Coolier - 新生・東方創想話

〽胸に付けてる マークは梶紋

2020/12/05 15:29:45
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★お山の秋祭り



 天高く秋の空は晴れて、遠くの景色は薄い霞ににじんでいる。妖怪の山は気持ちの良い秋晴れであった。
 眩しそうに空を見上げた神奈子は、盛大に現実逃避をした。

「いい天気だねぇ」

 どがん。

 地響きを立てて土煙が上がる。もうもうと立ち込めるそれを行司の天狗が吹き飛ばすと、あとには局所的にぐちゃぐちゃに崩れた土俵と、上半身を土俵にめり込ませて沈黙する河童の下半身。その下半身を、文字通りパイル・ドライバーの姿勢で抱える、上半身裸の筋肉ムキムキの白狼天狗。神奈子のそばに控えていた椛が、「おやじー!」と叫んでいる。あの筋肉達磨が椛の父ちゃんらしい。負けた河童の観覧席からは、野太い溜息が聞こえた。天狗と河童の子供たちも会場に大勢詰めかけていて、彼らはどっちが勝とうともにぎやかな歓声を上げていた。

「これが相撲大会なのかい」
「ええ。なかなか面白いと思いません?あたしも小さいころからよく見てたんですよー」

 椛が得意げな顔をして冷たいお茶を差し出してくる。勝ち名乗りを行司から受け、土俵から降りる自分の親父に手を振りながら。土俵と言いつつ、その広さはテニスコートが2,3面入るほど大きい。その土俵を取り囲む広場は郊外の野球のグラウンドくらいの大きさだった。“土俵”とそれを囲む観客、さらにそれをぐるりと囲む出店の天幕で、広場は大変な賑わいを見せていた。“ショッピングモールの駐車場で開くイベントですかね”と早苗は言っていたが、全然規模が違う。
 神奈子は、会場の端に設けられた来賓天幕で会場の様子を眺めていた。先ほど、天魔と天狗の上役をやっている爺様連中が挨拶に来たところである。

「取り組みはもう男子の部の終わりまで来ましたね。男子の部が終われば次は女子の部、最後に神奈子様方の招待選手の部ですよ」

 あたしもこの後すぐ女子の部にでるんですよ、としっぽを振る椛に、神奈子は心配そうな顔で尋ねた。

「お前の先輩は?」
「‥‥射命丸さんですか?あの人、今日は天魔様の手伝いなんで試合には出ませんよ。ほら」

 椛が顎でしゃくった先を神奈子が見ると、天魔の脇に正装姿で控える彼女の姿があった。

「あと、神奈子様の知り合いだと、にとりですね。彼女も女子の部に出ますよ。私の対戦相手じゃないですが」
「ねえ椛」
「はい」
「私、ほんっとに出なきゃならないのかい」
「今更それは無しですよー」

 ストレッチをしながら椛が答える。神奈子がさっきから見ている限り、行われている取り組みは、とても相撲とはいいがたいものばかり。河童も天狗も空が飛べるし力も強い。正統派の相撲ではあっという間に決着がついて面白くないからとどんどんルールが変わっていったそうだが、結果として残った決まり手が相手を場外にするか、気絶させるかという、まるでジャンプ漫画の武道大会なのである。なので。

「私と彼女だと、さっきのあんたの親父の試合どころじゃ済まない予感がしてね」
「あら」

 そこには、日傘をさしてうっとり笑う、風見幽香が座っていた。



*************




「さてそれでは対戦相手ですが」
「もみちゃん。怖いものなしだねえ」
「へ?」

 胡坐をかき、じっとり黙って目をつむり、眉間にしわを寄せる神奈子の前で、平気な顔をして飄々と資料を読み上げようとする椛に、諏訪子が茶々を入れた。
 衝撃の企画発表から少しあと、夕刻の守矢神社にて。天魔に返答を伝え終わり、戻ってきた椛は紙の資料を取り出すと淡々と説明を始めた。
 神奈子は正直不満であった。それはだまし討ちのせいではなく、今回の企画立案の主旨を聞かされたからである。――――風神異変以来、表舞台に立たない神奈子を信者でもある山の妖怪たちの前に立たせよう―――― というなんともおせっかいな天魔の思い付きを。
 やかましいわ、んな回りくどいことしなくたって、理由を言えば出てやるわい、と当然ムッとした神奈子である。

