「えー、里をご通行中の皆さん。私、守矢神社の巫女代理のかさねと申します。皆さん、皆さんの考えている東風谷早苗は、果たして本当に東風谷早苗でしょうか。どこかおかしいところはありませんか。正しく東風谷早苗を思い浮かべることはできるでしょうか。皆さんの正しい認知が、東風谷早苗の力になります。どうか、どうか東風谷早苗をよろしくお願いします。皆さんの手で、正しい東風谷早苗を…」
「あの…もうやめませんか?守矢神社がおかしくなったって思われますよ」
今、私と早苗さんは里にいる。早苗さんは「奇跡」を起こして、自分の姿を透明にしている。普段はそんなこと出来ないらしいが、存在が曖昧になっている今ならなんとかできるらしい。ついでに言葉も、いわゆるテレパシーで話しかけてくる。これ以上騒ぎを起こしたくないそうだ。対する私も、少し装いを変えていた。いつもの男物の着物と袴ではなく、早苗さんの巫女服を身に着けていた。腋の辺りがすーすーする。少し服が小さいから、お腹も見えちゃってるし。足元もひらひらだ。…落ち着かない。
「早苗さんに対する信仰が乱れているのでしょう?だったら、私が守矢の巫女として、里の皆さんに早苗さんの正しい姿を思い浮かべるように呼びかければ、戻ると思ったのですが」
「でも演説を始めてから三日は経ちましたよ。全然変化がないですよぉ。それに、全然人が集まらないじゃないですか」
確かに、立ち止まって私の演説を聞いてくれる人は殆どいなかった。むしろ、怪訝な顔で見られることの方が多かったような。
「もしかして私って…演説の才能が無いのでしょうか」
「ま、まあ最初は誰でもそんなものですよ」
早苗さんのフォローが痛い。
「とりあえず、コツコツと情報収集しましょう。服も着替えましょう。私の服が伸びちゃいます」
「すみません…」
うーん、見込みが甘かったか。仕方がない。里の人達に話を聞いてみよう。とはいうものの、信仰が乱れている原因なんてどう突き止めればいいのか。そんな漠然とした意識で聞き込みをしたのがまずかったのか、日が暮れるころになっても何の手がかりも得られなかった。
「にいちゃん、ちょっといいかい?」
途方に暮れていると、突然後ろから声をかけられた。
「…なんですか」
疲れていたので低い声で返答し、振り返る。ちょっと印象が悪かったかな。振り返ると、軽薄そうな雰囲気の若い男が立っていた。
「にいちゃん、早苗ちゃんのことについて調べてるんだって?それならいいもんがあるよ」
低い声で返答したからか、振り返っても私のことを男と誤解したままだ。この雰囲気じゃ、「文々。新聞」も読んでいないのだろう。そんなに私は可愛げがないのだろうか。まあ、男物の服を着ている私が悪いのだけれど。そんなことを考えていると、若い男は私に数枚の写真を差し出した。
「早苗ちゃんのお宝写真だぜ。欲しいものがあったら言ってくれ。値段を言うから」
差し出された写真を手に取る。どの写真にも早苗さんの姿がある。笑顔の早苗さん、すました顔の早苗さん、困った顔の早苗さん。…んんん?これはちょっと、その、きわどいな。ローアングルで、覗き込むような――
「きゃあああああ!」
突然、姿を消して傍らに立っていた早苗さんが叫び声を上げた。思わずびくっと体を震わせる。
「な、なんですか早苗さん。驚かせないでくださいよ」
男に聞こえないように小さな声で話す。
「服が!私の服が!消えていってます!は、はだかになっちゃう…」
「え!?」
ど、どういうことだ?まさか、この写真が原因なのか?
「おっと、にいちゃん。やっぱりそいつが気になるか。さすがにそいつは高いぜ。…ゴニョゴニョ」
男は耳打ちして値段を伝えてくる。確かにそれなりに高い。なるほど、どうやらいかがわしい早苗さんの盗撮写真を使った小銭稼ぎが行われているようだ。
「…写真はこれだけですか?」
「お、にいちゃん好きものだな。もちろんこれだけじゃないぜ。もっとすげぇやつもある。ただ、まだにいちゃんに見せるわけにはいかないなぁ。こういうのは信頼関係がないとな」
「信頼関係…?」
「要は、お得意様になれってこったな。さて、写真を買うかい?」
むむむ。私は当然、いかがわしい早苗さんの写真に興味はないが、今は手がかりがこれしかない以上、この男と付き合っていくしかなさそうだ。幸いにして手持ちのお金は足りている。私は男に購入を申し出て、写真を手に入れた。
「んじゃ、また欲しければこれくらいの時間帯にここに来てくれよ」
そういって若い男は去っていった。
「ちょっと!その写真をどうするつもりなんですか!まさか、かさねさん…」
男がいなくなり、周囲に人が居ないことを確認してから、早苗さんが姿を現す。相変わらずモザイク状のままだが、気持ち肌色になっている気がする。
「いや、どうもしませんよ!これしか手がかりがないので」
「うぅ…これじゃ露出狂ですよ…」
「モザイクがあってよかったですね」
「よくない!」
「…ともかく、早苗さんの姿が変わってしまった原因の一つは、この写真にあるのではないでしょうか。こうしたいかがわしい写真がばらまかれることによって、早苗さんに対するイメージが変わってしまったのでは」
「じゃあ、さっきの男を倒せばよかったじゃないですか!」
「ただの勘ですが、あの男は所詮売り子に過ぎないのではないでしょうか。写真の流通を止めるには、元締めを突き止めないと」
「…早くしてくださいね!」