Coolier - 新生・東方創想話

〽胸に付けてる マークは梶紋

2020/12/05 15:29:45
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★ステージ・デストロイヤー


 崩れかけた元土俵上では、もう一人の悪役とヒーローがにらみ合って対峙していた。咲夜VS幽香。舞台は第2部開始である。

「彼女を放しなさい!」
「た、たすけ‥‥」
「お前は少し黙ってな」
「むぐっ!」

 吠える銀狼だが、あざけるような声と共にビオランテ・カザミの蔦が巻き付き、命乞いをする司会のおねーさんの口をふさいだ。人質作戦である。先ほどは会場の子供たちだったが、今度は司会のおねーさんだ。

「彼女を放しなさい!」
「やぁよ。こいつの命が惜しけりゃ、へたな手は出さないことね」
「っ!卑怯な!」

 銀狼は両手の爪を光らせて身構えたまま、じりじりと間合いを取って回り込む。幽香も不敵な笑みを浮かべながら、彼女と相対してゆっくりと横に動いた。咲夜の視界の端に、射命丸の姿を認め、銀の尻尾を左右にゆっくり振って合図する。射命丸が扇を構えた。

「さあ、大人しくやられちゃいなさい!」
「くっ!」

 合図を認め、幽香のマントの中から、おびただしい数の蔦が伸びて銀狼を襲う。銀狼は爪を光らせ、蔦を次々と切り飛ばしてゆく。はじけた蔦のかけらが咲夜の後ろに飛んでいくが、射命丸達烏天狗部隊が風を巻いてうまく会場外に吹き飛ばす。大妖怪と妖獣同士のほぼ真剣バトル。裏方もそれなりに大変である。
 咲夜は蔦の勢いが弱まったのを見ると、真横に飛ぶ。ゴロゴロと舞台を転がり、蔦から逃げ惑う。幽香は高笑いを上げながら蔦を鞭のように扱い、銀狼を追い詰めていく。蔦が狼の肩をかすめ、激痛に動きが止まる。さらに連続で蔦が袈裟懸けに打ち据え、銀狼は悲鳴を上げて後ろに吹き飛んだ。

「ぐ、あ‥‥」
「は、口ほどにもない!」

 彼女もある程度の打撃は想定しているのだろうが、観客にも神奈子にも、咲夜が本気で痛がっているように見えた。もんどりうってなかなか起き上がれない咲夜に鞭が狙いを定め、子供たちが悲鳴を上げかけた。さっきフェンリルに助けてもらった白狼天狗の少女は涙目だ。

「人質を取るなんて、この卑怯者!」
「!」
「うわっ!なんだ、こいつは!」

 しばし特等席で見ていたレミ蝙蝠が、また赤い光をまとい、早苗の時と同じように幽香の周りを飛び回ってかく乱する。ハチに襲われたかのように振り払おうと蔦を振り回す黒マント幽香。その拍子に司会のおねーさんが蔦から解放され、空へと逃げていく。人質の無事を見て、「レッドちゃん!」と銀狼が呻きながらなんとか体を起こした。

「フェンリルナイト!もう一度力を貸すわよ!」
「は、はい!」
「ああ、もうすぐですね」
「―――わかった」

 早苗の一言で、神奈子は立ち上がる。相手が弱る前に仕掛けてしまった、スキの大きな必殺技は大抵失敗して逆転される。フェンリルナイトの負けは近い。それはすなわち、神奈子の出番ということだ。

「もう一度、行くわよ!‥‥かぷっ!」
「や、野性、開放っ!」

 今度は伸ばした右手首に噛みつくレッドちゃん。フェンリルの拳にまた赤い光が集まり、体のほうに流れた光が、腕を覆う銀毛を逆立て、パチパチと赤い火花を散らした。

「スカーレット・シュートっ!」

 光る腕を後ろに引き、黒マントに向かって駆け出すフェンリル。また蔦がマントの中から溢れだし、銀狼に襲い掛かる。

「むだよお!」
「やあああああ!」

 銀狼が赤く光る拳を黒マントに向かって打ち付ける。拳は蔦を弾き飛ばし、銀狼はそのまま蔦の奔流に向かって突っ込んだ!拳がマントの体まで達した瞬間、赤い光がはじけ飛ぶ!白煙が巻き起こり、子供たちは銀狼の逆転を信じ、わあわあと声を上げた。しかし。

