Coolier - 新生・東方創想話

緋焔のアルタエゴ_第二章

2024/11/06 00:35:32
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【空】――わぁ……!

驚き。目を見張ってしまう。
板の間の食卓、その上に盛られるご馳走。

ご馳走。
キラキラ、輝いているようで。
ピカピカ、照らしあげられて。

美味しそうな香り。暖かな匂い。
見たこともないような量。
まるで、夢みたい。

あれから散々こいしとホタルと、
頭が空っぽになるくらい遊んでたら、
ラルバさんが呼びに来てくれて。

そして食卓まで案内されて、今。
ローストビーフにハッシュドポテト。
シチューにキッシュにケーキにお寿司!

なんて素敵。
今まで見たどんな食卓より。
私は歌いだしてしまいそうに浮足立って。

【リグル】子どもみたいな面しちまって。
お前は本当に俺が知ってる、
スカベンジャーの拳銃使いなのか?

食卓に着いていたリグルさんが、
私を見上げて苦笑して。
私と同じく料理に釘付けだったお燐が、

【燐】お空、お行儀よくできるかい?
こいしもホタルも見てっからね?

【空】うん、なにが?

私は既に食卓に着いていた
2人の少女に目をやる。

こいしもホタルも、もう食事を始めていた。
可愛げな小さいお皿に、
色とりどりの料理を乗せて。

――いいな。私も早く食べたいな。

【燐】……すみません、
お見苦しい場面ありましたら
ご容赦を……。

【燐】しかし、まさか……。

【燐】あたいたちの歓迎会、ってわけじゃ
ないですよね……?

【燐】あぁ、でも、普段の食事で、
こんなに大量に召し上がるわけも……。

恐る恐る、という感じでお燐が尋ねる。
すると、不意に立ち上がったリグルさんが、
お燐に歩み寄ってきて、

ガシッ、と。
仲のいい友人にするかのように、
左腕で肩を組んできて、

【燐】え、え、え!?

【リグル】まぁまぁ落ち着けって。
お前は畏まりすぎだ。
あんま難しく考えるなって。

【リグル】気持ちは判らんでもないがな。
商会が仕切る街で、のし上がると決めたなら、
今まで気が休まる暇も無かったろう。

【リグル】だが、今のお前は客だ。
客に気ぃ使ってもらってばかりなんて、
もてなす側としては大失敗だ。

【リグル】判ってくれたかい?

【燐】ひゃ、ひゃい……っ!

【リグル】それに俺は嬉しいんだ。
ホタルに新しい友達ができた!

【リグル】こりゃ、めでたい!
祝わんわけにはいかん!
何しろ繊細な子だ!

【リグル】ホタル、こいしちゃんたちと
遊ぶのは楽しいか?

【ホタル】うん、パパ。
楽しいよ。すごく。

【リグル】そうかそうか!
うちの子と遊んでくれてありがとな!

お酒でも飲んでるのかな、ってくらい
上機嫌なリグルさんの礼の言葉に、
こいしは何も言わずに微笑んで見せた。

なんとなく、上品さが窺える表情だった。
なんとなく、気品さえ見られる顔だった。

なんとなく、こいしっぽくないと思った。

【空】(お姉さんぶってる?)

【空】(そうなのかな。
もしそうだとしたら……)

【空】(……かわいい、かも)

【こいし】…………。

こいしは私に気のない視線を向けて、
すぐにホタルちゃんの方へ向き直り、
何か小声で話しかけた。

ホタルちゃんがクスっと笑い、
こいしもニッコリと微笑む。
その様子を見て、リグルさんは満足げに、

【リグル】いやぁ、微笑ましい!
さ、お前らも祝ってくれ!

【リグル】無礼講だ! 無礼講!
遠慮するな、座れ座れ! 着席!

【【空&燐】】は、はい……っ!

バシバシ背中を叩かれて、
背筋を伸ばして駆け足で椅子に座る。
お燐も私も。

【ラルバ】すみません。
主がハシャいでしまって。

【ラルバ】でも、どうぞ遠慮なく
召し上がってくださいね。

ラルバさんがお皿とフォークを
渡してくれる。

どこか最初の時よりも柔らかな声。
落ち着いてる。安心。そんな感じの。
浮かべる表情も、暖かくて。

素敵なご馳走。暖かな笑顔。
穏やかにくつろぐ、
リグルさんとラルバさん。

こいしとホタルちゃんは仲睦まじく。
ホタルちゃんの頬についていた
クリームを、こいしが拭き取って。

なんだろう。
ほわほわする。
ふわふわする。

ここには緊張がない。
命を危機にさらしているという
肌感覚が、マヒしたみたい。

ここには渇望がない。
明日を生きるために稼ぐという、
あの無限雑踏街の空気を感じない。

変。変なの。
私、すっかり気が抜けて。
警戒、まったくしてないのに。

――なのに、不安じゃない。
ぜんぜん、不安に襲われない。

何だかすごく……。

楽しくて……。

【リグル】客人なんて、いつぶりだったか?
同胞はよく招くんだがなぁ。

【ラルバ】もしかしたら、
初めてかもしれません。
損得を抜きでおもてなしするのは。

【リグル】ん、そいつは重ねてめでたい。
まぁ飲め。とっておきのリモンチェッロがある。
うちで漬けた奴でな?

