◆5日目
今日はおやつに美鈴がゴマあんたっぷりの中華まんと、あたたかな飲み物を差し入れに来た。
「これ、なに?」
テーブルについた霊夢の第一声がそれだった。
霊夢の視線が向かっている先は、ちょっと大き過ぎるくらいに巨大な蒸篭もわもわと湯気を立てる隣、茶器の中に注がれているお茶っぽいものである。
白地に桃色で花柄が描かれた可愛らしい湯呑みの中には、黄金色の飲料がふわふわと湯気を漂わせていた。
緑茶に似ているような気もしたが、緑茶よりは色が薄い。まるで、たわわに実った稲や小麦でいっぱいになっている大地の色。
それに似てるとか思いながら、秋の草原色のそれに鼻先を近づけてすんすんと匂いを嗅ぐ。
爽やかな香りがして、霊夢はますます首を傾げた。
「なに茶?」
「中国茶の一種で、ジャスミン茶と言います。あ、飲んだことないですかね?」
美鈴は自分の分を湯呑みに注ぎながら柔和な顔で答える。
霊夢は美鈴の言葉に「へぇ」と頷いてから、「飲んだこと無い」と首を振った。
とりあえずは。と、こくり一口。
「…………」
そして無言になる。
爽やかなだが、独特な香りが鼻から抜けていく感じに、霊夢は若干眉根を寄せていた。
「あ~、えぇっと……その、ちょっとお口に合いませんでしたかね?」
「うーん。分かんない。初めて飲んだし」
好きか嫌いかは別にして、まずくはないと評価を下す霊夢。
美鈴は苦笑しながら席に付き、蒸篭の中からあんまんを一つ取り出して霊夢の取りざらに置いた。
「一応、霊夢さんの口に合うように緑茶ベースで淹れてみたんですが……ちょっとクセがあるので初めの内はやっぱり苦手と思うかもしれませんね」
「でも、体にとっても良いんですよ?」と付け足して、美鈴は餡まんをもう一つ取り出して、大きな口を開けてむしゃっと食んだ。
「ふぅ~ん?」
相槌を打ちながら、霊夢はもう一口ジャスミン茶を飲んでみる。なんとも言えない後味に、なんとなくだがやっぱり眉根が寄った。
別に不味くはない。不味くはないけれど、あんまり好きな味じゃないかもしれない。と思った事はちょっと内緒にして、霊夢も餡まんを手に取る。
大口を開けてかぶりと齧ろうしたところで、ふと口の動きを止めた。それは「このあんまんは超でけぇ!」と、その異常なサイズについて気付いたからで。
軽く子供の顔くらいのサイズはあるんじゃないだろうかと思って。でも、その仮測定は強ち間違いじゃなく、掲げれば対面にいる美鈴の顔を容易に隠せてしまった。
「でかっ」
「えー。これくらい普通ですよぉ」
「いや、あんたの普通サイズはおかしいから」
小腹を満たす為のおやつが、これじゃあ普通に空腹を満たす為のご飯だ。絶対に一個でお腹いっぱいになる。との言い分は、残念ながらこの燃費の悪い門番には通じないらしい。
門番は既にドデカいあんまんを半分以上平らげ、ほっぺをめいっぱいに膨らませて幸せそうにほくほくと咀嚼していた。
霊夢は「ったく」と仄かに苦笑して、餡まんに齧り付く。うん。皮しか食めなかった。なので、大きな口を開けてもう一度チャレンジ。がぶっと歯を立てると、あつあつの餡に漸く辿り着けた。
「あち、あちっ! ん、むぐ」
「あわわっ。火傷とかしないように気を付けて下さいね?」
「いうのおそっ! あちちっ! む、むぐむぐ……ん、んまひっ、あちっ」
蕩けるゴマ餡とほくほくの皮を口の中で忙しなく転がして熱を逃がしつつ、咀嚼する。
ゴマの香ばしい香りと餡子の素朴な甘さがふんわふんわの生地と絡んで、ほっぺ急降下大作戦を敢行。
霊夢も美鈴も口の中に広がる幸せなハーモニーに、「んま~」とだらしない顔を作った。
「真冬の空の下で食べたいわね、これ」
「あぁ、いいですよねぇ、むぐむぐ。冬の外仕事は辛いですが、もぐ、こういう楽しみがあるから頑張れます」
「あんたの原動力はほんと食いもんばっかね」
「えー。でも美味しい物食べると元気が出ません?」
