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夕闇を染めていた紫宵(ししょう)の色も落ち、空には星が光の主役と瞬き始める。
砂子を散らすように一面で輝きだした中央には、繊光の大河が、横たわるように流れている。その両岸には、焦がれるばかりの想いを伝えようとばかりに、二つの白星がその身を燃やし続けていた。
あまねく地面を照らし出す星月夜に、刹那、一つの炎が、東の端に灯る。程なく、一つ、また一つと篝火が灯され、正方形の星団を地上に描き出す。その中心――博麗神社の舞台では、博麗霊夢が御神籤の積まれた三宝を手に立っていた。
ぱちり、火の弾ける音で緊張を落ち着かせながら、霊夢は積み上がった「重み」を懐かしむ。この御神籤は、かつて霊夢が、友人たちの助けも借りながら、かつての縁日で配った――これまで出会って来た皆のことを、記したもの。
『ぼーっとしてたらお前が見てきた妖怪達の性質が変わったり消えたりするかもしれんということじゃ。特に人間と接点の少ない妖怪なんて、消えていても誰も気付かんだろうしのう』
彼女たちの存在が変質してしまう「虚しい未来」を回避するために、一枚一枚作り続けていたものだ。
『…私、御神籤を読んだ時、ちょっと嬉しくなったんです』
昼間、鈴奈庵で御神籤を見せてくれた小鈴の笑顔が思い出される。
呆気にとられるまま口を開いていた自分に、彼女は心からの尊敬を表すように、弾けんばかりの笑顔を向けてくれて。
『霊夢さんも、私と同じことを願っていたんだな――って』
――…ちがう。ちがうの、小鈴ちゃん。
眩しすぎた眼差しに想いを馳せて、霊夢はちょっぴり眉尻を下げる。
私はそんな高尚で、立派な人間なんかじゃないの。
ただ、皆が私のことを忘れてしまう未来が、我慢出来なかったの。皆が変わってしまったら、私から離れていくんじゃないか――独りぼっちになっちゃうんじゃないかって、怖かったの。
だから、「幻想郷の支配者」としての務めだなんだってお題目を立てて、此処に居る全員を巻き込んだ。
この御神籤は、私が生きて来た中で抱いた中で最も大きな願い……うぅん。「我儘」なのよ。
揺らめく篝火が、緋袴を艶やかに輝かせる。白粉で化粧された頬は、織姫の星にも負けぬ輝きをもって、巫女の美しさを演出する。
神殿に向けて大きく頭を一礼すると、霊夢は御神籤を供え、祝詞を唱え始める。清らかな言霊は夜空を伝うように溶け込んでいき、荒々しく光を氾濫させていた天河さえも、彼女の歌にじっくりと耳を傾け始める。
これから私は、またこの御神籤に、自分の「我儘」を託す。
前は、皆がこれからも「変わらないで欲しい」という願いをこめた。けれど今度は、その逆。
止まってしまっている時間から、射命丸文を解放したい。無駄だと気付いていても、「真実」をつかもうと諦めず手を伸ばし続けている文(アイツ)の力になりたい。
祝詞を終えた霊夢は、また恭しく一礼して、三宝へと手を伸ばす。積みあげられた中から初めに指に触れた御神籤を迷いなく手に取って、自らの眼前まで引き寄せる。どんな運勢だったとしても、絶対に怯むな。この御神籤には、必ず文を助けるためのヒントが書かれていると、信じている。ぱちり、滾る篝火を瞳に宿しつつ、畳まれた籤を慎重に紐解いてみせた。
「ぁっ…」
中身を一目見て、霊夢は思わず素っ頓狂な声をあげる。
それは、文に関わる願いごとに、よりによって「彼女」が出て来たことに対する驚愕。
そして、あまりにも身近なところに、解決の手がかりがあったことに対する気付き。
御神籤を広げていた視線はあまりにも滑らかに、端に書かれた項目へと導かれていく。
――趣味:写真が良い。
直後。一筋の大きな流れ星が、使いの鳥のように満天の夜空を羽ばたいていくのだった。