【饕餮】逃げられちゃいましたね~。
【美鈴】…………。
空たちが去った積み上げ長屋の屋上で、
飛び移ってきた美鈴に、饕餮が微笑みかける。
美鈴は饕餮から視線を逸らす。
ふわふわの彼女は笑い声を弾ませて、
【饕餮】そんなに落ち込まないでくださいよぅ。
美鈴さんは、よくやってくれましたもの~。
ほらほら、さとりさんは捕まえましたしぃ?
先ほどまで暴れていたさとりは、
今は饕餮に抱かれるまま、
顔を俯かせていた。
絶望ではない。
さとりはすでに状況を“読んで”いた。
この2人は、自分を生かしたまま、
商会へ連れていくことが目的だということ。
――生きてさえいれば、指の1本、腕の1本が
折れようと千切れようと構わないことも。
饕餮がさとりのうなじをクンクンと嗅ぎ、
くしゅん、と小さくくしゃみをする。
そしてニヘヘ、と唇を緩ませて、
【饕餮】あ~、小さくてカワイイ子は
甘くて柔らかい匂いがしますねぇ。
甘露じゃ~、甘露じゃ~♪
【饕餮】――それにしてもぉ。
【饕餮】まさか蟲群街の手が、
こんなに早いなんて思いもしませんでしたぁ。
それも、こんなに大胆に干渉するなんてぇ。
【饕餮】それに~、変ですよねぇ?
さとりさんを見捨てる判断が、
早すぎますよねぇ~?
【饕餮】みゅんみゅんみゅーん♪
怪しい電波をキャッチしましたぁ♪
【饕餮】リグルの親分さん、
目的は、さとりさんじゃないですよねぇ?
逃げた3人の誰かが本命ですねぇ?
【饕餮】誰かな~? 誰かな~?
妹のこいしちゃんかなぁ?
【さとり】…………。
【饕餮】む? 違うみたいですねぇ。
じゃ、空さんですかぁ。そうですかぁ。
【饕餮】空さんを保護したかったんですねぇ?
どうしてでしょ~?
美鈴さん、判りますか~?
【美鈴】…………。
【饕餮】あは、そうですよねぇ~。
やっぱりぃ、オーパーツですかね~?
【饕餮】“拳銃使い”の空さん、
“永遠供給源(エタニティ・サプライ)”のリグルさん。
閻魔のオーパーツの持ち主同士ですねぇ。
【さとり】……っ!
さとりが息を呑む。
新たな閻魔のオーパーツの持ち主の存在を知って。
即座に脳裏をよぎる。
時計閻魔。裁き。新たな天使の可能性。
そんなさとりの様子も意に介さず、
パッとさとりから離れた饕餮が、
クルクルと両手を広げて回りながら、
【饕餮】さ~て、さてさてぇ。
これからどうなっちゃうのかな~?
何が起きちゃうのかな~?
【饕餮】ひとまず、本部に帰りましょ~♪
会長さんが待ってますもんねぇ。
さとりさんのこと、待ってますもの~。
【饕餮】それじゃ、さとりさ~ん。
行きましょうかぁ♪
仲良く手を繋ぎながら~。
【さとり】…………。
差し出された手を握る以外の選択肢はない。
さとりは観念して、饕餮の手を取った。
これからどうなるのだろう。
何が起きるのだろう。
自分の身に。
饕餮と美鈴の心を読んでも、判らない。
この2人には、自分を確保した後、
具体的にどうするか、の思念がない。
だからといって、逃げ出すことも
この2人と戦うこともできない。
饕餮はまだしも美鈴は、
自分が少しでも妙な素振りをすれば、
すぐに組み伏せる腹積もりで見ている。
背筋に嫌な汗が流れるのを感じながら、
さとりは無限雑踏街の中心へ、連れられた。