「ざーんねん。そんなんじゃぁ、ぜんぜん効かないわぁ‥‥」
「ぐうっ‥‥!」

 煙が晴れたとき、子供たちが見たのは、全身を滅茶苦茶に蔦にからめとられて呻くフェンリルナイトだった。まるで磔にされるように両手を広げ、黒マントから湧き出した蔦で背中側から絡みつかれて動きを封じられている。純粋な子供たちは苦し気な銀狼の様子に、ショックを受けて悲鳴を上げる。
しかし、大きなお友達は違う。

「やりましたよ。決まりました」
「エロいっすね早苗さん」
「エロいです美鈴さん」
「なんだかんだで地肌ですからね」
「うめき声がいいですね」

 草むらから身を乗り出す蛇女早苗と、彼女に顔を寄せ、真顔でごにょごにょする美鈴。神奈子は腕をストレッチしながらあきれ顔でつぶやく。

「‥‥あんたたち、あとで咲夜ちゃんに怒られても知らないよ」
「こういうショーにはなぜか縛られるシーンがあるもんですよ。見た目にピンチがわかりやすいですから」
「はいはい」
「神奈子様、そろそろですよ」
「おう」

 椛の呼びかけに、目を細めて鼻を押さえる美鈴の頭を、小突きながら神奈子は立ち上がる。もう誰も土俵とは認識していないステージの上では、銀狼咲夜が呻きながら必死の抵抗をしていた。

「ぐ、あ、はなせ!カザミ!」
「なかなかおいしそうな魔力持ってるじゃない。とりあえずここの子供たちの前にあなたの魔力から頂いちゃおうかしら」
「な、なにを、‥‥ぐあああああっ!」
「ああ、おいしーい」

 赤い光が銀狼の体から蔦を伝って黒マント幽香の中へ流れていく。先ほどのレミ蝙蝠の時と逆である。魔力を吸っているのは果たして演技なのか、呻く咲夜の苦悶の表情が生々しく、子供たちの悲鳴が一段と大きくなる。

「あははは!あはははは!」

 黒マント幽香が高笑いを上げ続ける。そして、水を吸い上げて育つ植物のごとく魔力を取り込み巨大化し始めた。その胸元に銀狼をからめとったままで。マントの中から次々と蔦があふれ出し、寄り合い、さらに太い蔦となってあふれ出してゆく。会場では、大人妖怪たちが土俵からもう一回り離れるよう子供たちに促し、距離をとっていた。
 四肢に蔦が絡み合うとそのまま溶け合うように一体化し、幽香の体を拡大してゆく。頭も元の幽香の顔をなぞって拡大するように蔦が巻き付いて膨らみ、まるで蔦のフードを被っているようだった。しかし体は幽香をそのまま大きくしたものではなく、いかにも化け物然とした、両腕や胴体が異常に太い猩々のような体形だった。まるで、キングコングの植物版である。普段の本人の、スピードゆったりしかし魔法は高出力、という戦い方を、肉弾戦で表現しようと思ったらこうなりましたと言わんばかりのシルエット。その名前が――――

「ビオランテ、か」

 すでに家よりも大きくなった幽香を見ながら、まわりに聞こえるように呟いてみる。早苗をちらっと見れば、ニヤリと笑ってこちらを見ていた。幽香にあんなネタを教えたのは間違いなく早苗。神奈子も一応知っている。あの大怪獣の名前。それを名乗って巨大化したということは、神奈子の役柄は‥‥

「その推論はたぶん正解です。神奈子様」
「えらそうに」

 神奈子の表情を悟り妖怪のように読んだ早苗がやっぱりサムズアップしながら笑ってくる。

「ゴジラにはならんよ」

「えー」と、にやつきながら言う早苗から幽香に視線を移すと、神奈子はしめ縄を外した。

「いってくる」
「お願いします!」

 悪役の声援を受け、神奈子がステージへとワープする。楽しそうに、笑いながら。
 

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