【少年】――どうも、ありがとう。
立ち寄った酒場の店主に礼を告げ、少年は店を後にする。
軒先より滴る黒い雨粒を眺めながら、大きく息を付いた。
ため息の理由は、ひとえに収穫のなさに起因する。
慣れぬ安酒を口にしながらの、情報収集。
だが、調査は遅々として進まない。
考えていた以上に、状況は芳しくないようだ。
【少年】(情報収集と言えば酒場だと思ったけど……)
【少年】(駄目だな。うるさすぎる。
それに、碌な情報も集まらなかった)
【少年】(それにしても……)
安酒のせいで痛む頭を抱えつつ、少年は思考する。
地下世界に足を踏み入れる前に得ていた情報。
それと、実情の乖離があまりに大きすぎて。
確かに、初めは異様な街の様相に驚きもした。
だがそれでも、その時点では楽観視していたのだろう。
まさかここまで、当てが外れるとは思っていなかった。
【少年】(誰も、地霊殿のことを知らない、なんて)
【少年】(旧都の中心に位置しているはずなのだから、
否が応にも人目を引くに違いないと思ってたのに……)
――地霊殿、なんて建物は聞いたことがない。
――旧都の中心は、この無限雑踏街だ。
誰に聞いても、また、誰の心を読んでみても、
一様に同じ情報しか得ることができない。
ならばと無限雑踏街を歩き回ってみても、
それらしき建造物など影も形も見当たらない。
あるのは、歪な積み立て長屋の影ばかり。
地理的にも間違っているとは思えない。
取り壊してしまった可能性も低いだろう。
事前情報によれば、地霊殿は怨霊だらけのはずだ。
いくら地底に大量の妖怪が流入してきたとて、
旧灼熱地獄より溢れる怨霊に対して耐性のある
妖怪がそうそう居るとも思えない。
だから、あるはずなのだ。
無くてはおかしいのだ。
なのに、一向に目的の場所へと至れない。
まるで、そう。
何かの意思によって、地霊殿が
その存在を秘匿されてしまっているかのように。
【少年】…………。
少年は肩を落として嘆息すると、
雑踏に紛れるようにして雨の中へ歩を進める。
今日はこれ以上の成果は望めまい。
疲労も溜まっている。汚れた雨に濡れることを
意にも介さない連中に混じって、宿への道を進む。
思えば、ずいぶんと長い時間、妹を1人にしてしまった。
食事のつかない木賃宿だったから、
きっと今頃、お腹を空かせてむくれているだろう。
何か埋め合わせが必要だろう。
普段は控えさせている甘いものでも買おうか。
幸い、露店はそこかしこにある。何か、適当なものを。
徒労感に疲弊させられた顔など見せまい、と。
少年は努めて強張った顔の筋肉を緩めつつ、
露店を眺めながら雑踏の中を進んでいく。