◆3日目
今日は午前中にレミリアが遊びに来て、将棋で勝負。勿論レミリアの惨敗。だが悔しくて堪らなかったらしいカリスマは、チェスでリベンジを挑んむのだった。「チェスのルール知らね」という霊夢の前に、敢え無く撃沈。故に勝負は夜にお預けとなり、午後は咲夜の指導の元、チェスのルールを教えてもらっていた。
「えっと、これがポーン……だっけ? 『歩』みたいな感じなのよね?」
「そう。で、この駒が……」
駒の説明を一通り受け、とりあえず将棋と似てる……という程度には理解する霊夢。
区切りのいい所で休憩となり、咲夜の入れた紅茶(今回はアップルティー)でほっと一息つく。
「なかなか飲み込みが良いわね」
「そりゃどうも」
熱い紅茶に砂糖を多めに溶かして、喉と脳みそを潤す。
霊夢は「はぁ」溜息を吐いてからカップをソーサーに戻し、茶請けのシュークリームへと手を伸ばした。
シュークリームの中身は生クリームとカスタードクリームの二種類が重ねられて入っていた。
それぞれ違う甘さが舌の上で蕩けて、サクサクのシュー生地と絡んだ。
口の中でメルヘンな世界が広がって、霊夢は思わず「あまっ」と呟いた。
「甘過ぎた?」
「いや、美味しいけどさ」
でも、甘い。世界めーさく劇場並には甘い。
そう思うとちょっとげんなりしたが、シュークリームは純粋に美味しいので、霊夢はぺろりと食べ終えて二個目を手に取った。
「あまっ」
「……無理して食べなくていいわよ」
「美味しいってば。別に無理してないし。ただ、あんたら並に甘いって話」
「あんたら?」
「あんたとどっかの門番の話」
「……えぇっと」
咲夜の頬がぽっとピンク色に染まる。
霊夢は口の端についたクリームを親指で拭い、それをまた舌先で拭いながら「このバカップルめ」と毒づいた。
「良いわよね、あんた達は。年がら年中一つ屋根の下に一緒で」
「そんな事ないと思うけど……」
「なんで?」
「だって、一緒に暮らしてても忙しくてあんまり二人っきりの時間は取れないし……近い分、余計にもどかしかったりして……」
「贅沢なんだから。あたしにしてみれば、いつでも目に届く所にいるってだけで、羨ましいわよ」
それを言われると返しようが無い。
そう言いたそうに、咲夜は困ったように苦笑いを漏らした。
「冬は……寒いものね……」
霊夢は視線は合わせずにシュークリームを頬張りながら短く「ん」と頷く。
「私も、冬は苦手だったわ」
「ほーふむ?」
シュークリームを咥えた口から聞き取りにくい音が漏れてくる。
咲夜は微苦笑して「昔わね」と付け足した。
「今は……どうかしら? あかぎれやささくれで手はボロボロになってしまうし。水仕事も買出しも大変だから、やっぱりそんなに好きになれないわね……」
でも、昔よりは嫌いじゃなくなった。
そんな風に穏やかに語る咲夜に、霊夢は「ふぅん」と頷いてシュークリームを咀嚼する。
誰のお陰? なんて聞かなくても分かったから、ただシュークリームを口の中でもぐもぐと噛み砕く。
甘いのに、甘くなくなってしまったように感じた。
「あたしは……冬、嫌いになったわよ」
「……みたいね」
ちょっとぶすっとする霊夢に、やっぱり苦笑する咲夜。
霊夢はシュークリームを飲み込んで、紅茶をゴクゴクと飲んで胃へと流し込んだ。
しんみりしてもしょうがないけれど、こればっかりはしょうがない。
咲夜は紅茶を口に運びながらそう考えて、でも良い案は浮かばなくて結局そのまま話を続ける事くらいしか出来なかった。
「でも、この国ってほんとにイベント事が多いわよね。冬なんか特に多い気がするもの。だから余計に寂しくなっちゃうったりするんじゃない?」
