Coolier - 新生・東方創想話

緋焔のアルタエゴ_第二章

2024/11/06 00:35:32
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街と街を隔てる『壁』を通る手段はひとつだけ。
切符を買って、蒸気路面車に乗る他にない。

例外はない。
『壁』は物質的な隔たりであると同時に、
概念的な隔たりでもあるから。

これはルールというより、
いまの地下世界を形作る理のようなもの。
それに逆らうことは、誰にもできない。

だから、駅前に集った私たちも、
切符を買って蒸気路面車に乗る必要があった。
ラルバさんたちの本拠地、蟲群街へ赴くために。

【こいし】……。

【空】……もう、待ち伏せされてるんじゃ?

【ラルバ】はい、されてます。

【燐】え、じゃ、もう駄目じゃないですかね……。

顔を真っ青にするお燐に、
ラルバさんは大丈夫、とばかりに、
懐から一枚の丸めた書状を取り出して、

【ラルバ】正面から堂々と出ます。
こちらの書状には、主の名が入っています。
我々を、蟲群街へ通すように、と。

【燐】……あぁ、そういうことですか。

【空】へ? それで、どうなるの?

【燐】お馬鹿。
書状を無視して捕縛するってのは、
商会が蟲群街と戦争するってこった。

【燐】そこまでのリスクを負ってまで、
あたいらを捕まえたり殺したりしないって、
……そういうことで、いいですよね?

途中まで自信たっぷりだった癖に、
急に不安になったみたいで、
尻すぼみな声になりつつお燐が尋ねる。

ラルバさんはお燐に頷いて見せると、
お燐とこいしを連れてきた
黒装束のヒトたちに、

【ラルバ】お前たちには、モランの遺体を
回収してきてほしい。
できるか?

【黒装束A】えぇ。
言われなくとも、そのつもりでした。

【黒装束B】モラン……クソッ!
いい奴だった。
いい奴だったのによぉ……!

【黒装束B】せめて盛大に弔ってやらねぇと、
アイツが可哀想だ……!

【ラルバ】……そうだな。
私も、きちんと弔ってやりたいよ。

【ラルバ】だが、遺体が回収されていたら、
無理はするな。大人しく帰ってこい。

【ラルバ】モランも、自分のために
仲間たちが死んでしまうのは
望んでいないだろう。

ラルバさんが沈痛な声音で言う。
私には、その感覚がよく判らなかった。

死んでしまうこと。
殺されてしまうこと。

それは、この無限雑踏街では、
あまりにも、ありふれていて。
むしろ私はそれを助長する立場で。

大切な仲間が死んでしまうということ。
私にとっては、お燐かな。そんな風に、
ラルバさんたちの気持ちを判ろうとする。

お燐が誰かに殺されちゃったら。

私はすぐに、その誰かを殺しに行く。
そして、そのあとは……。

……どうすればいいんだろう。

死んだ誰かに対してできることなんか、ない。
だって、もう死んでるのだから。

死んだ後に残るのは、ただの死体だけ。
それは、どうしようもなく、単なる物体。

死ねば終わる。
終わった後なんて、何もない。
何も残らない。何ひとつとして。

私はそれを知っている。
何人も何人も殺しに殺して、
何も残らないことを確認し続けてきた。

だから。けっきょく私には判らない。
死んだ仲間のため、という彼女たちの言葉。
ラルバさんたちの持つ感覚が、どんなものか。

【こいし】……んぅ。

【ラルバ】おや、眠くなってしまったのですね。

仲間の遺体を回収しに戻った2人を
見送ったラルバさんが、
屈んでこいしと目線を合わせる。

【こいし】……ここ、うるさい……。

【ラルバ】はい。そうですね。
もう少し静かなところへ行きましょう。
さ、おぶって差し上げます。

ラルバさんがこいしに背を向けると、
こいしは大人しく彼女に背負われた。

なんとなくだけど、慣れてる感じがした。
子どもをおんぶすることに、慣れてる。
どこか、彼女の目が柔らかく感じて。

【燐】あー、あたい替わりましょうか?

