◆2日目
今日も昨日に引き続き監禁(もどき)状態の霊夢。
習慣に従って朝起きた霊夢は、取り敢えずは顔を洗って寝巻きからいつもの巫女服に着替えた。ところで、良いタイミングで咲夜が朝食を持ってきてくれた。
メニューは白米、納豆(卵付き)、鯵の開き、白菜のお新香(ゆず風味)、わかめと豆腐の味噌汁(白味噌)、それから牛乳一杯。と、栄養バランスもよく霊夢の食の好みに大変合う物が出てきて。
それを、何故だかレミリアと一緒に食す事になって、仲良く朝食タイムとなった。
納豆好きな吸血鬼は「納豆を混ぜる回数が少ない」と文句を言っていたが、気にせずにパクパク。
「三点食いがなってないわよ!」とかとも怒られたが、気にせず味噌汁をずずっ。
「よく噛みなさい。最低二十回は噛まなきゃダメなんだから!」とも注意されたが、無視してお新香をパリパリ。
この吸血鬼ったらマジで口煩いなぁ。日本人より日本人らしいなぁ。お前はあたしのおかんか。という文句は白米と一緒に咀嚼して胃へと流し込む。
最後に一緒になって牛乳を一気飲みして、ご馳走様。
口に白い髭を蓄えつつ、満足げに舌なめずりをするレミリア。
そんなレミリアに「じいさん、じいさん。腹ごなしに散歩をしたいんだけど?」とからかうように声を掛ければ「こらこら。お前さんは外に出てはいかんのじゃよ。って、誰がじいさんよ!?」とノリよくノリ突っ込み。
そんな風にテキトーにレミリアをからかったりして遊んで、緩やかに過ぎる朝。
午前の締めは、洗濯物を取りに来た咲夜がついでに部屋の掃除を軽くするというイベントを迎えて終わりを告げた。
「昼食はサンドイッチにしようかと思うんだけど、何か食べれない物とかあるかしら?」
箒と塵取りと、洗濯物が入った籠を抱えた咲夜に訪ねられる。
どんな時でも米派な霊夢だったが「咲夜の作ったご飯は美味しいし」と思って別段無いと答えると、「好き嫌いが無いと楽で助かる」と咲夜は笑って退室していった。
何もする事がないので、とりあえずはベッドでゴロゴロする。
これは太りそうな生活だ。とは思ったが、食べても太らない体質というのは自負しているので、その事については積極的に目を逸らしておいた。
ゴロゴロ、ゴロゴロ……とまったりしていると、扉をノックする音が一つ、二つ。
返事をすれば紅髪の門番が「こんにちは~」と、人の良さそうな笑みを浮かべて入ってきた。
「昼食をお持ちしました」
そう言う門番、美鈴の片腕には三角形のサンドイッチが「それは一体何人前あるんだ?」なんて疑問に思う程に山盛り大盛りてんこ盛りと詰まれている大皿が一枚。それと、じゃが芋をスティック状に切り揃えて油で揚げて塩で味付けをしたもの(山盛り)と、鶏肉の唐揚げ(てんこ盛り)が乗った大皿一枚。そして切り分けられたオレンジやリンゴやキウイといった生のフルーツ(大盛り)が乗った大皿が一枚。もう片方の手にはシルバーのトレイを持っていて、その上には馬鹿でかい花瓶みたいな透明なティーポット……だと思われる物と、グラスが二つ。ティーポットっぽいものの中では透き通った琥珀色の飲み物が美鈴の動きに合わせて揺れていた。
山と詰まれたサンドイッチとおかずとデザート、計三枚の大き過ぎる皿を片腕に。もう片方の手には馬鹿でかいポット。
わざわざ手で持ってこなくても、ワゴンとか便利なもんがあるんじゃないのか。という突っ込みは置いといて、霊夢は聞かなければならない事を尋ねた。
「何人前なの、それ?」
「え、二人前ですよ?」
「いや、おかしいでしょーが。明らかにおかしいでしょーが。絶対に五人前以上あるでしょーが」
「えー。でも、私と霊夢さんの分ですよ?」
ほら、二人前です。
