Coolier - 新生・東方創想話

〽胸に付けてる マークは梶紋

2020/12/05 15:29:45
最終更新
サイズ
111.98KB
ページ数
11
閲覧数
5097
評価数
3/3
POINT
290
Rate
15.75

分類タグ


★放て、必殺光線




 全員空を飛べるので、巨人に登ること自体はそれほど苦労しなかった。手を伸ばした神奈子の腕の上に集合する4人。目の前にはなおも鬼灯を展開しようとする怪植物に、それを阻止しようとする空中魚雷の小爆発。しかし、空中魚雷ももう弾切れが近いのか、爆発がまばらになってきている。

「こりゃあ、急がないとまずいねえ」

 もう観客にも聞こえないかもしれないくらいの距離まで来ているが、早苗が蛇女のセリフでつぶやいた。フェンリル二人組も状況の厳しさに怪植物を睨んで息をのむ。そんな3人にはたてがあっちあっちと指をさして促す。

「ここ、指の先。神奈子様の額の真ん中に、節があるでしょ!あれが蔦の結び目になってるから、あそこを壊せばいいそうよ!」

 はたてが指さす先、蔦で覆われた巨人の額に、全方位から蔦が伸びてきて固まっている、クルミのような節がある。あれを壊せと河童が言うらしい。わかりやすい弱点である。

「じゃ、ちゃっちゃとやろうかね。とりあえず私から‥‥」
「その喋り方気に入ったの?」
「変身してるとこっちのほうがしっくりくる気がしてねぇ」

 霊力を溜める早苗を咲夜が茶化す。早苗はニヤリと笑って答えると、鋭い爪が伸びた真っ白い右腕をうしろに引いて、構えた。

「九字刺し!」

 白い蛇の体をばねにして突進。白熱化した爪で、連続して節を切りつけていく。さすがに硬いが、少しずつ表皮が砕け、中の繊維が切れ始めた。フェンリル組も周囲を警戒しながら、蛇女の攻撃を横目で見ていた。この分なら、早苗だけで節を砕けるかもしれない。皆が少し油断した、その時だった。

「―――っ!?」
「早苗ちゃんっ?」

 突然、蛇女の攻撃音が止む。同時に聞こえたはたての悲鳴。フェンリル組がそちらを見れば、百舌鳥の早贄のように腹を何かで串刺しにされた、蛇女!

「がはっ!?」

 早苗が血を吐き出す。真っ白い蛇女の体が、赤い血で汚れていく。見れば、節がまるでいがぐりのように全体に棘を伸ばし、そのうちの一本が長く伸びて早苗の体を貫いていた。

「早苗!」

 役も忘れ、咲夜は時間を制御。止まった時の中で早苗に刺さった槍を獣の爪で叩き切ると、神奈子の腕の先まで後退。その棘を抜いて、首のスカーフを引きちぎり、腹を縛って簡易の止血をする。ほか全員も抱えて、同じように離れて間合いを取った。そして時間制御を解除する。いがぐりは解除直後にもう数本棘を伸ばし、今まで3人がいた空間を正確に貫いていた。残る3人の顔が青ざめる。わかりやすい弱点は、罠だったのだ。驚きに一同が息をのむのに一拍遅れて、早苗が腹を押さえて叫びだした。

「いだだだだ!ったーっ!何これっ!」
「早苗大丈夫!?今、運んで‥‥」
「いえっ、このくらい、平気ですっ!」
「馬鹿言わないで!そんな大けが!」

 咲夜が早苗を怒鳴りつける。はたても白狼天狗の少女もいがぐりと化した節を警戒しながら、早苗の顔を心配そうに振り返っている。いくら諏訪子の神通力で変身してるといっても、体を串刺しにされて無事なわけがない。皆そう思っていた。しかし早苗は咲夜の腕をつかんで、痛みをこらえながらなおも叫んだ。

「大丈夫!わかるんです!お腹の中で肉がくっ付いていってる!」
「大丈夫に聞こえない、それ!」
「心配しない!‥‥お、お前も見ただろう!こいつの実に尻尾を溶かされたって、すぐに再生したんだ!しばらく休んでれば治る!それにもうすぐ河童の空中魚雷もなくなる!いまここを降りたら、間に合わなくなる!やれ、フェンリル!」
「早苗‥‥」

 痛みに震えながらも、早苗が蛇女の演技をして見せる。ハッキリ言ってやせ我慢。無理やり空元気をアピールしているだけだ。ぎりぎりと咲夜の獣の腕を真っ白い手で掴み、口から血をこぼしながら怒鳴る。しかし確かに痛みをこらえ脂汗を流しているが、腹部から新たに流れる血はなく、血だまりも広がっていない。溶解液果実のかけらを迎撃し、尻尾を溶解液で侵されながらも男子に向かってふざけていた頑丈な蛇女早苗である。彼女の言う通り、すでに腹の傷はくっ付いているようだった。
 
「ゆけ、フェンリル!そのためにここに来たんだろう!皆の努力を無駄にする気か!私にかまわないで、あいつを砕け!」
「‥‥っ」

 早苗の、迫真の叫びはヒーローショーの演技を超えて、演者である咲夜に奇妙な現実感を与えた。まるで、本当に早苗は昔から蛇女で、自分は銀狼騎士フェンリルナイトであったかのような。世界の境界線がおぼつかなくなる不思議な感覚を覚えつつ、咲夜は頷いた。フェンリルナイトとして。

「わかったわ。お前の命、無駄にしない。貴女も手伝ってくれる?」
「はい!」
「死なねーし!おい!」
「そんだけ怒鳴れるなら大丈夫ね」

 白狼少女も威勢よく答えてくれる。フェンリルは文句を言う蛇女をゆっくり寝かすと、節を睨んで立ち上がった。毛が逆立ち、バチバチと音を立てて魔力があふれ出す。美鈴に念入りに気をもらって補強した体に、たっぷり主人から補充を受けた魔力は、完全に咲夜自身の魔力と一体化し、獣化した自分の力を我が物としていた。咲夜は気づいていないが、仮にやろうと思えばレッドちゃんが居なくともフェンリルに変身できるくらいに魔力はなじんでいて、それは早苗の言う通り、「改造手術」を受けたような、そんな状態だった。

「野生、開放」

 静かな宣言とともに、彼女の両手両足が赤いオーラをまとい、白く光り始める。今までの借りた魔力による赤い光を放つ技とは異なる、彼女自身の力を込めた技。
 その殺気を感じたか、節が棘を生み出すと、フェンリルに向かって連続して撃ちだしてくる!