【ラルバ】ご心配なく。
慣れておりますので。

【空】(あ、やっぱり)

私、頭は良くないけど、
直観は良く当たるんだ。
やっぱり、思った通りだった。

お母さん、という言葉がよぎる。
そんな感じ。うん、そんな感じ。

お母さん、って、言っていいのかな。
子どもに優しい女のヒトのこと。
私には居ないから、よく知らない。

【ラルバ】それでは、参りましょう。
くれぐれも、奇襲にはお気をつけて。

【ラルバ】商会所属の掃除屋……。
アナタたちスカベンジャーと同じ。
殺し屋が配備されてると連絡が入ってます。

【ラルバ】ここが正念場です。
気を引き締めて――

【空】あ、いた。

【ラルバ】……っ!

【空】手、振ってるね。
奇襲してくるつもりはなさそう。

【燐】あ、ホントだ。
ありゃタッカーの奴だね。

【ラルバ】……?

状況が呑み込めてないらしいラルバさんが、
目を白黒させながら私たちと、
手を振りつつ歩いてくるタッカーを見る。

タッカーはいつもの獲物も持たず、
いつも通り気楽な感じでヘラヘラしながら、

【タッカー】おっす。スカベンジャー。
蟲群街、行く?

【ラルバ】待ってください。
話の前に、こちらの書状を見てください。

こいしを背負うラルバさんが、
バッと書状をタッカーに突きつける。

タッカーは少しビックリした風に
顔をのけぞらせて、あ、はい。なんて、
気の抜けた返事をしたかと思うと、

【タッカー】饕餮さんさぁ。
なんかもう知ってたよ。
お前らが蟲群街に行くだろうって。

【タッカー】ほんで、蟲群街に行くなら、
通していいって。
どうせ上の方で話ついてんだろうなぁ。

【タッカー】だから、えっと……。
もうそれ、しまっていいっすよ?
自分、邪魔する気ないんで。

【ラルバ】………………。

【ラルバ】……はい、しまいます……。

【燐】あー! レディに恥かかせた!
最低だ! ブー! ブー!

【空】謝れー! 謝罪しろー!
ぶぅ! ぶぅ!

【タッカー】いや理不尽かよ!?
判った判った! ごめんなさい!
俺が悪かったです!

