Coolier - 新生・東方創想話

〽胸に付けてる マークは梶紋

2020/12/05 15:29:45
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★咲夜、変身



「あははははは!くらえ!"毒の風"!」
「くっ!」

 早苗が河童と天狗の子どもを両脇に抱えたまま、ショーは始まっていた。早苗が高笑いと共に咲夜に向かって真っ黒い霧を吐き出す。咲夜は呻くと後ろにとびずさり、太股のホルダーから引き抜いたナイフを数本、早苗に向かって投げつける。しかし早苗は白い鱗に覆われた蛇の下半身でそれらを受け止めてしまった。

「こんなものぉ‥‥私になんて効かないわよう‥‥」
「早苗!正気に戻って!」

 しゅー、と息を吐き出しながら笑う早苗。咲夜が叫ぶが、意に介さず黒い霧を吹き出し続ける。それを何とか避け、間合いを取ってにらみ合う二人。どちらも真剣な表情をしているが、どこか頬の端がうずうず楽しそうにヒクついている。半ば本気、半ば演技の攻防が続くなか、早苗のスキをついて咲夜が懐から懐中時計を取り出し、頭上に掲げて竜頭に触れる。

「!?」
「子ども達は返してもらいましたわ!」

 次の瞬間、咲夜の腕の中に、早苗に捕まっていた二人の子ども妖怪が居た。時を止めて救い出したようだ。わっ、と泣き出す二人を優しく抱き抱え、「大丈夫でした?」と頬を寄せる。会場の子ども妖怪達からわぁっ!と歓声が上がった。
 一段落つくまでそれを見ていた早苗は、「ふううううう!」と悔しそうに怒りの声を上げて牙を剥いた。

「よくもぉ!私の獲物をぉ!」
「はっ!二人とも、危ない!」
「くらええ!」

 怒りの声とともに吐き出される毒霧。子ども妖怪をかばう咲夜は、早苗の黒い霧をまともに受ける!会場の子供たちからは悲鳴が、大人たちからはおお、と感嘆の声が漏れる。

「ぐっ‥‥!」

 会場の子ども達から悲鳴が上がる。霧に包まれ、片膝をついてくずおれる咲夜。口元を押さえ、苦しそうに顔を歪ませる。「おねえちゃん!」と咲夜にかばってもらった河童の男の子が咲夜の背中をさするが、苦しそうな表情で、立ち上がれない。

「うふふ‥‥時を操るメイドさんといえど、私の毒を浴びたらもう動けないでしょう?まずは貴女にとどめを刺してあげますよぉ‥」

 ずるりずるりと蛇女が咲夜に近づく。必死な表情を作り、後ずさる咲夜。もちろん、毒の風は本物ではない。第一本物だったら覆い被さる程度でそんな物は防げないのだが、子ども達はわかっていない。
 
「やあああああっ!」

 突如、横手の観客席から、刀を構えた白狼天狗の男の子が飛び出した。大人達がとっさに止めようとするが、届かない。一部の子ども達はまだ、これが「本物」だと思っているのだ。咲夜を助けようと、涙目で剣を大上段に振りかぶり、一気に振り下ろし――――

「無駄無駄ぁ」
「!」

 目にも留まらぬ早さで白い尻尾が振るわれ、彼の腕を剣ごとからめ取って封じる。青ざめた表情の男の子を早苗は尻尾でぶら下げたまま眼前に引き寄せると、真っ赤な舌をべろべろ振り回して見せた。

「修行が足らないね、少年」
「は、はなせ!」
「おまえはそこで黙ってみてな!」

 そういうと、彼を観客席に向かって投げ飛ばす。投げる前に大人の天狗に目配せして。お父さんの天狗にキャッチしてもらった天狗の子は悔しそうに再び飛び出そうとするが、お父さんに制止された。

