Coolier - 新生・東方創想話

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2021/09/05 21:28:55
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『銀河』
・命蓮寺メンバー

 


 ……これは、本当にあった話です。




 私、村紗水蜜と、雲居一輪は聖のお使いで人里に出向いていました。

 お使いの内容は命蓮寺を贔屓にしてくれる檀家の皆様へのご挨拶という、とても簡単なものだったのですが、そこのおじいさんがかなり気前のいい人で、私達二人はそこで夕食に招待されたのです。


 そこからはもう飲めや歌えやの大宴会……いやいや、別にお酒を頂いたわけではなく、気持ち的な、比喩的な意味です。慎ましくお邪魔になった後、私達はすっかり日が暮れている事に気付きました。


「村紗、これ以上遅くなるのは拙いってば。そろそろお暇しようよ」

「えーやだぁー、もっと飲むのーっ」


 何度も言いますが、決して酔っぱらっていた訳ではありません。ウチ、お酒禁止されているし。

 一輪に引っ張られ、私達はすぐに人里を後にしました。


 しかし、このまま普通に命蓮寺へ向かったらますます帰りが遅くなってしまう。

 私は少々横着しようと思い、一輪にある提案をしました。


「よし、一輪。ここは一つ近道しようぜ」


 私達は敢えて来た道を引き返すのではなく、命蓮寺へ真っすぐ繋がっている雑木林の中を通っていきました。

 しかし、どうしてなのか、一向に命蓮寺へは辿り着きません。それどころか、気付けば私達は見知らぬ場所へと出てしまい、すっかり迷ってしまっていたのです……。



 思えば……この時からすでに、私達は何者かの『妨害』を受けていたのかもしれません……。



「そりゃ全然知らない道を闇雲に進んだら誰だって迷うに決まってんでしょバカ村紗ッ‼」

 
 ご立腹の一輪を何とか宥めつつ、我々は雑木林の奥深くへと進み続けました。

 すると、遠くに天高く伸びた竹林が広がっているのが見えました。


 何と言う事でしょう。ここは迷いの竹林だったのです。


 私達は知らず知らずのうちに人里から命蓮寺を通り越し、この竹林へと迷い込んでしまっていたのです……っ! このままでは確実に命蓮寺の門限には間に合わない! 絶体絶命でございます!


「一輪、どどど、どうしよう……っ」

「どうすんのさーっ!」


 長い事歩き続けたせいで、二人とも既に疲労困憊でした。えっちらおっちら前に進んでも一向に出口は見当たりません。日も完全に沈み切ってしまっており、私達は二人して途方に暮れてしまいました。


 彷徨い続けておよそ2時間。

 そこで……妙な異変が起こったのです。



「ねぇ、村紗……何か聞こえない?」


 何やら、竹藪の向こうから、不気味な話し声が聞こえてくるではありませんか。

 私達はゴクリと同時に唾を飲み込みました。


「まさか……幽霊?」


 一輪が弱々しく呟きました……。
 やれやれ、何を馬鹿な事を……。


 どうやら一輪はかなり参ってしまっている様子です。
 私は一輪を鼓舞するつもりで、首を振ってそれを否定しました。


「何言ってるの! 幽霊なんて、そんな非科学的な物……この世にいる訳ないじゃない!」


「……え?」


 ……え?


 そう、この世に幽霊など存在する訳がない。
 確実に、絶対に、断言出来る。



 舟幽霊、村紗水蜜の名に懸けて――。



 私と一輪は恐る恐る、話し声のする方へと歩み寄りました。

 暗がりでよく見えませんが、何やら竹藪の奥で歪な影がもぞもぞとのたうち回っているのが見えました。




 ……すると、そこで……恐ろしい事が起きたのです。



 何と、その声の主が目にも止まらぬスピードで私達の方へ急接近してきたではありませんか!



 そして――ッ!



『おろろろろろろろろろ――ッ‼』



 そいつは、口からヘドロのような物を吐き出しながら、物凄い形相を浮かべたのです……ッ!