「まぁ~ね。それには同意するわよ。食い意地だったらあんたに負けてる気はしないし」
「ははっ。ほら、やっぱり」
もぐもぐと両頬をいっぱいにして、時折水分補給にジャスミン茶を飲む。
うん。やっぱりまだあんまり慣れない。とか思いつつも、飲みっぷりは良い霊夢。
巨大な餡まんを半分ほどやっつけたところで結構お腹いっぱいになってきたが、美鈴を見ればもう三個目を平らげて四個目に手を伸ばしているところだった。
「ほんと、どういう胃袋してんのよ?」
「へ? んと、前に一度パチュリー様解剖された事があるんですけど、その時は」
「あー、いい。あんたの胃袋はブラックホールっていう浪漫設定にしとく」
「あの、ロマンの欠片もないと思うんですけど……」
「ロマンもマロンもマカロンも腹に入れちゃえば一緒じゃない」
どうか物語(ロマン)まで一緒くたに胃に入れないで欲しいものだが、この自由巫女に何を言っても通じにそうになかった。
結局残りの餡まんは全て美鈴のブラックホールに収まり、霊夢はなんとか一個を完食することに成功。間食の筈が、どうしてこうも達成感があるのか分からない。
最後にジャスミン茶をゴクゴクと飲み干し、霊夢は豪快に「ぷはぁ」と息を吐き出した。
「はぁ~、食った食った」
また美鈴につられてちょっと食べ過ぎちゃったわね。と、内心で呟く。口の端に付いた生地の欠片を拭って、いっぱいいっぱいになったお腹を撫でる。
ちょっと気になったので脇腹の所を指で抓ってみると、ここへ監禁される前よりも肉を掴めるようになっているような気がしたが、気のせいという事にして、椅子に背を預けたゆったりと寛ぐ。
美鈴は蒸篭や皿を片付けて、少し濃い目に淹れたジャスミン茶を霊夢に提供してきた。
「はい。どうぞ」
「ん。あんがと」
素直に受け取って、熱い内に一口。その眉間に皺が寄ることはもうなくなり、霊夢は自然体でジャスミン茶をゆっくりと口に含む。
初めは微妙な味の飲み物だと思っていた霊夢だったが、何度も飲む内に匂いや味に慣れてきて、次第に香りだけじゃなく、ほんのりと甘い味もすると舌先で理解を深めていた。
(んなこといっても、やっぱ緑茶の方が好きだなぁ~って思うだけどさ……)
嫌いではない味。
あれば飲むけれど、でも自分から好んで飲むのか聞かれると微妙な線だ。
(……あたしより、紫の方が好きそうだな………)
って、誰もそんな事聞いちゃいないっての。
霊夢は自分のアホな脳みそに突っ込みながら、湯呑みをテーブルの上に置いた。
あれだけ食べたと言うのに美鈴はケロッとしていて、ジャスミン茶もおかわりしてゴクゴクと飲んで上機嫌にニコニコとしている。こんな大食漢相手に毎日毎日三食のご飯プラスおやつと夜食を作ってやるのは大変だろうなと、改めて咲夜の苦労を感じた。
(……紫ってあんまり食べないしね。あたしの方が食べるから、ちょっと多めに作れば事足りるし……)
どうやってあのやらしい体型を保ってんだ? という、やっぱりアホな疑問が浮かんだが、その疑問は空飛ぶ巫女らしく華麗にスルーして、何事も無かったように「咲夜んトコと比べれば食事面では案外楽よね」と口の中で呟いてジャスミン茶をまた一口。
霊夢は緩やかに暖かな吐息を零して、美鈴に「ねぇ」と呼び掛けた。
「はい?」
「後で、このお茶の茶葉くれない?」
「ありゃ? 気に入って下さいましたか?」
「それなりにはね」
素直じゃない言い方なのに、それでも美鈴は「嬉しいです」と笑う。
お腹一杯で上機嫌な犬のように、見えない尻尾がふりふりと後ろで揺れているようで。
そんな雰囲気の美鈴に、霊夢は「あー、やっぱ犬っぽいなぁ、この妖怪」なんてぼんやりと思った。
「じゃあ、美味しい淹れ方もお教えしますね」
「ん。頼むわ」
そう約束をして、緩やかに過ぎる昼下がり。
小さな窓から空を見ると、綺麗な秋晴れが広がっていた。