Coolier - 新生・東方創想話

緋焔のアルタエゴ_第二章

2024/11/06 00:35:32
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……声。そう。声だ。
暗がりより囁きかける声。
鼓膜ではなく、俺の心を震わせる声。

今宵も、俺は聞こえないふりを続ける。
俺に呼びかける声。
果てより響き、俺の内に白をもたらす声に。

『――足りない』

『――まだ、足りない』

『――そうだろう? お前も、そう思うだろう?』

聞こえない。
俺は自分に言い聞かせる。

聞こえないんだ。こんな声は。
もう俺にとって必要のない道標など。

俺は全てを得ている。
否、俺は俺に必要なものを持っている。

それ以上は、必要ない。
この世のすべてなぞ、俺には必要ない。
ただ、手の届く場所にささやかな幸福があれば。

『――それでも、足りないんだ』

『――恐れているのだろう?
俺には判るさ。あぁ、判るとも』

『――お前の言う幸福が、
いつ無くなってもおかしくはない。
そうだろう? そうだとも』

『――つまらない。酷くつまらないぞ。
かつてのお前はどこへ行った。
狂おしく力を求めたお前は?』

『――望め。さぁ、望めよ。
何もかも自分の物にしたいと願うがいい』

『――俺なら、その願いを叶えてやれる。
浅ましくも己の分を弁えない願いを、
すべて、すべて叶えてやるとも』

夜ごと囁く声。
俺にしか聞こえない声。

今日も。今日も。
声は俺を唆そうと企てる。
かつての渇望を見せろと急き立てる。

俺は、聞き遂げない。そんな声に惑わされない。
心を震わせることさえもない。
愛する者の顔を思えば、俺に迷いなぞ訪れない。

無駄だ。今宵も同じこと。
俺の望みは叶っている。すべて。すべてだ。

もはや力に頼る必要もない。
もたらされる恩恵を享受せずとも良い。
俺には、もうこの声は不要だ。

だというのに。声は俺を嘲笑い続ける。
今宵も。諦めることなく。
俺を、自分の望む方へと導こうと。

『――変わるさ。あぁ、変わるともさ。
こんな世界で、安寧が続くと思うか?
つまらない明日が無事に訪れるとでも?』

『――薄情な奴だ。
今のお前を作ったのは誰だよ?
今のお前の生活は、誰のおかげだ?』

『――なに。そんなに遠くないさ、盟友よ。
すぐにお前は、俺が必要になるよ。
俺に縋るときが来るに決まってる』

『――自分のために、誰かを殺しておいて。
自分だけが穏やかな幸福を得られるなんて、
都合の良すぎる話だとは思わないか?』

俺は何も言いはしない。言葉を交わすだけ無駄だから。
ただ、ジッとこの声が去るときを待つだけ。
今宵も。今宵も。いつものように。

かつての無力な俺は、お前を必要とした。
だが、もう力を振るう必要もなくなった。
自分が欲した物を、手に入れたのだから。

与えられた力を振るう感触。
敵対する誰かの命を呆気なく奪うときの感覚。
自分の利益のため、声に従ったときの記憶。

あぁ、何もかもが過去のことだ。
心のうちに秘めた、俺の罪だ。

更なる罪を重ねよと、今宵も声が囁いてくる。
いつか訪れる断罪に向けて、
裁かれるための材料を、うずたかく積めと。

裁きは訪れない。
訪れて良いはずがない。
断罪など、俺は求めていないのだから。

――そうだ。

俺の手が届く範囲の幸福を守ることが、
罪を重ねてここまで来た俺自身の、
義務なのだから……。

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