Coolier - 新生・東方創想話

愉快で平和な監禁生活

2012/03/05 03:31:53
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××× Prologue ×××


 「博麗霊夢! あなたを監禁するわっ!」

 吸血鬼が叫んだ。まさに鬼気迫る顔で、声を張り上げる。それは、永遠に紅き幼い月という二つ名にあまり似合わない表情。
 吸血鬼は必死であった。
 何せこれは、全幻想郷を背負っての勇気ある行動。幻想郷の命運を、その小さな背に背負い、吸血鬼は立つ。
 運命を操れたところで、この巫女には敵わない。
 何故なら、このおめでたい巫女の運命を一つ変えたところで、別の運命(みち)が花開く。絶えず枯れず。
 手折っても手折っても掻き毟っても、この巫女の運命は都合よく操作できない。そうとなれば、もう真っ向勝負しかない。
 故に、吸血鬼は立ちはだかる。
 楽園を守る為に、楽園の巫女の前へと。

 「……はぁ?」

 必死な形相の吸血鬼に対して、博麗の巫女は怪訝そうな顔で首を傾げた。
 吸血鬼の隣には従者であるメイド長。そして後ろには紅き館の紅い髪の門番。
 銀の剣と紅き盾は、主の背後で静かに佇んでいたが、心の内で整えている臨戦態勢が空気に滲み出ていた。

 「なお、これは私だけの意志ではない。八意永琳の提案のもと、幻想郷最終防衛ライン同盟によって決定された事よ!」

 吸血鬼は懐から一切れの紙を取り出し、それを巫女へと叩き付ける。
 そこの署名欄には、迷いの竹林の名薬師、寺子屋の教師、某寺の尼僧、某山の神社の二柱の神、冥界の亡霊姫、最強の妖獣と謳われる九尾、太陽の畑に住まう最凶の妖怪、そして吸血鬼の名がそれぞれ記されていた。
 巫女はその紙面を見ても、相変わらず訝しげに首を傾げるだけ。
 その巫女の背後へ、いつの間にか時を操る従者が立っていた。

 「ごめんなさいね」

 銀の懐刀は素早い動作で巫女の片腕を取り後ろへ回し拘束。
 そうしながら足を引っ掛けて倒す。巫女からは「ぐぇっ!?」と、蛙を潰したかのような呻き声が漏れた。
 反射的に抵抗しようとした巫女だが、そこへ門番が素早く近寄り、メイド長と一緒に押さえ付ける。

 「すみません、霊夢さん。本当はこんな事したくないんですが……」

 門番は優しい顔を申し訳なさそうに歪めて、巫女を見下ろす。
 二人がかりで押さえ付けられてしまっては手を出そうが足を出そうが無駄だろう。と、巫女は早々に諦めて睨むように見上げた先。吸血鬼は罰が悪そうに、視線を逸らしていた。

 「紅魔館に連行するよ。悪いけど、異論は認めない。抵抗をするのなら、それ相応の処置もする」

 苦虫を噛み潰しきれていない顔で言う吸血鬼。巫女が何かを言う前に、メイドの従者が「貴女の為なの。わかって」と小さく呟く声が届いた。

 「……はぁ」

 楽園の巫女は大きめの溜息を吐いて、そうして自分にとって最重要項目を問うたのだった。

 「一日三食のご飯と、おやつは出るんでしょうね?」

 その問いかけに、門番は少しだけ笑って、メイド長は苦笑して、吸血鬼はちょっと呆れながら。三者三様の態度で、それぞれ頷いた。








愉快で平和な監禁生活








◆1日目


 そんなわけで、博麗霊夢の監禁生活が唐突に幕を開ける事となった。
 霊夢の持ち物は着替えと歯磨きセットと、いつも使っている妖怪退治用の御札や針や陰陽玉のみである。勿論、妖怪退治セットは敢え無く没収されてしまったなんて事は言うまでもないが。
 なにはともあれ、紅魔館にて監禁生活一日目。博麗の巫女は何をすることもなく、部屋でだらりとしていた。
 霊夢に用意された部屋は、なんてことのない普通の部屋だった。暖炉があり、クローゼットがあり、ベッドがあり、姿見があり、そしてお茶を飲むための机が一つと椅子が二つという簡素な部屋。だが、部屋の出入口は一つしかなく、人一人ギリギリ通れないような小さな窓が一つ。しかも格子つきというといった具合で、一つしかないドアの外には二人の見張りという待遇。