【タッカー】……じゃ、まぁ。

下げてた頭を上げたタッカーが、
後頭部をボリボリと掻きながら、

【タッカー】俺は飯食って帰るから。
何やらかしたのか知らんけど、
あんまり無茶なことすんなよな。

【タッカー】お前ら殺すのは気が進まん。
俺ぁ後味の悪い殺しは嫌いだ。
ただでさえマズい飯がもっとマズくならぁ。

タッカーは淡々と言って、
中心街の方へ去って行った。

私もお燐も、タッカーとはそれなりに親しい。
同じ商会の子飼いの掃除屋。同業者だから。

だからこそ、少しぞっとした。
少なくとも、私は。
あの口ぶりは、完全に殺す算段が付いてた。

タッカーとやりあうのは私も嫌だ。
彼は頭がよくて狡猾で、
なおかつ殺しの手段を選ばないから。

【燐】お空、ありゃ……。

【空】……うん、そうだね。
たぶん、饕餮さんの思惑と違ってたら……。

【燐】うぅ、だよねぇ……。

お燐が身体を震わせる。
私は今さら、自分の置かれた状況が
どれほどマズいのかを実感する。

タッカーがあんな性格でよかった。
饕餮さんがあんな感じでよかった。
でなきゃ今頃はもう、命は無かったはず。

【ラルバ】……行きましょうか。
蒸気路面車が来ました。
あれに乗りましょう。

黒い蒸気を吐き出しながら、
ターミナルに蒸気路面車が辿り着く。

巨大な転車台が回り、
蒸気路面車の行き先を変更する。

カチコチ、歯車を回しながら。
キリキリ、メモリを調節して。
クルクル、運命も終着点もどこへやら。

機関機械の自動券売機がチン、と
あっかんべぇみたいに出す切符を手に、
区画間サーキット蒸気路面車へ。

サーキット蒸気路面車はガラガラだった。
わざわざ『壁』の外に出るヒトは少ない。
切符が高価いだけじゃなく、区画の統治者が違うから。

『壁』の外は別のセカイ。そう言ってもいい。

そこでは何もかもが違う。
文化も、価値観も、法律も。
道行くヒトたちの顔ぶれさえ。

【空】ねぇ、お燐。
私、『壁』の外に行くの、初めて。

【燐】あたいもだよ。
ここが無限雑踏街になってから、
何だかんだ初めてさね。

適当な客席に腰かけて、
煤塵で曇った窓の外を見る。

ワクワク、はないけど、
ちょっぴりソワソワ。
そんな感じ。

【ラルバ】アザミとニンビは……
間に合わないでしょうね。
無事であれば良いのですが。

2人掛けの客席にこいしを寝かせた
ラルバさんが、ふぅと息をついて、
シュルリと顔を隠していた黒布を解いた。

綺麗な色の髪、ふわりと棚引いて。
端正な顔立ち、汗が雫を垂らして。
ピョコン、と黄色の触覚が跳ねる。

綺麗なヒト。純粋にそう思った。
だから、顔を隠してたのかな。

【燐】あ、いいんですか?
顔、出しちゃって。

【ラルバ】えぇ、もう意味がありませんので。

【ラルバ】私が主の、リグルの命を受けて
この街に来たことが商会に知れている以上、
顔を隠しても仕方がないかな、と。

【ラルバ】――それに、さすがに暑いので。

爽やかに微笑んだラルバさんが、
皮膚に浮かんだ汗を布で拭いて、
客席に腰を落とした。

発車のベルが鳴り響く。
ドアが自動でしまって、汽笛が鳴る。

私たち以外には、誰も乗ってない。
運転手はいない。
蒸気路面車は自動で走るモノだから。

蒸気路面車は誰のものでもない。
旧都に、もともとあったもの。
彼岸の残留物。是非曲直庁の遺産。

蒸気路面車が走り出す。
ゆっくりと車窓の風景が滑り出す。

それがなんだか楽しくて、
私は夢中で流れゆく窓の外を眺めていた。

【ラルバ】蟲群街のターミナルまで
一時間半ほど掛かります。

ラルバさんがビン入りの水を
懐から取り出しながら言う。

【ラルバ】それまで休まれるといいでしょう。
特に空さんは、消耗も激しいでしょうし。

【空】うぅん、もう大丈夫。
……だと、思います。

身体に異常は感じない。
念のために煙草に火をつけてみる。
いつもと変わらない味だった。

疲れも感じないし、眠くもない。
体調に問題はない。確認した。
けれど、私はやっぱり不安になる。

――アナタの中には、
天使のカケラが宿っている。

さとりの言葉を思い出す。

私は、いつも通りの私だと思ってる私は、
実はもう私じゃなくて。

私を構成するモノの中に、
私じゃないナニカが混じってしまっていて。

……いつ爆発するか判らない
爆弾を抱えてる気分。

ソレをどうにかできる筈の
さとりは、饕餮さんに捕まって。
私の中のナニカは、誰にも制御できない。

そう、誰にも

――ザザ

でも、私が、あの時

――ザ

●●●いれば……?

――ザ、ザザ

【空】っ!?

視線を感じた気がして、
バッと周囲を見回す。
客席に横たわるこいしに目が留まる。

こいしは眠っていた。
静かな寝息を立てて、さっきと変わらず。

【空】(気のせい……?)

そうだと思う。きっとそう。
その判断に含まれる願望の割合を無視して。
鎌首をもたげかけた記憶を押し込んで。

気のせい。気の迷い。何かの勘違い。
ベタベタとレッテルを貼り付けて、
私は私の揺らぎに蓋をする。

【空】――そう言えば……。
……ラルバさんは、どうして……?

何かに追い立てられるような気分で、
私はそんな曖昧な言葉を口にしていた。

ビンの中の水を飲んでいたラルバさんは、
唇をぬぐってから小首をかしげて、

【ラルバ】どうして。
……と、言いますと?

