Coolier - 新生・東方創想話

愉快で平和な監禁生活

2012/03/05 03:31:53
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* * * * *

 「王手っ!」

 高らかな宣言と共に、将棋の駒がパチりと盤上で音を立てる。
 魔女の『王』を、巫女の駒が追い込んでいた。

 「はわわっ」

 パチュリーの傍で固唾を呑んで勝負の行く末を見守っていた小悪魔が、戸惑ったような声を上げた。
 二人の傍らには、小悪魔が持ってきた差し入れが置いてあった。
 パチュリーの方はティーカップで、中にはコーヒー。霊夢の方は湯呑みで、中身は緑茶。
 パチュリーは書物から目を離して、ティーカップに口を付けながら盤上へと視線を巡らせる。
 コーヒーを少量口に含んで飲み下す。
 口内に広がる苦味と少しの酸味を味わう、という時間の後、パチュリーは「ふぅー」と溜息を吐き、書物を閉じた。

 「参りました」

 苦笑交じりの言葉に霊夢は得意げな笑みを浮かべ、「どうよ?」と踏ん反り返りながら湯呑みを口に運ぶ。
 温くなりつつあった緑茶を一息で飲み干して、「もう一戦する?」と奪った魔女の駒を軽く放り投げてじゃらじゃらと鳴らした。

 「いいえ。きっと何度やっても勝てないだろうから」

 パチュリーは肩を軽く竦めて、コーヒーをまた一口。
 盤上の清掃は小悪魔が引き受けてくれるらしく、小悪魔がせっせっと駒を片付ける音をBGMにパチュリーはコーヒーを味わい、霊夢は茶菓子のクッキーをバリバリと頬張った。

 「霊夢さんは将棋もお強いんですねぇ! まさかパチュリー様を負かしてしまうなんて!」

 いそいそと片付けをしながら、小悪魔が嬉々として霊夢に言う。
 主の負けを喜ぶなんて使い魔としてどうかと思う態度だが、それは主がこの勝負を楽しんだという証だったりするので、細かいことは気にしてはいけない。
 霊夢は調子に乗って「ふふんっ♪」と上機嫌に鼻を鳴らしていた。

 「そうね。意外だったわ」
 「まぁね」

 紅魔館の頭脳を担当する魔女に勝った巫女は、「にししっ」という風に得意げに笑う。
 パチュリーは「そんな子供っぽい表情もするのね」と、内心で思いながら少しだけ口の端を上げた。

 「頭を使うゲームは苦手だと思ったのだけど?」

 皮肉とも嫌味とも取れない、しかし純粋な質問をパチュリーは投げる。
 霊夢は「大きなお世話よ」また一枚クッキーを食んだ。

 「でも、将棋だけはね……まぁ、ちょっと得意なのよ」
 「どうしてか、聞いても?」
 「察しは付いてるでしょ?」
 「魔理沙とか? あの魔法使いも将棋はそれなりに強かった気がするけれど」
 「はずれ。あいつに負けたことないもん」
 「でしょうね。私も無い。あの子は狡猾さが足りない」

 「えー。でも魔理沙さんもお強いですよ?」と小首を傾げる小悪魔に、パチュリーは「あなたは狡賢さが足りない」と答えた。
 霊夢は内心でパチュリーの魔理沙に対する評価に同意しながら、もう何も無くなった盤上を眺める。
 「もう一戦しますか?」と小悪魔に問われたが、霊夢が答える前にパチュリーが「いいえ」と首を振った。

 「……紫とね、たまに指すのよ」

 口の端から言葉を零すかのように、静かに言う。
 その口許が優しく歪んでいる事に、パチュリーは気付かないフリをしておいた。

 「勝敗は五分五分ってところ。イカサマしてね」
 「あなたがイカサマ?」
 「まっさか。イカサマしてるのはあいつだっての。手加減してくれって頼んじゃいないのに……いっつもあたしのレベルに合わせてくれてんのよ。ったく……」

 盤上を区切る線を、何処か不貞腐れたているように様子で指でなぞる霊夢。
 パチュリーは何故だか一人納得して「あぁ」と深く頷いていた。

 「一局の平均指し手数がだいたい八十くらいだとすると、一局の平均手数は……まぁ、百十五手ほど? つまり八十の百十五乗……ということは十の二百二十乗ほど……実際はもう少し多いかもしれないけれど……こう考えるとアボカドロ定数より大きく……でも、その程度の可能性、あの妖怪なら計算できてしまう、と……」
 「じゅうのにぎゃく……ん? あぼかど……?」

 なんの呪文を唱えてんだ?
 という顔をする霊夢に、パチュリーは「アボカドではなく、アボガドロ定数」と訂正した。

 「アボカドロ定数というのは……いいわ。貴女に話してもどうせ理解は出来ないだろうし。インストは面倒よ」
 「はぁ?」

 首を左右に傾げて、頭の上にハテナマークをたくさん浮かべる霊夢。やっぱり頭を使うのは苦手らしい。
 パチュリーはそう認識を改めながら、コーヒーを飲み干した。

 「要は、あんなバケモノに盤上遊戯で勝つというのは不可能という話」

 つまり、そのバケモノ相手に指している霊夢は相当強いという話。とまでは言わず、パチュリーは空になったカップをソーサーに戻す。
 中身の無くなったティーカップと湯呑みを、小悪魔は「下げますね」と言って盆の上に置いた。

