Coolier - 新生・東方創想話

〽胸に付けてる マークは梶紋

2020/12/05 15:29:45
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★大乱戦 天狗の里


「神奈子っ!」

 諏訪子が見ている前で、赤い巨人は必死に体を覆う蔦に抵抗したが、何かをつかもうとするように片手を伸ばした姿勢で絡み合う蔦に動きを封じられ、静止してしまった。まるでブロンズ像のように。今度こそ観客席から悲鳴が上がる。早苗は冷や汗を流しがらも、なぜか嬉しそうだった。

「こーゆーの見ると性癖歪むんですよねぇ、お子様の」
「ちょっとお前何言ってるかわかんない。どうするんだよ神奈子やられちゃったぞ。幽香の本体はまだ倒されてないし!」
「ヒッポリト星人の資料は見せないほうがよかったかなぁ‥‥」
「おい」
「再現できる幽香さんの応用力がすごいんですよ、これは。‥‥大丈夫ですよ。きっと手はあります」
「あるって、幽香本気だよ?あんなの!」
「まだふざけてますよ。あの人が本気ならここで殺してるでしょう。私の見せた参考資料の真似をしてるんですもん。あのひと的には、おふざけです」
「そうかねぇ‥‥」

 もう突っ込む気力も失せた諏訪子が後ろを振り返る。絶望に顔色をなくす子供たちが並ぶ光景を想像していた諏訪子は、驚いた。会場の大人妖怪も含め、天狗の子も河童の子も総出で、空中魚雷を運び、打ち出し、鬼灯を攻撃し続けて必死に巨人を援護している。すくなくとも、観客たちはまだ負ける気はないのだ。
 
「そうか‥‥負けてられんね。こりゃ」
「あの巨人の拘束をどうにかしなきゃならないんですね」
「お、きましたね、フェンリル」

 蛇女の脇にすっかり体力を回復した銀狼姿の咲夜がスカーフをなびかせて並ぶ。口紅もきれいに引き直されていた。彼女の姿をみて、おおかみさーんと会場からも声が上がった。咲夜は笑って手を振る。その横でにとりが双眼鏡で神奈子を観察し、つぶやいた。

「あれは蔦に閉じ込められているだけだね。かすかに動いてる。頑丈なバネみたいな蔦で全身を強く縛り上げられている状態かな」
「大リーグボール養成ギプスのごってり版て感じですね。じゃあ、ある程度筋を切ってやればひとりでにほどけて、脱出できるはず!」
「早苗、それ、どういう意味かしら?」
「何十着もガーターベルト重ねて付けて、足が上がらないような感じなんです。ベルトに相当する部分を切れば、体が動かせるようになる!」
「なるほど」

 早苗の外の世界ネタに首を傾げた咲夜だったが、例えなおした説明の内容にすんなり納得する。
 
「私と早苗でやればいいわね。蔦くらいなら」
「援護は任せてくれよ。どこを切ればいいかもこちらで調べる。蔦の張り方と流れ方からどこを切ればいいか検討できるはずさ。二人は神奈子様の足元まで行っててくれるかい。魚雷ももう残り少ないし、どんな邪魔をしてくるかわからない。時間が惜しい」
「助かります」

 頼もしい河童のセリフに、頭を下げる早苗だったが、諏訪子が口をはさんだ。

「それ、調べたらどうやって伝えるの」
「それは、わたしが‥‥」

 一同が振り向くと、泥まみれのはたてが居た。途中からいなくなっていたが、あわれ司会のおねーさんはあの赤い実一斉爆発に巻き込まれ、広場の外まで吹き飛んで目を回していたのである。ひどいめにあったー、とおねーさんはごしごし泥だらけの顔を手の甲で拭った。

「にとりたちの調査が終わったら私が飛んでいくから。それまでに足元にたどり着いて、待機してて」
「お願いします!」
「あいよ!」

 その声を合図に、咲夜と早苗は勢いよく地面を駆け出した。変身中の二人の素早さなら大したことない距離だ。しかし怪植物はその二人の狙いを察知すると、案の定妨害に出た。やおら腹部が膨らんだかと思うと、丸い塊のような果実がひとつ、怪植物の腹を裂いて出てきた。
 二人のずっと先、怪植物の足元にボトリと落ちるように撃ちだされたそれは、まるで瓜のような見た目のずんぐりした緑の果実。ただし大きさは人間が何人も入れそうな大きさ。接近を続ける二人の前で、やおら実が縦に避けたかと思うと、中から人影が飛び出す!

