ーー言うな。
その疑念は、口にするな。
最初から言葉なんてなければ、
あるいは楽だったのかもしれない。
長い生の中、そんな風に思ったこともある。
この胸の中に迸る感情を、
ただ感情のまま、留めておくことができれば。
何も解さず、何も憂えなければ。
知らなかった頃に戻ることができれば。
そう思わなかったと言えば嘘になる。
確かにそうだ。
獣の気楽さを懐かしむ心は、
私にだって多少はあったとも。
でも、それは私にはできなかった。
私は言葉を知ってしまった。
私は愛を知ってしまった。
だから、私は前を向いた。
歯を食いしばって。爪を仕舞って。
責務に準じることを己に課して。
だからこそ、解せない。
あの日の思いは今もまだ胸中にあるのに。
言葉を失い獣に堕ちたきっかけも朧で。
どうして私はこうしている?
どうして思うまま牙を振るい、
獣に堕した可哀想な同胞を引き裂いている?
判らない。
思い出すことができない。
道を違えたというのなら、
その罰は甘んじて受ける。
けれど、その自覚がまるでない。
私は何を間違えた?
私はどこで贖うべき罪に手を染めた?
抗うことのできない衝動も、
律することのできない行動も、
その原因を悔いることすらできず。
聖を失い、地下世界に追い立てられ、
それでも私たちは気高く、
仏門に邁進することを誓ったというのに。
何かの歯車を違えてしまった。
どこかの一線を超えてしまった。
ぬえと名乗った彼女との出会いを皮切りに。
あるいは、彼女こそが。
……そう考えてしまいそうな自分を戒める。
それは駄目だ。その言葉は毒だ。
彼我を断絶せしめる魔の囁きだ。
決めつけと排他に満ちた獣の所業だ。
だから、言うな。
その疑念を形にしてはいけない。
あるいは、弥勒菩薩が救済に来るまでーー