 「ま、でも牢屋じゃない上、風呂と厠が付いてるってのは有難いわよね」

 部屋の外には出られないが、部屋の中は概ね自由。だから霊夢はごろりとベッドの上に無防備に横になっちゃったりしてみた。
 ベッドのマットも布団もふわふわ、シーツも真っ白で清潔感でいっぱいで、暖炉でチロチロと赤い舌を出すように小さく燃えている火が、部屋中を丁度良い感じで暖かくしてくれている。
 霊夢は自然と「ふぁぁ」と欠伸を一つ零していた。

 「……暇ね」

 神社の掃除も、倉庫の整理も、道具の手入れも、縁側でお茶も、ご飯の支度も、勝手な訪問者の相手も、宴会の準備も、この小さな部屋の中には無い。
 部屋の外には出では勿論ダメだし、だからといって部屋の中に暇を潰せるものがあるわけもない。
 霊夢はぼんやりと視線を彷徨わせる。なんとなく眠くなってきて、そんな虚ろな眼にふと止まるものがあった。
 机の上に飾られた小さな花瓶に活けられた、一輪の花と小さな木の枝。一輪の秋桜と、黄色から赤へと色を変えつつある葉を数枚つけた、紅葉の枝だった。

 (そういえば、穣子が「うわぁあぁん! 秋が終わっちゃうのよぉ~!!」って泣き叫んでたっけ……)

 監禁(これ)が始まる数日前に、秋の神の片割れが大泣きをしていたのを思い出す。
 短い秋が終わってしまうと嘆いて、だから終わる前に秋の大宴会をしてよ! と泣きつかれた事も、泣き喚く穣子を静葉が苦笑しながら宥めていたことも、同時に脳裏に蘇えってきて。

 「あー」

 霊夢は面倒臭そうな声を吐いて起き上がり、ベッドの上で胡坐を掻いて頭をぽりぽりと掻いた。
 きちんと約束をしたわけではないが、秋の神に望まれた事を叶えてやれそうにはなくて。
 それは巫女としてどうなんだろう? という気持ちに多少はなった。

 「ま、出来ないもんは出来ないし」

 しょーがないしょーがない。と呟いて、霊夢はまたベッドに横になる。
 仰向けになった視界には天井だけが映った。手入れが行き届いていて、染みも蜘蛛の巣も見当たらない。
 紅魔館はいつも騒がしいが、この部屋にはその音は届いてこない。
 それは壁の四隅に張られた、魔法陣が描かれた札のよる結界の所為。
 隔絶された狭い部屋の中は静かで、暖炉の火が弱く燃える音、時折小さく爆ぜる音、自分の呼吸音くらいしか無かった。

 「……静か」

 人工的に音を遮られて、風の音も聞こえない。
 冬がひたひたと迫ってくる足音も聞こえない。
 花瓶に差された紅葉に枝から、はらりと葉が一枚落ちた。

 「……」

 音も無く。はらり、ひらり。
 音は無いのに、秋がそっと散り往く音を聞いた気がした。
 そう思った自分に苦笑を一つ零して、霊夢は腕を伸ばす。
 枝からはぐれてしまった紅葉を手に取り、目の前に持ってきて眺める。
 黄色と赤の混じった、手の平の形に似た葉っぱ。
 たくさんの紅葉を胸いっぱいに抱き締めて、秋の匂いがするといったのは誰だったか。
 頭の中に浮かぶ、嬉しそうな儚いような笑み。

 (ったく、妖怪の癖に……そんな顔すんだから……)

