Coolier - 新生・東方創想話

慈鳥の愛した巫女

2026/06/26 00:05:54
最終更新
サイズ
68.4KB
ページ数
10
閲覧数
141
評価数
1/1
POINT
90
Rate
11.50

分類タグ


◆◆◆

 意外に感じられるかもしれないが、博麗霊夢という巫女は、読書をこよなく愛している。
 特にお気に入りのジャンルは虚構(フィクション)。手触りの良い扉を一度開いてしまえば、現実(リアル)の夜をすっかり忘れてしまうくらい、作品に惹きこまれてしまう。帰って来たころにはすっかり太陽が高く昇っていて、日中を夢見心地で過ごすこともしょっちゅうだ――しょうがないじゃない、面白かったんだもの……ほら。良い作品ほど、最後まで一気に読みたくなるでしょう?
 そんな彼女だから、好きな作家の作品が、行きつけの貸本屋でいつ貸出を始めるかなども、こまめにチェックしている。そして今日は、彼女が最も愛読している「先生」――アガサクリスQの新刊が、出版される日だ。
 正直、今の精神で物語を楽しめるだろうか、と疑問もよぎる。けれど、一度ページをめくってしまえば、きっと解決だ。あっという間に頭の中は謎解きで満たされて、もやもやとした気分もすぐに押し出されるだろう。
 という訳で、霊夢は今、人里に建つ行きつけの貸本屋――鈴奈庵まで辿り着いている。江戸紫を基調とした暖簾に身体を潜らせると、清らかな鈴の音が、異界への入口のように耳をくすぐってきた。
「ごめんくださーい」
 控えめな声で挨拶すると、霊夢はきょろきょろと店内を見回す。八方にそびえたつ本の回廊。ちくちくと、肌を刺激してくる妖気。古い紙特有の重たい匂いも、もうお馴染み。いつもの鈴奈庵。
 違っているところといえば、店番の机に、いつも座っている少女の姿が見えないこと。そして、蓄音機からの音楽ではなく、本棚の陰から楽しそうな話し声が聞こえてくることだった。
「小鈴ちゃーん…?」
 声の方向を恐る恐る覗きこみ、霊夢は目を丸くさせる。思っていた通り、鈴奈庵(ここ)の店番である少女――本居小鈴が、一人の少年と話しているのが見えた。
 小鈴と背丈が同じくらい…うぅん、ちょっと小さい?少年の顔は、霊夢からは見えない。けれど、薄い色の髪をきっちりと切りそろえて、白い服に若葉色の袴を纏ったあの姿は、見覚えがある。確か、寺子屋に通っている子だ。子供たちの中でも特に小鈴に懐いているらしく、鈴奈庵(ここ)に良く訪れているのを見かける。
 今もほら、小鈴が本棚から書物を取り出して、少年に見せている様子。興味津々と読み始める少年に向けられる小鈴の視線は、いつになく大人っぽく、慈しみに溢れていて……――文みたい、なんて。いつの間にか霊夢は口を半開きにさせたまま、二人から目が離せなくなってしまっていた。
「あっ」
 霊夢の存在に気付いた小鈴が思わず声をあげる。つられて振り返った少年も霊夢の姿を認めると、はっと身体を強張らせる。淡色の髪から覗く綺麗な枸櫞(くえん)の瞳が、何故だか霊夢の印象に残った。
「霊夢さん!いらしていたことに気付かず、すみません」
「あっ…良いの良いの。本を見て回ってるから、気にせずに続けて」
 眉尻を下げる霊夢を見つめつつ、少年は居心地が悪そうにむずむず身動ぎする。直後、手に持っていた本を小鈴に手渡すと、慌ただしく一礼して。気付いた霊夢が制止しようとするのも間に合わず、そのまま彼は足早に出て行ってしまった。
「…ねぇ、小鈴ちゃん」
「はい?」
「私、あの子から嫌われているのかしら…」
「――えっ」
 後頭部を飾る深紅のリボンが、しょんぼり、力なく萎む。
「寺子屋に顔を出した時も、あの子にだけは逃げられちゃうの」
 他の子は最近、霊夢の姿を見るなり嬉しそうに駆け寄ってくれたり、一緒に遊んで欲しいとねだってくるようになったのに。彼だけは、霊夢からすぐに距離を取って、近付かないで欲しいと威嚇するように引っ込んでしまう。
 それは、誰しも相性はあるから、無理になんて言えないけれど。小鈴ちゃんや寺子屋の友達とは仲睦まじそうに接しているみたいだから、やっぱり寂しくなるというか…
「あ…あー……」
 項垂れた霊夢を見て、小鈴は僅かに頬を引きつらせる。一体どう答えたものかと目を泳がせる様は、幸いにも霊夢には気付かれていない。
 落書き事件の調査のため、寺子屋に張り込んでいた霊夢にとって、少年は因縁ともいえる存在である。表向きは「解決」されたことになっているとはいえ、正体が霊夢に露見してしまえば、今度こそ自分は寺子屋に居られなくなってしまうかもしれない…なんて。未だに恐れているのかもしれない。
「大丈夫ですよ。あの子はちょっと人見知りなところがあるだけですから。霊夢さんも、きっと仲良くなれます!」
「そう?…だと良いけど…」
 不安げに眉根を下げる霊夢に、小鈴はうーん、と唸る。
 やっぱりいつかは、ちゃんと決着をつけさせた方が良いのかなぁ。何だかんだで、霊夢は話せば判ってくれる方だって、自分が一番良く知っている訳だし。けれどこういうのは繊細な問題だからなぁ。無理にお節介を焼かずに、時間に任せた方が良いのかな…
 そう首を傾げていた小鈴は、あれ、と茜色の瞳を疑問に揺らめかせた。
「……あのぉ、霊夢さん」
「ん?」
 やっぱり。今日の霊夢、いつもよりも顔色が良くない。肌にも艶が無くて、目の光も燻んでいて。どこか疲れているように見えるというか…
「何か、あったんですか?」
「へっ」
 驚いたように肩を震わせる霊夢に、小鈴は疑問を確信に変える。判読の力が宿った眼を細めつつ、彼女の一挙手一投足をも見逃すまいと、反応を観察する。
「あの子が帰る前から元気がなさそうに見えたので、ちょっと気になって」
「だ、だ、大丈夫よっ!小鈴ちゃんが気にするようなことは何も」
「はい、ダウトです」
 そんな逃げるように目を逸らしておいて、誰が納得するというのかしら。
 そして。霊夢さんが分かりやすく狼狽するまでに追い詰められている時は、大体――
「こういう時に『大丈夫』と返す人は信用したら駄目と、文さんからよーく学んでますので?」
「ぅっ…」
 ――ほぅら、やっぱり。
「文さん」の名前を出すだけで固まった霊夢を見て、小鈴はため息を吐く。
 まだ「文さんとのことなのか」とも聞かないうちに「自白」してしまうとは、よっぽど重症な様子で。本当に、この人たちはしょうがないんですから…
「飲み物、持って来ますね。しばらく此処で休んでいってください」
「あっ、待ってっ、小鈴ちゃんっ」
 我に返った霊夢の制止も聞かずに、小鈴は満面の営業スマイルを見せて、店の奥へと引っ込む。
 まぁ、お二人にはずっとお世話になってきたのだ。恩返しというには軽いし、自分に何が出来るかは分からないけれど――ここで一つ、背中を押してあげましょう。

コメントは最後のページに表示されます。