Coolier - 新生・東方創想話

セルトラダートの吸血鬼

2022/06/03 23:13:36
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「――なるほどね。まさか、あの吸血鬼が蓮子のお友達だったなんて」

 昨晩のかくかくしかじかを話し終えると、メリーはいかにも呆れた、とばかりに両手を挙げて降参のポーズをとった。髪色に服装、そして特に異彩を放つ両眼の、宝石のような琥珀色。メリーが昨晩襲われた相手の特徴は、寸分違わず夕辻ミナのそれと一致した。
 奇しくも、と言うべきか否か。私たちは昨晩、夕辻ミナという同一の吸血鬼に襲われたのだ。ひとまずそのことは、間違いないようだった。まぁ、このご時世に、京都に複数の吸血鬼がいると仮定する方がナンセンスかもしれない。

「顔が広いようで羨ましいわ。私にはアナタしか居ないってのに」
「吸血鬼だから知り合い、ってわけじゃないわ。知り合いが吸血鬼になったのよ。因果関係があべこべになっちゃう」

 ドレッサーのスツールをベッド脇に据えて、腰を下ろす。メリーは相変わらず毛布を被ったままで、西洋ゴーストの仮装か、はたまた永遠に祈り続けるアンドロイドのようなスタイルを崩さない。
 サイドチェストにティーカップが置かれる。ポットが置かれる。砂糖壺が置かれ、ティースプーンが置かれ、紅茶の缶が置かれる。どれもこれも、メリーが境界のスキマから引っ張り出した品々だった。空間に空いたポケットから様々なモノが出てくる有様は、さながら国民的マスコットの猫型ロボットのよう。自身に発現した異常性に対して遠慮がなさすぎる気もする。

「どうぞ。お茶請けがないのが寂しいけれど」
「なんで? 出せばいいのに」

 差し出されたソーサーを受け取りつつ、首を傾げる。メリーはディンブラに砂糖を流し入れながら、

「あいにく在庫切れよ。家には魚肉ソーセージしかないわ。美味しいけれど、紅茶と一緒には、ちょっとね」
「その穴から取り出せば済むじゃない」
「無理ね。このスキマ、遠い所には繋げられないみたい。射程距離は半径8メートルってところ。精密性はB。スピードはC。近距離パワー型ね」

 メリーが人差し指で空間に線を引く。描かれたスキマに手を突っ込む。やがて引っこ抜かれた右手にはミルクポットが握られている。彼女は自分の紅茶にミルクを注ぐと、冷蔵庫のドアにするような気軽さでポットをスキマの向こうへ戻す。

「どうりで。見覚えのある茶器ばかりだと思ったら」
「そ。ここからじゃ、せいぜい家のキッチンまでしか届かない。博物館からウェッジウッドやマイセンを拝借できたら良かったけれど」
「それってたぶん、歴史的なアンティークブランドよね」

 手にしたティーカップに目を落とす。メリー愛用の白磁風ティーセット。白磁のような、という慣用句は辛うじて生き残っているけれど、本物の白磁はどれもこれも天文学的な値札をぶら下げて、オークショニアと成金の倉庫を行ったり来たりするばかりで、一般人の目に触れる機会なんてそうはない。このカップも、分子構造レベルで白磁と変わらないにもかかわらず、本物の白磁ではないという鑑定ひとつで3つも4つもケタが劣るのだ。

「私には、ぜんぜん判らない世界」

 ポツリと嘆息する私に気を遣ったのか否か、メリーはあっけらかんとした顔で、

「言っておいてなんだけど、大した違いは無いわ。白磁でも合成陶磁(フェイク)でも。贋作が本物に敵わないなんて道理はないもの。真贋を見極めることと、対象の価値を見出すことは別レイヤの話だしね」
「感動的。コットンみたいにフワフワで優しい台詞だこと。シュンとなった心に染み入るわね」
「あら、シュンとしてたの? 大丈夫? お代わりならあるけど、立ち直れるようになるまで、もっと摂取しとく?」
「その必要はないわ」

 グッと紅茶を煽る。じわじわと紅茶が食道を降りていく熱を感じた。まるで胸の奥が煮えたぎっているように。

「状況が変わったからね。同情も感服も売り切れよ。吸血鬼なんかに翻弄されっぱなしじゃ癪だもの。殺して解して並べて揃えて晒してやるってだけ」
「まぁ、怖い。蓮子、怒ってる」

 言いつつ、メリーはクスクスと実に楽しそうに笑った。まるで私の心根を透かし見るみたく、蠱惑的に眦を歪ませて。
 きっと、蓮子が私のために怒ってくれた、と思ってるに違いない。
 それは、まぁ、その通りなんだけど。

「それで、どうするの? どこかの教会から純銀製の十字架をかっぱらってきて、弾丸の形に鋳造し直すところから始める?」
「夜を待ちましょう」

 ソーサーをサイドチェストに置く。お代わりをねだるほど、甘えてばかりもいられない。メリーは蝶の口吻みたいなくっきりした睫毛をパチパチさせて、

「当てがあるの?」
「えぇ。今回は最短距離を最速で攻めるわ。ロマンも大人げもないけれど、正直言って、あまりウカウカもしてられないと思うから」
「そうね。私も、あまり授業や単位の心配はしたくないわ。成績が下がると、仕送りが減っちゃうかもしれないし……」
「あらあら、なんて呑気なメリー。せっかく引き締めた気が抜けちゃうわね」

 スツールから腰を上げた私は、くるりと踵を返して寝室の扉へ向かう。背中に、メリーのキョトンとした視線が向けられてるのを感じた。
 まずは第一の検証だ。私は扉の内鍵を閉める。込み上げてきたあくびを片手で扇ぎつつ、羽織ってきたケープをハンガーラックに掛けた。

「メリー、少しだけ詰めてくれる? そう、もうちょっと左……」

 言いつつベッドに腰かけると、メリーは怪訝な面持ちを隠しもせずに向けてきた。横になった私が毛布に潜り込むに至り、いよいよ視線は狂人でも見るみたいなそれに遷移して、

「……何してるの?」
「寝るの」
「え、本当に?」
「夜まで何もやることないもの。寝不足気味だったし、ちょうどいいと思って。着歴から考えて、メリーだって寝不足の筈よね?」
「……そりゃ、そうだけど。でも、てっきり、これからの方針を話し合うのだと思ってたのだけど?」
「おやすみぃ」
「蓮子? ちょっと?」
「ぐぅぐぅ」
「……信じられない」

 呆れたと思しきため息が、メリーの唇から零れる音を聞いた。目を閉じた私は彼女に背を向ける体勢で、夢の境へ意識を落としていく。
 
 紫色の摩天楼に落ちていく夢を見た。
 きっと、メリーのナイトウェアが藤色だったせいだ。

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