「さて、改めまして」

 そんなちょっと怖い雰囲気の風神をものともせず、椛は説明を始めた。

「今回の相撲大会、ですが、天狗と河童のみが参加する部と、みなさんが参加する招待選手の部があります。皆さんにはそちらで試合に出ていただきたく」
「私たちは河童さんや天狗さんと試合しないんですか?」

 椛の説明をいち早く理解した早苗が手を上げて質問する。椛は、ええ、とうなずくと説明をつづけた。

「皆さんはですね、それぞれまた別の方と。まあ、せっかくなんで面白い取り組みをということでですね」
「誰ですか?」
「はい、早苗さんはですね、十六夜咲夜さんと」
「ぶ」
「あれ、神奈子様ご存じで」

 直接の面識はあまりないが、名前ならよく知っている。紅魔館のメイド長。二つ名が悪魔の犬。相撲とは全くかけ離れた人選に、思わずしかめ面もどこへやら、茶を吹き出してしまった神奈子である。しかし、そんな彼女をさらなる衝撃が襲う。

「神奈子様は、風見幽香さんと」
「ちょっとまてぃ!なんで、どうやって?よくOK出したわね彼女!そっちのほうがびっくりなんだけど!」
「あたしがはたてさんと交渉しました」
「すごいねもみちゃん!?」

 どこぞの芸人ばりに突っ込んだ神奈子。彼女との対戦よりは彼女がこんなイベントに参加OKを出すほうが衝撃だった。まわしを締め、土俵の上でにらみ合う幽香と神奈子。彼女の普段の逸話を聞いていれば、なかなかにシュールな絵面である。

「なお、さすがに参加者をこれ以上集めるのは難しかったので、諏訪子様は申し訳ないですが今回は勝負無し、代わりに、早苗さんのセコンドに回っていただきます」
「相撲大会よね?これ、ねえ。大体諏訪子は何で出ないのよ」

 意外過ぎる人選と相撲らしからぬ単語がとびかい、まったく取り組みを行う様子が想像できず、困惑する神奈子である。

「今回の企画の目的忘れたの。あんたをみんなの前に立たせるのが目的なんだからね。そのためにいろいろやってるんだから私なんか出なくてもOKなんだよ」
「むう‥‥」

 これでも黒幕として十分存在感を出していたつもりだった神奈子であるが、いまいち納得できないようすで、唇を尖らせる。

「では、詳細ですけれども」

 相変わらず蛙の面に水といった様子で、椛は説明をつづけたのだった。




**************


「はああっ!」

 ぼんっ!

 神奈子の回想は、椛の声と衝撃音で中断させられた。いつの間にか試合は女子の部。天狗組トップバッターは椛。竜巻をまとった彼女の両手突きが対戦相手の河童を、展開していた水塊とともに土俵からふっとばす。引き締まった体つきのボブヘアの河童少女は、あと一息で椛を押し出せずに場外負けとなった。

「すごいわよねぇ」

 隣に座ってのほほんと笑う幽香を見て、神奈子がため息をつく。天幕の前を通る河童や天狗が、幽香の姿を見るとそそくさと足早に通り過ぎてゆく。招待されたとはいえ、危険人物扱いなのである。そんな彼らの様子を、幽香はにこにこと笑って見つめていた。

「よくこんなのに出る約束したな、風見の」
「まあ、あの天狗どもの口車に乗せられた面は多少なりともあるかもしれないけど」
「ちょっとは怒ってるんじゃない?、それ」
「別にぃ。‥‥あの椛って子にね。人気者になれますよっていわれたのよ」
「へっ?あなた、そんなの気にしてたの?」

 意外な言葉に、思わず問い返した神奈子である。幽香は、ふふ、と笑うと神奈子のほうを向いた。

「しないわよそんなの。普段そんなこと全然気にしてないわ。勝手に怖いだのなんだの稗田のコムスメに書かれたときはムッとしたけど。そのまま黙ってりゃ、みんな怖がるからひまわり畑を荒らすやつも来ないしね」
「‥‥」
「でもね。あの子こう言ったのよ。『子供たちもだいすきな演目で』って」

 言って、幽香は会場を見やる。視線の先では、河童に勝った椛が、後輩だろうか。黄色い歓声を上げる白狼天狗の少女たちにまとわりつかれていた。

「普段ね、一人で畑にいりゃ、人恋しい時だってあるのよ」
「ふうん」

 だから、ちょっと楽しみなくらいなのよ、とつぶやくと、幽香は神奈子の肩をたたいた。

「まあ、けどやっぱりメインはやっぱりあなたとケンカできるからかしら。スペルカードのごっこ遊びじゃなくね。ここの”相撲”はなかなか過激みたいだし、楽しみ。存分に暴れるわよぉ。神様と大妖怪の喧嘩、ちびっ子どもに見せてあげるんだからぁ」