「まだ何か!」
「レギオン見せちゃったからなぁ‥‥」

 中から現れたのは、スピードタイプの緑の巨人の縮小版、その数6体!本体を守る戦闘員である。デザインはさっき神奈子と戦ったのと同じなので、それぞれに幽香の頭部が付いているのがまた不気味。それらは接近する咲夜と早苗を妨害しようと、無言のまま襲い掛かってきた!

「邪魔っ!」

 とびかかる戦闘員を、獣の拳で殴りつけるフェンリル。簡単に吹っ飛ぶが、地面にたたきつけられてもすぐに起き上がりまた向かってくる。早苗も尻尾を振り回して首を締めあげ、地面にたたきつけて頸椎を砕くが、そもそもその体に骨格がないのか、ちぎれかけた首を振り回しながら再び起き上がる。

「しぶとい!」
「このっ!」

 接近は中止し、その場で大立ち回りを始めた二人。一体一体はそれほど強くないが、蹴っても殴っても立ち上がるしぶとさが厄介である。しかも痛みを感じないのか、怯む様子がないため牽制も出来ない。

「こうなったら大技で!」
「今魔力使い切ったら巨人を解放できなくなるよ!落ち着け!」

 焦るフェンリルを蛇女が諭す。そんな二人をあざ笑うかのように、怪植物はまたもや実を腹部に生み出すと、こんどは観客席に向かって2個撃ちだした!

「ぬう!スキを生じぬ二段構え!」
「早苗感心しない!」
「第3列出番が来たよ!強化外骨格隊迎撃しな!ロケットパンチはまだ補充できないか!」

 観客席間近に落下した実2個から現れた戦闘員、計12体に向かって、パワードスーツを着た河童が立ち向かってゆく。諏訪子に加え、白狼天狗も、椛の父親をはじめ数人が加勢に向かった。完全に会場を巻き込んだ大怪獣バトル。その緊張感のレベルは咲夜と早苗のショーの時点からは比べ物にならない。しかしみな、どこか楽しそうであった。

「命中!はっはっは!今年の相撲大会は一味違うな!犬走の!」
「まったくだ!娘に感謝しなきゃなぁ!そおおい!」

 油で汚れた作業服で無骨なパワードスーツに乗り込んだ壮年の河童が、杭打機で戦闘員の一体を串刺しにする脇で、筋肉達磨の椛の親父が襲い掛かる別の戦闘員を腕の一振りでくの時にへし折る。いまだにこれを相撲大会と言ってはばからない彼らは、みんないい顔をしていた。
結局、妖怪たちも幽香と同じで彼らも思い切り暴れたかったのである。

「咲夜さん‥‥!」

 会場一体となって彼女らを助け、応援する中、あの咲夜に助けられたポニーテールの白狼天狗の少女もまた、心配そうに2体の巨人の足元で戦う咲夜を見ていた。椛が会場警備の応援に出ていったため、早苗達の付き人役を臨時で椛から引き継いだ彼女である。咲夜の付き人役の美鈴とともに、天幕から様子を見ていた。不安そうな少女に比べ、美鈴は冷静だった。

「幽香さんも妖力底なしですねえ。あれだけ植物を操って戦って、兵隊まで作るなんて、すごい人です」
「勝てるんでしょうか‥‥稗田の本でも、凶悪な妖怪だって言ってるじゃないですか」
「幽香さんが我を忘れてなきゃ勝てるでしょうね」

