Coolier - 新生・東方創想話

【大正パロ】京都香霖堂異聞・一

2013/12/08 03:02:18
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エピローグ 二/二

 科学を信仰し始めた時代の、幻想が滅び行く国の、数少ない幻想が残る街――京都。
 その、人目があまり届かない一角に佇む香霖堂は、僅かにゆらめく明かりを夜半に焚いていた。
 店主――森近霖之助はふと、裁縫作業の手を止めて、番台の横で静かに佇んでいる柱時計を見上げた。
 午前二時を少し過ぎたところ。

 時報音に気づかないほど集中していたことに、彼は素直に驚いた。首を回して肩の凝りをはかり、一つ息をつく。次に、机の上でゆらゆらと燃える石油ランプを見つめ、これからどうするべきかを陽炎の中から見出そうとした。

 暗い静けさと仄かな暖かみは、過去を想起させる促進剤だ。
 霊夢と一緒に生活を始めてからこれまでのこと。

 お互い何度も衝突があった。どうすれば良かったなんて、今考えても無意味なのはわかっているのだが。
 彼女と真剣に向き合わなかったツケ。その結果が、手元のボロボロになった巫女服である。
 先代の形見で、そして霊夢の心の支えそのもの。
 しかしあのとき、彼女は望んで巫女服を手放したのだと思う。
 そうでなければ、全ての肌をさらけだそうなんて思いはしないはずだから。

 あの夜。
 森近霖之助に対し、博麗霊夢は巫女としての純潔と、退治屋としてのしがらみを自ら捨てた。
 親の仇をとると言っていても、妖怪退治のための修練を積んでいても、中身は十六を越えたばかりの少女なのである。
 抱えたモノ背負ったモノの重さは、やはり彼女が耐えられる心の許容量に見合わなかったのだ。

「…………」
 もう一度、彼女を辱めてみようか。
 はだけた彼女の柔肌を思い出し、劣情が霖之助の胸中を支配しかけるが。それは刹那に留まる。
 だが、一瞬だろうと刹那だろうと、下種に値する感情を持った事実に対し、彼は唇を噛んで戒めた。

 あんな目に遭っても、彼女は怯えながらも強くあろうとしているのに、自分の醜態はなんだと劣悪さを感じつつ、巫女服を修繕する意味を自らに問う。

 最初に偽りを唱えたのは誰だ?
 その責任と責務を果たさずに逃げ出すのは、これを預けてくれた博麗霊夢の覚悟に無礼だ。
 そう言い聞かせるのと同時、京都から去って行った魔術師――八雲紫から別れ際に言われたことを思い出す。

 博麗霊夢は強い。
 彼女自身ですら気づかなかった本心を知ってしまっても、前へ歩き出そうとしている。その証拠が、預けてくれた巫女服ではないか。
 霊夢が寄せてくれた信頼には十二分に応えるつもりだ。でなければ、嘘に嘘を重ねるだけで、彼女の覚悟を蔑ろにしてしまうから。

 先日までがそうだった。
 だから、彼女は心を乱したのだ。
 そして、自分も。

 彼女を想うことは許されない。
 森近霖之助は本心を偽っているから。
 彼女の想いに応えることも同様。
 変わらず退治屋を目指してくれているから……博麗霊夢の偽りに付き合うことこそが、彼女を守るのに一番適しているから。

 幼稚な騙し合いだと思った。
 疑心ではなく偽心。

 霖之助は思わず失笑を漏らした。
 お互い、偽りの本心を貫くことでしか接することができないなど、呆れを通り越して滑稽が過ぎる。
 しかし、真実を彼女が知る必要はない。
 彼女の、想いにも本心にも気づいていることを知られてもいけない。偽り合っていると認識するのは、自分だけで良い。
 これ以上、博麗霊夢を傷つけないためなら、いくらでも泥を被るつもりだった。嘘を積み重ねることで彼女を裏切っていたとしても、自己の欺瞞だとしても。

 博麗霊夢を守るために必要であることは、間違いないのだから。
 いつかくるかもしれない断罪の日まで、せめて。
 息を吹きかけて石油ランプを消す。
 すぐさま真っ暗になる店内は、虚言の脆さと彼の未来を物語っているように思えた。
 鼻につく焦げた石油の残り香。
 霖之助は、その匂いが消えるまでの間だけ祈った。


 許されるのなら、
 霊夢の笑顔を誰よりも何度でも見ていたい、と。


 つかの間の願いはすぐに霧散する。
 それを見届け、彼はゆっくりと瞼を落とすのだった。

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