 微かに笑みを浮かべて、霊夢は紅葉を鼻に近づける。
 すんすんと匂いを嗅ぐけれど、別段臭いがするわけじゃなかった。
 角度を変えて紅葉を眺める。
 それも暫くやっていれば当然飽きるもので、霊夢は紅葉を机の上に戻して、ぐっと伸びをした。
 背骨やら腕やらから、パキパキと小気味良い音。なんとなく気持ち良い感じがした。

 「とりあえず昼寝でもしよっかな~」

 の~んびりとした声音で言って、霊夢は頭の下で手を組む。
 意識が夢と現を行ったり来たり。
 うとうととまどろんでいると、扉の向こう側の気配に僅かな変化を感じ取った。

 「ん?」

 上体を起こして、一つしかない扉の様子を見守っていると、コンコンとノックする音が響いた。
 返事を一つしてやると、静かに扉は開いてまた閉じられる。
 退屈な空間に入ってきたのは、静謐な光を湛えたブルーマジック色の瞳を持った本の虫に限りなく近い魔女と、その使い魔だった。

 「御機嫌よう」
 「悪いけどゴキゲンじゃないわよ」
 「そうね。随分退屈そう」
 「そりゃあね」

 肩を竦める霊夢を見ながら、パチュリーは椅子を引いて席に付く。すると、後ろにいた小悪魔が前に出て来て、両の腕いっぱいに抱えた何かを机の上に広げた。

 「ありがとう」
 「はい。あとでお茶をお持ちしますね」
 「頼んだわ」

 魔女と使い魔は短くやり取りをし、小悪魔は霊夢に笑顔で会釈をして退室して行く。
 どうやら小悪魔の役割は荷物持ちだけだったらしい。

 「小悪魔使いが荒いんじゃない?」

 霊夢は苦笑しながらベッドから離れ、パチュリーの対面に座る。
 パチュリーは軽く鼻先で笑うように息を抜いた。

 「あれは私のだから。私の為に働くのは当然」
 「はいはい」
 「それから、小悪魔使いが荒いんじゃないくて、私は悪魔使いが荒い……と、訂正しておきましょうか」
 「……あっそう」

 悪魔といっても姉の方だけだろう。と、勘なんていらずに分かって、霊夢は更にテキトーに返事をする。内心で「相変わらず尻に敷かれてんのね」と呟いた事は内緒である。

 「で、何よこれ?」

 机の上に広げられた物に向かって人差し指を向ける霊夢。
 テーブルを占領するのは、白と黒の色で交互に塗り分けられたマス目がいっぱいの板と、線で区切られたマスが描かれた木の板と、同じようにマスが描かれた緑色の板と、もう少し細かく区切られた焦げ茶色の木板。そんな四種類の板と、それに対応した道具が入っているのだろうと思われる四角い小箱が幾つか。知っているもの半分、あまり知らないもの半分。分かるのは暇つぶしにはなりそうだという事くらいだ。

 「チェスと将棋とオセロと囲碁。良い暇潰し遊具でしょう?」
 「まぁーねぇ。でも、ちぇすとかってのはやり方が分かんないわよ?」
 「咲夜かレミィにでも聞いて。インストは面倒」
 「……持ってきたのはあんたよ?」
 「持ってきただけだもの」

 自分勝手で面倒臭がりな魔女。だがしかし楽園の巫女も似たようなものだったりする。なので、というわけではなく、霊夢は「ま、一から覚えんもの面倒だし」という理由で、この中では一番慣れ親しんでいるであろう将棋の板を手に取った。他の物は机の下に置いて退けつつ、将棋板を広げる。

 「相手になってくれんのよね?」
 「気分転換程度ならね」

 活字を通して知識を貪る事に忙しいらしい大図書館に住まう魔女は、肩を竦めて自分の分の駒を手に取った。どうでもいいが、この魔女は将棋がメチャクチャ似合わなかった。言いやしないが。
 霊夢は自分の陣地に駒を並べながら「どっちが先手?」と問うたが、魔女は興味なさそうに「どうぞ」と譲った。