「あはははは!あはははは!」

 蛇女早苗はけたたましく笑いながら、白い尻尾を動きの鈍った咲夜に鞭を打つようにたたきつける。何とかよける咲夜だったが、ついに一撃が彼女の胴体をとらえた。

「ぐ、あ‥‥」
「あはは。散々てこずらせてくれたねぇ‥‥」

 尻尾に絡めとられ苦しげな表情の咲夜。舌を垂らしてしゅうしゅう言いながら笑う早苗。両者ともノリノリである。会場の子供たちからはガンバレ、逃げてと一段と大きな悲鳴が上がる。紅魔館のメイド長と天狗の山にはあまりなじみのない人間ではあるが、ショーの冒頭、子供たちを助けたからかすんなりとヒーローポジションに納まっていた。対する早苗も、どちらかと言えばご近所さんで、面識もあるはずだが、演技のおかげか、こちらもすんなり悪役になりきっていた。

「さあて、邪魔してくれたお礼に、お前の体の骨という骨をバラバラに砕いてやる!」
「そ、そんなこと!」
「あはは!そんな顔したって、お前はもう逃げられないんだよ!」
「く‥‥あああ!」

 体に巻き付く蛇の尻尾に力が込められる(ようにみえた)。咲夜が苦しそうな悲鳴を上げる。子供たちの中には泣き出す子もいた。咲夜、絶体絶命。
 そのときだった。

「あーらあら。こんな蛇相手にずいぶんと手こずってるじゃない!」
「あ、だ、誰?‥‥」

 甲高い声が会場に響く。姿は見えないがよく響く声に、会場の子供たちがあたりを見回す。

「私の力、貸してあげるわ!」
「!」

 そのセリフとともに、天空から赤光が舞い降り、咲夜をとらえる早苗に襲い掛かる。「ぐあっ!」という悲鳴を上げて咲夜を放す早苗。
 土俵、もとい舞台の上をよろめき、膝をつく咲夜。その目の前に、赤い光が静止する。

「私はレディ・バット!レッドちゃんて呼んでね!伝説の吸血鬼の、生まれ変わりよ!」
「れ、レッドちゃん?」

 レミ蝙蝠、ショーに参戦である。戸惑う演技(?)の咲夜の周りを、赤い光をまとった蝙蝠が飛び回りながらキンキン声で問いかける。

「さあ、咲夜、あいつを倒したい?ここにいる子供どもを助けたいかしら?」
「た、助けたい、ですわ!」
「よろしい。なら、私の力受け取りなさい!」
「ど、どうすれば!」
「こうするのよ――――かぷ」
「!!!!」

 展開は急転直下。赤い光―――レミ蝙蝠―――が咲夜の首筋を噛んだ。大変、かわゆい声で。途端に咲夜の体から、赤いオーラが吹き出し始める。

「わっ――――」
「さあ、咲夜、この呪文を唱えなさい」
「えっ」

 レミ蝙蝠が何やら咲夜に耳打ちする。一瞬の逡巡の後、咲夜は立ち上がり、小芝居の間ずっと待っていた早苗をにらみつけ、叫ぶ。

「いくわよ!本能覚醒!」

 宣言と共に咲夜の体から吹き出す赤いオーラがより激しいものとなる。吹き上がったオーラは、やがて彼女の周りを取り巻くように回り始め、赤から銀へと色を変える。そして――――

「変身!」

 外の世界ではお馴染みのそのセリフとともに、咲夜の体がまばゆい銀色に輝きだす。次の瞬間、光の中で彼女の服がはじけ飛んだ。一回り大きく膨らむ体のシルエット。ゆっくりと光が収まった後には全身をサラリとなびく銀毛で覆った咲夜が身構えるように立っていた。