と、美鈴はにこにこ笑って持ってきた昼食をテーブルに並べる。
「二人前じゃなくて、二人分って言うんじゃない?」
「あ、そっちでした」
美鈴は「間違えました」と苦笑しながら、グラスに得体の知れない飲み物……多分、アイスティーだと思われる物をなみなみと注ぐ。そうしてから、霊夢が座る方の椅子を引いて「どうぞ」とにこやかに席を勧めた。
「私もお昼休みなので、一緒にと思ったんですが……宜しいですか?」
すみません。ご飯だぁ~! と思ってはしゃいでいたらお伺いするのが遅くなっちゃいました。と、美鈴はたははっと弱く笑う。そんな生真面目で、でも無邪気な美鈴に霊夢は少し笑った。
「んな事いちいち聞かなくても良いわよ」
「えへへ。ありがとうございます」
美鈴も席について、一緒に「いただきます」をする。
早速サンドイッチを両手に持ってふがふがと頬張る美鈴。
口の中があっという間にいっぱいになって、ほっぺたがまあるく膨らんだ。
見た目は大人なのに子供みたいな奴だなぁ、なんて感想を抱きながら、霊夢もサンドイッチに手を伸ばす。
手の平に収まる程度の大きさをした三角形。
サンドイッチの中身はたまご、ツナ、ポテトサラダ、レタスとハムとチーズとトマト……といったオーソドックスなものに加え、
「あ、こっちは茗荷(みょうが)とおかかとチーズで、これは海老とアボカドで、こっちがセロリとキュウリで、あっちはトンテリサンドで……」
と、美鈴が説明してくれた変り種が数種類。
(冷蔵庫の整理も兼ねたわね、こりゃ……)
色取り取り様々な具材が挟まれたサンドイッチに、霊夢は咲夜の苦労を思って内心で苦笑する。
手に取ったのはトンテリサンドという、薄い豚バラ肉の照り焼きとキュウリがたっぷり挟まったサンドイッチ。食むと甘い豚肉のタレの味と、キュウリのシャキシャキした歯応えが口の中でパラダイスを作り出して、霊夢はもぐもぐと元気良く咀嚼を繰り返した。
「うん、もぐもぐ、うまひ……もぐもぐ……」
「えへへ~。咲夜さんの料理はほんと何でも美味しいですよねぇ~」
サンドイッチだけじゃなく、唐揚げやポテトフライも一緒にバクバク勢い良く頬張る美鈴。
にこにこと呑気に嬉しそうに笑っているのに、その食いっぷりは凄まじい。
霊夢は「そりゃ、あんたがそうやって嬉しそうに食べるから嫁も気合入れて作るんでしょ」と言う間を惜しんで、美鈴に対抗するように口いっぱいに含んでモグモグと咀嚼する。
「もぐもぐっ……でも、咲夜もよくやるわよね……んぐんぐ……毎日、こんな量作ってんの?」
「もがもが。そーですね、もぐもぐ……特に私が良く食べるので、まぐまぐ……咲夜さん、いっつもたくさん作ってくれてますね、ごくんっ」
「ふぅ~ん。もぐんもぐんっ……良い嫁もったわね、あんた。もがもが……」
そう言ってやると、美鈴は「えへへぇ~」と照れたようにはにかんで、グラスの中に注いであったアイスティーを一息で飲み干した。
美鈴のそんな緩みまくりで幸せそうな顔を見て、去年の冬に紅魔館をぶち壊してしまった経緯をふと思い出す。
たまには家に遊びにおいでと咲夜が言ってくれ、美味しいご飯についホイホイされて行った先。そこには仲睦まじいとかそういうレベルじゃなくピンクの花とかハートを飛ばしまくってイチャつく二人がいたりして。
(だから、ついうっかり『滅びろお前らっ!』っていう感じだった気が……)
思い出したらそれだけでお腹がいっぱいになって、ついでに胸焼けしそうだったので、霊夢はそこで思考を区切った。
口の中の水分をパンに奪われたので、ゴクゴクと冷たい紅茶を飲み干す。すると空かさず美鈴はおかわりと注いでくれた。
夢中になって食べているように見えて、気遣いは忘れない。そんな門番に軽く礼を言って食事を続ける。