 「じゃ、お言葉に甘えて」

 霊夢は口の端を僅かに上げながら、手を組んでパキパキと指の骨を鳴らす。

 「久しぶりだから、腕が鈍ってなきゃいいけど……」

 霊夢は「でも、あんたを楽しませる程度にゃやれると思うわよ」と付け加えて、駒に手を伸ばす。
 『歩』の駒が一つ動く。動いたのは一番右の駒だった。

 「……変わった打ち方をするのね」
 「ううん。特に何も考えてなかっただけ」
 「……」

 楽しませるといった割には随分な言いようだな、と、パチュリーが言葉もなく溜息を吐くのも仕方ない。
 霊夢はその溜息を右から左へと受け流して、魔女の第一手を見守った。

 「此処へ軟禁されている理由は解っている?」

 魔女の駒が一つ動く。

 「ん? 監禁じゃなかったけ?」

 巫女の駒がまた一つ進む。

 「便宜上は。で?」
 「まぁ、それなりには理解してるわよ。これから冬が来る。だからでしょ?」
 「……そう」

 魔女の駒がまた一つ動く。

 「また図書館を壊されたら困るし」
 「だーかーら、反省してるってば。謝ったじゃない」
 「保護者同伴での謝罪だったわね」
 「ぐっ。だって、一緒に行くってきかなかったし」

 去年の冬の話を出されて、霊夢は少しだけ頭痛を覚えた。思わず打つ手が一旦止まってしまったが、駒は狂い無く次のマスへと進む。

 「まぁ、懸命な判断だったとは思うけれど」

 「反省してるってば。超反省してますぅっ。だから今年は大人しくしてようって思ってたし。その証拠に大人しく此処にいんじゃない」
 「……いつまで持つかしらね?」

 盤上の勝負か、霊夢の我慢のことか。どちらとも判別の付かない言い方をしながら、パチュリーは駒を動かす。
 互いの駒がじりじりと進撃し、陣形を整えていく。

 「大丈夫だっての」

 多分。との言葉は口の中だけで呟いておく。
 戦況はまだ何も動いていない。あと何手で、駒のぶつかり合いが始まるだろうか。
 相手の陣形は、なんともパチュリーらしい堅牢な陣形へと徐々に変貌していた。

 (どっから崩してこうかな……)

 魔女の守りが堅くなっていく様を眺めながら、同時にどう崩そうかと思考する。
 確かに思考しているのに、頭の半分は去年の冬の事をぼんやりと思い出していた。
 ムシャクシャして「リア充爆発しろ!」とばかりに暴れ回って幻想郷中をメチャクチャにしてしまった事とか。
 冬眠明けの妖怪には……とりあえず落ち着いてからメチャクチャ怒られた。

 (『……』のところは聞くな。恥ずかしいから)

 んでもって、妖怪と一緒に菓子折りを持って謝り倒し幻想郷一周ツアーを慣行して、そこで猛反省をした。
 自分だけが悪い筈なのに、なんであんたも謝んなきゃいけないんだろうって。
 あんであんたまで怒られてんだろうって。

 (あたしが悪者なのにさ……)

 「ごめんなさい」ってしなきゃいけなかったのは自分だけ。
 でも一緒に頭を下げてくれた。
 だからあんたにも「ごめんなさい」ってしたのに、「ううん」って首を振って逆に「ごめんね」ってされた。

 「さびしい思いをさせてゴメンね」って、苦笑い。
 『ゴメン』と『そんなに想ってくれてありがとう』と。
 『皆に迷惑かけてゴメンね』と『でもこの子の事を見ててくれてありがとうね』と。
 色々なものが混ざったような、複雑な苦笑い。


 (……ありがとうだけでいいのに)

 だから、もうしない。
 寒くても辛くても、我慢するって決めた。

 (……できる、と思うけど……)

 でも、ちょっとは不安だったりする。
 なんで冬は、あんなに寒いんだろう。

 「賭けない?」
 「あ?」

 次の一手で、駒のぶつかり合いが始まる。というところで、パチュリーが提案した。
 片肘をテーブルに立て、頬杖を付き、盤上を見定める魔女。
 魔女は少し退屈そうな顔で「その方がやる気が出るでしょう?」と呟く。
 思考の半分以上が目の前の遊びではなく、別の事に使われている事なんてバレバレだったらしい。
 霊夢は口の端を僅かに上げた。