 「ふぅん?」

 ピンと来ない霊夢は、まだ首を傾げて、でもクッキーをポリポリと食む事はやめない。
 パチュリーはクスリと笑って、席を立った。

 「さっきの言葉は撤回しましょう。それと、賭けの件だけど……貴女は何か望みはある?」
 「ん~。保留でもいい? 考えとく」
 「えぇ」

 霊夢は最後のクッキーを口に放り込む。小悪魔がその皿も下げて盆の上に乗せた。
 もうパチュリーとの暇潰しも終わり。
 魔女は使い魔を連れ立って扉へと向かうが、そのノブを回す寸前で、パチュリーは立ち止まった。

 「これは独り言だけれど」
 「ん?」

 霊夢の方には振り返らず、ただ言葉だけが静かに届く。
 結界で遮られた部屋の中。音は、外へは漏れない。そこで魔女は独り言を呟く。

 「私が知りたいと言った事。それについて、同じように『知りたい』と思っている輩は多くは無い。でも、居ない訳ではない。幻想郷を守る者は、このセカイの根幹に関わる妖怪の秘密をも守らなければならない……と、私は考える」

 霊夢は静かに苦笑する。
 机に頬杖を付いて「お節介」と小さくごちた。

 「意地の悪い魔女の独り言よ。お節介とは程遠いね」
 「はいはい」

 「それじゃあ」と去っていく魔女の背後で、素直じゃない主に小悪魔は苦笑を零していた。
 そんな小悪魔も「失礼します」と頭を下げて去っていく。
 優しい魔女と気遣い屋な使い魔に、霊夢はひらひらと手を振った。





* * * * *


 一方、永遠亭では。

 「でな、アリスったらな……」
 「あ~、そうなの……」

 壊れた永遠亭の傍ら、魔理沙の話は恋愛相談めいたものに移行し、何故だか輝夜はその相談に乗っていた。
 全盛期は様々な殿方(下は幼児から、上はお迎えがくる手前のお爺ちゃんまで)から色々な求婚を受けたという、有名な伝承をのモデルというかその人。その手の話においては百戦錬磨に違いない上、それなりの時を生きている故、大人な意見を貰えるというのも相俟ってか、魔理沙は「いつまで経っても一方通行から脱しきれないのは何故だ?」と輝夜に問うていた。

 「も~、あんなクーデレに見せかけた天然を相手にするのは嫌なんだぜ」

 と、愚痴って切り株のテーブルに突っ伏す魔理沙。
 その目にはちょっとだけ涙が浮いていた。

 「そう……でも、それでも好きなんでしょ?」
 「そうなんだよ。不公平じゃないか、これ?」
 「そんな事言われても……惚れた方の負けって言うくらいだし」
 「くっそぉ~。なぁ、なんで解って貰えないんだぜ?」
 「……ぶっちゃけ、恋愛対象という風に見られてないんでしょうね」
 「ぐはっ」
 「もしくは、本人が恋愛をする気がない……とか?」
 「あー、それはあるかもしれないぜ。絶対あいつ、母親の腹ん中にそういうのを忘れてきたに違いないぜ」
 「そういえば、アリスの母は魔界神だったわね。もしかしたら、魔界神がそういうものを備え付けなったっていう可能性は……?」
 「はっ! その発想は無かったんだぜ! アリスのかーちゃんときたら、もうすげぇー勢いでアリスを溺愛してるし……嫁になんか出さないって言ってたぜ!」
 「あのね、親なら誰だってそう思うものでしょう。まぁ、これはアリスか魔界神様に聞いてみないと分からないけれど……」
 「うぅ~む……なぁ、どうしたら良いんだ? これでも色々手を尽くしたんだぜ? なのにアリスの奴、全然ピンと来てないんだ」
 「もういっそハッキリと『好き』って言ってみれば?」
 「言ったぜ。超言ったぜ!」
 「そしたら?」
 「『私もそんなに嫌いじゃないわよ』とか、『どうしたの急に?』とか、そんなんばっかだ」
 「……強敵ね」
 「もう私にはどうしたらいいか分からないんだぜ。なぁ、私に春は来ないのか?」
 「……望みは薄いかもしれないわね」
 「がはっ!」

 魔理沙は血反吐を吐くリアクションをして、更にテーブルに突っ伏した。
 そんな魔理沙に輝夜は苦笑を漏らしつつ、

 「でも、薄いだけよ。ゼロじゃないわ」
 「うっ、うっ……ほんとか?」
 「えぇ。だってね………」

 そんなこんなで、あーだこーだと言葉を交わす二人。
 落ち込んでいた魔理沙だが、色んな愚痴も弱気も全て吐き出し、アドバイスを貰ったりして、帰る頃には妙にスッキリサッパリ勇気リンリン元気百%になったらしい。
 これ以降。おしゃべりな白黒魔法使いの「竹林の姫様に相談してみろ。きっとスッキリするぜ☆」という口コミによって、輝夜に相談(主に恋の悩み)をしにくる輩は増え、いつしか『姫様のときめき☆恋愛相談室❤』なるものが始まった。というのは、また別の話。


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