「もぐもぐ、あの……ごくんっ、もぐ……」
「ん? もしゃもしゃ」
「ここにいて、もぐもぐ……退屈じゃないですか?」
「そりゃ、ごくんっ。相応に退屈だけど」
「ですよねぇ……」
口の中の物を飲み込み、一旦手を止める美鈴。
その顔には申し訳なさそうな色が浮かんでいて、霊夢も手を一旦止めた。
「退屈だけど苦痛じゃないわよ。それに、こんなことになってんもの、自業自得ってやつなんだし」
「すみません。みんな、霊夢さんがちゃんと反省してるって事は分かってるんですけど……」
「んー」
霊夢は生返事をしながら、アボカドと海老が挟まったサンドイッチを取って食む。
プリプリの海老は歯応え良く、マヨネーズと和えられたアボカドと相性抜群。ヘルシーな感じだけどうまし。と霊夢は感想を口の中で転がしてモグモグと顎を忙しなく動かした。
美鈴は全然気にしてなさそうな霊夢に思わず苦笑して、自分も食事を再開する。
「でも、一週間ほどの我慢ですから」
「ん? なんで?」
「一週間もすれば出れるって事です」
もしゃもしゃと二人でサンドイッチやらポテトやら唐揚げやらを咀嚼しつつ顔を見合わせる。
霊夢は「は?」という顔で美鈴は「言葉のままです」ときょとん顔。
「……それでお終いってこと?」
「はい。もともとそういう予定でして。監禁なんて物騒な呼び方をしてますが、要は様子見なんですよ。その、幻想郷の秋は短いですし……この時期は一日でも多く一緒にいたいですよね?」
真顔で恥ずかしい事を言ってくるので、霊夢は「まぁ、そうかもだけど……」と曖昧に頷いて視線をちょっぴり逸らした。
「そんな時期に強制的に離れ離れにしてしまって本当に申し訳ないんですけど、だからこそというか……」
どうやら難しい話は苦手らしい。
そんな美鈴は言葉を選びかねて困ったような表情をしたが、言いたいことは大体解ったと、霊夢は頷く。
「わぁーったってば。こんなの我慢できなきゃ、長い冬に耐えられる筈ないもんね」
「……はい」
穏やかに苦笑する美鈴。
この妖怪は優しすぎるから、きっと色々と心苦しいんだろうと霊夢は推測した。
「ともあれ、一週間頼むわよ」
「お任せ下さい」
苦笑はひっこめてにへらっと少々間抜け気味な笑顔を浮かべる。その顔に、霊夢も少し笑った。
それからは他愛の無い話が続き、いつしか大盛りだった昼食は胃袋へと消えていった。主に美鈴の。
もう直ぐ昼休憩が終わるとの事で、食器を持って退室して行く門番に、午後も仕事頑張れとテキトーなエールを飛ばして、その背中を見送る。
再び静かになる部屋。その真ん中で、霊夢は「ちょっと食べ過ぎた」と、満腹になった腹を撫でた。
ぐっと伸びをしてから、机に頬杖を付いて静かに揺れる暖炉の赤い火を見ていると、まったりとした眠気がやってきて、思わず欠伸を一つ。
「……一週間、か」
美鈴の言葉を反芻してみる。そこで「これってバラして良いこと?」と思った。あまり褒められた事じゃないだろうという事は簡単に予想が付いたので、門番の身を案じて上司の吸血達やメイド長様には黙ってようと決める。
ともあれ、監禁期間は一週間らしい。
ということは、今日は二日目だからあと五日ということになる。そう考えると案外短いような気がした。
(……なら、間に合うかも……)
上の瞼と下の瞼がイチャイチャし始めたので、霊夢は机に突っ伏し、腕を顔に寄せて枕代わりにした。
まどろみながら頭の中で暦を浮かべる。眠気の所為で曖昧だが、そこそこ使えそうだった。
その暦に、監禁終了の日付に丸をしてみる。
(……間に合うわよ、ね……?)
テキトーで曖昧なカレンダーを眺めて、少しだけ笑む。
上手くいけば、今年も一緒に初雪が見られそうだった。