――あぁ。
――不意に。
音が止んだ。私が燃える音が。
あれほど私を苛んだ熱も消えて、
冷たい感触に包まれている。
何が起きたのか、私には判らない。
彷徨って、手を伸ばして、
叫んで、叫んで、助けを求めて。
死んだのかな。死ねたのかな、私。
終わったのかな。終われたのかな、私。
判らない。ここが、死後の世界?
眼を開こうとしても、瞼は動かない。
立ち上がろうとしても、身体、動かない。
指の先ですら、私の思い通りにならない。
何も見えない。何も聞こえない。
動かない私の身体、何の感覚もない。
暗いところで、私はひとりぼっち。
いつか、私は死にたいと心から願った。
何度も、何度も。
毎日、死にぞこない続けた。今日まで。
これが、死後の安寧?
この状態が、私の終着点?
……だとしたら、これは、嫌だな。
煙草も吸えない。
マズいご飯も食べられない。
楽しさも辛さも、何もない。なにも。
これが死なら。
この状態が永遠に続くのが、死なら。
私、死にたくなんてない。死にたくない。
死にたくない。死んでいたくなんて、ないよ。
汚らしい最低の世界だとしても、
私、それでも生きていたい。
『――本当に?』
……声。
不意に、声がした。
真っ暗闇の中。前後の感覚もない。
耳が、燃え尽きた私に残ってるのかも判らない。
けれど、確かに聞こえた。
声。誰かの声。
小さく儚げで、弱々しいものだったけれど。
『本当に、アナタは、それを望む?』
『この、どうしようもない鋼と灰の世界で』
『この、どうしようもない地獄のなりそこないで』
『そこに、何の希望も見出すことができなくても』
『本当に、生きることを、欲する?』
静かに、ひとつひとつ言葉を摘み取るように。
声は私に囁いてくる。無垢な少女のように。
声は私に問うてくる。残酷な天使のように。
私は何も言うことができなかった。
声、私の喉から出てきてくれなくて。
私は何も言うことができなかった。
これまでのロクでもない半生を振り返って。
生きていても何もいいことなんてない。
この世界は、地獄であることをやめられない。
生きていても何もいいことなんてない。
今日を生きていたのは、昨日死ななかったから。
そう思ってた。そう思ってたのに。
私。私は、それでも――
『…………そう』
ギョロリ、と目の前の暗闇が裂けた。
真っ赤な瞳が、私をジッと見つめる。
不思議と怖くはなかった。
いかにも怖そうな目なのに、
私に注がれる視線、どこか優しく感じて。
『なら、私の力を貸してあげる』
『アナタが強く欲するなら』
『アナタが罪さえ、罰さえ飲み下すのなら』
『その行き着く先を、見届けてあげる』
『たとえ、アナタの果てに呪いが待とうと』
『たとえ、アナタの果てに祝福が待とうと――』
チクタク。
チクタク。
チクタク。
『すべて』
『そう、すべて』
チクタク。
チクタク。
チクタク。
『あらゆる事象は何かの意味を持つ』
『――チクタクマンは、すべてを歓迎する』
そう言って、真っ赤な瞳が暗闇に溶けていく。
気付けば。
黒に融けてた私に、境界線が生じて。
私の眼に、白い光が差して。
何かが、光の方から流れてきていた。
キラキラした、紫色の小さな粒の群れ。
目を凝らす。それは文字や数字でできていた。
紫の数列が、私に流れ込んでくる。
私という器に注がれて、私が満ちていく。
取り戻していく。感覚や思考。
燃えて燃えて、燃え尽きたモノたち。
私を呑んでいた黒が、少しずつ晴れて。
――……う、おくう……!
【空】……あ。
白い光が。
私を包んで。
【燐】お空! おい!
お燐が、私の眼と鼻の先に居た。
私の頭を抱きかかえるようにして。
あぁ、お燐だ。私はそう思って。
彼女に返事をしようとしたけど、
声が、上手く出せなかった。
【燐】おい、さとり!
本当に、大丈夫なんだよな!?
お空は治ったんだろうな!?
お燐が、傍らに立つ誰かを見上げて言う。
額に汗を滲ませる、見知らぬ子。
ちょっと、こいしに似ている、誰か。
【さとり】えぇ……なんとか。
彼女の身体の再構築は、
とりあえず済ませました……。
【さとり】現象数式による治療……。
【さとり】僕だけの力じゃ無理だったので、
天使を構成していた数式も、
組み込みましたけど……。
さとりと呼ばれた子が、
息を荒げながら言う。
……何のことだか、さっぱり判らない。
少し離れたところに、こいしが居た。
彼女は何の表情も浮かべず、
ただジッと私を視ている。
何だっけ。
こいしに何か、警告された気がする。
彼女の視線を追う。私の右手。
そこに、私の銃が握られていた。
いつも通り、傷ひとつない状態で。
銃に気を付けて、とこいしは言った。
そして私は、銃だけは無事で持ってる。
私、そのせいで、こんな目に?
判らない。状況がうまく読めない。
だけど、もう身体は熱くない。
苦しくない。痛くない。死んでない。
生きてる。あぁ、私、生きてるんだ。
遅ればせながら、そのことを自覚する。
あれだけ燃えていたのに。
あんなにも、焼けていたのに。
【空】…………お、りん……。
振り絞るようにして、声を出す。
ハッとしたお燐が、私を見た。
私は、彼女とこいしに目をやって、
【空】ごめ、んね……。
ばん、ごは、ん…………。
……なくし、ちゃった……。
何を言えばいいのか判らなくて、
必死に考えたはずなのに、
最初に出た言葉は、それだった。
言ってから、急に悲しくなる。
せっかく、お使いを頼まれたのに。
2人とも、お腹空いてたと思うのに。
お燐が少しの間キョトンとして、
それから不意にプッと吹き出した。
【燐】……馬鹿だね、お空は。
最初に言うのが、それかい。
まったく、どうしようもないね。
【燐】――いいんだよ。そんなもん。
お前さんが生きてるなら、
あたいにとっては充分さ。
【燐】……………………。
【燐】……ま、お前さんは、
ウチの大事な稼ぎ頭だからね。
そう、いつもの調子で言ったお燐が、
どこか赤くなった顔を、プイと逸らした。
空に小さくない影響を与えたパルスィがここからまだなにかしてくれそうな気がしたり、読んでいて楽しかったです。