次の日、私が里で情報を集めていると、一つ気になる証言を得る事が出来た。それは寺子屋に通う子供たちからだった。
「わー、かさね姉ちゃんだ」
「みてみてこれ!」
子供たちの中でも特に年齢の低い子供たちが私につぎつぎに紙を見せてくる。そこに描かれていたのは、どれも子供特有のぐちゃっとした輪郭の人の顔だった。目も所謂にこちゃんマークだ。ただ、気になるのは髪の色が緑色であるということだ。これ、もしや…。
「早苗さんの顔!かわいいよねー」
やっぱり。ということは、これが早苗さんの姿をゆがめている原因?
「ねぇ、それどうして書いたの?」
子供たちに問いかける。
「だって、見たんだもん!頭だけの可愛い早苗さん!」
子供たちは笑顔で私の顔を見て言った。
「ね、ねぇ、本当に探しに行くんですか…?」
「元に戻りたいって言ったのは早苗さんじゃないですか」
「でも、「頭だけ」って…。自分の生首なんか見たくありませんよ!」
「それを確かめるために行くんです。なにかの見間違いだと思うのですが…」
子供たちは里の外の田んぼ付近で「頭だけ」の早苗さんを見たという。そういうわけで、私たちは田んぼに来ていた。キョロキョロと辺りを見渡す。すると、あぜ道の向こう側に、ぼんやりと何かが見えた。急いで早苗さんとその場に向かう。近づいてそれを見ると、後ろを向いているものの、確かにそれは人の頭だった。そして、首とその下が無い。髪は美しい緑色で、早苗さんと同じ髪型だった。
「あば…あばばばば…」
早苗さんががたがた震えている。私も思わず刀に手をかける。それに反応したのか、それはゆっくりと私たちの方に振り返った。
「「――え?」」
二人して驚きの声を上げる。振り返ったそれは確かに早苗さんの顔だった。ただし、極度にデフォルメされた。いわば着ぐるみの頭部分だけがあるような状態だ。髪だけリアルなのがちょっと怖いけど、それを差し引けばとてもかわいい。その生首早苗さんはぽよんぽよんとこちらに向かってくる。そして、姿を消しているはずの早苗さんの胸元に飛び込んでいった。
「うわっ!…もちもちです!」
ほっぺたの部分をぷにぷにされている生首早苗さん。早苗さんも思わず姿を現してしまっている。
「このげんそうきょうではじょうしきにとらわれてはいけないのですね!」
「喋った!?」
何というか、棒読みだ。喋った事に驚いていると、またあぜ道の奥から生首早苗さんが複数体やって来た。うーん可愛い。
「いやぁ、これなら守矢神社の新しいマスコットにでき…おや?」
突如、生首早苗さんたちが発光し始める。まぶしい光はそのまま私たちを包んでいく。思わず目を閉じる。再び目を開けるとそこに生首早苗さんたちの姿は無く、代わりに一枚の絵が残されていた。
「これは…?」
子供たちの書いた絵だろうか。同じように顔だけの早苗さんが描かれている。でもそれだと辻褄が合わない。子供たちはあの生首早苗さんを見て絵を描いたのだから、子供たちの書いた絵が生首早苗さんになるわけがない。ということは、子供たち以外にこの絵を描いた者がいるということなのではないか。
「うぅ…もう少しあのもち肌を味わっていたかった…」
早苗さんが肩を落とす。
「あ、確実にモザイクの濃さが和らいでますよ。靴の辺りはもう外れてます」
ほんとだ、と自分の姿を見る早苗さん。ともかく、この絵の出どころを明らかにしなければ、無限に生首早苗さんが増え続けてしまう。
それから私たちは里に戻り、子供たちに生首早苗さんから発生した絵を見せて、それを描いていないことを確認した。また、その絵から微弱ながらも魔力が感じられることに気がついた。魔力の流れが分かればこっちのものだ。私の能力があれば、魔力の流れを感じ取ってこの絵の出どころを突き止めることが出来る。すると、幻想郷中にこの絵がばらまかれていることが分かった。私と早苗さんは必死に幻想郷中を駆け回り、生首早苗さんの絵を回収していった。そして、とうとう全ての絵を回収し、残るは大本…絵をばらまいている張本人の流れだけになった。
「はぁ…はぁ…やっと見つけましたよ!」
多くのひまわりを眼下に見下ろしながら、空中で何枚もの絵を持った人物に背後から声をかける。びくりと体を震わせた人物は、ゆっくりとこちらに振り返った。早苗さんより明るい緑の髪をサイドでまとめている。背中には不思議な羽が生えており、青いワンピースを身に着けている。体は大きいものの、妖精だ。妖精は震えながらこちらに弾幕を放つ。
「水剣『ポロロッカスウィング』!」
「きゃあ!」
躱してスペルカードで一閃。恐れを抱きながら戦う相手にてこずるほど、私は弱くない。
「さて、なんでこんなことをしているのか聞かせてもらいましょうか」
ふらふらと浮き上がる妖精。
「うぅ…ごめんなさい。私はやめようっていったのに…」
「どういうことですか?」
「私の友達が、異変の時に早苗さんに痛めつけられたから復讐しようって。魔力を込めた絵をばらまいて幻想郷中に早苗さんの生首を発生させれば、皆早苗さんを嫌うだろうって…」
「ほ、ほんとに生首だったんですか、あれ」
妖精の絵と魔力がファンシーで助かった。
「と、とにかく、これ以上絵をばらまくのはやめてください。早苗さんが大変なことになっているので…」
「…はい」
妖精はしゅんとした様子で頷いた。そして、そのままどこかへ飛び去ってしまった。
「よし、これでもう生首早苗さんが出現することはないでしょう。とは言っても…」
「うぅ、まだ終わらないんですか?」
早苗さんのモザイクはまだ消えないままだ。後少しだと思うのだが。
「また情報を集め直すしかない、か」