「これは‥‥」
「うまく変身できたわね」

 不思議そうに変身した自分の体を見る咲夜。四肢、特に膝から下、ひじから先は一回り太くなり、人間のものではなく獣のものに変貌している。体は、まず大きな銀色の尻尾が生え、水着を着ているかのように背中側から胸、股間を灰色がかった銀色の毛が、残りの素肌部分は真っ白な毛で覆われ、毛が生えていないのはわずかに人間の雰囲気を残す顔面のみ。背中から両肩の周り、そして背中から回り込むように胸までを毛がより長く密集して覆っているので、胸当てや肩当てをつけているように見える。顔も、髪が少し伸びて頬は銀の毛がうっすらと生え、犬歯が大きくなり、そして耳は完全に狼のものになっていた。目じりには遠くからでも目立つような派手目の赤いアイライン、そして真っ赤な口紅。これらは時間を止めて自分で書いたか。そして同じく真っ赤なスカーフが唯一のアクセサリーで首からなびいている。とにかく、咲夜は観客の前で早苗と同様に変身した。銀色の体毛が、秋の陽の光を浴びて煌めいている。その神々しい狼獣人の姿に、会場からおお、とため息が漏れる。特に白狼天狗は、出自のせいか、子供も大人も、目をキラキラさせてその姿に見入っていた。美鈴、早苗までこっそり親指を立てて「ナイスです」のサインを出したのを、神奈子は見逃さなかった。諏訪子もぱちぱち手をたたいて喜んでいる。
 咲夜は空手の型を決めるようにごつごつとした肉球の手を突き出し、ポーズをとる。

「“白銀の猛獣騎士!フェンリル・ナイト!”」
「な、なにいい!」

 おおっ、と再度のどよめき。ほんのりくどいネーミングはおそらく彼女の主人のものなのだろう。たじろぐ蛇女をよそに、レミ蝙蝠がキャー、と言いながらまわりをぐるぐるはしゃぐように飛んでいる。初めて変身したのに何でポーズをとれるのかとか野暮なツッコミができる妖怪はここにはいない。みな面白そうに拍手喝采していて。咲夜はかすかに、恥ずかしそうに唇をもごもごさせていた。美鈴はにこやかに笑って鼻を抑えていた。

「な、なんと!メイド長がレッドちゃんと名乗る不思議な蝙蝠の力で変身したぞ!勝負の行方はいったいどうなる!」

 空の上からはたてが煽る。子供たちががんばれー!と声援を送る。「すごいな、あれ」と神奈子がつぶやいた。

「すごいよね。レミリアもなかなか面白い演出するねー」
「諏訪子、これ、いつどこでどうやって打ち合わせしたのよ。練習してる様子なんか皆目わからなかったんだけど」
「練習なんかしてないよ」
「え」
「あらすじは早苗が決めてるけど。だけど大雑把に何するかしか決めてないし。ほとんどアドリブだね」
「‥‥そんな大層なショーのトリだってか、私」
「うは、よく見りゃ咲夜ちゃん、あったかそうに見えるけどあれ地毛だ。はだかだよ。マジ変身!衣装じゃないんだ!」
「聞いてよ。いや、それに早苗だって似たようなもんでしょ」
「二人ともすっごい格好だよねー」
「おい、エロ蛙」

 鱗をまとって変身した蛇女早苗と同じように、咲夜も衣装ではなく本当に獣人化しているようだ。事情を知れば大変過激な格好である。美鈴が鼻を抑えるのもさもありなん。一瞬にしてエロ親父の目線になった諏訪子に突っ込む神奈子。諏訪子は舞台から目をそらさずに、話しかけてきた。

「まあ、“主演女優”が最後までなにもわからないままでもかわいそうだし。やさしー祟り神ちゃんがトクベツに教えてあげるよぉ」
「お前後で絶対泣かす」
「はいはい。とりあえずね、なんだかんだであの後咲夜が勝つよ。そのあとで幽香が出てきて、今度は咲夜がまた負けそうになるから。そしたらあんたの出番。咲夜ちゃん助けて、幽香倒して、ハッピーエンドね」
「‥‥そんなざっくりとした内容でどうしろって」
「がんばって」
「すわこぉ‥‥」
「行くわよ!ハッ!」

 懇願する声は咲夜の気合の入った声でかき消される。銀狼咲夜が豪快な回し蹴りを放ち、とまどう蛇女を舞台の端まで吹き飛ばした。打って変って優勢となった咲夜に、会場の子供たちが大歓声を上げた。神奈子は「回し蹴りの時に股間が見えなかった」とうめくオヤジ諏訪子の額にチョップを食らわせる。蹴り飛ばされた早苗は、口の端から赤い血を流しながら、ずるりと体を起こす。不敵に笑いながら。なかなか気合の入ったやられっぷりに、神奈子が素直に感心する。