 「何を賭けようっての? あたしは欲しいもんしか賭けないわよ?」
 「自由にしろというのは無し」
 「わぁーってるっつーの」
 「お金も無し」
 「ぐ……じゃあ、なんならいいのよ?」
 「私から有益な情報を引き出す……というのは有り」
 「あんたから聞きたいことなんて何もないわよ」
 「そう。でも、私が勝ったら答えて欲しい事がある」

 魔女は頬杖を付いたまま、口許を少しだけ歪める。
 その口許には、意地悪な笑みが湛えられていた。

 「私が勝ったら貴女の想い人、いえ、妖怪の、好きなトコロを一つ残らず白状して貰う……とか、どう?」
 「……へ?」

 ギャラリーには私と小悪魔以外に、レミィと咲夜と美鈴とフランを呼ぶから。
 と付け加えて、パチュリーは意地悪な魔女よろしくにこっと笑った。

 「はぁ!?」

 一拍遅れてパチュリーの言葉を正しく理解した霊夢は、机を両手でバンッと叩くようにして、椅子を倒しながら立ち上がる。
 その頬は真っ赤で、耳や首にまでも朱が滲んでいた。

 「顔が赤いわね。博麗の巫女でもそういう恥じらいくらいはある、と」
 「あ、ああ、あったりまえでしょ! なな、なんでそんなこと言わなきゃいけないのよっ!?」
 「聞いてみたいから」
 「却下よ却下っ!」
 「そう。逃げるなんて、博麗の巫女(あなた)らしくないと思うけれど?」
 「くっ、っ……な、なんでんなこと聞きたいのよ?」
 「深い意味はないわ。ただ、あの妖怪の何処に惹かれるのか、少し気になっただけ」
 「ぐ……く……」

 お前は近所のおばさんか。それともお母さんのつもりかコノヤロー。
 なんて、霊夢は口の中で悪態を転がす。
 確かに、あの妖怪は胡散臭さの代名詞ともいえる妖怪で。だから「あんなの何処が好きなわけ?」と聞かれるのはしょうがない事かもしれない。
 実際聞かれたことはある。向こう見ずな白黒魔法使いとか。常識というものを忘れ、いや、失いつつある緑髪の巫女とか。瀟洒らしいけれど乙女全開であまり最近は瀟洒らしくないメイドとか、そこら辺に。
 でも、いつも聞かれてもそれは他愛ない会話の流れの中。腹の虫が大人しければテキトーに流すし、悪ければツッケンドンな態度を取ってお終い。しつこかったら夢想封印でフィニッシュ。といった具合で回避するが、今は一応名目上の囚われの身。なので一応、主導権は紅魔館側にあるわけで。

 (大人しくしてるって決めてるし。それに下手に暴れたりしてこの優遇され過ぎな状態を失うのはなぁ……)

 でも、だからといってこんな形をもって聞いてくるものズルいと思う。

 (いいじゃない、別に……人の好みをとやかく言ってくるんじゃないっつーのっ……)

 霊夢はむすっとしながら、とりあえずほっぺの赤みを取る為に冷静になろうと努める。
 努めるついでに倒してしまった椅子を元に戻して、座り直した。

 「ったく。物好き過ぎだっての……」

 むすっとしたまま盤上を見渡す霊夢。
 耳や首に色は通常の色に戻ってきていたが、ほっぺはまだ染まったままだった。
 意地悪な魔女はふと笑みを収めると、瞳の中に灯る光を理知的に揺らす。

 「あの妖怪は他の事を多く語る。でも、己の事は一切語らない」

 魔女の手が盤上へ伸びる。
 盤上の戦が、動いた。

 「謎の多いバケモノは多く居れど、あの妖怪ほど不可思議な生物はいない」

 駒の奪い合いが始まった。霊夢の『歩』の駒が一つ魔女の手に落ちる。
 パチュリーはそこで傍らに置いてあった書物を開き、盤上から視線を外して駒の動きよりも動かない活字を追う事へと専念し始めた。

