Coolier - 新生・東方創想話

緋焔のアルタエゴ 第三章_下

2025/08/06 00:28:26
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【一輪】ーーそっか、そんなことに。

【一輪】ゴメンね、雲山。
心配させちゃったね。

目を覚ました一輪が、
雲山の身体にギュッと抱きつく。
それを見るナズーリンは微笑ましげだった。

ムラサはまだ目を覚さない。
しかし、そう遅くはならないだろう。
残る獣はあと1体。状況は着実に好転してる。

【ナズーリン】(やり方は気に入らないけどね)

【ナズーリン】(ま、文句を言えた立場でもない。
余計なお世話だったかもしれないな)

複数構えていたアジトのうちのひとつで、
ナズーリンはぼんやりと思う。
思えば、ここまで長い道のりだった。

星が獣と化し、ムラサと一輪がそれに続いた。
宗教活動もまともにできなくなり、疲弊していた。

ぬえが手伝ってくれたことだけが救いだった。
出会ったばかりの頃は、
とんだトラブルメイカーだったのに。

今となっては、大事な盟友だ。
仏門の事情もよく判ってくれる。
今後の活動でも大いに頼れるに違いない。

【一輪】ところで、ムラサは大丈夫なの?

【ナズーリン】あぁ、問題ないよ。

【一輪】そっか……。
あと獣になってるのは星だけ?

【ナズーリン】そうだね。

【一輪】今のうちにおめかししとけば?
愛するご主人との久々の逢瀬だもんね。

【ナズーリン】ずいぶん元気に減らず口を叩くね。
そんなんだから、DeSに溺れたんじゃないかい?

【一輪】あー? なにそれ?
変な名前ね。そんな酒、飲んだ覚えないわ。

【ナズーリン】酒じゃないよ。
この街に蔓延る麻薬じゃないか。

【ナズーリン】ぬえが言ってたよ。
獣になった連中は、
DeSに手を出したのが原因だって。

【一輪】知らない。そんなの。
やらないわよ。麻薬なんか。

【ナズーリン】それじゃ、どうして君は獣に?

そうナズーリンは鼻を鳴らすと、

【ナズーリン】この街で悪心を抱けば獣になる。
それは正しいが、正しくない。
悪心を抱くだけがトリガーじゃない。

【ナズーリン】獣に果てる連中は、
決まってDeSに手を染めていた。

【ナズーリン】逆に、DeSをやってない奴は、
この街でどんな大それた悪心があっても、
獣になったりなんてしない。

【一輪】だから、私もそうだって?
そんなことないと思うけどなぁ。

【一輪】そりゃ、確かに、
鬼どもからかっぱらった酒は、
こっそり飲んでたけどさ。

【一輪】ん? もしかしてその麻薬、
酒みたいな感じだったり?

【ナズーリン】違うよ。目薬みたいな感じ。
気化した薬を網膜から吸収するんだ。
液体を点眼して摂取することもある。

【ナズーリン】幻覚を見ただろう?
それがDeSの主な効能だ。
覚えがないとは言わせないよ。

【一輪】幻覚ねぇ……。

【一輪】……あ、そういえば見たわね。
まるで天上の蓮華みたいな、お花。
綺麗だったなぁ。

【ナズーリン】……ん?

彼女の背中をサッと寒気が走る。
一輪のうっとりした口ぶりに、
途方もない違和感を覚えて。

【ナズーリン】すまない、何が……何だって?

【一輪】花よ、花。
道いっぱいに咲き乱れた花。

【一輪】急に見えるようになったの。
思えば、獣になる前からね。

【一輪】でも、こんな地底で、
花なんて咲くわけないのにね。

あっけらかんと笑う一輪とは対称に、
ナズーリンを愕然とした感情が襲う。

花。花なら、自分にも見えている。
極楽蓮華。この街を彩る赤い花。
もう気に留めることすらないほど。

けれど、けれどーー

ナズーリンは思い出すことができない。
あの花を見かけるようになった時期を。

少なくとも、自分たちが
地底に追いやられた時には
無かったはずなのに。

花も、そして月も。

いったい、いつから、だったか……。

不意に、玄関の戸が遠慮がちに叩かれる。
虚を突かれるようなタイミング。
ナズーリンはビクリと身を震わせた。

【ナズーリン】あ、開いてるよ……。

動揺が隠しきれず、
彼女が想像していたより弱々しい声。
それを受けて、戸がゆっくりと開く。

【にとり】ごめんくださいー。

現れたのは、新参のにとり。

つい数日前に、この街に来た娘。
他の街から来たらしく、
恩を売りたい信者たちに可愛がられていた。

【にとり】どうかした?
何か大事な話?
邪魔しちゃったかな?

【にとり】いや、大した要件じゃないんだ。
手早く済ませるよ。

【にとり】実はこの街を出ようと思って。
世話になったから、
挨拶だけでもってね。

【にとり】この街にも姉さんは
居ないみたいだから。

幾ばくかの寂寥を滲ませた彼女は、
しかしすぐさま、それを吹っ切るように、

【にとり】それじゃ、縁があれば、また。

【ナズーリン】待て、待ってくれ……。

ナズーリンは、まるで追い縋るように
にとりを引き止めると、
外に咲き誇る花々を指して、

【ナズーリン】見えるか?

【にとり】え、何? 急に?
何のこと?

【ナズーリン】花だよ、花。
あそこに並んでる、あの花。

【ナズーリン】君には、見えているか?

【にとり】え? 何言ってるの?
うーん、何の冗談かな……?

【にとり】花なんて、咲いてないよ?

【にとり】わ、私、急ぐから……。
それじゃあ……。

引き攣った笑みを残して、
にとりが足早に駆けていく。

小さくなっていく彼女の背を見つめながら、
ナズーリンは逡巡する。

自分も幻覚を見ている?
DeSの効能が自分にも出ている?

薬剤を目の網膜から摂取しなければ、
大丈夫だと思っていたのに。

もちろん自分はそんなことしていない。
だが、自分も幻覚を見ている。

いつの間に。
いや、いったい、いつから。
いつから幻覚を見ていないと思い込んでたのか。

【ナズーリン】……ともかく、急いで
ぬえにも知らせないと。

【一輪】ん、あぁ、うん?

一輪が間の抜けた返答をして、
チラと寝ているムラサに目をやる。

【一輪】で、けっきょく、何の話だったのよ?
私がおかしいって話?

【ナズーリン】ちょっと、待ってくれないか。
私も、混乱してるんだ……。

【ナズーリン】何かがおかしい。
でも、どこから……?

【一輪】あぁ、もう、まどろっこしいな。
ぬえと相談するんでしょ?
早く起こしたら?

言って、一輪がムラサを指す。
運び込んで以降、まだ目を覚さない彼女を。

【ナズーリン】は?

ナズーリンは、ムラサを、
否、ムラサだと思っていた彼女を見る。

相変わらず、ムラサにしか見えない。
一輪の言っている意味が判らない。
いよいよ、彼女は目を疑う。

否、目なんかとっくに信用できなかったのだ。
彼女は、その事実にたった今
気付いたばかりなのだ。

そうとも知らず、一輪は首を傾げる。
まさか、幻覚がうんぬんと宣った相手が、
今まさに幻覚を見ているなどとは露とも思わず。

【一輪】なに? 何なの?
そこに寝てるのが、ぬえじゃないの。

【一輪】で、ムラサはどこなのよ?
大丈夫って言ってたけど、
本当に大丈夫?

ナズーリンは卒倒しそうな気分の中、
ただ無言で一輪の顔を
見ることしかできなかった。

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