「邪魔はさせません!」
「烏天狗なめんな!」

 少女は刀で。はたては懐から取り出した八手扇で棘を迎撃、フェンリルと蛇女に一本も届かせず弾き飛ばす!その間に、フェンリルのチャージが完了する!
 
「傷魂・ソウルスカルプチュア!」

 自らのスペル技名を叫び、銀狼が光の矢になって節に突進する!再び節が棘を生成するが、フェンリルは白熱化した両手足でそのすべてを砕き切り、その本体をぐちゃぐちゃに引き裂いた!

「はああああああっ!」

 再生も間に合わないくらいの猛撃の果てに、節のど真ん中、繊維が複雑に絡まった球状の物体が現れる。これを壊せば、きっと!

「目覚めなさい!赤の竜人!」

 銀狼の咆哮とともに放たれた、トドメの拳。その一発が節を完全に砕き、結節点を失った蔦は、はじけるように巨人の体を解放する!

「あ、足場が!」
「飛ぶよ!早苗持つの手伝って!」

 驚くミニフェンリルにはたてが怒鳴る。巨人を覆っていた蔦が崩壊してゆき、4人が乗っていた巨人の腕を覆う蔦も体側から次々と崩壊してくる。くるりとバック宙返りして蛇女たちのところに着地したフェンリルは、ミニフェンリルと司会のお姉さんと共に蛇女を抱え、腕から飛び降りた。

「あとは、頼みました、神奈子様!大逆転の時間です!」

 落下していく風切り音の中、まだ痛みに震えながら、早苗が叫ぶ。遠ざかってゆく巨人はその拘束を解かれ、天に向かって咆哮した。



*********************





 彼女の意識は、フェンリルの叫びで復活していた。銀狼の拳から流れ込んだ魔力が、気付け剤のように巨人の脳を覚醒させた。同時に蔦が崩壊し全身を解放され、体液が一気に流れる激痛に、巨人は咆哮する。遠くの観客席で、皆が叫ぶ声が聞こえる。巨人は両手足を見つめる。爪の生えた、龍の鱗をまとう真っ赤な掌。胸元に埋め込まれた神鏡は霊力の溢出が弱まっているのか、白い光を明滅させている。

「ぐっ」

 気力が途切れそうになり、膝をつく。視線の先には、あの怪植物がゆらゆらとわずかな蔦を揺らし、立っていた。どこか遠くから「弾切れだ!」と焦った声が聞こえる。怪植物は、ゆっくりとその頭部にある鬼灯の殻を開いてゆく。

「!!!!!」

 その光景に竜人の意識が、一気に澄み渡る。あの怪獣を、倒さなければ!

「おおおおおおお!」

 吠え、右腕の拳を握って霊力を集中。殴りかかれる時間も瞬発力もない。霊力を放って敵を撃つしかない!竜人は敵に向かう一条の光をイメージする。握った拳を、大砲のように構える。左手を添え、狙いをつける。目標は、あの鬼灯。
 頭の中で、光がはじける!

「メテオリック・オンバシラぁぁ!」

 雄たけびと共に、赤熱する霊力が迸る!砲身にした右腕が反動でのけぞろうとするのを左手で必死に抑え、霊力を放ち続ける。怪植物は防御しようと殻を閉じかけたが、遅かった。赤い本流は、その頑丈な殻ごと、鬼灯内部の果実をぶち抜いた!

おおおおおおっ!

 何者かのうめき声が聞こえた。同時にはじけた果実が、殻を内部から膨らませたかと思うと、轟音を立てて大爆発を起こす!しばし広場に暴風が吹き荒れ、妖怪たちが身を伏せる。その爆風が弱まり皆が顔を上げたときには、あの怪植物は跡形もなく消え去っていた。あとに立つのは、尻尾をなびかせて佇む、赤い巨人のみ。

「ぃよっっしゃああああ!」
「勝った!」

 諏訪子とにとりが叫びながら抱き合う。会場の天狗や河童、そして子供たちも口々に歓声をあげ、抱き合い始める。射命丸と椛も、どろどろの顔で笑っている。天魔や、天狗の爺様たちも輝く笑顔でこぶしを突き上げていた。

「‥‥」

 雄たけびのような歓声を受け、ゆっくり巨人が振り返る。歓声が一段と大きくなった。ふと足元を見れば、瓦礫を持ち上げ、フェンリルと蛇女たちもこちらを見て、手を振っていた。
――――よかった。
 神奈子は少し微笑むと天を仰ぐ。この姿で、あとしなければならない事は、一つだけだ。

「ハッ!」

 ぐっ、としゃがみこむと、渾身の力で、跳躍。一瞬会場を振り返り右腕を大きく振ると、神奈子はそのまま青い空に向かって一直線に飛んで行った。





「幽香、殺しちゃってないよね‥‥」

 と、ぼそりとつぶやきながら。










コメントは最後のページに表示されます。