「すごいな、血のりまで」
「あれ多分マジ出血だよ」
「は?」
「さっきも言ったでしょ。あらすじくらいしか決めてないって。ほとんどアドリブだって。ま、両方神通力とか魔力もらって体も丈夫になってるし、大丈夫でしょ」
「んな無茶苦茶な」
「スペルカードの喧嘩だって結構無茶やってると思うけどね」
「いや、それは‥‥」
「要するにプロレスだよプロレス。大丈夫」
「ぐふふ。おのれっ、よくもやってくれたなぁ!」

 神奈子の心配をよそに、どこか楽しそうな悪役蛇女は黒い霧をまとうと、白い腕にまとわりつかせて鞭のように伸ばす。銀狼は素早い身のこなしですべてそれを避けて見せた。

「今度はこっちの番!」
「!」

 霧の鞭が文字通り霧散すると、フェンリルが四つん這いの低い姿勢から力をためてとびかかり、銀色の腕でパンチのラッシュを食らわせる!

「無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」
「ぐうっ!」

 目にもとまらぬ勢いの連打に、白蛇は鱗が覆う両腕をクロスさせ、防御するので精一杯。動きが止まったところにさらに回し蹴り。白蛇がうめき声をあげてステージ上を転がった。天狗の子供も河童の子供も軒並み大歓声である。

「がああっ!」
「!」

 腹立たしそうに腕を振るう蛇女。黒い霧をまとった風の刃が、銀狼を襲うが、獣の爪が砕いていく。しかし、爪ではじいた一発が舞台に当たり、激闘で劣化していた土台を跳ね上げてしまう。めくれ上がった石材と土くれが観客にはじけ飛ぶ。その先には、驚いて身動きができない天狗の少女!

「やばっ!フェンリルっ!」
「ええ!」

 早苗が焦った声を上げる。咲夜が頷き、早と瓦礫に向かって地面を蹴り――――

どがっ!

「ぎゃあっ!」
「ひっ!」

 瓦礫がぶつかりそうになっていた白狼天狗の少女が恐る恐る目を開けると、さっきとは景色が変わっていた。なにか、モフモフの腕の中に抱きかかえられている。

「大丈夫?ケガはないかしら?」
「あ‥‥」

 さっきまで自分がいたところで、瓦礫の下敷きで目を回しているのは、あの蛇女。自分はと言えば、銀狼の腕に抱かれて、舞台の上。狼の赤い瞳が、優し気に自分を見つめている。咲夜が時間を止め、早苗と女の子の場所を入れ替え、早苗は飛来したがれきを舞台側に向かって打ち落とし、あるいは受け止めたのだ。

「ああ、それで咲夜ちゃん連れてきたのね‥‥」

 神奈子がほっと溜息をつきながらつぶやく。実際そのとおりで、早苗達が咲夜を出演者にスカウトしたのは、観客席に被害を及ぼさないために、彼女の能力が非常に役立つところもあると早苗が考えたためであった。

「お嬢ちゃん。ごめんなさい。びっくりしちゃった?」

 被害がないことを確認した咲夜が、微笑みながら白狼天狗の少女に問いかける。人間なら12くらいの外見だ。セミロングの銀髪を、二本目の尻尾のように頭の後ろでチョンとひとくくりにしている。

「は、い、いえ‥‥だいじょうぶ、です」

 凛々しい舞台化粧の咲夜のほほえみを受け、少女の頬が真っ赤に染まる。フェンリルは安心したように笑うと、舞台端まで飛びずさり、烏天狗の女性に少女を引き渡した。舞台に戻るとき、軽く手を振る。女の子は終始ぼおっ、と銀狼姿の咲夜を見つめ続けていた。まるで宝塚の男役にウインクをもらったファンのように。