【燐】どうして助けてくれたのか、
ってことだと思います。

ポン、と私の頭に手を乗せたお燐が、
やれやれ、って感じに助け船を
出してくれた。

ちょっぴりホッとする。
きっとお燐は見抜いてくれたんだ。

私は何も考えずに切り出したくせに、
尋ねられて当たり前な質問を返されて、
あわあわしていたから。

【ラルバ】ニンビは話しませんでしたか?

【燐】いや、聞きました。
リグルさんが、お空を保護したい、と。

【燐】ただ、それがどうしてなのか、
あたいったら聞く暇がありませんで。

【ラルバ】理由。
理由ですか。
ふむ……。

膝を組んで少し考えるような仕草をした
ラルバさんは、やがて首を横に振って、

【ラルバ】我々も聞いておりません。
主に直接聞かれると良いかと。

【燐】…………。
……聞かなかったんですか? 

【燐】商会に手を出すなんて案件なのに。
現に、モラン、さんもやられてるのに。

【燐】助けていただいたことは
もちろんありがたいんですが、
何というか……自殺行為なのに?

【ラルバ】えぇ。主の命ですので。
……と言うと、勘違いされてしまいますね。

言って、ラルバさんが居住まいを正す。
彼女は両手を組んで、
視線が真剣なものになって、

【ラルバ】――我々は、群れです。
蟲群街という街は、
ひとつの群れなのです。

【ラルバ】蟲妖は、弱い妖怪です。
個々の力は、他の妖怪と比べて
どうしても劣る傾向にあります。

【ラルバ】そのような我々が生き残るためには、
どうしても群れる必要があります。
助け合い、力を合わせる必要が。

【ラルバ】いま蟲群街が在るのは、
我々、蟲妖がひとつの意思のもとに
団結することを選んだからです。

【空】ひとつの意思……。
それが、リグルさん……?

【ラルバ】はい。
誇張ではなく、主なくして
今日の蟲群街はありません。

【ラルバ】我々は個々の妖怪である前に、
蟲群街という群れの一員です。

【ラルバ】主は誰よりも、
我々のことを考えています。
我々という群れの存続と幸福を。

【ラルバ】主は誰よりも、
我々の不幸を嘆き、幸福を尊びます。
我々ひとりひとりのことを重んじています。

【ラルバ】そんな主が命じたのです。
空さんを死なせるな、と。
それに伴うリスクを承知で。

【ラルバ】だから我々は応えるのです。
放っておけば、ひとりで突貫するヒトです。
しかし、そうさせるわけには、いきませんので。

そう言って、彼女はニッコリと笑った。

……私には、よく判らなかった。

お金よりも命よりも大事なものがある、と
微笑むラルバさんの表情に嘘はなくて。

リグルさんに対する彼女の感情は、
恐れとか緊張とか、そういう
上下の関係について回るものがなくて。

それは私のセカイを構成する
文脈のなかに含まれてないモノだった。
たぶん、信頼とか、そういう名前の感情。

【空】……そう、ですか。

何も判っていない私は、
そんな曖昧な返事をして、
車窓の外を流れる景色に目を向ける。

蟲群街という世界のことを考える。
信頼、という感情のことを考える。
考えたところで、きっと判らない。

私には助け合いという在り方が判らない。
お燐と一緒に生きてきたけれど、
私はお燐に助けられてきただけで。

こいしやさとりを助けようとしたのも、
結局、どっちも自分のため、
だったような気がしてる。

これまでの私の生き方と、きっと真逆の世界。

流れる。流れる。
透明な窓の外で、風景が後方へ流れていく。
私の生きてきた街が、世界が、流れる。

思う。
その在り方が無限雑踏街で採用されていたら、
私が、いまの私になることはなかった?

弱者が弱者のままでいても、
他の誰かから踏みにじられない。
むしろ、他のヒトから助けてもらえる。

…………判らない。
想像もできない。そんな在り方。
理解できない。助け合う、ということ。

私には、そんなことできないと思う。
助けられることはあっても、
助ける、ということが判らない。

助ける。見返りのない行為。
好意。自分のためじゃなくて、
誰かのためになることをする動機。

自分のためじゃないことを、
他人のためになるから、と
する動機が、私には判らない。

どうしても、判らない――

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