Coolier - 新生・東方創想話

緋焔のアルタエゴ_第二章

2024/11/06 00:35:32
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――スローテンポのジャズが流れていた。

バー・フレキャダンに客の姿はない。
そこには店主の女がひとりだけ。

珍しいことではない。
むしろ、客があることの方が異常。
この店を知る者は、ほとんどないのだから。

しかし――
グラスを磨いていたパルスィが、
ふと外に気配を感じて手を止める。

微かに足音。
明らかに、店へと降りてくる。
客はひとりのようだった。

客。パルスィはせせら笑う。
この店にまともな客なぞ、
来た試しがない。

来るのは、厄介者だけだ。
来るのは、厄介事だけだ。

けれどもパルスィは笑顔を繕う。
店の扉を開けた、新たな厄介者に、
最大級のもてなしと皮肉を込めて。

【パルスィ】いらっしゃいませ。

【???】やぁ、店主さん。

【パルスィ】……やれやれ。
また、アナタなのね?

【???】つれないね。
いいじゃない。何度来ても。
こーんなに、いいお店なんだから。

現れた客の姿に、店主は眉をひそめる。
飄々とした風の彼女に、顔をしかめる。

知らない仲ではない。
彼女とは浅からぬ縁もある。

だからこそ、パルスィはため息をつく。
仕事熱心なこと、と呆れたように。

誰も彼もが好き勝手に過ごす、この街で。
老若男女が生死を謳歌する、この世界で。
彼女ほど熱心に役目を担う者は、そういない。

【パルスィ】遠路はるばる、ようこそ。
わざわざ、“白蓮教徒の街”から。

【パルスィ】飽きもせず。

【???】いっそ、こっちに店を移すってのは?
私くらい、熱心に通う客もいないでしょ。
店の場所なんて、どこでも良いじゃない。

【パルスィ】冗談。お生憎さま。
私、ここが気に入ってるの。
何かと都合がいいしね。

【???】うーん、そうかもね。
情報も早いし、機関機械も多いし。
なんたって、地霊殿も近いし。

【???】私も、この街の方が、
居心地良いのよね。

【???】あーあ、早く、
私のモノにならないかな。

【???】良いペースで私のクスリも
流行ってくれてるし、
もうちょっとだと思うのになぁ。

客はカウンターの椅子に腰かけて、
頬杖を突きながら不満顔で漏らす。

パルスィは置いていたグラスを手に取り、
丁寧に磨く作業に戻りつつ、

【パルスィ】それで、ご注文は?

【???】裏切り者に制裁を。

それまで呑気な声で語っていた客が、
不意に鋭く殺意を含んだ声で呟き、

【???】リグル君がさぁ。
商会の会長と手を組むみたい。
2日後、この街に来るってさ。

【パルスィ】ふぅん?
それは、アナタの“怠惰”が?

【???】違う。
『赤の女王』が。

【パルスィ】あら、そう。

憮然とした風の客を見て、
パルスィはニヤニヤと笑いながら、

【パルスィ】それはそれは、
逆らうわけにはいかないわねぇ?

