Coolier - 新生・東方創想話

緋焔のアルタエゴ_第二章

2024/11/06 00:35:32
最終更新
サイズ
168.6KB
ページ数
13
閲覧数
1138
評価数
5/6
POINT
530
Rate
15.86

分類タグ


窓辺で微睡んでいたけれど、
様子が変なことに気付いて、
ハッと顔を上げる。

無限雑踏街とは違って、ここは静かだから。
すぐに判った。血の臭い。血の気配。
行使される暴力の無分別な空気。

【空】お燐、ねぇ、お燐?

ぐぅぐぅイビキをかくお燐を揺さぶる。
赤くした顔を幸せそうに緩めるお燐は、
むにゃむにゃと唇を動かして、

【燐】……えへへ。
もう、飲めないっすよ……。
リグルさぁ〜ん……。

【空】お燐! 起きて!

生半可にやっても起きそうにない。
仕方ない。実力行使。
私はフルスイングでお燐の頬を叩く。

バチン!! と小気味良い音。
さすがのお燐も慌てて飛び起きて、

【燐】痛った!!? 何だい!? 
な、な、何事!?
あ、頬っぺた、痛ぁ……。

【空】お燐、様子がおかしいの。
嫌な感じがする。
さっきまで、静かだったのに。

そう言うと、お燐は頬を押さえながらも
真剣な眼差しになって、

【燐】おいおい、本当かい?
そりゃ、この家の中で?

【空】うぅん、街の方。
詳しいとこまでは判んないけど。

【燐】と、ともかく状況の把握だ。
お空、リグルさんに伝えに行くよ。

【空】判った。

【燐】っと、リグルさんの部屋は入れないか……。
ラルバさんを起こそう。
行くよ。お空。

【空】うん。

お燐の後について客間を出る。
家の中は静かだった。
誰かが起きているような気配もない。

嫌な雰囲気は強まるばかりだった。
窓から見える範囲に異常はない。
なのに首筋がゾワゾワして堪らない。

お燐も気付いたんだと思う。
ブルリと身体を震わせて、

【燐】うぅ、確かにこりゃ、
いやーな感じがするね……。
せっかく頂いた酒も醒めちまった。

【燐】ーーラルバさん? 
お休み中、失礼します。
ちょいと、火急の用事で……。

【燐】……あれ?

寝室の戸を開けたお燐が、
中を見るなり、妙な声を上げて。

お燐の肩越しに室内を窺う。
布団の中でラルバさんが寝ている。
でも、こいしとホタルちゃんが居ない。

布団は3組。
その内の2つが、もぬけの殻で。

【空】っ、私、探しに行く!

【燐】あ、おい、お空!

お燐の声を聞き流しながら、
階段を降りていく。

散々、あの2人とかくれんぼをした。
この屋敷の中の隠れられるところは、
おおよそ見当がつく。

台所、応接室、玄関、庭。
ーーどこにも居ない。

探してないのは、リグルさんの部屋だけ。
けれどーー

【空】(靴は……ない。
2人とも外に出てる? どうして?)

【空】(こんなにも、嫌な予感のする夜に……)

『――こんばんは』

『――お空』

『――2人は南東に行ったよ』

【空】……え?

聞き間違い。じゃない。

確かに聞こえた。
囁く声。静かで落ち着いた、誰かの声。

そして私は聞き覚えがある。
燃え尽きる間際に、夢の中に、
こうして誰かがそっと囁いたのを。

【空】(南東、って言った?)

【空】(でも私、南東がどっちなのか、
判らない……)

【燐】お空!
2人は!? 見つかったかい!?

背後からお燐の声。
振り返る。
お燐が、ラルバさんとリグルさんと一緒に。

私は首を横に振る。
ラルバさんが今にも倒れそうな顔をして。
傍らのリグルさんが彼女の背に左手を回して。

【ラルバ】……あぁ、私が……。
私の、せいで……。

【リグル】お前のせいじゃない。
自分を責めるな。

【リグル】監視につけてた奴も泡食ってる。
どうやったかは知らんが、
眠ってたお前に気付けた筈はない。

【リグル】手分けして探せばいい。
手掛かりが無いのが痛いところだが……。

【空】あ、手掛かり、というか……。
南東? の方に行ったって。

【空】そう、声がーー。

【リグル】声?
……そうか、声がか。

リグルさんの顔がほんの少し引き攣る。
彼は大きく溜息をついたかと思うと、
私のことをジッと見つめてきて、

【リグル】ーーなら、南東に行ったんだろう。
蒸気路面車の駅がある方だ。

【リグル】スカベンジャー。お前らも来い。
人手はあるに越したことはない。

【リグル】猫の手でも烏の脚でもな。
お前らもこいしちゃんが心配だろ。

【リグル】布団はまだ暖かかった。
そんなに遠くには行ってない筈だ。
走ればすぐに追い付くだろう。

【リグル】お説教の文句を考えとけ。
俺も愛娘に雷を落とさなくちゃならん。
まったく気が向かねぇけどな。

【リグル】ラルバ、代わりにやるか?

【ラルバ】……私が言っても聞きません。
たまには、父親の威厳が必要かと。

ラルバさんが弱々しいながらも笑みを見せた。
リグルさんが励ますように軽く彼女の背を叩く。

【リグル】行くぞ。着いてこい。

言うや否や、リグルさんが走り出す。

とんでもない速度だった。
あんなに大きな右腕を物ともせず。

数テンポ遅れて私も走り出す。
私の後ろから、お燐とラルバさんの足音。

【リグル】ーー走りながらでいい。
聞いておけ、空。

リグルさんの横に追い付いた時、
彼が前を見据えたまま呟くように、

【リグル】あまり、声に耳を傾けるな。

【リグル】そいつは時計閻魔の権能の欠片だ。
何もかも見透かしたようなことを囁くが、
断じてお前の味方なんかじゃない。

【リグル】単に、お前を使って暴れたいだけだ。
善も悪もない。シンプルな力の塊でしかない。

【リグル】そしてお前が力に溺れて罪に塗れれば、
時計閻魔はその罪を裁きにくるだろう。

【リグル】結果、お前は天使として、
この世界を罰するだけのモノになる。

【リグル】飲まれるなよ。

【空】……はい。

天使。
その言葉の悍ましい響きに、
私は全身が総毛立つ気分になる。

忘れようとしても、忘れられない。
あの灼熱。あの煉獄。
身体が永遠に燃え続ける、あの苦痛。

あの思いだけは、二度と味わいたくない。
恐ろしさに竦みそうになるのを振り切って、
2人の姿を探しながら、走るーー。

コメントは最後のページに表示されます。