「いでででで!やめろおまえら!食っちまうぞ!」
「うわあっ」

 悪役の早苗は観客席で目を回している間に子供たちから集中攻撃を受けていたようで、石を投げてきたり髪を引っ張る男子妖怪達にシャー!と牙をむいて追っ払っていた。咲夜が舞台の中央に戻ると、蛇女も土埃まみれで舞台に這い上がってくる。ずるりずるりと動きも鈍く、弱っている演技をして。そしてアイコンタクト。咲夜が軽くうなずき、レミ蝙蝠もそのサインを確認する。第1戦、クライマックス。

「さあ、相手の動きが鈍ったわ!フェンリルナイト!とどめを刺すわよ!私のチカラ、受け取りなさい!」
「はい!レッドちゃん!」

  いつのまにやらステージ上に居座るチビ蝙蝠が呼びかけると、再度咲夜にパタパタと近づき、彼女の右太ももに噛みつく。咲夜がこぶしを握り、叫んだ。

「野性解放!」

赤い光が血管のように、噛まれた個所からばらけた筋を描いて全身に広がり、一番近い右足が赤く光り始める。残りの光は顔面まで回り、赤い隈取のように模様を描いた。

「はああああああ‥‥」

 静かに息を吐いて気合をためていくフェンリル。蝙蝠が離れると咲夜が光る右足を引き、今にもとびかかるように両手を広げて低い姿勢をとる。早苗は呻きながら体勢を立て直しつつ、後方を確認し、咲夜にアイコンタクトをとる。観客席、OK――――。咲夜が小さくうなずくと、トドメを刺しにかかる。

「必殺!ハート、ブレイク!」
「ううっ!」

 咲夜の叫びにたじろぐ蛇女。ちょうどいい名前のスペカを彼女の主人が持っていた。

「はぁっ!」

 だ、だん、とステージを蹴って前方に飛び出し、空中で前方一回転。赤い右足を突き出すように伸ばすと、フェンリルの後方で魔力の赤い光が爆発し、一気に加速する!自身ごと赤熱するナイフと化した咲夜が、蛇女早苗に直撃した!

「ぎゃあああああっ!」

 灼光が蛇女を貫く。まるで貫通したかのように蛇女の後ろに着地した銀狼は、ゆっくりと立ち上がっていく。

「ふうっ!」
「お、おのれ、フェンリルナイトぉ‥‥」

 早苗の腹部からは銀色の火花がパチパチはじけていた。早苗のおみくじ爆弾の流用である。蛇女は苦し気に呻き、なんとか背中を向けて立ち続ける咲夜に向かって振り返るが、そこまでであった。

「成敗!」
「うぎゃああああ!」

 台詞とともに、銀狼が巨大な肉球が膨らんだ手で起用に指を鳴らす。同時にひときわ大きく火花がはじけたかと思うと、蛇女が悲鳴を上げ、まばゆい閃光とド派手な白煙が上がる。風に煙が吹き散らされた後には、痕跡も残さず蛇女は消えていた。咲夜のポーズが爆発前後で少しずれたように見えるのは気のせいだろう。三度の大歓声が巻き起こる。

「おおー。すごいすごい。やっぱ怪人は爆発するんだねぇ」
「早苗が見てた特撮番組のまんまじゃないか。これも咲夜ちゃんか」
「時間止めて運んだんだね」

 早苗が本気で爆発するはずはないため、演出に素直に感心する2柱である。歓声を受けながら、銀狼咲夜はくるりと振り向くと、すっと背筋を伸ばしてごつい前腕を構え、決めポーズ。歓声がもう一度大きくなる。咲夜に助けてもらった白狼天狗の少女は両手を胸の前でぎゅっと握りしめて黄色い声を上げている。上空の司会も、両手を上げて喜んでいた。

「やったーっ!ふぇんりるないとが皆を守ってくれたぞ!ありがとう!みんなも叫ぼう!せーの!」
「ありがとーっ!」

 会場中から、子供の嬉しそうな声と拍手。銀狼はアンコールに答えて凛々しく尻尾を立てながら舞台を一周して観客席に手を振る。ここまでくるとほとんどの子供はこれが見世物であると何となく分かってきていて、親の顔を見上げてはしゃいだり、一時の緊張感はすっかり緩んでいた。
 しかし。まだこれは1戦目である。まだボスは出てきていない。

