Coolier - 新生・東方創想話

私は如何にして心配するのを止めて幻想郷を愛するようになったか

2026/07/07 01:48:06
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第二章「衰弱する神々」


 夏のお祭りは、日曜日に繰り上げになりました。平日では人が集まらないから、と氏子の寄り合いで決まったのだそうです。

 それでも、集まったのは二十人ほどでした。町内の役員のおじいさんたちと、そのお嫁さんたちと、犬の散歩のついでに寄ってくれた人が少し。露店は出ません。何年か前までは綿あめの屋台が一つだけ来ていたのですが、子供が来ないので、来なくなりました。

 私は白い装束を着て、祝詞をあげて、お神酒とお米と、氏子さんの畑の野菜を御前に並べました。なすときゅうりが多いのは、夏だからです。かごの数は、去年より一つ減りました。

 式のあいだ、神奈子様は拝殿の奥に座っていらっしゃいました。背筋を伸ばして、目を閉じて、二十人ぶんのまばらな柏手を、とても大事なものみたいに聞いていました。

 片付けのとき、神奈子様が小さく歌っているのが聞こえました。古い歌です。ときどき歌っているのですが、言葉は半分も聞き取れません。節は波みたいにゆっくり上がって下がって、終わりのところだけ、「——かみのまにまに」と聞こえました。どういう歌なのですか、といつだったか聞いたら、「お前が生まれるずっと前の歌さ」としか教えてくれませんでした。




 祝詞をあげているとき、近ごろ、自分の声の下にもう一つ、声が重なっている感じがします。

 説明がむずかしいのですが——合唱で、隣の人の声と自分の声がぴったり合った瞬間、どちらがどちらかわからなくなる、あの感じに似ています。式が終わったあとも、しばらく、胸の奥が火鉢を抱えたみたいに温かいのです。温かさには、なんとなく性格があります。どっしりと重たいのが神奈子様で、ぴょんぴょん跳ねるのが諏訪子様です。

 昔は、お祭りの日だけでした。

 近ごろは、なんでもない日にもあります。

 七月の三者面談の前に、担任の先生と二人だけの面談がありました。成績の話が終わったあと、先生は少しためらってから言いました。

 「東風谷、最近、疲れてないか」

 「疲れてないです」

 「保健の先生がな。おまえが渡り廊下のところで、その、一人で……誰かと話しているみたいだったって」

 「携帯です」

 と私は言いました。すみません、校内では禁止でしたよね、と付け足して、頭を下げました。先生はほっとした顔になって、水曜にカウンセラーの先生が来ているから、悩みがあったらな、と案内のしおりみたいな言い方をして、面談は終わりました。

 嘘は、得意です。正確に言うと、嘘のほうを本当らしく話す練習を、小さいころからずっとしてきました。見えるんです、と正直に言ったことは一度だけあります。ずっと昔のことです。そのとき大人たちの顔がどんなふうになったかを覚えているので、二度は言いませんでした。




 夏休みに入ったころ、縁側で諏訪子様と夕涼みをしました。

 私はかき氷を食べていました。諏訪子様のぶんも作って、隣に置いてありました。それが溶けて、ただの甘い水になっていくのを、諏訪子様はにこにこして眺めていました。

 「さなえのつくるやつ、いいにおいがする」

 「召し上がれたらいいのに」

 「においで十分。……あのね、さなえ」

 諏訪子様は庭の暗がりのほうを見たまま、蚊取り線香の煙を指でつついて言いました。

 「神様はね、みんながわすれたら、いなくなっちゃうの」

 「……はい」

 「けろっとね。いつのまにか。だあれも気づかないうちに」

 こわい話をする口調ではありませんでした。かくれんぼのルールを教えてくれるときと同じ声でした。私が何か言うより先に、諏訪子様は「氷、ぜんぶ水になっちゃった」と笑って、話はそれきりになりました。




 私は、お供えを増やしました。

 おこづかいで買える範囲の、いいお酒の小さい瓶。桃。いただきものの水ようかん。朝と晩、神棚と離れの御前に並べます。お供えしたものは、翌朝も、ひとかけらも欠けずにそこにあります。神様は湯気や香りを召し上がるのだと、小さいころに教わりました。だから、減らなくていいのです。

 減らなくていいのですが——香りはぜんぶ差し上げているのに、お二人が少しずつ薄くなっていくのは、どうしてなのでしょう。

 薄く、というのは、たとえです。たとえですが、ほかに言いようがないのです。夏の終わりには、明るい昼間だと、諏訪子様の肩ごしに障子の桟がうっすら見える日がありました。私は見なかったことにしました。これは、慣れませんでした。

 三人でお膳を囲んでも、箸が動いているのは私だけです。

 好きなものを好きなだけ差し上げて、それでも、それは神様の食べものにはならないのです。誰のせいでもありません。誰のせいでもない、というのが、いちばんこたえました。




 八月の終わりの夜、台風が来ました。

 雨戸がずっと鳴っていて、眠れなくて、私は水を飲みに起きました。廊下の突き当たりの座敷の障子が細く開いていて、神奈子様が、雨戸の隙間から外の暗い空を見ていました。

 風の神様ですから、荒れる空を見るのは好きなのだと思います。でも、その夜の横顔は、好きなものを見ている顔ではありませんでした。長い長い割り算が、やっと割り切れたときのような、静かな顔でした。

 「神奈子様?」

 「起こしたか。なに、風の音を聞いていただけさ」

 おやすみ、と言われて、私は布団に戻りました。

 翌朝、台風は諏訪を逸れて、空はいやになるくらいの快晴でした。神奈子様は縁側の日なたに、昨夜と同じ姿勢で座っていました。ひと晩じゅう、そのままだったのかもしれません。

 「早苗」

 と、神奈子様は空を見たまま言いました。

 「近いうちに、大事な話がある。諏訪子と、お前にだ」

 それだけでした。でも私には、もうわかっていたような気がします。長い割り算が、割り切れてしまったことが。

(第二章・了)

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