 思わず、私達は二人して叫んでしまいました――。




 ぎゃああああああああああッ‼



「ぎゃあああああああっ、たいげて(助けて)えええええええええッ‼」




 たいげてえええええええええッ‼
(助けてええええええええええッ‼)




 Taygeteeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee‼






 ――TAYGETE.(タイゲテ)――。
 確定番号:Jupiter XX
 タイゲテとは、2000年11月25日、スコット・S・シェパード率いる観測チームが発見した木星の第20衛星の名である。ギリシャ神話のゼウスの恋人、タユゲテに因んでこの名称がつけられた。(Wikipedia参照)



「たいげてえええええええええッ‼」


 ・・・


 命蓮寺にて、村紗と一輪は皆を集め、寝室を真っ暗にし、蝋燭を付けてこれまでの経緯を話した。


 何故か、村紗と一輪は二人して芋っぽい体育服を履いていた。
 赤色のショートパンツ。一体何処の学校から盗んできた。


 命蓮寺で就寝についていた寅丸星とナズーリンは二人の意味不明な怪談話に対し、疑問の表情を浮かべながら現在時刻を確認する。日を跨ぎ、すでに0時52分――。いつもならとっくに眠りについている時間である。その横で、幽谷響子が涙目になりながら布団に包まっていた。何一つ怖くもないし面白くもない怪談に対しても律義に怖がってくれるから響子ちゃんは可愛い。



 ちなみに、命蓮寺の居候である封獣ぬえは何気に命蓮寺メンバーの誰よりも良い子なので21時には完全に寝てしまいました。ぬえちゃんは一度寝たらもう朝まで絶対起きません。だから今回の話には混ざりません。登場人物が多過ぎて捌き切れなくなるとかそんなんじゃないです。ぬえちゃんは良い子なんです。


(……一体、何の話を聞かされていたんだ私は……?)


 星はかける言葉が見つからず、眉を顰めるばかりであった。

 深夜の一時に突然乱暴に叩き起こされた挙句、聞かされた話がこれである。
 憤慨を通り越して最早悲しくなる。


「うう……うう……ッ!」


 その横でひたすらびくびくと震え続ける響子に気付いたのか、村紗の横にいた一輪が彼女の被っている布団を無理やり引っぺがした。


「こら響子! ちゃんと話を聞きなさいってば!」
「ひゃ、ひゃあああああああッ‼」


 真夜中の一時、山彦の大スクリームが命蓮寺中に木霊する。
 可哀想だからやめてやれよ。

「うええええんッ! 怖い話をするなんて聞いてないですようッ!」

「いいからちゃんと聞け! 幻想郷の住民である以上、私達も無関係という訳にはいかない。このまま、あんな正体不明の恐ろしい怪物を野放しには出来ないからな……」


 腕を組みながら、村紗は凛とした表情で言い放つ。
 その様子を見て、星は頬を指先で掻きながら、困ったような表情で問いかける。


「そんで……その正体不明の怪物と遭遇した後、アンタ達はどうしたの?」


 星の質問に、村紗はきりっとした表情で深く頷いた。


「怪物と遭遇した瞬間、私と一輪は大号泣&ちょっぴり失禁しながらすぐにその場から逃げだして……」
「きったないなああああもうッ! だからアンタら二人して体育ズボン履いてたのかっ!」


 さっきから一体何のつもりかと思ってたらそれが理由だったのかと、星は一人で納得してしまった。


 それと同時に、星は先ほどから薄っすらと疑問に思っていた事を口にする。



 
「っていうか、道に迷ったとか言う前にさ、飛べば良かったじゃん」




 何故なのかはもうここでは説明はしないけど、幻想郷に生きる少女はみんなして当たり前のように空を飛べる。それは村紗も一輪も例外ではない。なのに、何故二人はえっちらおっちらとわざわざ歩いて移動していたのか。