 「『生物』という括りの中に入れていいのかも、私は怪しいと思っているけれど」
 「……ふぅん」
 「要は、知的好奇心や探究心に火を付け易い、非常に魅力的な研究対象……といった具合」
 「……」

 霊夢は少し目の端を怒らせて、読書と勝負を嗜むパチュリーを見る。
 会話を楽しみ勝負を嗜み読書に専念する、という三つの行動と思考を器用に熟すパチュリーは、そこへ霊夢の視線を受け取めるという行為も混じらせた。

 「で、そのケンキュータイショーの情報が欲しい、ってわけ?」

 霊夢は駒を少し乱暴に引っ掴んで、戦を進める。魔女の駒を、巫女が一つ奪った。

 「この幻想郷(セカイ)であの妖怪に最も近しい場所に居るのは、やはり九尾の狐において他にはない。しかし、私にはリスクが高すぎる。かといって、式の式では私が望む情報は得られそうにはない……近いしい間柄といえば冥界の亡霊も候補に挙げられるけれど、九尾とは違う意味でリスクが高い。美鈴の話だと、太陽の畑にいる妖怪もそれなりに親しいようだけれど……相手にするには勇気が足りない」

 魔女は音になっている言葉の外で言う。
 命を投げ出してまで調べ出したい事ではないと。そこまで深い興味があるわけではないのだと。
 だが、だからこそ、目の前の巫女に問うのだと。

 「あの妖怪は何なのか……」

 透徹なる知識によって常に冷却されている瞳は、何処か冷たい光を灯す。
 その瞳で、魔女は巫女に問う。

 「考えた事はない?」
 「…………」

 それは意外にも真摯な眼差しをしていたから、霊夢は真っ直ぐに受け止める事にした。軽い興味本意やただの意地悪から来る質問なら、盤をひっくり返していたところだった……というには内緒だ。
 魔女の視線が盤面をなぞる。もう指を動かす事は面倒なのか、ただたんに書物から手を放したくないのか。パチュリーは人差し指を一本立て、その指先に魔力を込めた。蜻蛉の目を回すかのように緩々と円を描く。駒に魔力が宿り、淡い淡い光を放つ。人差し指をちょこんと動かすと、駒は独りでに盤上を移動した。

 「貴女もまた、あの妖怪の近い場所にいる。幻想郷の守護者という同じ立場に立っている博麗の巫女は、あの胡乱気な夢と現の管理人にとても近しい。同じように結界を繰る者としても……貴女たちの、庇護者と被保護者という関係から見ても。それから……」

 その先は言う事なく、パチュリーはくすりと笑って口を静かに閉じる。
 厳しい表情をする霊夢からも視線を外して、また文字を追うことに勤しんだ。

 「……いいわよ」

 霊夢が駒を掴む。
 人差し指と中指で挟んで、

 「賭け、乗ったげる」

 それを盤に叩き付けるようにして置いた。
 バチンッと乾いた音が響く。
 魔女の陣形へと、巫女の駒が攻め込む。

 「なんでも答えてあげるわよ。好きなトコも嫌いなトコも、不思議なトコも……誰にも教えないって、思ったことも……」

 駒をまた一つ奪う。
 霊夢が触れた瞬間に、駒に宿っていたパチュリーの魔力は霧散した。

 「あたしに勝てたらの話だけどねっ」

 不敵に口許を歪める霊夢に、パチュリーは仄かに苦笑交じりの溜息を漏らした。

 「焚き付けてしまったかしら?」
 「良い火加減よ。あと『ケンキュータイショー』って言葉、勝負が終わったら撤回して貰うから」

 パチュリーはくすりと小さく笑いながら静かに頷く。
 盤上を駒が進む。
 パチパチという小気味良い音が、暖炉の火が爆ぜる音に交じって室内に静かに響き続けた。


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