 にやぁ、と笑う幽香。幻想郷縁起の挿絵に書かれたような、静かな迫力のある、笑みで。神奈子は幽香に微笑み返すと、そうねと肩をたたき返す。

「試合前に日和ってちゃだめよ」

 ちいさな声が後ろから聞こえ、二人は振り返った。しかしそこには誰もいない。

「ここよー」
「‥‥蝙蝠?」

 声の方向を見上げれば、真昼間の青空に一匹の蝙蝠。

「お嬢様、勝手に飛んでちゃ天狗の子供に捕まりますよ」
「?」

 さらにもう一人明るい声。人ごみをかき分け、串焼き肉をほおばりながら現れたのは紅魔館の門番だった。お嬢様、と呼ばれていたのを聞いて、神奈子と幽香がまた蝙蝠のほうを向く。

「あら、レミリアちゃんなの」
「ちゃん言うな。幽香」
「だってそんなに小さくなって」
「使い魔よ。使い魔。使い魔に意識乗せてんの。りもーとこんとろーるよ」

 蝙蝠はパタパタとはばたくと美鈴の肩にしがみついた。もふもふの毛が生えた小さな蝙蝠がこれまた小さなかぎづめを一生懸命使いちょこん、と止まる仕草がどうにもかわいらしい。美鈴はこんにちはと神奈子たちに会釈すると、串焼き肉を少し噛み千切り、指でつまんでレミ蝙蝠の口もとに運ぶ。はむ、と肉にかみつく蝙蝠の頭を人差し指でなでながら美鈴が笑う。

「咲夜さんが出るので、まあ、付き添いということで。ほんとは来るの私だけの予定だったんですけどね、ほら、真昼間だし、ここ天狗の里ですし。吸血鬼が堂々と尋ねるといい顔をしない連中もいるということなので」
「こーんな面白そうなイベント、見ないわけにいかないもの。んぐ。この姿なら天狗どもにも
怖がられないでしょ。うちの居候に太陽除けの魔法もかけてもらったしね」

 串焼き肉をもぐもぐ飲みこみながらレミ蝙蝠が得意げに顎を伸ばす。まあ、お忍びスタイルということでこれならば天狗も気にするまい。幽香を呼び込むのに比べればはるかに安全な気もするが。
ちっちゃくなったわねーよちよち、と蝙蝠をからかう幽香を見ながら、神奈子はもう一人について尋ねる。

「で、お宅の咲夜ちゃんは?」
「ああ、咲夜さんなら向こうで‥‥」

 会場の一角を顎で指す美鈴。そちらを見れば、咲夜が屋台の料理を手に持って、早苗とおしゃべりしながら歩いていた。

「こっちも日和っちゃってますね。あはは」
「よくこんなのに出るって言ったわね。あのこも」
「ああ、それは‥‥」
「!」

 美鈴が何か言いかけたその瞬間、彼女の指を、レミ蝙蝠が思い切り噛んだ。が、本人は「あ、すいません」と痛がる様子もなく、また肉を与える。

「‥‥?」
「いえ、まあ‥‥ウチはお嬢様が面白がったクチで」
「レミリアが天狗の山に遊びに来たかっただけでしょう」

 幽香が先にレミ蝙蝠をからかう。蝙蝠はつーんとした表情で目を閉じた。

「ま、そういうことにしておくわ。ふん」
「‥‥?」
「みなさーん。そろそろ出番なんで、準備お願いしまーす」

 何かまだ言いたげな雰囲気のレミ蝙蝠であったが、一同の会話は椛によって中断させられた。

「じゃあ。またあとでね」
「はいよ」

 レミ蝙蝠を肩に止まらせ、美鈴は元来たほうへ戻っていく。神奈子はその後姿を見送ると、また土俵のほうを向いた。

「しかし、どうやって試合したもんやら」
「そうねぇ‥‥」

 土俵の上では、強化外骨格に身を包んだ河童少女が、ロケットパンチで相手の烏天狗を場外に吹き飛ばしていた。

「相撲ねぇ‥‥」
「‥‥」

 いまいちまだこの大会のノリがつかみきれず、困った表情で頬をかく神奈子だった。





 ―――――そんなもの掴んでいたとしても無駄だったと、すぐに思い知ることになるのだが。




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