Coolier - 新生・東方創想話

〽胸に付けてる マークは梶紋

2020/12/05 15:29:45
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★闇堕ち、東風谷早苗




 大会はいよいよ、神奈子たちゲストが出場する招待選手の部となった。広場の観客からやんやの歓声と拍手が沸き起こる。その中心にいるのは、相撲だというのにまわしもつけず、いつものメイド服の咲夜。そしてこれまたいつも通りの巫女服姿の早苗だった。間には、黒いズボンにワイシャツ、蝶ネクタイ姿のはたてが立っている。彼女だけアマチュア相撲の行司の格好である。

「さて、両者、準備はよろしいでしょうか」

 土俵の真ん中まで進み出た早苗と咲夜の両者に向かい、レフェリーのようにはたてが尋ねる。会場の天狗や河童達がわっと歓声を上げる。土俵の周りにはさっきまで出場していた選手達が陣取り、すでに酒盛りを始めている。土俵の上では、咲夜と早苗がまるでプロレスのようにお互い顔を突きつけてにらみ合っていた。
 先ほどから見ている通り、相撲大会というよりは天下一武道会のような光景に、会場の隅で神奈子は深いため息をはいた。その眼前に、升が突き出される。諏訪子だった。

「この一番が終わったらあんたの出番だからねぇ。ちゃんと準備しとくんだよー」
「諏訪子や、私は帰りたいよ」
「あははは。だーめ」

 げっげっげっと笑うと、神奈子に渡した升に酒を注ぐ。注ぎながら、諏訪子はずっと笑っていた。のどの奥からころころころころ蛙の笑い声が漏れ続けている。神奈子は並々と注がれたそれを一気に呷った。空いた升にすかさず諏訪子が酒を注ぐ。

「神様だからってずっとカッコつけてられると思ったらお・お・ま・ち・が・い。ここは昔を思い出して、泥臭くいっちゃいましょうや。ねえ、奥さぁん。ぐふふ」
「アンタ、どんなキャラだよそりゃ‥大体、そこまで言うんだったら、なんでおまえさんはやんないのかい」
「やーだぁ、祟り神が今更どろどろしたとこ見せたってって何がおもしろいのさ。普段そんなことしそうにない奴がやるからおもしろいんだよ」
「変態め」
「うひひ」

 いやらしく笑う諏訪子をにらみつけると、神奈子はもう一杯、升酒を呷る。

「あ゛ーっ!」

 お世辞にもお上品な女性がとる仕草ではない。はっきり言っておやじ臭い。しかし、二人が居る天幕の近くにいた河童の女の子はその様子を見て目をきらきらさせている。 神奈子が何とか笑顔をつくって片手をあげると、女の子の顔にぱあぁと花が咲くような笑みがこぼれた。そしてそのままぴょんぴょん跳ねて人混みの方に走っていった。

「強そうな女神様にあこがれる子だって一杯いるんだし。はっちゃけちゃいなよ」
「まあ、わかるけど‥」

ごがらどぉんっ!

「‥‥」

 二人の会話は、突然土俵から立ち上った土埃と地響きで中断された。もうもうと巻きおこる土埃を、土俵の周りの天狗達が風で吹き飛ばす。
 現れたのは、後ずさって低い姿勢をとる咲夜と、土俵だった場所にできたクレーターの真ん中で、なにやら紫色のオーラを出して佇む早苗。そこまではさっきの天狗と河童の試合でもよくみられた光景である。
しかし、ある光景に神奈子は目を見開いた。不敵な笑みを浮かべる早苗の両腕には天狗の子供と河童の子供が一人ずつ抱えられていたのだ。二人ともおびえた表情だ。周囲の天狗や河童が一瞬で早苗に向かい気色ばむ。しかし彼女は膨れ上がる彼らの殺気混じりの妖気を物ともせず、高笑いをぶちかました。

「ほーっほっほっほっ!」
「早苗っ!どうしたの!」

 片膝をついた咲夜が、頬についた泥を拭いながら早苗に叫ぶ。早苗は先祖譲りの金色の瞳をぎらぎら見開き、舌なめずりをした。真っ赤で長い、蛇の舌だった。

「わたしぃ‥‥なんだかおなか空いちゃったのぉ‥‥もう、おいしそーな子が一杯いるもんだからぁ、ここにきたらぁ、我慢できなくなっちゃってぇ‥‥」
「ひっ!?」

 その台詞に抱えられた河童の子が青ざめた顔で早苗を見上げる。その怯えた表情に気がついた早苗は、すう、と目を細めると、もう一度舌なめずりをした。

「うふふ。君みたいな可愛い子、お姉さんだぁいすき‥‥おいしそう‥‥」

 そういって河童の男の子を恐怖に絶句させると、さも面白そうに天に向かって笑い出した。

「うふふ、うふふふ‥‥あはははは!」
「早苗っ!どうしたんだい!」

たまらず神奈子が叫ぶ。しかし彼女の視線の先で、早苗はそのシルエットを変えてゆく!

