Coolier - 新生・東方創想話

慈鳥の愛した巫女

2026/06/26 00:05:54
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◆◆◆

 そよ風が涼気を帯びた庵で、巣立ったばかりの鴉が一羽、威勢良く羽ばたいている。子鴉は慌ただしく地上に降り立つと、大人の翼を整えた――恐らくは親であろう鴉まで、真っ直ぐに近付いて行って。咥えてきた山葡萄を甲斐甲斐しく分けてあげる子鴉を見つめながら、射命丸文は口端を綻ばせた。
(…こうして取材に出ていない日は、いつぶりだろう)
 空っぽなくらい身体が軽くなっているのを感じつつ、文は窓から天を仰ぐ。異変の影響で記憶が失われてしまっている故に、その正解を文が導き出すことはもはや出来ない。確かな事実としては、その期間、文は一部も新聞を出せていなかった、ということだけ。
 そろそろ、何か出さないといけない――そう分かっていても、机上の文花帖に手を伸ばそうという気さえ、今は起きない。あぁ、ずいぶんと久しぶりだ。前にこんな無気力に襲われたのは、いつぶりだっただろう。
 …そうだ。忘れもしない、何時かの冬。赤土の混ざった雪が降る異変が、幻想郷で観測されて。
 あの大天狗が引き起こしたという「真実」を突き止めて「告発」しようとして――

「――こぉーん」

 ……いつの間に来ていたのだろうか。鈍ってしまっている感度に眉を顰めつつ、声の方向へと、文は視線を向ける。
「こんこんっ」
 蜂蜜を垂らしたように甘ったるい声の主は、ちょうど窓の向こう側に立っている。三日月の色をたたえた瞳。片目が隠れるくらい伸ばされた前髪に、三角に立った獣耳。白を基調とした服装は、細いボディラインにぴったりと合うように作られていて。
 大天狗、飯綱丸龍の部下である管狐――菅牧典(くだまきつかさ)が、教科書通りの笑みをこちらに向けていた。
「ご機嫌麗しう、射命丸殿」
「えぇ。ご無沙汰しております、典さん。お茶でも淹れて参りましょうか」
「いえいえ、どうぞお気遣いなく」
 お互いに笑顔の仮面を貼り付けたまま、形式通りの挨拶を交わす。特別親交のある訳でもない典が、一介の鴉天狗に過ぎない文の家までわざわざ訪れる。その時点で、大体の察しはつく。……それに。
「射命丸殿。本日は飯綱丸様からの使者として、命を伝えに参りました」
「はっ」
「飯綱丸様が、貴殿をお呼びでございます。火急の用件である故、速やかに参上するように…と」
 そろそろ来る頃だろうと、文も構えていたところだった。
「差し支えなければ、このまま私にご同行願えればと考えているのですが、よろしいでしょうか」
「承知いたしました。すぐに準備させていただきます」
「…おや」
 即座に命令を受け入れた文の反応に、典は意外そうに目を剥く。
「何か」
「いえいえ。本日の射命丸殿は、随分と殊勝であるように見受けられましたので、」
 典は調子の良い声で首を横に振ると、不意に口許からふっと笑みを消す。
「……もしや、如何なる用件で呼び出されたのか、既に見当がついておられるのでは?と」
「あっははははは……まさか」
 鳥を狙う狐さながらに燃え立つ殺気を文は一笑すると、恭しく頭を下げてみせる。
「私は誇り高き天狗の一員として、幻想郷のため、誠心誠意、つとめさせていただいております」
「……」
「やましいことなど、決して考えておりません」
 慇懃な文の態度に、典は刹那、三日月色の瞳を鋭く滾らせるも、すぐに微笑の仮面を貼り直す。
「……そのお言葉。私は信じておりますよ?」
「ありがとうございます」
 笑顔の会話に、ばちり、火花が走る。葡萄を再び取りに飛び立つ子鴉について行くように、二人は出立するのだった。

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