【燐】はい! ありがとうございます!
いただきます!

【燐】――。

【燐】美味しいです!

【リグル】お、イケるねぇ。
じゃ、もう一杯。

【燐】はい!

【空】(あ……)

あんまり良くないパターンかも。
お燐、お酒そんなに強くないから。

顔に出ないのに、
すぐ、ふにゃふにゃになるんだ。
翌日には記憶、飛ばしてるし。

でも――

【空】(いい、よね。
うん、たぶん良い。
気にしなくてよさそう)

お酒を飲ませるリグルさんも楽しそうだし、
お燐が暴走し始めても許されそうな感じ。

本当ならこういう時に限って、
私が止めに入るんだけど。
その義務感も何だか遠く他人事で。

フォークで料理をお皿に取り分ける。
お皿のローストビーフをパクリ、と一口。
もくもく、もぐもぐ。

【空】(…………)

甘い肉汁と濃厚なグレービーソースが
口の中で混ざり合って。

【空】(…………)

お肉、すごく柔らかくて、
筋っぽいところなんか全然なくて。

【空】(……美味しい!)

飲み込んでしまうのが
もったいないと感じてしまうくらい。
でも、そういうわけにもいかない。

飲み込んで、また次の料理を口に運ぶ。
今度は暖かな湯気の立つキッシュ。
その次はお寿司、そしてシチュー……。

【空】美味しい……!

感極まって、思わず小声で叫ぶ。
それを聞き取ったか、
ラルバさんが私に笑いかけて。

【ラルバ】ふふ、
お口に合ったなら何よりです。

【空】あ、うん、いや、はい……。
とっても美味しいです……。

ちょっぴり恥ずかしくなる。
子どもっぽかったかも。
ふと食卓を見回す。

こいしとホタルちゃん。
お燐とリグルさん。
そして私とラルバさん。

みんなで囲む食卓。
それはもしかしなくても、
初めての経験。

誰のことも変に警戒しなくてよくて。
誰にも、変に気を使わなくてよくて。

楽しい。うん、楽しいんだ。
この空気。この空間。
美味しい料理と笑顔のみんな。

楽しい。あぁ、私好きだ。
この雰囲気。このヒトたち。

だからこそ、怖くなる。

私にとって、いつだって幸せは、
崩れ去るものだから。
誰かに、何かに、奪われてしまうものだから。

幸福を感じると不安になってしまう。
私は弱いから。怖くなってしまう。
どうしようもない、地下世界のさが。

【空】えっと……ラルバさん。

【ラルバ】はい、何でしょう。

【空】えと、その……何だろ……。
私、何て言うか、あの……。

【空】うまく言えなくて、
ごめんなさい……。
でも……。

私は慌ててしまう。
言葉、うまく出てこなくて。

詰まってしまう。
感情。私の中で膨れ上がって。
想い。心の中で淡く温まる。

こんなに、良くしてもらったこと、なかった。
こんなに、歓迎してもらったこと、なかった。
それを私は、上手に言葉にできなくて。

【空】――私、好き、です。

【空】この場所。皆さん。
あったかくて、穏やかで。
優しくて、柔らかくて。

【空】だから、だから……。

【空】……ありがとう、ございます。

たどたどしく、言葉を口にする。

うまく言葉にできなかった。
初めてで、どうしていいか判らなくて。

うまく声が出てこなかった。
嬉しくて、胸いっぱいになって。

でも、言えた。と思った。
私の気持ち。想い。
ほんの一部でも、口にできた。

そんな些細なこと。

でも、自分で自分を
褒めてあげたくなった。

初めての気持ち。
私にも、こんな感情があったんだ。

【ラルバ】……。
いえ、お構いなく。

【ラルバ】私も、嬉しいです。
こんなに賑やかなのは、久しぶりで。

【ラルバ】本当ですよ?

【ラルバ】だから、えぇ。
たくさん楽しんでください。
また次の機会も、ぜひ。

ラルバさんが少しだけ、
照れくさそうに。
けれど優しい口調で言う。

私は安堵する。
胸につかえていた物が解消して。
じわり、彼女の優しさが心に染みて。

美味しい食事。
暖かな団欒の時。
楽しい、楽しいひと時。

私は、きっと忘れない。
この瞬間、この穏やかな時間。
それを形容する言葉への思い当り。

あぁ、もしかしたら――

【空】(もしかしたら……)

【空】(これが、幸せ、
って奴なのかも)

っていう風に、思ったことを――。

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