって神社を新しく建て直して、それで母さんの仇を――」

 と。
 霊夢はそこで息を呑んだ。
 近くに別の人間の気配。番台の横にある柱時計と商品棚とのスキマに隠れるようにして、誰かが佇んでいたのである。
 背の高い女性だ。最近流行りのモダンな格好をしており、日傘を腕にかけ、紫色を基調とした洋服を着ている。

「異人、さん?」
 金髪が何よりの特徴だった。
 外国人を見るのは初めてではなかったが、それでも、どうしてそんな人間がここにいるのか、霊夢は理解が追いついていなかった。
 観光客だろうか? 欧州大戦の特需により、外国人による京都観光は年々増え続けている背景もあるが、それにしたって人通りのない裏道に店を構えるここに異人が来訪するとは、夢にも思わなかったのである。
 年の頃は四十歳前後といったところか。落ち着き払った出で立ちからは、母性的な雰囲気が醸し出されている。
 目が合うと、ニッコリと笑顔を返された。

「こ、この人、いつからいたの?」
「君がここに来る少し前からだよ」
「どうして何も言ってくれなかったのよ」
「まくし立ててきたのは君じゃないか」
「う、うぐ……」
 勢いそのまま店に入ったのがまずかった。彼以外全く目に入っていなかったのは事実で、何より、香霖堂に客がいることを想定していなかったのである。

「とりあえず紹介するよ。彼女は香霖堂のお得意様で、名前はマエリベリー……」
「森近さん、違いますわ」
 流暢な日本語が女性から発せられたことに、霊夢は再び驚いていた。片言で喋る様を想像していた分、日本人と同様に発音する言葉は、どこか腹話術のようにも思えてならなかったから。

「先日、やっと帰化が認められましてね、あなたたちと同じ日本人になることができたのです。ワタクシ、今は『八雲紫』と名乗っていますの」
 ヤクモユカリ。
 異人が日本名を名乗ることに違和感を覚える霊夢だったが、逆に霖之助はそれを強く祝福した。国に長年申請していてようやく認可が下りたらしく、今日はその報告に来たとのこと。

「それと、森近さんに鑑定のお仕事もお願いしようと思って立ち寄らせてもらったのだけど」
 言いながら、八雲紫は足下にある革製の鞄に視線を流した。その中に鑑定して欲しい品が入っている様子。
 香霖堂の客なら客で何も言うことはないのだが、いくつかの懸念が霊夢に湧き起こったようで。

 霖之助に顔を寄せるよう手招きする。そのまま耳打ちで彼に疑問を投げかけた。
「さ、さっきの話きかれちゃってるけど大丈夫なの?」
「ああ、それは心配無用さ。彼女は先代と親交があってね。僕と同様、妖怪退治の手伝いを一緒に担ったことがあるお人なんだよ」
「え……か、母さんと?」

 驚愕の事実に霊夢は息を呑んだ。
 記憶をさかのぼってみるが、先代が外国人と一緒にいるところは見たことがない。ただ、妖怪退治の現場に着いていったこともないので、霖之助にそう教えられれば納得するしかないのだが。
 ということは、と。霊夢はあることに考えつく。
 先代である母の旧知ならば、伝えておかねばならないだろうと思う事案があった。

「は、初めまして。博麗霊夢、です。博麗の巫女の継承についてはご存知でしょうか?」
 手を差し出すと、八雲紫は優しくその手を握り返してくれた。しかし同時に、瞳から不安の色を滲ませている。
 当然だろう。彼女はきっと、先代を訪ねてきたに違いないのだから。

「ええ、よく知っているわ。今は、あなたが『博麗霊夢』なのね」
 紫の確認に、霊夢は首肯する。
 代々、博麗神社の巫女は「博麗霊夢」と名乗るようになっている。それは、妖怪退治をする者、という意味が込められているから。
 そして、博麗の家に生まれた長女は、先代から博麗の名を継ぐまで、名前を付けることを許されない決まりがあった。
 何モノにも囚われない破邪なる体質を身につけさせるためらしく、その慣習は今代まで受け継がれている。
「それで、先代なんですけど……」

 継承したということは、先代は引退したという意味。その理由を悟られまいと、霊夢はうわずりそうになる声を必死に抑えて、紫にこう説明した。
「今は病床に伏せってます。少し重い病気でして、誰とも会わせない方が良いとお医者様に言われてます。せっかく近くまで来てもらったのに残念なんですが……」
「まあ、そうなの? それは困ったわねえ」
 人を騙すことに躊躇いはあるだろう。しかし、今はきっとこの方が良いのだと霊夢は自分に言い聞かせた。

「だけど心配しないでください。妖怪退治ならこの私、博麗霊夢が請け負います。要望ございましたら、そちらの香霖堂店主、森近霖之助にお話を通して頂ければ、いつでも承りますので!」
 嘘を誤魔化すように、霊夢は自らを奮い立たせた。

