Coolier - 新生・東方創想話

緋焔のアルタエゴ_第一章

2024/08/23 18:12:35
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――10年後

――【旧都】

ガヤガヤ、ガヤガヤ。
――ガヤガヤ、ガヤガヤ。

喧騒が、響く。
暗がりに形成された街。
地の底に組み上げられた都市の中に。

それは異形たちの生活音。
闊歩する人ならざる者たちが、
歩き、話し、時にはいさかいを起こす音。

都市は、かつては整然とそこにあった。
厳かな静寂と、凛とした空気を湛えて。
……けれど、その影はもはや跡形もない。

果てしなく立ち並ぶは、歪に積み上げられた建造物。
今この瞬間に音を立てて崩れてもおかしくない、
高層のバラックが乱立する。

至るところから吐息のように吐き出されるは、
有害な粒子をふんだんに含んだ黒煙。
都市の住民の生活を形成する蒸気機関の囁き。

悪趣味なオブジェのようなビルを作る機関。
ぎゅうぎゅうの乗客たちを運ぶ蒸気路面車(トラム)。
生活基盤として依存される機関の音は、あちこちから。

暗い場所。暗い場所。
オレンジ色の人工の灯がともる街にあって、
それでも光が届かない路地裏。

そこに、ひとりの少年がいた。

英国紳士のようなスーツを纏った少年。
被るハットの下から、
異形たちの住まう世界を睨めつけて。

少年。あるいは、少女なのかもしれない。
暗がりに潜むその影は小さくて。
けれど、胸の辺りに着いた第三の眼は、眼光鋭くて。

少年はスーツのポケットに手を突っ込む。
誰にも見られていないことを確かめてから。
自分がここに居ると悟られないよう、ひっそりと。

少年はポケットから何かを取り出す。
それは機械。“上”から支給された、
機関式通信機(エンジンフォン)。

コールのボタンを押すと、
呼び出す相手はすぐに出た。
少年は声を落として、小さく囁く。

【少年】……僕です。旧都への潜入、完了しました。
とても、信じられませんよ。
こんなに、こんなにも多くの妖怪が、流入していて。

【少年】都市が、形成されてます。
歪な都市。歪んだ高層建築が、いくつも。
きっと、好き勝手に建物を建てたのでしょう。

少年の囁きに対し、通信先で息を呑む声。
驚きが隠せないといった風。それはそうだろう。
現にここに居る少年でさえ、驚いているのだから。

通信機から、いくつかの指令が渡される。
少年は神妙な面持ちで、その言葉を聞いていた。
時折、頷きながら。上司の言葉を耳にしていく。

【少年】……いえ、まだ判りません。
聞き取り調査、まだやってませんし。
誰かと話すの、あまり好きじゃないんですけどね。

【少年】えぇ、判っています。地霊殿、ですよね。
確認は容易ではなさそうです。
記録にあった都市の様子とは、まるで異なってて。

【少年】僕は、もう少し調査を続けるつもりです。
宿があったので、妹にはそこで留守を頼んで――

【少年】……え? 大丈夫かって?

【少年】こいしなら、心配はありませんよ。
むしろ、連れて出歩く方が危険です。
あの子、ひどく辛そうでしたから。ヒトが多くて。

妹の話をすると、少年の口元がわずかに緩む。
可愛い妹。可哀相な妹。
他者の心の声に耐えきれない、繊細な少女。

少年がこの仕事を受けたのも、妹のためだった。
地の底に広がる、かつての地獄の残骸。
そこなら、心の声も届くまい、と。

……残念なことに実態は事前の予想と
まるで異なってしまってはいたけれど。

【少年】ともかく、もう少し調べてみます。
なに、心配は要りませんよ。
アナタは少し、過保護すぎるんですから。

【少年】……そんなに泣きそうな声を出さないでください。
アナタだって、承認してくれたでしょ?
だったら、任せてください。

【少年】それでは、切りますよ。映姫さま。

言って。少年は機関式通信機をオフにする。
まだ慌ただしい声は響いていたけれど、気にせず。
ひとつ、息を吐いて。少年は歩き始めた。

暗がりに溶け込むように。影の中に潜るように。
与えられた任務の重さを、噛み締めながら。

…………。
…………。
…………。

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