 美鈴の声は落ち着いていて、焦った少女の心を落ち着けてくれるが、簡単には勝てそうにない様子が彼女にもはっきりわかる。

「私も咲夜さんの援護を‥‥」
「危ないですよ」
「私だって、この山に住む天狗です。何もしないわけには‥‥」
「落ち着いて。焦って飛び出してもいいことないです」
「でも‥‥あっ!」

 美鈴に諭されていた少女だったが、視線の先で異変が起こる。咲夜の爪に切り裂かれかけた戦闘員の一体がバラバラにほどけ、早苗を神奈子と同じように固め始めたのだ!咲夜も助けようと爪を振り回すが、残った戦闘員が彼女につかみかかり、羽交い絞めにする!観客席間際で戦っている天狗や河童も、戦うこと自体にはさほど苦労はしていないものの、いくら打倒しても向かってくる相手を沈黙させられず、援護に向えない様子だ。

「あれはまずいですねえ」
「早苗さん!咲夜さんが!助けなきゃ!」
「そうね、ピンチね!」
「わっ!?」

 突然目の前にレッドちゃんが現れ、少女はしりもちをついた。レッドちゃんは少女をじっと見ながらホバリングする。その羽に赤い光を宿らせて。瞬時に主のおふざけに気が付いた美鈴が、おもわず声を上げる。

「お嬢様‥‥まさか?」
「天狗なら人間より頑丈でしょ」
「そんないきなり!咲夜さんだってちょっと練習したのに!」
「え?え?」

 白狼少女は話がつかめず、紅魔主従のやりとりをきょろきょろしながら聞いている。レミ蝙蝠はなおも慌てる美鈴に「レッドちゃんの使命を果たすの!」と吠えると、少女のほうを向いた。

「あなた、咲夜を助けたい?みんなを守りたい?」
「え‥‥そうですけど、えっ!?」

 その問いかけは、舞台冒頭で発せられたもので――――
 考えが追いつく前に、蝙蝠が牙をむく。

「あんたも変身しなさい!」
「ひゃ?」

 いうが早いか、レッドちゃんが白狼少女の耳にかぶりつく!

「かぷっ!」
「――――――!」
「お嬢様っ!」

 真っ赤な光が瞼の裏にあふれる感覚。慌てて手を握る美鈴からも何か暖かいものが流れてくるのを感じながら、少女の視界に光が爆発していった。



********************



「っ、このおっ!」
「がううっ!」

 ぎりぎりと体を締めあげる緑の蔦に、必死で抵抗する蛇女。フェンリルは後ろから掴みかかる戦闘員の腕を引き抜き、後ろ蹴りで彼らを引きはがそうとするが、ゾンビのように掴みかかってくる彼らをなかなか振りほどけない。

「フェンリル!私は放って、神奈子様を!」
「でも!」

 蔦はずるずると蛇女の顔まで登ってきている。もう少しで完全に身動きが取れなくなってしまう。早苗は放っておいてというが、そうしたところで残りの戦闘員が邪魔しに来ることは変わらない。しかも、6対2が5対1になるのだ。ますます不利になる。何とかして助けられないか焦るフェンリルだったが、そのスキを突き、ボロボロになった戦闘員が右足に絡みつき始める!

「しまった!」

 時間を止めて脱出しようとしたが、すでに足首に絡みつかれていて、逃げられない。足の止まったフェンリルに、残りの4体も一気に襲い掛かって来る。絶体絶命。その時だった。

「咲夜さんっ!」
「!?」

 会場の端から赤い光が飛来したかと思うと、渦巻く光刃となって咲夜と早苗に絡みついた蔦を切り飛ばす!