「べ、別にさみしかないけど……うぅむ……」
「意地っ張り」
「ぐぬぬ……」
片頬を膨らさせる霊夢に咲夜は余裕たっぷりに笑って、紅茶をまた一口。
今日も美味く淹れられている事に満足しながら、その多いイベントを挙げる。
「クリスマス、大晦日、正月、節分、バレンタイン……こんなにあるものねぇ」
「……そうね」
強がるのは疲れたのか、霊夢は息を抜いてテーブルに頬杖を付く。
不貞腐れたようにティースプーンを齧って、不機嫌そうな顔を作っていた。
「……その日だけでも、一緒にいられればいいんでしょうけど」
「無理だってば。それが出来たら怒って暴れて八つ当たりなんかしないっつぅーの」
霊夢は咥えていたスプーンをソーサーに戻す。
視線は遠くを見ていて、少し寂しそうだった。
「別に……四六時中一緒にいたいわけじゃないわよ。そんなの無理だし」
いや、出来れば一緒にいたいんだけど。
とかいう言葉はゴニョゴニョとした聞き取りにくい音。
口の端から零れたその本音を、咲夜は聞こえなかったフリをして紅茶を口に含んだ。
「でも……思い出って、やっぱ欲しいもんでしょ?」
いっぱい残しておきたいと思う。
いつかは分からないけれど。
でも、いつかのいつか、先に逝ってしまうかもしれないから。
置いていくなんて事、したくないけれど。
だからしないけれど。やり方は幾らでもあると思うけれど。
でも、どれもまだ確証は無くて。
「あたしは……忘れてなんて、そんな優しいこと……きっと言えないもん」
身勝手だけれど。でも、これが本心。
そう苦く笑う霊夢に、咲夜は、なんとなく目を伏せてしまった。
お互いに立場は一緒。人間なのは一緒。相手が人間以外なのも一緒。
だから咲夜の気持ちも分かるから、霊夢も何も言わない。ただ苦く笑うだけ。
でも空気を重苦しくしたくなかったから、霊夢は軽く笑い飛ばしてやった。
「まっ。んなの実際なってみなきゃ分かんないけどさ。大体、誰が置いて行ってやるかって話だし。あたし生きるし。簡単にゃぁ死なないっての」
「ぷっ。強いわね、霊夢は……」
「強くなきゃ、あんな意地の悪い妖怪の相手なんてやってられないでしょーが」
強気過ぎる霊夢に、咲夜はくすくす笑う。
目尻に涙を浮かべて、笑っていた。
霊夢はそんな咲夜の頭を引き寄せて、おでこ同士を引っ付けて、笑ってやった。
「ばーか。泣くんじゃないわよ。レミリアに怒られるじゃない」
あたしの強気を分けてやるから泣くなって。
泣くのは門番の前だけにしときなさいよ。
あたしも、泣くのはあいつの前だけにしとくから。
そう言って、霊夢は強く笑う。
おでこを伝って霊夢の強気を貰った咲夜は「そうね」と小さく頷いた。
涙は、零れなかった。
ねぇ。思い出をいっぱい作ろう。
写真を撮り忘れるくらいに楽しい時間を一緒に過ごそう。
いつか離れてしまうことになっても、そんな日が来なくっても。
過ぎた日をなぞって、する事は一緒。
想い出して笑うって事は、一緒だから。
「つーわけで、ちょっと良いコト思い付いたからあんたも手伝いなさいよ」
「え?」
にししっ。と、歯を見せて笑う霊夢の顔は、まるで悪巧みをしているような悪代官の顔。
そんな顔のまま、咲夜へひそひそと耳打ちをする。
霊夢の言葉に、咲夜は瞳に浮かんでいた涙を引っ込ませて、呆れたように笑った。
「ほんっと、霊夢には勝てる気がしないわ」
「あったりまえでしょ?」
楽園の巫女が、不敵に笑む。
それは誰にも負けない、そして邪魔なんて出来そうにない、無敵の笑みだった。