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夕食後、霊夢はテーブルの上にチェス盤を広げて駒が散らかした。
咲夜に教えてもらっていたルールや戦術等を暇潰しがてら復習していると、顔を出してきたのはレミリアではなくパチュリーの方だった。
パチュリーはレミリアはもう少し夜が更けてからフランドールと一緒にやって来るとだけ短く告げると、霊夢の対面に腰を下ろして。そうして徐に切り出した。
「昨日の晩、魔理沙が来たわね?」
「やっぱバレてた?」
質問されるとは思っていたし、この魔女相手にどうせ隠し通せる事ではないので、霊夢は素直に認めて軽く肩を竦める。
あまり悪びれていない様子の霊夢に、パチュリーは呆れた顔で「勿論」と頷いた。
「それにあんなにギャーギャー騒いでいたら……はぁ。気付かないフリをするにしても、流石に限度というものがあるわね」
「ははっ。悪かったわよ」
軽く笑ってみせるが、パチュリーはますます呆れたような顔になった。
「でも道具も無くよくやったと、そこには関心する」
「まぁね。これでも巫女さんだし」
「……末恐ろしい」
くすりと小さく笑うパチュリー。
でも、それから「あまり、悪戯はしないでおきなさい」と霊夢に釘を刺した。
「早く開放したいのは、こちらとしても同じ。レミィも、こんな事は望んでいない」
「そうなの?」
「えぇ。貴女は自由であるべきだと、私もレミィも思っているから。故に価値がある。縛られ飛び方を忘れた鳥には、何の魅力も無い」
「ふーん? でも、それって矛盾してない?」
あたしは……前と比べたら、ずっと不自由になったわよ。
なんて事は最後まで言わずにパチュリーを見る。
魔女は何処か意地悪に笑っているように見えた。
「重力によってのみ縛られる巫女の、その重力とは何なのか」
「……はぁ?」
「そう捉えれば、なかなか面白い」
「意味分かんないんだけど……」
首を傾げる霊夢に、パチュリーは今度ははっきりと魔女らしい笑みを浮かべた。
「どんな鳥でも永遠に飛び続ける事は不可能。休息を取る為、必ず止まり木を必要とする。風船は止まり木を必要としない。風に流され気侭に飛ぶだけ飛んで、やがて墜ちる」
「……?」
「流されてふわふわと飛ぶだけの風船よりも、風に逆らい嵐に向かって歌う鳥の方が見ていて楽しい……と、私はそう思うという話よ」
ここまで言っても魔女の意図を掴めない霊夢は、「クラゲよりマグロ派って事?」とか似ているようで大分違う事を言う始末で。流石にこれにはパチュリーも噴き出す事を禁じ得なかった。
「ぷっ……くっくく……ま、まぁ、た、確かに……ふくくっ……風船やクラゲよりかは……く、くくっ……鳥やマグロの方が、美味しそうね……ふ、ふふ……」
「な、何よ? なんで笑ってんのよ?」
「く、くくっ、ふっ……っ、で、でもマグロは回遊魚で、泳いでないと死っ、ふふ……たい? 鯛とか? ふふ、ふっ……たい……おめでた、ぃ……く、くくっ」
「ちょ、ちょっと幾らなんでも笑いすぎだし……ってか、鯛って何よ? いくらあたしがお目出度い色してるからって、ちょっ……笑うなってば! いい加減しろって! あたしだってちょっとあんたに話が」
「ははっ、ふふっ、ぅ、まずっ、ふふっ……つ、ツボった……ふふっ……ぜ、喘息で、る……ふふ、ふふっ」
「え、ええぇ!? ちょっ、ぱ、パチュリーしっかりし」
「たーのーもー! 霊夢ぅ~、トランプやろぉー!」
「フラン、ダメよ。霊夢は私とチェスで勝負するんだから! 将棋の借りを返してやるわ! 今度こそギッタンギッタンに」
「ちょっ、今それどころじゃないから! ぱ、パチュリーが死にそう!!」
「へ? な、ななっ!?」
「ふ、ふふ、く、っ、けほっ、ははっ、げほっ、ごほっ! あは、ははっ、うぇっ、く、けほ、けほっ!!」
「ぎゃぁああぁぁパチェぇえええぇぇぇええぇぇ!!」
その夜は、パチュリー(あるじ)に危険が迫ると自動的に発動するという設置型の魔術式、防衛魔法やら迎撃魔法やらの色々な魔法がランダムに発動してしまい、紅魔館内がしっちゃかめっちゃかになったと言う。