【???】だから、許可と協力を。
水橋パルスィ。地底の賢者。
“嫉妬”と“境界”を司る、時計閻魔の巫女。

【???】私に、『壁』を超える許可を。
私が、私の御印を、閻魔のオーパーツを、
存分に振るえるよう、協力を。

客の眼差しが、パルスィの眼を見つめる。
翡翠のような緑色をした右眼と、
緑色のモノクルに覆われた左眼を。

クス、とパルスィが跳ねるように微笑む。
やってきた客の殊勝な態度に。
天使にでも乞わねば果たせぬ大願に。

だが、この世界に神はいない。
夢現の狭間に揺蕩う幻想は、
理を統べる神の存在を必要としない。

そも、この地下世界に理はない。
あるのは、とある信仰の成れの果て。
現も幻も介入できない虚無という名の空白。

――けれど、願いを叶えるモノだけは、
確かに存在している。

この世の理ならざる虚無であるが故に。
彼岸という名の幻想の残骸を媒介として。

チクタク。
チクタク。
チクタク。

――虚無が。
――何もかもを嘲笑いながら。

チクタク。
チクタク。
チクタク。

カチリ。

――赤の女王の宿願を、睥睨して。

【パルスィ】――いいでしょう。

水橋パルスィが、自身のモノクルを外す。
隠されていたその左眼の本当の色が、
虚ろな地下世界の下で露わとなる。

輝く月のように煌々と。
彼女の左の“黄金瞳”が、見開かれる。

其は御印。
外なる世界に蠢く虚無と繋がる刻印。

其は窓。
禍々しき神が虚空を見つめるための。

其の名は黄金瞳。
過去と未来の全てを見透かし、
この世ならざる果てまで繋がる、力。

【パルスィ】喝采せよ。
忌まわしき主よ、
すべて嘲笑う、いと高き者。

【パルスィ】承認せよ。
愚かなる罪人がうず高く業を積み、
かの者に災いを運ばんとす。

【パルスィ】嘲弄せよ。
御身を縛る罪科の器を用いて。
この空虚なる世界を。罪深き者を。

【パルスィ】――断罪せよ。

チクタク。歌のように祈りが刻まれる。
チクタク。あがくのを止めろと嗤いながら。

チクタク。
チクタク。
チクタク。

チクタク。
チクタク。
チクタク。

チクタク。
チクタク。
チクタク。

時計の音。時計の音。
それは暗がりに鳴り響く。
まだか、まだかと急き立てるように。

本来ならば、民の祈りは神に届かない。
本来ならば、神は祈りを聴きはしない。
そう、本来ならば。

しかし、それはもう起動してしまった。
黄金瞳を通じて届く求めに従い。
虚空へ繋がる御印の申請に従い。

チク・タク。混沌より這い出る者。
チク・タク。崇め奉るべき古きもの。
その畏れを喰らい、仮面の男は高らかに笑うのだ。

【仮面の男】……チク・タク、チク・タク。

【仮面の男】さて、そろそろ時間だよ。

【仮面の男】断罪の時だ。

【仮面の男】時計兎は疾く駆ける。
赤の女王の逆鱗に触れぬよう。
いまはその配役も、面白い。

玉座に腰掛ける男が、静かに笑って言う。
無機質な笑いだった。空虚な笑いだった。
およそ人知の届かぬ領域から、見下ろして。

彼は鎮座する。人の理解を超えた機関の中心に。
彼は睥睨する。人ならざる者の集う地下世界を。
罪業と欲望を司る仮面が、彼の周囲を旋回する。

【仮面の男】私は認識した。罪業の所在を。
私は認識した。断罪の申請を。

【仮面の男】故に私は審判する。
何物にもなれない世界よ、
せめて私の遊具となれ。

【仮面の男】――略式裁判を、
開廷しようじゃないか。

仮面の男が静かに言葉を紡ぐ。
ここは彼の領域だ。ここは彼の玩具箱だ。
彼が語り掛ければ、世界の理が首を垂れる。

彼こそが正当なる地下世界の理だ。
ただ1人の例外を除いて、
誰もそのことを知ることはなくとも。

【仮面の男】我が祝福の寵児よ。
“貪食”の罪科を宿しながら、
罪業を積まぬよう、律する者。

【仮面の男】迷える子羊よ。
囁きに耳を貸さず、
己の志に準ずる清き男。

【仮面の男】すべて。

【仮面の男】そう、すべて。

【仮面の男】あらゆるものに、意味がないのなら。

【仮面の男】例えば。

【仮面の男】喰らってしまえば、何の意味も、ない。

【仮面の男】判決は――

チクタク。
チクタク。
チクタク。

チクタク。
チクタク。
チクタク。

チクタク。
チクタク。
チクタク。

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