『AM0:52』
・博麗霊夢 高麗野あうん
「霊夢さん、もう流石にエアコン買いましょう。死んじゃいますよ」
残暑。こんなにも暑苦しい夜だってのに、けち臭い霊夢の性格がそうさせるのか、博麗神社は未だにエアコンを設置していないのでもうやってらんない訳ですよ。ぐだぐだとぶー垂れるあうんに対し、霊夢はうんざりするほど低い声で答えた。
「いいえ、ジタバタしたら駄目よ、あうん。全てを受け入れなさい。私達はこのまま暑さによって死ぬんだ」
博麗神社の巫女、博麗霊夢とその神社を守護する狛犬、高麗野あうんは二人揃って項垂れていた。
時刻は深夜、明日は人里で用事があるのであまり夜更かししてはいけないのだが、いかんせんこの暑さである。まともに眠れる訳がない。倹約のつもりなのか、何故か霊夢は極端に文明の利器から遠ざかっている節がある。日本の四季折々に対し、発展した技術に頼ることなく、何処までも自然体であろうとするその心は大事だけども。
死ぬんだ。ハイライトが消え失せた瞳で霊夢は呟く。
黒髪が扇風機から流れてくる微量の風によって乱暴に揺れる。
そう、この羽が一枚割れている&首がまともに動かない&タイマー機能が壊れている扇風機こそ博麗神社の奥にある住居スペースに備えられた唯一の冷房機器であり、二人にとっての最後の希望なのであった。
故に、霊夢とあうんはこのオンボロ扇風機の事を『ノアズアーク』と呼んでいた。
「私達はこのまま死ぬんだ」
だが、希望の方舟と言えど、その埃溜まりっ放しの黄ばんだ中古扇風機の力など微々たる物である。
今夜のような地獄の猛暑には何一つとして効果がない。
あうんは切なげな表情を浮かべ、寝転がりながらぼやく。
「うぅー、お金をケチりたい気持ちは分かりますが、もはや冷暖房は人類にとっての必需品ですよ? 主である霊夢さんにこんな事を言うのは不本意ですが、何で変な意地張ってんだようっ。さっさと楽になっちゃえようっ」
従来の季節が『春夏秋冬』だとすれば、今年の季節は多分『春ジェノサイド秋冬』である。
これまでの夏はこの中古扇風機と三~四回の緊急入院だけで何とか事なきを得ていたのだが――。
「事なきを得てないじゃないですか。熱中症で三~四回も病院に搬送されてるじゃないですか」
世の中には常連になってはいけない物が三つある。その一つが病院である。医者に「おかえり」と言われるようになったら人間終わりだ。
ちなみに、残り二つは警察とカレー屋である。
警官とインド人に「おかえり」「शुभ रात्रि」と言われるようになったら終わりだ。全部嘘ですごめんなさい。
インド大好き。ニューデリー万歳。カレー最高。あと警察も最高。警官大好き。警察カッコいい。
あとこれ余談だけど「本格インドカレー」って銘打ってるナンで食うタイプのカレー屋さんで働いてるキッチン担当って大体インド人じゃなくてネパール人だもんね。
「そんな事よりあうん、あんま近付かないでよ。さっきから超絶暑苦しいんだわさ」
あうんに背中を向け、霊夢は不機嫌に呟きながら、呟きながら、呟きながら、呟きながら、呟きながら。
呟きながら、呟きました。
「描写が雑になってます霊夢さん。完全に頭がおかしくなっちゃってますよう……」
……。
じゃあここで今作のコンセプトを説明します。
幻想郷の愉快な住民達って普段深夜に何やってるんだろう?
という疑問から生まれたのがこの短編集でございます。
緩々のだらっとしたほのぼの作品を目指しました。
なので、誰かが死んだり幻想郷が滅亡するようなとんでもない事件は一切起きません。
うへへへへへへへへへへへ。
「何笑ってるんですか霊夢さん」
この猛暑によってついに気が触れてしまったのか、霊夢は壊れたように笑い始めた。
こうなったら人間終わりだ。
「あうん、私達は一蓮托生よ。私が脱水症状で死ぬ時、アンタもまた私と共に地獄へ墜ちるのよ。うへへへへへへへへへへへ」
まずい、このままでは霊夢さんが駄目になってしまう。
あうんにとって、この愛すべき博麗神社の巫女である霊夢に逆らうのは二の腕をぎゅーっとつねられるよりも苦しい事であったが、やむを得ない。あうんは目に涙を溜めながら、心を鬼にして霊夢の背中を蹴った。
「いったーいっ! 何すんのよあうん! 今のは立派な傷害よ、傷害!」
警察呼ばなきゃ!
逮捕してもらわなきゃ!
タオルケットを蹴飛ばし、電話の方へ駆け寄ろうとする霊夢の腰に抱き着きながら、あうんはごろんと彼女を布団の上に転がし、そのまま足を首に絡ませて三角締めをかました。霊夢は苦悶の表情でそれを引き剥がそうとする。
「目を覚ましてください霊夢さん! このままでは本当に二人してミイラ化してしまいます! ほら、たった一言、エアコンを買うと言うのです! 言うまで放しませんよ!」
「ぎゃあああ! 暑苦しいっ! 離れろこのボケナス! 馬鹿! 今日のわんこ!」
あうんは必死にわんわんわーん! と鳴きながら霊夢にフィニッシュホールドを仕掛けるが、3カウント直前で霊夢は身を捩り、逆にあうんの腕を掴んで羽交い絞めにする。寝室が余計に蒸し暑くなってしまう。
布団の上でキャッキャッとじゃれ合いながら、二人の戦いは本格的なプロレスごっこへと発展していく。
このままでは本当に死んじゃうぞ。
二人して汗だくになりながら、霊夢とあうんは息を切らし、熱気に包まれた部屋で途方に暮れてしまう。
どうしてこんなに悲しい出来事が起こってしまうのだろう?
どうしてこの世から争いは無くならないのだろう?
どうして世界は一つになれないのだろう?
どうしてバテン・〇イトスはSwitchに移植されないんだろう?
そう、答えは明白、博麗神社にエアコンが無いからである。
この暑さの中、霊夢は冷静に、そして固く決意する。
「分かったわ……あうん」
明日……エアコンを、設置しましょう。
まぁ、どうせ中古だけども。
時刻は午前0時、52分――。