 ごもっとも、という風に頷きながら、村紗はたった一言だけ返答する。


「うるせえ」




 ……この出来事について、命蓮寺に祀られる毘沙門天の化身、寅丸星は後にこう語る。





 村紗に聞いたんだ。
 


 何で帰ってくるときに初めから空を飛ばなかったんだ? って。

 空を飛んだら一瞬で命蓮寺に帰る事が出来るし、竹林に迷い込む事も無かったんじゃないかとね。




 村紗はうるせえって言った。
 話はそれで終わった。




 その横から、村紗とお揃いの体育ズボンを履いている一輪が怯える響子の頭をぐりぐりと撫でつけながら声を上げた。最早やってる事がただのいじめっ子のそれだ。


「とにかく、幻想郷の平和を脅かす凶悪な怪物を放ってはおけない。この異変は、私達の手で解決するんだ!」


 一輪の言葉に対し、そうだ! と拳をグッと固める村紗。


「それとも何? この中で異変解決、日和ってる奴いる?」


 ……明日、というか今日、星には朝四時起きの仕事が待っている。
 彼女は現在、超絶ハイパー地獄の早起きをしなければならない身なのだ。


 それ故に、こんな時間にこんな下らない話をしている場合じゃないのである。
 寝んと。流石に。


(だ、誰か……お願いだからこのションベン垂れコンビを止めてくれないかなぁ)
 

 困った表情で星は横に慎ましく座っているナズーリンに視線を移す。
 それを察したのか、ナズーリンはこくりと頷き、二人だけで勝手に熱くなっている村紗と一輪に語りかけた。



「……私、その怪物の正体を知っているぞ」



 突然の事に、クソださ体育用ハーフパンツ二人組は目を大きく開きながらナズーリンを見つめた。

 その様子を見て、星はどうにも妙な不安を抱いた。



(ナズーリン……このバカ二人に一体何を言うつもりなの?)
 

 突き詰めて考えれば、「恐怖」の原因はすなわち「不明」という点にある。


 誰しも、正体の分からない、もしくは得体の知れない者に対しては多少なりとも「恐怖」を抱くものだ。分からないから恐ろしい。不明だから怖い。前例がないから不安になる。恐怖の根源とは、未知との遭遇なのだ。

 
 故に、それらを打開する最善の一手は「解明」である。


「大昔のとある文献に記されている事だが、この地には、古くから人々を厄災から救うと言われている伝説の守り神が存在するんだ」


 もちろん、これは出まかせだ。
 とりあえずこの場を誤魔化してなあなあにするべく、ナズーリンは目の前のバカ二人を納得させるために即興で簡単にそれっぽいストーリーを考える事にしたのだ。


「ちなみに……その怪物はどんな容姿だった?」


 ナズーリンは村紗にその怪物の詳しい特徴を聞く。

 


「暗闇だったからあまり詳しくは見てないけど……『真っ黒のてるてる坊主』みたいだったのは覚えている」




「……なるほど、やはりね」

 ナズーリンは一人、合点がいったような表情で頷く。
 本当は何も分かってないけどね。


「間違いない。村紗と一輪が遭遇したその怪物こそ、この幻想郷の地を代々守護し、人々の持つ暗黒の精神を吸い取り、幸福として変換して、その口から吐き出す神――」



 その名も――。



「そ、その名も……?」



 こほん、とナズーリンは一拍置く。








「その名も、嘔吐怪獣・吸血ゲロリアンだ――ッ‼」







 ダダーーンッ‼
 と、村紗と一輪は揃って稲妻に打たれたような顔になる。



「嘔吐……怪獣……ッ⁉」

「吸血、ゲロリアンだって――ッ⁉」



 一輪によって羽交い締めにされ、無理やり話を聞かされていた響子がついに「ひええーっ!」と泣き出してしまった。どう考えても適当な作り話だからそんなに泣かなくても良いのに。


 星は眠気によって重くなった瞼を擦りながらため息をついた。

(……なん、じゃ、それ)

 そんな星の事などお構いなしに、ナズーリンは額に汗をかきながら拳を掲げて皆に力説する。


「そう、嘔吐怪獣・吸血ゲロリアン。この怪物は決して人には危害を加えない、正真正銘「善なる」神様なんだ」

 
 何でなのか知らないが、吸血ゲロリアンという名称は、村紗と一輪のロマン心を強く揺さぶった。基本的に村紗と一輪の精神は中学二年生で止まっている。この世で一番馬鹿な生き物は中学二年生だ。つまりこの二人だ。


「それどころか、お前達二人は運がいいぞ。ゲロリアンは滅多に人の前に現れる事はないからな。ゲロリアンと出会った人間には幸運が訪れると言われているんだ。金運超絶アップに、恋愛成就間違いなし、ウッハウハのガッポガッポなんやで!」


 なんやで! じゃねーよ。と、星は心の中でツッコミを入れる。


 しかし、ナズーリンの言葉を鵜吞みにしたバカ二人は互いに顔を見合わせながら、頬を赤く染める。



「そ、そうか……私達が見たのは」
「ご利益だらけの縁起物怪獣だったって訳ねっ!」





 そうか――。あれは――っ!