 内心、強引すぎたかなとも思ったが、ここは紫が気を遣ってくれた形となる。
「そう? でもごめんなさい。妖怪退治を依頼しに来たわけじゃないのよ。今日は、森近さんにお願いするお仕事の分だけ。だから……」
 察してくれたのだろうか。しかし、無理に明るくしようとしたせいか、そこから先、どう会話を繋げて良いかわからなくなってしまった。
 助け船を求めようと、霊夢は霖之助のほうをじっと見る。すぐさま、いつものため息をついたあと、彼はこう二人に告げた。

「妖怪退治の依頼があってもなくても、二人は良い友達になれると思うけどね」
「え?」
 霖之助はそう言いながら、番台の引き棚から一冊の少女雑誌を取り出した。誌面のタイトルはこう書かれている。
 少女秘封倶楽部。
「あ、最新号!」「あら、最新号ですわね」
 重なった驚嘆の声に、霊夢と紫は顔を合わせた。

 手品の種明かしを行うかのように、霖之助は順を追って説明する。
「霊夢、これは君が毎月購読してる少女雑誌だよね。関東の震災のせいでひと月発行が遅れたけど、これは我が香霖堂に昨日入荷したばかりの一品だよ」
 巷では、少年雑誌少女雑誌がここ数年の間に多種発行されていた。この雑誌もその一つで、主に少女たちの恋愛模様や冒険譚などが描かれている文学作品が多く。
 そして、霊夢はこの雑誌の愛読者でもある。
「加えて、ここにいるマエリベリー・ハーンさん……失礼。八雲紫さんは、君の一番のお気に入りの作家、宇佐見蓮子氏とはご同輩なんだ。この意味がわかるかな?」
「ウソ、本当に!?」
 途端、少女の眼はキラキラと輝き始める。

 霊夢は、作家である宇佐見蓮子という人物に憧れを抱いていた。氏が描く、少女二人が怪奇現象に立ち向かう物語に彼女は強く心を打たれており、購読後は決まって、聞いてもいないのに物語のあらすじを一方的に霖之助へ語るというお気に入りっぷりを見せている。
「嬉しいわね。こんな身近に蓮子のファンがいてくれてたなんて」
「や、八雲さんは……宇佐見先生とはどういうご関係なんですか?」
「フフッ、そんなかしこまらずに、紫と呼んで構いませんわよ」

 先ほどの息苦しさはどこへやら。二人はここにいない作家の話で大いに盛り上がった。
 知り合ったのは二十年以上前であること。運命的な出会いをして意気投合したこと。二人でお金を貯めて同人誌を作ったこと。それが出版社の眼にとまって、宇佐見蓮子は作家の道を進んだこと。などなど。
 話が一通り終える頃には、二人の仲はまるで母娘のように笑い合えるまでになっていた。霖之助はというと、ほぼ蚊帳の外状態で。

「ごめんなさいね森近さん、お邪魔してるのにこんなに盛り上がっちゃって」
「良いのよ紫さん。どうせ今日も、紫さん以外にお客さんはこないだろうし。霖之助さん自身も、いつもやることがなくて暇を持て余してるだろうから。欠伸しかすることのない店番なんだし、乙女二人に囲まれて、今はきっとご満悦に違いないわ」
 ただ、この霊夢の言い草にはさすがに彼も頭にきた。欠伸しかすることがないとは聞き捨てならず、彼は唇を尖らせて、霊夢にこう苦言を呈するのだった。

「ああそうだね。君の言う通り、妖怪退治の依頼もこないんじゃあここも閉店するしかないだろうね。よかったじゃないか、これで君は巫女ではなく普通の女の子だ。離魂病事件の解決以前に物騒なことはやめて、宇佐見氏のおっかけにでもなったらどうだい?」
 売り言葉に買い言葉だったらしく、霊夢も霖之助の言い草に怒りがこみ上げていた。

「何よ! いつもいつも私を除け者にして……私は早く一人前になりたいの! 誰かさんのせいでこの力は一度も試せずじまいだし、何のために私が博麗霊夢を継いだか霖之助さん知ってるでしょ!?」
「知ってるから、君に妖怪退治は向かないって言ってるんだ。良い機会だから、退治屋稼業なんてやめて、もっと別の――」
「またそれ!? 私だって知ってるんだから! 霖之助さんがたまに変な仕事請け負ってること! 妖怪に関係することじゃないの!?」
 短時間のあいだに何度も聞かされれば、苛立ちの募り方には拍車がかかる。そうなると、抑えていたモノまで勢い余って吐露してしまう結果となり。

「元はといえば霖之助さんが母さんを……っ」
 霊夢は、この時この場で口にしてはならないことを言いかけて留まった。しかし、漏れ出てしまった憎しみはすでに隠すことができず、やり場のない後悔が彼女の胸を締め付けた。

「霖之助さんのバカ! もう知らない!」
「待ちなさい霊夢! どこへ行くんだ!」
「じ、ん、じゃっ! 昼までには戻るわよっ!!」
 居たたまれず、怒りでそれを誤魔化すしかなかった霊夢は香霖堂を去って行く。霖之助も引き止める気になれず、ただその背中を見送ることしかしなかった。

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