「あははははは!安心するのはまだ早いわよぉ!」
「ひゃっ!わっ!きゃーっ!」

 相変わらず空の上で司会のおねーさんをしていたはたての悲鳴。そして会場の後ろから新たな高笑いが聞こえる。喜びに沸いていた子供妖怪たちが慌ててそちらを見やると、フードを被った黒マントの人物が会場の端から何やら細長い蔦を伸ばし、はたてを捕まえていた。

「ふんっ!」

 黒マントが蔦でぐるぐる巻きにしたはたてを小脇に抱え、会場の端からステージまで一気にジャンプする。ばさり、とマントを広げて着地した謎の相手に、フェンリルナイトが身構え、緊張に全身の毛を膨らませた。会場の子供たちも喜びから一転、緊張感をもってごくりとつばを飲み込む。

「よくも私のかわいいかわいい部下を痛めつけてくれたわねぇ‥‥」
「だ、だれっ!」

 唸る銀狼に、黒マントがばさりとフードを払う。

「ビオランテ・カザミとでも呼んでもらえるかしら。フェンリルナイト」
「なにっ‥‥!」
「ほい、ラスボス登場」
「‥‥すっご」

 諏訪子がにやにやとつぶやき、神奈子は思わず息をのんだ。緑髪の大妖怪。危険度極高。太陽の畑の風見幽香。彼女を知っている子供たちは緊張して目を見開き、大人たちも同様だ。彼女の衣装は魔法使いのような真っ黒いフード付きのマント。マントの中はどうなっているか見えない。顔にはさりげない青紫色のアイシャドーに黒いアイライン。影をつくって怖い雰囲気をまとう化粧までした幽香は、会場の雰囲気に満足したかのように目を細めると、血の色のルージュを引いた唇を笑みの形にゆがませた。彼女もノリノリである。神奈子はもう驚くのにも慣れていた。それよりも、このステージを破綻させずに自分が演じる役をどうやって作るかに集中し始めていた。この後、早苗のあらすじでは咲夜がピンチになり、それを助けなければならない。彼女の出番はもうすぐなのだ。

「うふふ。ゆーかさんも、似合ってますねぇ‥‥」
「あ、早苗お疲れー」

 へとへとの声に振り向けば、天幕の後ろの草むらから顔を出す早苗がいた。諏訪子がやあやあ、と頭をなでてねぎらう。早苗は満足そうに舌を出した。彼女は相変わらず蛇女に変身していて髪は真っ白のまま。口の端には血の跡がついて体中砂まみれ。しかしその顔はすっきりと笑顔だった。

「いやー。悪役はやっぱり楽しいですねぇ。咲夜さんもカッコよかったし、レミリアさん達と一緒に演出考えた甲斐がありました」

 早苗プラス、マンガ好きな紅魔館の主人と門番。彼女たちが絡んでいるならこの演出も納得の神奈子である。

「大丈夫なのかい。体は」
「大丈夫です。この体、なかなか丈夫で、けがもすぐ治るんですごい便利ですねぇ、普段もこれで過ごそうかな」
「やめときな。霊夢から真っ二つにされるぞ。それにしてもすごい演出だったね」
「爆発四散は怪人の華ですよ。咲夜さんに協力してもらって、バッチリな演出できました」
「元の姿に戻らないのかい」
「や、まだもしかしたら展開によっては出番あるかもしれないんで、このまま待機ですね」
「かも‥‥」
「あ、早苗さん、お疲れです。化粧なおします?」
「すいません椛さん。とりあえずこのままで」
「はいはい。お水飲みますか」

 椛は付き人役らしい。水筒を早苗に渡すと、蛇女は美味しそうに飲みほした。もう何人かの白狼天狗が、早苗の体が見えないよう、幕で隠している。先ほどから見えている通り、子供たちの付き添いの大人妖怪たち、護衛、舞台の管理など、結構な人数がかかわっている。神奈子は感心しながら椛に話しかけた。