「あははは!あははははは!」

 二人の子ども妖怪を腕に抱えたまま、早苗の胴体がへそのあたりから上に伸びてゆく。べチャリと不気味な水音が響き、袴が地面に落ちた。その下から現れたのは真っ白い蛇の胴体!白い鱗に覆われたそれはずるりべちゃりと音を立てながら地面を這うように伸びていく。続いて、上着がはらりと風に舞う。現れたのはやはり鱗に覆われた白い肌。それを怪しく覆ちぎれた巫女服。ざぁっ、と音を立てるように早苗の髪が銀色に変わっていく。あっというまに早苗は白い蛇女になってしまった。神奈子は突然の早苗の異変に頭が追いつかない。しかしなんとか立ち上がると、諏訪子に怒鳴った。

「っ!なによあれは!諏訪子!止めるよ!」

 遠くで天狗の爺様たちもこちらを見ている。神奈子の慌てようを見て心配そうに天魔に何事か話しかけていた。こんな上役が来ているような天狗のイベントで、守矢の関係者が彼らに危害を加えようものならどうなることか。
しかし、諏訪子から帰ってきたのは何とものんきな笑い声だった。

「うふふ。まあ、まあまあ、慌てなさんな。もうちょっと見てようよ」
「おまえ、何をのんきな――――」

 彼女らを遠巻きに囲んでいる天狗達の殺気がいよいよ膨れ上がってゆく。会場の河童や天狗の子ども達が怯え、親の服をつかんで涙目で早苗を睨みつけている。神奈子もやむなく早苗を取り押さえようと御柱を呼び出そうとした、その瞬間だった。

「あっ、あーっ!大変なことになってしまいました!なんと守矢の巫女さんがご乱心だ!お友達も二人、捕まってしまったぞ!どうする!どうする悪魔の犬!」

 会場の殺気だった緊張感とは別ベクトルで緊迫したアナウンス。ぶちかましたのは空に浮かんだはたて。
 そのアナウンスで、なぜか会場の大人天狗達の殺気の色が変わる。本気の殺気ではない、何か武道の試合でもない、でも緊迫感だけは伝わる、「どきどきはらはら」という表現がしっくりくるような、どこか楽しげな物に。子ども達は何が起こったのかわからず、目をまん丸に見開く。
 その様子に、神奈子は一瞬呆気にとられ、すべてを理解しこめかみを押さえた。会場の子供たちも、聡い子はこれで気が付いた。

「‥‥なんのヒーローショーよ、これ」
「早苗ノリノリだねぇ。神通力うまく使えたようだねぇ‥‥きれいな蛇だよ。着替えとか化粧は、あのメイドが手伝ったかな?」

 茶番なのだ。これは。会場の子どもをすべて騙した茶番劇。大人妖怪達の殺気も、皆で子供たちを騙すために事前に調整されていた演劇じみた演出なのだろう。しかし、何も知らなかった、いや、知らされなかった大人がここに居た。

「‥‥」

 げっそりした顔でそれを悟った神奈子は、隣に佇む諏訪子に、蛇女へと変貌した早苗から視線をさらさず、問いかける。

「‥‥おい」
「なーに」
「誰が考えた。いつ考えた、これ」
「げろげろげろ。およそあんた以外の全員。ショーの企画は出場決まってから」
「――――――っ!」

 神奈子は頭を抱えてうずくまる。ちらと見やった幽香は、にっこり笑っていた。

「って、おまえもか!おまえまでもか!風見の!」
「お屋敷の吸血鬼ちゃんもよ」
「うあああ‥‥しらんよ、何も知らないわよ、大体どうしろっていうのこれ、ヒーローショーなの?出るの私?練習なんかしてないんだけど?」
「そこはそれ、ちょうどいいアドリブな感じで」
「難易度高すぎる!」
「みんな、アンタのちょっといいとこ見たくてね。あんた達の出番は早苗達のあとだからねぇ‥‥」
「っ!」

 思わず涙目で諏訪子を睨みつける。憎き祟り神は相変わらずのどの奥からころころと、不気味な笑い声を漏らしていた。

「ああ、その顔、いいねぇ‥‥がーんばれっ、かみさまー」
「‥‥変態っ!」


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