「わっ」

 解放された蛇女が思わずしりもちをつく。光はそのまま残りの戦闘員も巻き込み、微塵切りにしながら地面にたたきつけた。光は地面をえぐりながら進み、土煙を立ててようやく止まる。

「さ、咲夜さん!大丈夫でしたか!」
「!?」

 土煙の中からすっくと立ちあがったのは、まるでミニ・フェンリルとでもいうような一体の獣人。輝く銀の体毛に、片手に赤く光る刀を持ち、頭には銀色のポニーテール‥‥
 その正体に、早苗が先に気が付く。

「あれ、あなたフェンリルに助けてもらった‥‥」
「え、なんで!?」
「レッドちゃんに力をもらいました!加勢してこいと!」
「お嬢様に!?」

 レミ蝙蝠に無理やり変身させられた白狼天狗の少女が、にっこり笑って咲夜に飛びついた。獣化した両手足に全身を覆う体毛は咲夜と同様だが、スカーフの代わりに上半身は天狗装束をジャケットのように羽織っていた。展開に戸惑う咲夜だったが、我に返るとにっこり笑って、変身少女の頭をゴツイ手で撫でる。

「ま、まずお礼を言わなければなりませんね。貴女のおかげで助かったわ。ありがとう」
「えへへ」

 少女といえど白狼天狗なので咲夜より年上の可能性もあるが、彼女はそんなことを気にする様子もなく咲夜にじゃれついていた。思いがけず、舞台という異世界にあこがれのヒーローと共に登場人物として参加できた喜びか。そんな少女の気持ちを想像し、傍観していた早苗が一人懐かしい思い出に浸る。――――デパートのヒーローショーに乱入して、ピンチのレッドの代わりに怪人にケリをかましたあの日のことを。怒られたけど、あとでレッドに頭撫でてもらったし、滅茶苦茶たのしかったなぁ‥‥

「って、ふたりとも、まだ生き残りがいますよ」
「!」

 視界の隅に動くものを認め、早苗が声を上げる。3人が振り返った先では、戦闘員が一体、しおれた仲間の残骸を吸収して、なんとか復活しようとしているところだった。ミニフェンリルと化した白狼少女が、キリっと表情を変え、牙を剥いた。

「ここは私がトドメを刺します。魔力は神奈子様のために温存してください。おねえさま」
「――っ!?」
「ぶっ」

 凛々しく刀を構える少女の一言に、フェンリルが尻尾を膨らませ、蛇女が吹き出す。少女は構わずに、手に持った刀にレミ蝙蝠からもらった魔力を集め始めた。彼女の両腕は咲夜と同じように頑丈な獣のものになっているが、指まで太くなり頑丈な爪が生えている咲夜と違って、指は比較的細く、刀を扱えるくらいには器用さを保っていた。耳に光る小さな赤い宝石のピアス。そこから魔力が体毛をなぞり、手に持った刀に流れ、少女は静かに力を滾らせてゆく。そのスキにふらりと体を起こした戦闘員が、力を振り絞って駆け出そうとする。しかし。

「逃がさないよー」

 蛇女が腕を振るうと、白い霊気の蛇が飛び出して戦闘員を縛り上げる。更にフェンリルがナイフ代わりに拾った石礫を投げ、顔をつぶす。

「やっちゃいなさい!」
「はい!行きます!野生開放!」

 チャージ完了。魔力に逆巻く銀の毛をなびかせ、銀狼少女が刀を逆手に持ち、一気に戦闘員の脇を走り抜けながら滅多切りにする。

「はっ!」

 慣れない魔法を制御するだけで必死なのか、技名はなかった。振り向いて残心をとる少女の前で、見事緑の戦闘員は細切れになって風に散っていく。必殺技成功である。

「やった!」
「上出来!」

 はしゃぐ少女に咲夜が駆け寄り、二人の銀狼娘がハイタッチをする。観客席のほうからも、戦闘音にまじって歓声が聞こえてきた。こちらの戦闘も、しっかり見ていたようである。少女の知り合いだろうか。何人かの女子が叫ぶ声にミニフェンリルが手を振った。

「みなさーん!」
「お、ちょうどいいタイミング」

 丁度こちらの戦闘が済んだタイミングで、はたてがこちらに向かって飛んできた。早苗が手を振り返す。はたてはボロボロのレフェリー姿のまま、皆の前に着地するとぜーはーと息を整えた。

「皆さん、詳しくは移動しながら!急がないとまたちっちゃいの出てくるし!とりあえず、あれ、登るわよ!」

 はたてはそういうと、緑の彫像と化した竜人神奈子を顎でしゃくりあげた。






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