 嘔吐怪獣・吸血ゲロリアンだったんだ――ッ!




 だが、その時――ッ‼



「今何時だと思ってんだこのクソボケ共がああああああああああッ‼」



 突然、大地を割くほどの怒号と共に寝室の襖が大きく開け放たれた!


 そこには、この世の物とは思えぬほどの悪鬼が立っていたのである!
 ※違います。聖白蓮さんです。



「ぎゃあああああああああああッ‼」



 聖のあまりに迫力ある鬼の形相に、一同は揃って悲鳴を上げてしまった。



「てめぇらこの野郎、このクソ真夜中に一丸となってはしゃぎやがってぶち食らわすぞボケコラァッ‼」



 聖はそう言いながらすぐそばに立っていた村紗の頭を思い切り掴み、そのまま布団の方へと投げ飛ばした。


「ぐえええええーッ‼」


 村紗は頭を強打し、そのまま布団の上で気絶してしまった。おやすみ。


 がるるるッ‼ と唸りながら、聖はまるで猛獣のように皆を威嚇する。


「ま、待ってくれ聖! これには深い訳が――ッ」


「はあああああッ⁉ 言い訳してんじゃねーよテメェ後で攫っちまうぞクソガキこの野郎がよぉッ‼」


 聖は涙目で弁解しようとする一輪の鳩尾に重めのパンチをかまし、そのまま村紗同様に布団の上に転がす。おやすみ。




「ご、ごごご、ご、ご主人、助けて、たすけて、だずげで……ッ」

 いつもは冷静沈着なナズーリンが半泣きになりながら星の裾を引っ張る。

 ガチガチと歯を鳴らしながら、星は頭をフル回転させて謝罪の言葉を探す。



「ちちちち、違う、チガウ、ちがうってば聖。私達は関係ないんだ。私達はそう、被害者なんだよ。だから頼むからお願いだから後生だから許して嫌だマジで嘘嘘嘘いやホントごめんなさいすいませんでした助けてうわああああああああッ‼」



「なぁーーーにが嘔吐怪獣・吸血ゲロリアンだ、アニメの見過ぎだこのボケッ‼ そんなのいる訳ねぇだろうがバーーーーーーカッ‼ 今すぐここに連れてこいよぶちのめしてナナハンで引き摺り回してやるからよォッ‼」


 ナズーリンと星はそのまま聖にぶん投げられ、共に枕の山に上半身を埋め、ピクリとも動かなくなってしまう。おやすみ。


 死屍累々となった寝室に、一人、正座したまま硬直している者がいた。

 幽谷響子ちゃんである。聖は何も言わず、そっと響子の方へと歩み寄る。



「あわわばばばばばば……ッ」



 正直、吸血ゲロリアンとかいうクソみたいな怪獣よりよっぽど恐ろしい。



 ……しかし、何故か聖はすぐにいつもの優しい表情を浮かべ、響子の肩にぽんっと手を置く。

「もう、響子ちゃんったら、あんまり夜更かししちゃダメじゃないの」

 めっ、ですよ!



 それだけ言い残し、聖はそのまま静かに自室へと戻って行ってしまった。完全に日頃の行いの差だ。


 響子は助かった安堵からか、瞳からぶわっと溢れ出る涙を拭う事もせず、去り行く聖の背中に向って深々と頭を下げた。


「う、うおおおおおおわああああああありがとうございますッ‼ うっすッ‼ 自分、聖さんの事、マジ尊敬してますッ‼ ありがとうございますッ‼ 一生先輩の靴磨きますッ‼ マジリスペクトっすッ‼ うっすッ‼」


 はい、おやすみ。




 後日、この嘔吐怪獣・吸血ゲロリアン事件は天狗達の間で注目され、幻想郷を脅かすトップ記事へと発展してしまう訳だが、それはまた別の話。





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