「よく企画したね、こんなの」
「面白がる奴らが結構いましたんで、人集めは楽でした。ほんと、神奈子様には申し訳ないですけど。まあ、子供たちが喜んでるんでよかったです」
「しかし、天魔も面白いこと考えるわ。ったく。天狗の里でヒーローショーとか」
「ああ、あの人は殆ど絡んでないですよ」
「へ?」

 割り込んできた椛の爆弾発言に神奈子が目を剥く。白狼娘はあの小生意気な柴犬的態度で鼻を鳴らした。

「最初は、ふつーに相撲取れって上役の爺ども言ってたんですけどね。そんなんじゃ面白くないって早苗さんが」
「せっかく外の世界から来たんですもん。それっぽい仕掛けはしたいじゃないですか。信州の雷電さんのこと知ってる方も居て、クラシックな相撲を見たいっていう方もいらっしゃったんですけどね。なかなか天魔さんを言いくるめるのに苦労しましたよ」
「黒幕はお前か」

 てへー、と蛇の舌をべろべろ出す早苗。神奈子はしかめ面をしながら、蛇女の額を軽く小突いた。雷電とは、江戸時代の伝説的な信州出身力士である。おそらく生で見たことがある天狗もいるのだろう。銅像が上社にあるだけで特に諏訪大社となにか深い縁や神事があるわけではないが、神奈子も昔、山向こうにでかい男の子がいると聞いて子供時代の彼を見に行ったことがある。今日の会場にいる子供妖怪のような、元気な子供だった。

「で、なんで私が最後まで何も知らされなかったの」
「‥‥」

 一番聞きたかった質問に、椛が言いよどむ。代わりに早苗が答えた。

「すいません。そこは、天魔さんからの条件で‥‥」
「なにが」
「この企画を通す代わりに、上役連中には何も言わずに適当にごまかすから、神奈子様にも知らせずにいろと」
「‥‥天狗側の上役、知らんのかい、この企画」
「いまごろ顎外れそうになってる爺様もいるんじゃないですかね」

 割り込んできた椛の相槌に、神奈子は頭を抱えた。なんと早苗たちが説得したのはあくまで天魔だけで、天狗の年寄連中はこの企画を知らなかったのだ。年寄連中に話を通そうにも、こんな企画、おそらく理解されない。というか、天狗的にはハイカラなネタである。天魔も年寄にうまく説明する自信がなかったのではあるまいか。もしくは、天魔はこの企画を見たかったのかもしれない。とにかく熱意に押された天魔はOKの返事をしたのだ。たぶん。
 さて、これで神奈子が企画を承知して準備していたら、年寄連中は自分たちだけ話から外されたと思って怒るだろう。だから、若い連中だけで進めた企画で、守矢の主神も知らなかったことであるということに説得性を持たせるため、神奈子の生々しい驚きが必要だったのだ。きっと。冒頭、早苗が暴走したとき、慌てていた天狗の上役たちを思い出す。―――いやいや、無茶しやがる。慌てた彼らが力を振るっていたら、早苗はどうなっていたか。頭をかきながら、神奈子は椛に問いかける。

「天狗は縦社会って聞いたけど。よくこんなことする気になったわね」
「まあ、縦社会ですけど。でもね、若い連中のほうが多いですから。このお祭りだって爺様たちはただの観客ですし、普段の河童との相撲はちゃんとやりました。トリの出し物にまで文句言われる筋合ないです。親父の代の皆も、大体面白がって手伝ってくれてますよ。射命丸さんも、烏天狗隊で会場保護の風の結界張ったりしてますし。そもそもまず天魔様が味方ですし」
「ほんとにお前、怖いもの知らずだね‥‥あのごつい親父さんに育てられりゃそうなるか」
「えへ」

 父親と一緒に褒められたのが嬉しかったらしく、椛が尻尾を振った。射命丸はそのために今日の試合には出ていなかったのだ。巻き込まれて困惑しきりの神奈子だったが、事情を知れば怒る気も失せていった。元来楽しいことが好きな神様である。そういうことなら、と前を向くと頬をたたいた。そして、神奈子が驚いたり、悪役が休憩している間にも舞台は進んでゆく。



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