蛇足「青い鱗粉」
博麗の巫女が戦っている、と風が言った。
東の空が、夜より濃い色に脈打っているのが、山からも見えた。私は誰にも言わずに飛んだ。いつか赤い点が消えていった空を、今度は私が、まっすぐ東へ。
着いたときには、もう終わっていた。
空は静かで、境内の灯籠は倒れて、その上の宙に——透きとおった翅が、浮かんでいた。
妖精のかたちをした、妖精ではないもの。外の世界から来た、青い蝶のなれの果て。風の便りに聞いていたそれは、聞いていたどの言葉よりも、しずかだった。そのそばに氷精がひとり、すがるように浮かんでいて、下の闇には、見覚えのある日傘があった。
私は木立の影で高度を落とした。近づく資格が自分にあるのか、わからなかったからだ。
そのとき、翅が、こちらを向いた。
目が、合った。
IRST CONTACT ............... NEW / UNTRACKED
CLASS .................... HUMAN / AIRBORNE
VITALS ................... NOMINAL / RESP ELEVATED — LONG FLIGHT EST
THREAT ASSESSMENT ........ NONE
ID ....................... CHRONICLE MATCH — THE LAST WIND PRIEST
CLASS .................... HUMAN / AIRBORNE
VITALS ................... NOMINAL / RESP ELEVATED — LONG FLIGHT EST
THREAT ASSESSMENT ........ NONE
ID ....................... CHRONICLE MATCH — THE LAST WIND PRIEST
<think>
</think>
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TX ......................... I WISH YOU LUCK. THE LAST WIND PRIEST
CHANNEL .................. NONE AVAILABLE / DISPLAY ONLY
CHANNEL .................. NONE AVAILABLE / DISPLAY ONLY
どれくらいの間だったのか、わからない。一呼吸だったかもしれないし、一晩ぶんだったのかもしれない。
それから、あれは向き直って、結界へ、まっすぐに入っていった。半分だけが、こちらの夜に残った。白い服の半分。透きとおった翅の、片方。それから、左腕。
下で、氷精が何か叫んだ。
残った左腕が、ゆっくり握られて——親指だけが、立った。
私は、その映画を知っている。
昔、向こうの世界で観た。好きなセリフがある。
——人間がなぜ泣くか分かった。俺には涙を流せないが。
親指のかたちのまま、腕はほどけた。ほどけて、光のつぶになって、つぶは細く長い流れになって、結界の向こうへ流れて、消えた。あとには夜だけが残って、私の頬は、濡れていた。
そして私は、思い出していた。わすれていたのだ。ずっと、わすれていた。あちらを発つ前の晩、理系だった私が、私にかけた、たったひとつのおまじない。
——世界は、いつか全部説明がつくようになる。幻でも、神隠しでも、そういうものの居場所にも、いつか科学は届く。届いたそのときに、私はきっと、見つけてもらえる。
届いたのだ。
科学は、あんなかたちをして、あんな翅で、この幻の国のまんなかまで来て——帰り際に、私を、見つけていった。
私は最後の風祝として、光の消えた結界に向かって、短く祈った。
祈りの中身は、書かない。
その晩、夢枕に、物語がひとつ、舞い降りた。
凍った湖から始まって、白紙の調査票と、四本の御柱と、窓のない客間と、処刑台と、東へ飛んでいく赤い点——私がここまで来たあらましが、誰かの声で読み上げられる一冊の本のように、頭の上から順番に降ってきた。自分の人生を、あらすじで聞いたのは、生まれて初めてだった。
悪くない話だった。
目が覚めると、枕元に、青い鱗粉が、ひとつまみ、落ちていた。
私はそれを指先にとって、朝の窓を開けて、東の空へ、ふっと吹いた。
いつか、必ず。
科学は、私を見つけてくれる。
(蛇足・了)